おでこを出せばみんなお揃い
パーティ参加の準備をするほのぼの三兄弟。
正装するウィリアムのヘアーセットをしてあげるアルバート兄様とそれを見ているルイス。
ルイスは大分甘やかされてるしかなり甘えたである。
「ウィリアム、サイズはどうだい?窮屈ではないかな」
「問題ないと思います」
つい先日採寸をして完成したばかりのブラックタイのタキシードを身に纏ったウィリアムは、軽く肩を動かして衣服の具合を確認する。
着慣れない上等な衣服は気持ちが引き締まるような心地がするけれど、正確に採寸をしたおかげでサイズ感に問題はない。
しっかりした栄養を取り成長期を迎えたウィリアムのすらりとした体格に見合ったタキシードは、生来持つ整った容姿とアルバートに教え込まれた貴族然とした佇まいによく似合っていた。
近くでそれを見ていたルイスは見慣れない、けれどウィリアムの高潔さを引き立たせるようなその衣服に感激したように瞳を輝かせている。
「兄さん、タキシードがとてもよくお似合いですね!格好良いです!」
「そうかな。ありがとう、ルイス」
弟からの素直な称賛に少しだけ照れる様子を見せたウィリアムは、背筋を伸ばしてルイスへと微笑みかけた。
少しでも良い姿を見てもらいたいという無意識の行動ではあったが、それに関係なくルイスはタキシード姿のウィリアムを目に焼き付けるように大きな瞳で見つめている。
「すまないな、ウィリアム。今度のパーティはどうしても断りきれなかったんだ」
「仕方ありませんよ、体裁上の付き合いもあるでしょう。気にしないでください、兄さん」
ウィリアムは後日、アルバートとともにあるパーティへの参加が決まっている。
未だ爵位を継承していないとはいえ、いずれ伯爵としての地位を受け継ぐことが決まっているアルバート、引いてはモリアーティ家との関わりを持とうとする貴族は多い。
その目当ては貴族階級というだけでなく、見目麗しいアルバートという存在を求めている人間も多数いた。
勉学に差し支えるという名目でその誘いのほとんどを断っているアルバートだが、それでも断りきれない会合も存在してしまう。
弟達を庇う意味でもアルバートは一人でその役目を担っていたのだが、その中では身内の存在が必要になるケースもあった。
アルバートに加え、頭脳明晰で容姿端麗な次男と三男を求める貴族は多い。
それはさすがに遠慮したいところではあったがもうさすがに限界だと、アルバートが申し訳なさそうにウィリアムへと打診したところ、快く了解の言葉をもらったのだ。
ウィリアムが了承してくれたのを機に、ならばこれも経験だとアルバートはウィリアムにパーティ用のタキシードを新しく仕立てることにした。
今はそのタキシードの試着をしている最中なのである。
「それに、僕は良いとしてルイスの参加がないのは有難いですから」
「あぁ、そこは私も何とか手を尽くしたからな」
「…すみません、兄様、兄さん。お手間をかけて」
人見知りの気質が強いルイスは大勢の人間の前に出ることが苦手だ。
だからいつもウィリアムの影に隠れてやり過ごしていたのだが、養子とはいえモリアーティ家に在籍する以上、いつかはパーティなどの華やかな場に参列することもあるだろう。
顔に傷のある元孤児の養子の自分はきっと嘲笑されるのだろうなと理解しているが、今はまだたくさんの目があるところに行く覚悟がルイスにはない。
それを語ったことはないけれど概ね察している二人の兄に気を遣わせている現実に、ルイスは眉を下げて小さく謝罪した。
「気にしないで、ルイス。僕が大勢の前で君を出したくないだけなんだから」
「あぁ。いつかは断りきれなくなるだろうが、それまでは私達の手元にいてくれれば良い」
「…はい」
ウィリアムにしてみればルイスを表に出さなくて良いのなら自分が公の場に出るのは願ってもない状況だし、アルバートにしてもルイスだけでも匿えるのであればまだ良い方だろうと考えている。
ルイスを傷付ける人間はいるだろうし、ルイスの魅力に気付く虫もきっといる。
まずはそんな人間達とルイスを会わせないことが重要だろうと、二人は暗黙の了解で行動しているのだ。
兄達の考えにルイスは半分気付いているけれど、まだ必要ないというのであればその言葉と気持ちに甘えてしまおうと考えていた。
いつかは覚悟を決めて華やかな場に出るつもりだが、今だけは末の弟らしくいても許されるだろう。
ルイスは仕立てたばかりのウィリアムのタキシードの裾に指を添え、向かいに佇むアルバートを上目に見る。
