恋になるまであと、


転生現パロのウィルイスとアルルイで、兄様とルイスが兄弟、ウィリアムだけが他人という設定第四弾。
あっという間に恋人になるウィルイス、やっぱり魂で繋がった兄弟かつ永遠の人なんよな。

「ウィリアムが来てから楽しそうだね、ルイス」
「は?」
「ほら、前よりも生き生きしている」
「ちが…!」

玄関先で身支度を整えるアルバートを手伝っていたルイスは、持っていた彼の鞄を思わず握りしめる。
慌てて力を抜いたけれど、布製の鞄で本当に良かった。
本革であればルイスの握力で消えない跡が残っていたに違いない。
そんなことを考えながら、ルイスは愉快そうに笑うアルバートを見た。
生き生きしているつもりはないし楽しいわけでもないのに、アルバートもおかしなことを言う。
先日知り合って居候になったばかりの彼は確かにアルバートが認める人格者ではあるものの、ルイスにしてみれば大分おかしな人なのだ。
初対面でいきなり抱きしめてきたし、アルバートに負けず劣らず過保護だし、仲良くなりたいと言っては甘い言葉を囁いてくるし、夜通し寝顔を見つめていたかと思えば寝付いたら寝付いたで寝相がよろしくない。
大切に想っていた弟と疎遠になっているのは可哀想だと、その弟の代わりに彼を兄と呼んではいるけれど、ルイスはウィリアムのことを少しも良く思っていないのだ。
アルバートの大切な友人だというから優しくしているだけで、別に彼がいることで日々が楽しくなっている訳ではない。

「ふ…ルイスは昔から意地っ張りだな」
「意地なんて張っていません」
「鏡を覗いてごらん。私のルイスは以前よりも満たされたように綺麗な笑みを浮かべるようになった。その原因がウィリアムにあるのならば、私は歓迎するよ」
「…アルバート兄様?」
「私はウィリアムがルイスと出会ってくれたこと、とても嬉しく思っている。足りないものにようやく気付けたのであれば、ルイスもきっと私と同じ気持ちになると信じているよ」
「……」

アルバートは情緒を慮る人ゆえに、時々はっきりと物事を言わずにただ結論を匂わせるような言葉を発することがある。
どちらかといえば直情的な、間違いのない言葉を好むルイスにしてみれば明確な答えを出すのは難しい。
それでも彼はルイスのためを思って分かりやすい言葉を選んでくれたのだろう。
一体アルバートが何を想定しているのか、何が見えているのか、今のルイスには分からない。
けれどアルバートの気持ちを裏切ることがなければ良いなと、ルイスは心からそう思った。
頬の傷跡を指でなぞり軽くキスを落としてくれたアルバートを見上げ、薄く色付いた唇目掛けてキスをする。
続けてルイスがアルバートの体に抱きついていると、背後から誰かがやってくる気配がした。
誰かと言ってもこの家にはアルバートとルイス以外なら一人しか存在しない。

「アルバートさん、今日は一人で出かける用事があったんですよね」
「ウィリアム。すまないがルイスを頼んだよ」
「任せてください。お気をつけて、アルバートさん」
「行ってらっしゃい、アルバート兄様。お早いお帰りを待っていますね」
「あぁ、行ってくる」

アルバートからも抱きしめられて、ルイスは名残惜しげにその体から離れ出ていく兄を見送った。
隣には同じく兄を見送るウィリアムがいる。
ちらりと横目に彼の顔を覗いてみるがバレていたようで、首を傾げて微笑まれてしまった。
その笑顔がどうしてだか嬉しくて、ルイスは慌てて視線を逸らし俯くことでやり過ごす。

「ねぇルイス、今日の予定は何かあるのかい?」
「いえ、特にありませんが」
「じゃあ今日は僕に付き合ってくれないかな?」
「どこか行きたいところがあるのですか?」
「いや、この家の庭はとても立派だろう?ルイスに案内してほしいと思って」

