食事 or 入浴 or …?
ウィルイスとアルルイのほのぼのいちゃ甘コメディ。
兄様の好みに近付こうと頑張るルイスと応援するウィリアムと兄得なアルバート兄様。
先ほどモリアーティ家に届いた封書には厚みのない一冊の雑誌が入っている。
主に話題の調度品、食やファッションの流行について記されており、物珍しいものを好む貴族に向けた会員制の情報誌のようなものだ。
周辺に住まう貴族へ一律で配布されるそれで得る情報に大したものはないけれど、多くの貴族と関わる上でコミュニケーションの一端にはなるのだから、三兄弟はきちんとそれぞれに目を通していた。
「確か、今月はアルバート兄様の特集が組まれているはずですね」
貴族だけが読めるその情報誌では、何故だか順繰りと貴族家当主についての特集が組まれるのが慣習となっていた。
他者へ己の地位と権力を示す意味で重要なのだろう。
だが近年その内容が随分と親しみやすくなったというべきか、権力以外のものを重視していると表現すべきか、簡単に言ってしまえばゴシップ誌じみてきているのだ。
年老いた当主では紙面が保たなかったためか、一興として社交界の花形たる次期当主や麗しき御令嬢へのインタビューとともにその写真をいくつか掲載したところ、金を出しても良いから複数を手に入れたがる人間が続出した。
関係と持つことは叶わないけれど憧れの殿方を知ろうとする婦人、社交会で出逢おうにも出逢えない深窓の令嬢の顔を初めて知る紳士、そのどちらからも需要がある。
過去には若くして爵位を継いだブリッツ・エンダース伯爵が特集されており、多くの貴婦人達が観賞用と保存用に複数買い求めたという。
当然出版社と印刷屋の懐は潤い、それを手にした貴族からの満足度も高かった。
以降は必然的に貴族家の特集にページを多く割かれるようになり、今では流行を追う目的よりもその人物について探る上での情報収集誌になってしまったのだ。
届いたばかりの貴族限定会員情報誌の最新号を手に、ルイスはいそいそとそのページを開いていく。
「兄様兄様兄様…あった」
パラパラと雑誌をめくっては目的の人物がいるページを見つけ出す。
先代の急な不幸により急遽爵位を継いだアルバートは若く凛々しく美しいため、その存在を知る貴婦人達から絶大な人気を誇る伯爵だ。
顔を知らずともモリアーティ伯爵といえば見目麗しい美青年だということは遠くに住まう貴族にすら知れ渡っている。
ゆえに出版社には彼の特集を求める嘆願書が多く届いており、順繰りと全ての貴族について特集されるはずなのにアルバートだけは年に数回は特集されるほどだった。
アルバートが特集された号は貴族どころか一般市民の手にも渡っており、未だにバックナンバーを求められ発行することがあるという。
ルイスは当然アルバートが特集されている全ての雑誌を初版で保管しており、今回のこれも兄達に中身を確認してもらってから部屋で大切に保存するつもりである。
「さすがアルバート兄様、お写真で見ても格好良いです」
優雅な笑みを携えているアルバートの写真を見たルイスは、一人うんうんと頷きながら誇らしげに笑みを浮かべていた。
自分の兄かつ恋人である彼の姿は直接見ようが写真で見ようが変わらず魅力的なのだ。
うっとりとアルバートへの愛を再確認するでもなく、ただその格好良さを自慢に思うのがルイスがルイスたる所以である。
さすが兄様、やはり最高に格好良いお人です。
そんなことを考えながらルイスは書かれている文字を読み進め、合間にある彼の写真を目に焼き付けていく。
この情報誌、特集された人物の人柄が分かるようインタビュー形式の文章であることが多い。
そのほとんどが好物や趣味、将来の夢などありきたりな質問に答えることが常だった。
他の貴族の特集では入浴の際はどこから洗うか、好ましい異性のタイプは何かといった質問もあるが、それら全てをアルバートは却下してきたようで、彼の特集は面白みのない普通のインタビューで終えることが多い。