ウィリアムはいつだってルイスに優しいが、アルバートもとても優しい。
二人の存在に安心したように息を吐いてから、ルイスは改めて正装姿の兄を視界に収めた。
誰より素敵な自慢の兄が、彼専用に誂えたタキシードを着こなす姿は洗練された美しさがある。
綺麗に流れる金色の髪に光沢のあるタキシードの黒が映えていて、お洒落に疎いルイスの目から見ても本当によく似合っていると思うのだ。
「兄さん、格好良いです」
「ふふ、ありがとう。何度も言われると照れてしまうね」
無邪気に格好良いと連呼するルイスへ礼をするようにふわふわした髪を撫で回す。
もう随分と前髪が伸びてアシンメトリーな髪型が定着してきたけれど、やはりウィリアムにとってのルイスは額を見せた快活な印象が強いのだ。
それを思い返すように前髪をくしゃりと上げれば、まるで子猫のように丸く大きな瞳がウィリアムを見上げてくる。
可愛らしいその視線を受け止めていると、すぐそばにいたアルバートから一つの提案があった。
「せっかく服を仕立てたのだから、髪もセットしてみようか」
「髪をですか?」
「あぁ。お洒落を楽しむのも貴族にとって嗜みの一つだからね」
目の前で可愛い弟達が可愛く戯れている姿はアルバートの心を癒す。
本当ならばルイスを着飾ってみたい気持ちもあるけれど、まだ環境に慣れきっていない彼に負担を強いるのは良くないだろうと我慢しているのだ。
その代わりと言っては何だが、ウィリアムを飾るのも良いだろう。
アルバートにとってウィリアムもルイスも差違なく大事な弟だ。
きっとルイスも喜ぶだろうし、二人と関係を深める機会にもなると、アルバートはウィリアムを椅子に座らせて幾つかの整髪料を手に取った。
「兄様はいつもご自分で髪をセットしているのですか?」
「あぁ。あまり誰かに触れられるのは得意ではなかったから、担当に一通りのことを教わってからは自分でやっているよ」
「そうだったんですね」
アルバート直々にヘアーセットをすることにウィリアムは少しだけ驚いたけれど、今この屋敷には自分達三人しかいないのだからおかしなことではない。
自立心の強いアルバートのこと、身の回りのことは全て自分でやっていたのだから他人に施すのも不得手ではないのだろう。
ルイスも同じように考えていたらしく、興味深そうに整髪料を取るアルバートの手元を覗いていた。
「ルイスは今髪を伸ばしているだろう?セットは自分でしているのかい?」
「はい。昔は兄さんが整えてくれていたのですが、今は自分でしています」
「昔というと、前髪を上げていたときかな」
「そうです。あの頃は兄さんが手櫛で整えてくれました」
「あの頃は…というと、今はしてくれないのかい?」
「僕はルイスが髪を伸ばすことに賛成していないので」
「…兄さん、今はもう僕の髪を整えてくれません」
ぷい、と首を背けて拗ねたようにルイスがウィリアムから視線を逸らす。
子どもらしいその仕草にアルバートは苦笑するけれど、ウィリアムも同じだったようだ。
なんとも言えない複雑な笑みを浮かべて顔を逸らしたルイスを見ている。
そういえばウィリアムはルイスの顔が見えづらくなるのが嫌だという理由で、ルイスが髪を伸ばすことに賛成していなかった。
目立つ傷を隠したい、ウィリアムと似ている顔を隠したい。
ルイスが髪を伸ばす必要性は理解しているけれど、それでも可愛い弟の可愛い顔が隠されてしまうことを受け入れきれないのだろう。
だからせめてもの抵抗でルイスの髪を整えないというのは、聡明である彼にしては随分と子どもじみているなとアルバートは思う。
だがそんな子どもらしい姿もまた新鮮で悪くはないと、自覚せずに芽生えていた長兄としての気持ちが擽られるようだった。
「ほら二人とも、そう拗ねるのはやめなさい。ウィリアム、髪に触るよ」
「お願いします」
長男らしく弟二人を諫めたアルバートは、目の前に座るウィリアムの前髪に整髪料を馴染ませていく。
根本を中心に触れてからそっと髪を上げて、癖を付けるように軽く力を込める。
後ろに流すよりも左右に流した方が自然でウィリアムが持つ柔らかい印象とも合うだろうと、アルバートは巧みに指を動かしては髪の毛を操っていった。
癖の強い自分の髪よりよほど扱いやすい髪だと僅かに感嘆しつつ、バランスを見ながらサイドに少しの束を残した状態で指を離す。
ウィリアムは元々整った顔立ちのため、前髪がなくとも切れ長の目が印象的だ。