ウィリアムの頼まれごとに、ルイスは思わず目を見開いてしまった。

「…では、庭に置かれているテラス席でランチにしましょう。サンドイッチを用意します」
「良いのかい?ありがとう」
「いえ、僕も久々に見て歩きたいと思っていたので」

何気ない提案のつもりが想像以上にルイスの反応が良くて、ウィリアムこそが驚いてしまう。
寂しそうにアルバートを見送ったかと思えば切り替え早く、今はそわそわと楽しそうに赤い瞳を煌めかせている。
昔と同じように花の類を好んでいるのはしばらく観察していればすぐに分かったけれど、それにしても少しばかり反応が過剰だとも思う。
足音を立てずにキッチンへ向かったルイスの後ろ姿を見て、ウィリアムは大きな窓の向こうに広がる立派な庭園を見た。

「せっかくの立派な庭なのに、あまり外には出ないんだね」

大きなバスケットにサンドイッチをたくさんとフルーツを詰め込み、アイスティーを注いだ瓶とカップを持ったルイスと共に、ウィリアムはモリアーティ家自慢の庭園へと足を踏み入れた。
暑いほどの気候に汗ばみそうだが、太陽に照らされた花達はとても美しく咲き誇っている。
それを太陽にも負けない熱を込めた瞳で見つめるルイスは、まるでピクニックにでも行くような張り切りようだ。
とても自宅の庭を歩くとは思えない姿である。

「僕は一人で庭に出ることを許されていませんので。今日はウィリアム兄さんが一緒だから許されているんです」
「そういえばアルバートさんがそんなことを言っていたね。庭は自宅のうちに入らないのかい?」
「あの家の中以外は全て外になるので、ウィリアム兄さんがいても今の僕は護衛に監視されているはずです」
「確かに何人かの視線は感じるけれど…」

至って普通のことだとでも言うように、至極異常なことをルイスは言う。
物騒な世の中なのだからルイスの安全に配慮した護衛にはもちろん賛成だ。
けれど自宅の庭すらも警戒区域になってしまうのは少しばかり過剰なのではないかと感じてしまう。
アルバートが認め、ルイスが受け入れているのならばウィリアムが口を挟む隙はないのだろうが、どうにも気になってしまう。
これではまるで籠の中の鳥だ。
ルイスはそれで本当に良いのだろうかと、ウィリアムは楽しそうに花を愛でている彼を見た。

「ウィリアム兄さん、この薔薇とっても綺麗でしょう?庭師の人が毎日手入れしてくださっているんですよ」
「あぁ、とても綺麗なモダン・ローズだね。リビングに飾られている薔薇はここのものなのかい?」
「はい。毎朝庭師の人が届けてくれる薔薇を僕が活けています」
「そうだったんだね」

リビングだけでなくそれぞれの自室にも一輪花として飾られている薔薇は日によって色が違う。
今朝見かけたのは紫がかった白薔薇だった。

「近くに飾られた薔薇も綺麗ですが、こうして立派な薔薇園がすぐ近くにあるのだから足を運ぶのも良いですよね」
「普段はあまり来ないのかい?」
「アルバート兄様がここを嫌っているので」
「アルバートさんが?」
「はい」

根元付近に咲いた蔓薔薇を見ようとしゃがみこむルイスの背後で、ウィリアムは僅かに眉を顰めた。
アルバートが薔薇を嫌っているとは思えない。
昔も今も美しいものを好むアルバートは、リビングに飾られている薔薇を穏やかな顔で受け入れている。
そんなアルバートがこの見事な薔薇園を嫌う理由があるのだろうか。
ウィリアムが抱いた違和感を気配で察したのか、ルイスは後ろを振り返ることなくぽつりぽつりと己の過去を呟いていく。

「幼い頃、僕とアルバート兄様がこの薔薇園で遊んでいたときに強盗に入られたことがありました」
「……」
「小さかった僕は犯人達にとって都合が良かったようで、そのまま誘拐されてしまいまして」
「……」
「以来、この薔薇園の中にいると兄様の名前を呼びながら拐われていく僕を思い出すらしく、兄様はこの場所があまり好きではないんです」
「…そう」

にいさま、にいさまたすけて!にいさまっ!
そう泣き叫びながら連れられる幼いルイスの顔と声が、ウィリアムの脳裏に浮かぶようだった。
ルイスは淡々と語っているけれど、実際にそれを経験したのがウィリアムならばこれ以上ないほどのトラウマになるだろう。
無力な自分のせいで最愛の弟を奪われてしまうなど、犯人以上に自分のことを許せなくなりそうだ。
ちょこんとうずくまりながら薔薇を見ているルイスを見下ろし、ウィリアムは今ここにいないアルバートと過去のルイスを思う。
どうして自分は彼らの兄弟として生まれてこれなかったのか、無性に悔しくなってしまった。