もう何度アルバートの好物と趣味、将来の夢について書かれた特集を見てきただろうか。
どれも同じ答えであるはずなのに載っている写真が撮り下ろしなのだから、その度に新鮮な気持ちでルイスは読んでいる。
今回も思わず上がる口角を自覚しながらガラス越しに文字とアルバートの顔を交互に見ていると、後半にある文字の羅列に見慣れない単語が現れた。
「どんな人が好みか…?」
そこに書かれていたのは恋愛対象になりうる人間についての質問だった。
そもそも爵位を継いでいる人間、もしくは継ぐ予定の人間は恋愛など経験することがない。
婚姻は個人ではなく家同士でするものなのだから、そこにあるのは人ではなく爵位の意思なのだ。
だから結婚した相手とは別に女や男を匿うのが貴族にとってある種の常識になっていた。
ルイスには到底理解し難い貴族のルールだが、アルバートもその慣習に対して辟易していることを知っている。
立場のある人間が愛する者同士で結ばれるのは難しいにしろ、何人もの人間と関係を持つことを嫌っていたのだ。
そもそもアルバートに結婚の意思はない。
彼の恋人はルイスなのだから、他の誰とも関係を持たないと言われている。
もう何度も彼に愛を囁かれてきたのだから疑いの余地はないし、ゆえにこのインタビューでルイスの心が揺らぐことはないのだが、それとは別にアルバートの好みのタイプがどんな人なのかは純粋に興味がある。
他の貴族がこの手の質問に答えているのを見たことはあるが、どうして今回はアルバートも答えているのだろうか。
「兄様の好みのタイプ…慎ましくて清潔感のある人、自分だけに見せる一面があるのなら信頼されていることを実感して嬉しく思う……ふむ、なるほど」
他の質問は過去に見てきたものと同じだったけれど、この質問だけがいつもと違っていた。
アルバートの好みの人間は慎ましくて清潔感があり、自分を信頼してくれている人らしい。
完璧主義なアルバートだから相手にもそれを求めるのかと思いきや、ルイスはさほど完璧主義ではないのに恋人として大切にしてくれているから、実の所はそうでもないのだろう。
ルイスはそう一人納得したけれど、アルバートが実際ルイスの几帳面で丁寧な部分を好ましく思っていることを知るのはウィリアムくらいのものである。
「身の回りの清掃は兄様に合格を貰えているし、清潔感は日々お風呂に入っているからきっと大丈夫…兄様への信頼はウィリアム兄さんにも負けないくらいだし、兄様もそれは分かっているはず。そうなると…」
ルイスは雑誌を見つめていた顔を上げ、それを片手にウィリアムの部屋へと駆けて行った。
「兄さん!」
「何だい、ルイス」
「いきなりすみません、ご相談があります!」
「ルイスの相談事ならいつでも大歓迎だよ」
「ありがとうございます!」
向かった先の書斎ではウィリアムが本を手にしていたが、ルイスの訪室とともにそれを机に置いてくれた。
読書の邪魔をして申し訳ない気持ちはあったけれど、もう随分と長く読んでいただろうからそろそろ休憩の時間だ。
罪悪感を抱くのもそこそこにして、ルイスはウィリアムにお礼を言ってから彼の気分転換も兼ねてリビングへと向かうことにした。
「それで、僕に何を相談したいんだい?」
「まずはこれを見ていただけますか」
「ん?あぁ、今月も届いたんだね。確か兄さんが特集されている回かな」
「はい。それで、兄様のインタビューで気になることがありまして…」
途中で厨房に寄ろうとするルイスにウィリアムも着いていく。
ルイスが温かい紅茶とビスケットを用意するのを眺めつつ、ウィリアムはティーワゴンを押すルイスの腰を抱きながらリビングへと向かい、紅茶を一口味わってから本題へと入っていった。
香り高い紅茶は渋みもなくとても美味しい。
まだカップを手に取らないルイスに苦笑しながらウィリアムが渡された雑誌を読んでいると、見たことのない文章に思わず目を見開いてしまった。
兄のその様子に気付いたルイスは唇を引き結んで頬を赤らめる。