前髪を上げるのは貴族としてのマナーでもあるが、彼ならばタキシードにも見合うだろう。
髪型を変えたところでウィリアムが持つ雰囲気は少しも削がれることはなく、華やかな場に相応しい出で立ちだ。
ウィリアムならばきっと会場中の注目を集めるだろうと思えば、誇らしいけれど少々面倒な気持ちも否めない。
だが自慢の弟には違いないとアルバートが納得したように一人頷いていると、すぐそばで見ていたルイスから羨望の眼差しを向けられていることに気が付いた。
「何だい?ルイス」
「アルバート兄様、凄いですね!兄さんの髪をあっという間に整えてしまいました!」
「ウィリアムの髪は癖もなくて扱いやすいからね。そう難しくはなかったよ」
「でも鮮やかな手付きは見ていてとてもワクワクしました」
自分よりも一回り大きな手で、華麗なまでに素早くウィリアムの髪をセットしたアルバートにルイスは感動している。
思い悩む様子もなくすぐ整えていたところを見るに、アルバートの頭の中ではある程度の完成形が想像出来ていたのだろう。
額を見せて前髪を左右に流したパーティスタイルのウィリアムは、衣服と合わせて見てもとても様になっていて格好良い。
それはウィリアムという元の素材が良いだけではなく、アルバートの技術とセンスもあってこそに違いないと、ルイスは感動しているのだ。
迷いなくスムーズにウィリアムの髪を整えてしまったアルバートの手は慣れた美容師のようで、けれどもルイスにしてみればまるで魔法使いのようだった。
「兄さん、今の髪型もとてもお似合いですね」
「そうかな。鏡を見せてくれるかい?」
「どうぞ。兄様が整えてくださったその髪型、格好良いです」
アルバートが丁寧に整えた髪型を披露する兄を見て、ルイスは嬉しそうに溌剌とした声を出している。
またも手放しで褒めてくるルイスに少しだけ照れながら、ウィリアムは開けた視界で見た鏡を覗き込んだ。
そこには見慣れない髪型の自分がいて、それでも我ながら華やかな空間に見合っているように思う。
あっさりヘアーセットが終わってしまったからどんな仕上がりなのだろうかと考えていたが、短時間でこうも見栄え良く整えられるものなのかと驚いてしまった。
さすがアルバートは器用な人だとウィリアムが己の姿を確認していると、ルイスがマジマジと自分の姿を見ていることに気が付いた。
今日はよくルイスに見られているなと思いつつ、今度はどうしたのかと微笑みながら優しく問いかける。
するとルイスは嬉しそうに目元を染めてふわりと笑っていた。
「今の兄さん、昔の僕とお揃いの髪型ですね」
僕が兄さんとお揃いが良いって前髪を下ろそうとしても許してくれなかったから、今やっと兄さんとお揃いになれたと思うと少し嬉しいです。
ふにゃりと笑い自分の顔をにこにこと見つめているルイスを真正面から浴びて、ウィリアムは浮かべていた笑みを固めて目を見開いた。
確かにルイスの顔を見たいがあまり前髪を下ろすことを許していなかったし、かといって自分の前髪を上げるのは面倒でそのままにしていたけれど、数年越しのお揃いだと喜ぶその無垢な様子に圧倒されてしまう。
可愛いが過ぎるけれど大丈夫だろうかとウィリアムが思考を止めている最中、ルイスは触れたそうにしては勿体無くて触れられないとウィリアムの髪に手を伸ばしている。
まるで子猫がリボンを追いかけて遊んでいるような仕草のそれはただただ愛らしいだけだ。
ウィリアムは自分の近くでふよふよ宙に浮くその手を捕まえて、何とか「…お揃いだね」と言葉を絞り出しては眩しいばかりに愛らしい弟を見る。
手を握られて嬉しかったのか、ルイスはますます笑みを深めて見慣れないけれど格好良いウィリアムを見返す。
そんな二人のやりとりを見たアルバートは、みるみるうちに日頃の疲れが癒えていくのを一人実感していた。
(そうだ、ルイスの髪も整えてあげようか)
(え?僕ですか?)
(せっかくだから昔みたいに前髪を上げて、ウィリアムと揃いにしてみないかい?)
(それは良い提案ですね!ルイス、せっかくだからやってもらおう)
(お揃い…兄さんとお揃い…でも)
(今この屋敷の中でなら、顔を隠さなくても良いだろう?)
(…では、お願いします)
(ほら、どうだい?)
(ルイス、よく似合っているよ。可愛いね)
(…ふふ)
(ルイス?)
(ウィリアム兄さんとお揃いですけど、アルバート兄様ともお揃いです)
(っ…!)
(アルバート兄さん、気を確かに)
(おでこが出ているとみんなお揃いですね。僕、嬉しいです)
0コメント