「…ルイスは嫌じゃないのかい?この薔薇園のこと」
「僕は別に。綺麗な薔薇がたくさんあるからむしろ気に入っています」
「はは…君らしいね」

繊細で神経質そうな見た目の割に豪胆なルイスらしい。
それでもアルバートのことが大切だからこそ、気に入っているというこの薔薇園に出ることを諦めていたのだろう。
そんな過去があるのならば自宅の庭とはいえ一人で出ることを許されないのも納得だ。
誰かの付き添いがなければ庭に出られないとして、アルバート以外に心を開いていないルイスが彼以外とこの場所に来ることもありえない。
つまり今日ウィリアムが提案するまで、ルイスはこの広い庭にある立派な薔薇園を、屋敷の中で見るだけに留めていたのだ。
だから誘いを受けてあんなにも張り切っていたのかとウィリアムは理解した。
今のルイスにとって薔薇よりもアルバートの方が大切なのだろう。
それはとても素敵なことだと思うし、同時に悲しいことだとも思う。

「ルイスは優しいね」
「…?」
「アルバートさんもそんなルイスのことがだいすきなんだろうね」
「…そうでしょうか」
「きっとそうだよ」

アルバートに愛されているのなら嬉しいと、ルイスは僅かに頬を染めて立ち上がる。
出会ったばかりのはずなのにウィリアムの言葉は妙にルイスの心に響いてきて、彼が言うのならきっとそうなのだろうと無条件に信じてしまいそうになる。
大事にされている自信はあるけれど、ウィリアムの目から見てもそうであるならば、自分はちゃんとアルバートに愛されているのだろう。
聡いウィリアムのことだから、つい緩んでしまったルイスの口元には気付いているはずだ。
ならばもう隠さなくても良いかと、ルイスは久々に美しい花々と緑に囲まれて清々しい気分で彼を見た。

「そろそろお昼です。あそこでランチにしましょう、兄さん」

そうしてルイスは持っていたバスケットを掲げて近くに設置してあるベンチを指差した。
爽やかな風が吹き抜けるこの空間で食べるランチはきっと格別だろう。
いそいそとサンドイッチとフルーツを広げてカップにアイスティーを注ぎ、ルイスはウィリアムにスモークサーモンとクリームチーズのサンドを手渡した。

「どうぞ。兄さん、サーモンおすきですよね?」
「ありがとう、だいすきだよ」
「…美味しくお召し上がりください」

ここ数日の様子で魚がすきなのだろうと気付いていたからわざわざ用意したのだが、予想とは違う返事をもらってどくりと心が跳ねた。
サーモンがすきなのだと分かってはいても、ウィリアムほどの美貌でだいすきなどと言われるのは誘惑めいたものがある。
アルバートも軽率にすきだと言っているが、他所でそれを言っては勘違いされてしまうのではないだろうかと気にしたことがあった。
ただでさえ魅力的なアルバートなのに、好意を意味する言葉を与えてはきっと恋患う人が出てきてしまう。
そう不安に駆られたけれど、結論として、アルバートはルイス以外の前では少しの好意も見せないと知ってからは安心したものである。
果たしてウィリアムは大丈夫なのだろうかと、ルイスはドキドキしている心臓を落ち着かせるために静かに息を吐き、たっぷりとジャムを挟んだサンドイッチを手に取った。

「…そういえば、さっきの話の続きだけど」
「はい?」
「誘拐されてしまったと言っていたね。どうやって助かったんだい?」
「……よくぞ聞いてくださいました!」
「え?」

サンドイッチを食べながら聞かれた質問は、ルイスが待ち望んでいたものだった。
予想だにしない反応をしたルイスにウィリアムはゴクリと喉を動かし、何を語られるのか思わず身構えてしまう。