「…珍しいね、兄さんがこの手の質問に答えるなんて」
「僕もそう思います」
アルバートが写真撮影とインタビューを引き受けたのはしばらく前のことだ。
綺麗なその顔に「面倒極まりない」とはっきり顔に滲ませていたけれど、これを終えればしばらく安泰だと言っていたのはこれが理由なのだろう。
おそらく、この質問に答える代わりにしばらくの間は特集を拒否すると交渉でもしたに違いない。
前回の特集よりもページ数が倍増しており、何なら写真だけのページも多数ある。
もはや情報誌というよりもアルバートのちょっとした写真集のようだ。
その身を切って拒否を示しただろうアルバートの努力に、ウィリアムは思わず涙した。
アルバートが表立っているおかげでウィリアムもルイスも特集についての依頼が来ていないのだから、彼には最大級の感謝しかないのだ。
ウィリアムはその苦労を偲びつつも感謝して、けれどルイスは「今月は兄様のページが多いです」とホクホクした気持ちで喜んでいるだけなのだろう。
数ページ見ただけでアルバートの苦労とルイスの鈍さを実感しつつ、ウィリアムは弟の言葉の先を促した。
「それで、ルイスは何を相談したいんだい?」
「…兄様の好みの人、慎ましくて清潔感があって信頼してくれる人だと書いてありますよね?」
「そうだね。間違いはないと思うけど」
「僕もそう思います。適当な編集ではなく、これは兄様の言葉です」
ウィリアムは淀むことなく言ったルイスの言葉を反芻しながら会話を続ける。
幼い頃から見ているのに飽きることのない可愛い顔をした弟の頬は、目元にかけてまでが綺麗な薔薇色に染まっていた。
可愛いなと、心癒されながらウィリアムはルイスの言葉を待つ。
「…兄さん、慎ましい人になるためにはどうしたら良いですか?」
「…うん?」
「その、兄様の好みに少しでも近付くため、慎ましい人になりたくて」
あれだけはっきりとした物言いをするルイスが、今はもじもじと気恥ずかしそうに小さな声で喋っていた。
ルイスは時折こんな喋りと雰囲気を醸すことがある。
その大半はウィリアムかアルバートに関する色恋沙汰のときで、今がまさにそのときだった。
「兄さん好みの人になりたいの?」
ウィリアムの問いかけに驚いたように肩を跳ねさせたかと思えば視線を彷徨わせ、数秒思い悩んでからルイスは小さく頷いた。
その仕草があまりにも初々しくて可愛らしくて、恋に恋する思春期の少年のようだとウィリアムは思う。
可愛い弟が持つ表情を余すことなく見届けたくて、アルバートにはルイスの恋人役を依頼した。
二人が惹かれあっているのは気付いていたし、アルバートならばルイスを任せるに値する人間だと見極めていたからだ。
事実、ウィリアムはアルバートのおかげで見たことのなかったルイスの表情を幾度も目にしてきた。
ルイスが安心して身を任せられる人間がいることはウィリアムの心にも余裕を生み、三人揃って充実した日々を送っている。
アルバートがルイスを大切にしているのは確かだ。
ウィリアムの目から見ても間違いのない事実で、つまりルイスこそがアルバートの好みを形にした存在であるはずだろう。
慎ましくて清潔感があって自分を信頼してくれている人など、個人を特定出来ないよう表現を和らげているだけでルイスを指し示しているのは確実である。
だからルイスがわざわざアルバート好みの人にならずとも、ルイスはただありのままでいれば良いはずだ。
だがそれを教えてしまっては面白くないだろう。
アルバートに好かれようと頑張るルイスを応援するのはウィリアムの役目だ。
懸命なルイスを見てアルバートはより一層ルイスを愛してくれるだろうし、その姿を見るのはウィリアムの至福になる。
ここは可愛い弟と尊敬する兄のため、そして何より幸せそうな二人を見て癒されるため、ウィリアムはルイスの両手を取り満面の笑みを見せた。
「僕に任せて、ルイス!」
「兄さん…!」
「ルイスは元々兄さんの好みから大きく外れていないけど、よりすきになってもらえるよう頑張ろうね!」