「誘拐された僕を助けてくれたのはアルバート兄様なんです!犯人のアジトらしい場所で捕まっていた僕を兄様が助けてくださいました!」
「へぇ、さすがアルバートさんだ」
「兄様、とっても格好良かったんですよ!まだ8歳だったのに警察を引き連れて僕を探し出してくれて、袋に詰められていた僕を犯人に気付かれないよう出してくれたんです!」
「…凄いね、アルバートさん」
「僕は袋に入っていたのでよく分からなかったのですが、後から警察の人に兄様のことを聞いて感激しました…!警察が見落としていた手掛かりを元に助けに来てくれたんです」

およそ8歳児が出来ることではないため、アルバートにはその頃から既に前世の記憶があったのだろう。
それでも知能はともかく体力はどうにもならないからこそ、目の前で拐われようとするルイスをその場で救えなかったのだ。
袋に詰められていた、というワードに殺意が湧いたけれど、憤ったところで過去を変えることも出来ない。
ウィリアムは嬉しそうにアルバートの武勇伝を語るルイスを複雑そうに見つめていた。

「あのときのことはもうよく覚えていませんが、目隠しをされて泣きたくても泣けなかった僕の視界いっぱいにアルバート兄様が現れたときの感動は今でも覚えています。もう兄様にも会えないままどこかに行ってしまうのかと思い、とても怖くて仕方がなかった…兄様が僕の名前を呼んで抱きしめてくれたときは本当に嬉しかったです」
「そうだったんだね」
「あのときから兄様が僕にとって一番大切な人です。兄様が僕を助けてくれたから、僕は今こうしてここにいられます」
「…だいすきなんだね、アルバートさんのことが」
「はい」

だいすきですと、恥ずかしがる様子もなく誇らしげに言うルイスが愛おしい。
今こうしてルイスが生きているのはアルバートのおかげなのだ。
あの人は昔も今もルイスと、そして自分を救ってくれた。
そう思うだけで敬愛する彼への思いがどんどん溢れていきそうになる。
ウィリアムがこの瞬間に感じる幸せを噛み締めていると、嬉しそうに語っていたルイスがふいに己の右頬に触れて視線を落とす。
すぐにまたアルバートの格好良さを語ってはいたけれど、ウィリアムはその違和感を無視することが出来なかった。

「ねぇルイス。アルバートさんに助けてもらったとき、他にも何かあったんじゃないかい?」
「…いえ、何も」
「本当に?」
「……兄さんはずるい。何もないって、言っているのに」
「そんな顔をして何もないはずないだろう?僕はルイスのことを知りたいんだ。教えてくれるかな?」
「…兄様には、内緒ですよ」

全てを見透かすような緋色に逆らえず、ルイスは唇を噛み締めて俯いた。
ルイスの変化など誰も気付かないし気にしないはずなのに、どうしてだかウィリアムには気付かれてしまう。
それが嫌ではなくて、むしろ彼になら話しても良いのだとルイス自身が認めている。
ルイスはまだウィリアムのことをよく知らないのに、ウィリアムにはルイスのことがよく見えているらしい。
不思議な人だと、ルイスは右頬にある傷跡へまたも無意識に触れていた。

「…兄様が僕を助けてくれたんです。だから僕も、兄様を助けたくて…」
「うん」
「犯人達がナイフを持っていたんです。僕を助けたアルバート兄様を刺そうとしていたから、兄様を守ろうと前に出て、そしたら」
「……こうなってしまった?」
「……」

ウィリアムは傷に触れるルイスの手に触れ、未だ残る痛々しい古傷を見る。
あの頃は皮膚が爛れたまま再生したような歪な跡だった。
今は多少引き攣れてはいるものの、綺麗に縫い合わせた形跡が残るのみだ。
色も薄くなり、遠目から見ればさほど目立たないだろう。
けれど整った顔に存在する傷跡はやはり痛ましさを与えてしまうに違いない。

「痛かった?」
「……」

左右に首を振り、痛くなかったと主張するルイスが健気だった。
痛くないはずがないのに、それよりももっと他の感情がルイスの胸を占めていたのだろう。

「僕を切った犯人は血に動揺したのか隙が出来て、それを見逃さずに兄様が捕まえてくれました。凄く格好良くて嬉しかったのに、兄様はずっと僕に謝ってばかりで…拐われたのも怪我をしたのも全部僕が悪いのに、兄様はずっと謝っていました」
「…そう」
「会う人みんな、僕のことを可哀想だと言います。顔に傷が出来た可哀想で哀れな子どもだと、そう言っています。…僕は可哀想じゃないのに」
「うん」
「……この傷は、可哀想な傷じゃないのに」
「そうだね。ルイスが持つ勲章だものね」
「え?」
「この傷はルイスがアルバートさんを守った証なんだね」

思えば初めて会ったときから、ウィリアムは一度もルイスの顔を見て表情を変えたことがなかった。
どんな人であれルイスの顔を見た瞬間、必ず頬の傷に目をやってはその表情を変えるのだ。
哀れみ、同情、嘲笑、侮蔑、興味、腫れ物に触れたくないからと敢えて気にしないよう心がけたところで、ルイスを見た人間は何かしらの感情を抱く。
その感情の何もかもが疎ましくて、けれどそれを表に出すわけにもいかないからただ静かにやり過ごすのが常だった。
可哀想じゃない。
同情される理由も嘲笑される謂れもない。
この傷はルイスがルイスなりに頑張った、アルバートのための傷なのだ。
アルバートを守るために行動を起こした過去の自分を、ルイスは今でも褒めたいと思う。

「…兄様も、僕の顔を見ると悲しそうな顔をします。間違ったのかもしれないけど、あのときの僕にはこうするしか兄様を守る方法が分からなくて、だから頑張ったのに、兄様も僕の傷を良く思っていません。…これは、僕が必死に兄様を守った結果なのに」
「そうだね」
「…お父様もお母様も、誰も褒めてくれなかった。兄様はずっと僕に謝ってばかりで…僕はごめんなんて、欲しくなかったのに」
「……ありがとうが、欲しかった?」
「……」

こくりと、ルイスは小さく頷いたまま俯いた。
ウィリアムは前にいるふわふわした金髪を混ぜるように頭を撫でて、すっかりと気を落としてしまった健気な弟を見る。
良かれと思い咄嗟に行動してしまう性質は変わっていないらしい。
やっぱりこの子は自分の弟なのだと、ウィリアムがそう確信してしまうほど目の前の彼はルイスでしかなかった。
ルイスはいつだってウィリアムとアルバートのために頑張っていて、褒めてもらいたくて懸命な子だった。
思い込みが強くて突拍子もない行動を取ることもあったけれど、それはそれで愛おしくて堪らなかった。
今世でもそれは変わらず、己の危機よりもアルバートの危機に反応して守ろうとする姿はとても格好良いのだろう。
だがウィリアムの心情としてはルイスよりもアルバートの気持ちに近い。
より完璧な計画のためにルイス自ら頬を焼いてしまったあの頃はしばらく己の未熟さに苦悩したし、ルイスの気持ちを評価しようにも余計な雑念ばかりがチラついてしまった。
アルバートもきっと同じ気持ちだっただろうと簡単に想像がつく。
いや、アルバートは二度も目の前でルイスが怪我をする姿を目の当たりにしたのだからその衝撃も強かったはずだ。
直情的で困った弟なのに、それでもやっぱりどうしようもなく愛おしかった。

「よく頑張ったねぇ、ルイス。ルイスが頑張ったおかげで、アルバートさんは怪我をしなかったんだね。凄いね、頑張ったんだね、ルイス」
「……」
「ルイスのおかげでアルバートさんは無事だったんだね。彼は僕にとって大切な人だからとても嬉しいよ。今更だけど、お礼を言わせてくれるかな」
「…ぇ…」
「ありがとう、ルイス」

まるで子どもを褒めるような口調だったけれど、ルイスはそれで十分嬉しかった。
ずっと欲しかった言葉をようやく手に入れることが出来たのだから。

「……誰もそんなふうに言ってくれませんでした。危ないことをしてはいけないと、気を付けなさいとばかり言われて、誰も兄様を守ろうとした僕のことを認めてくれなかった。この傷は兄様を守った僕の自慢なのに、誰もそう見てはくれない」
「ルイスにとって大切な傷なんだね。アルバートさんを守った、ルイスの勲章」
「ん…」