「はい!」
好みが外れるどころか好みど真ん中であろうことは隠しつつ、ウィリアムは喜びで煌めく赤い瞳を間近で見る。
このルイスについて教えれば、アルバートはきっと感激で天を仰ぐだろう。
それはそれで見るのが楽しみだと、ウィリアムは興奮で少しばかり体温の上がったルイスの体を抱きしめた。
そうしてルイスはウィリアムによる「慎ましさとは何か」という特別講義を受けた。
慎ましさについてを丁寧に教え込まれ、今のルイスは日本人女性も驚きの大和撫子である。
もちろん教え込んだのがウィリアムなので幾分か情報は偏っているけれど、ルイスは兄を疑うことを知らないので気付くことはない。
そろそろアルバートが帰宅する時間だ。
まず慎ましさを全面に出した出迎えをするべく、ルイスはウィリアムを見ては力強く頷いた。
「お帰りなさい、アルバート兄様」
夕食の用意を終えてリビングでウィリアムとともにアルバートの帰宅を待っていると、ルイスは聞こえてきた玄関先のベル音にいち早く気付いてはすぐさま向かっていく。
ルイスの姿を目に入れた瞬間、アルバートは穏やかに微笑み被っていた帽子を手に取った。
「ただいま、ルイス」
「お仕事お疲れ様でした、アルバート兄様。鞄、お持ち致します」
「ありがとう」
アルバートから鞄と帽子を受け取り、ルイスは彼に近付くべく一歩分だけ足を前に進める。
ほのかに香るアルバート愛用の香水が鼻に届き、姿だけでなく匂いでも彼の存在を実感した。
リビングでウィリアムが待っていることを伝え、隣り合って広い廊下を歩いてはその顔を横目に見上げる。
すっきりと上げられた髪の毛が一部分だけ耳にかかっていて、朝見送ったときとの差を感じて新鮮だった。
「何だい?」
「あ、いえ…何でもありません」
どうしてだか自分を見つめていたルイスに声を掛ければ、すぐに視線を外しながらもちらちらと様子を伺ってくるのが気配だけでも分かってしまう。
見惚れていたというのは照れてしまうが、悪い気持ちはしない。
アルバートもルイスならば時間を忘れてずっと見つめていたいのだから気持ちは分かるのだ。
思わず吐息のような笑いをこぼしてから、アルバートはルイスの腰を抱いてウィリアムの待つリビングへと向かっていった。
「お帰りなさい、アルバート兄さん」
「ただいま、ウィリアム。変わりなかったかい?」
「えぇ、日々落ち着いていますよ」
「それは良かった」
リビングに続く扉を開けて、ソファに腰掛けるウィリアムから帰宅を労われる。
返事をしながら軽く近況を尋ねればどうということはない答えが返ってきて、兄弟全員が何気ない日常を送っていることに少しばかりの罪悪感を覚えつつ、今はこの時間を堪能しようとソファに座ろうとした。
けれどそれを阻止したのは隣にいたはずのルイスだった。
「ルイス?」
「あ、あの…」
「どうかしたのかい?」
「……」
いつの間にか鞄と帽子をいつもの位置に置いていたらしく、ルイスは片手でアルバートの衣服の裾を摘んでいた。
皺にならない程度の弱い力は、相手がルイスなのだと思えばアルバートには振り解くことが出来ない。
いつもならすぐ着席を促すルイスが珍しいと、アルバートは振り返ってルイスと向き合い、少しばかり俯いているその頭を見た。
ふわふわと流れる金色の髪の毛の流れがとても美しい。
「に、兄様」
「あぁ」
「食事の用意も入浴の用意も出来ております」
「ありがとう、ルイス」
「そ、それで…」
少しばかり震えた声で、ルイスはアルバートと視線を合わせずに言う。
様子はおかしいけれど可愛いから良いかと、アルバートはゆっくりルイスの言葉を待つ。
ウィリアムは何も言わなかったけれど、ルイスの様子を目に焼き付けつつ心の中で頑張る弟を応援していた。
「(頑張れ、ルイス!)」
「あ、アルバート兄様」
「何だい?」
「食事にしますか?入浴にしますか?それとも…」
「それとも?」
「ぼ、僕にしますか!?」
頑張ったね、ルイス!