ウィリアムも本心ではルイスの行動を全て肯定しているわけではないのだろう。
彼はアルバートと同様ルイスに過保護だ。
きっと無茶をしたルイスに思うことはあるはずなのに、それでもこの傷に負の感情を抱かず、ルイスが願っていた言葉を的確に与えてくれた。
そう、勲章なのだ、この傷は。
ルイスが初めてアルバートを守った証で、ルイスが誇るべき勲章なのだ。
ようやく誰かにそれを認めて受け入れてもらうことが出来た。
それがウィリアムであることを、ルイスの心は不思議に思うことなく納得している。
むしろこの人しかいないとさえ思うほどだ。
そうして自分が大切にしていたものを同じく大切にしてくれるウィリアムがすぐ隣にいると自覚した瞬間、ルイスの口からは自然と愛が溢れていた。

「…すき」

いっぱいいっぱいになったカップから水がこぼれるように、ルイスという人間からたくさんの愛が溢れてしまった。
こんなにも自分のことを理解してくれる人は他にいないだろう。
ウィリアムの存在を無意識に受け入れてしまうのが不思議だったけれど、多分きっと、ルイスの魂が彼を求めていたのだ。
誰より愛しいアルバートと同じくらいに、ウィリアムのことが愛しいと思う。

「…ルイス」
「……すきです、ウィリアム兄さん。あなたがすき。僕はずっと、あなたに会いたかった…そんな気がするんです」
「ルイス、君は」

赤い瞳に負けないくらいに熟れた頬と、熱のこもった眼差しにぞくりとした。
以前はそれこそ毎日聞いていた言葉なのに、いざ数百年ぶりに聞くと懐かしさで頭がおかしくなりそうだ。
ウィリアムは真っ直ぐに自分を見上げるルイスを見て、高揚した気持ちを隠すことなく全身を震わせた。
ルイスは何も覚えていない。
今この瞬間に記憶が戻るような劇的な何かがあったわけでもない。
何もない状態で、それでもウィリアムを求めてくれたのだ。
ルイスが自分を求めないはずがないと自負してはいたものの、実際に彼から選ばれるとなると、歓喜のあまりどうにかなってしまいそうだった。

「ルイス」
「あ、…」

本当ならタイミングを見てこれ以上ないほどの愛の言葉を届けるはずだったのに、それから恋人になるはずだったのに、これは何とも嬉しい誤算だ。
初めての告白はとても可愛らしくて、それでいてとても情熱的な恋だった。
愛しい弟はやはり直情的で、思い込んだらすぐ行動してしまうらしい。
己の想定を軽々超えてしまうルイスには潔く負けを認めよう。
強く抱きしめた体からゆっくりと力が抜けていき、おずおずと背中に回される腕に愛おしさが増していった。

「愛しているよ、ルイス」
「…はい」
「君が誰より愛おしくて大切だ。僕の恋人になってくれるかい?」
「……はい」

咲き誇る薔薇の中、ウィリアムは前世を合わせても正真正銘初めての恋人を手に入れた。
抱きしめるだけでなくようやく抱きしめられた幸せをその身に受ける。
腕に馴染む感覚に安心しているウィリアムと同じく、ルイスは居心地の良い腕の中に安堵しては頬を緩めるのだった。



(僕、恋人が出来るのは初めてです)
(僕も初めてだよ。お揃いだね)
(兄さんも初めてなんですか?こんなに格好良いのに?)
(ふふ、褒めてくれてありがとう。でも僕はルイス以外には興味がなかったから、他の人に恋をするつもりはなかったんだよ)
(…随分と前、兄様に僕のことを聞いていたんですよね。会ったこともなかったのに、僕のことを気にしていたんですか?)
(あぁ。ルイスじゃないと駄目だと分かっていたから)
(…そうですか)
(さぁ、アルバートさんが帰ってきたら早速報告しようか)
(え、報告ですか?兄様に?)
(勿論。彼の許可がないとルイスも安心出来ないだろう?)
(あ、あの僕、兄さんのことはすきですけど、アルバート兄様のこともだいすきなんです。兄様と離れるのは絶対嫌です。二股も嫌ですし、兄様を裏切るくらいなら兄さんの恋人にはなれないです)
(大丈夫だよ、ルイスが僕か彼のどちらかを選ぶ必要はないから。三人で仲良くしていこう)
(え?)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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