ウィリアムは握り拳を両手に作り、アルバートの背中の向こうで真っ赤な顔を見せているルイスを心から褒めた。
アルバートの表情は見えないけれど、大方驚きで目を見開いているのだろう。
端正な顔立ちの彼は呆けた顔も美しいのだろうから見てみたいけれど、下手に動いては二人の均衡が崩れてしまうと、ウィリアムは息を殺してルイスとアルバートの動向を見守っていた。
慎ましさが持つ意味合いの中で、控えめでしとやかという性質をルイスは既に持ち合わせている。
兄以外には控えめな態度をなくしているが、アルバートに対しては控えめかつしとやかなのだから問題ないだろう。
遠慮深さ、という点でもルイスは合格点である。
だがそれを伝えたところでルイスは納得しないしウィリアムもつまらないと、語句の意味を拡大解釈した結果、相手の意向に合わせて行動するというのも慎ましさの一種だろうと判断した。
もうすぐ帰宅するアルバートに対し慎ましさをアピールするならば、普段の行動をあえてアルバートに選ばせるのはどうだろうかと考えたのだ。
普段ならばルイスが作った食事が冷めないうちに夕食を取り、その後ゆっくりと入浴するのがアルバートの日常だ。
それを敢えてアルバートに選択させ、ついでに選択肢を増やしてみるのはどうだろうかとウィリアムはルイスに提案する。
「決まった道を行くよりも自分で選んだ道を進む方が満足感があるし、選択肢を出してそのサポートに徹するなら、それは慎ましさだと僕は思うよ」
「なるほど」
「食事と入浴だけだと味気ないし、ルイス自身が体を張るのも良いかもね」
「なるほど」
どこから取り出したのかメモ帳片手にメモを取りつつ、ルイスは感心したようにウィリアムのアイディアを書き留めていた。
その結果が先ほどの問いかけである。
奥手で恥ずかしがり屋なルイスにしてはよく頑張ったと、ウィリアムは満足げに真っ赤なその顔を見た。
ちゃんとアルバートの顔を見て言い切ったルイスは潔い。
おかげで羞恥に火照ったその顔を存分に堪能出来ると、ウィリアムはアルバートの出方を見守っていた。
「…ルイス、それは」
「い、今なら僕を選ぶと兄さんも付いてきます!」
「(え、僕も?)」
頑張ったルイスを労いアルバートの出方を見守っていたはずのウィリアムは、突然引き合いに出された自分という存在に驚いた。
ついルイスを見つめるが、当の本人はアルバートだけを見ていて視線が合うことはない。
「そうか、それはお得だね。ちなみにルイスを選ぶと何が出来るんだい?」
「えっと、まずは僕と兄さんでお帰りなさいのハグをします。その後で疲れを癒すために兄さんが歌ってくれます」
「(え、僕が歌うの?)」
引き合いに出しただけあってちゃんと役割もあるらしい。
ルイスのため、かつアルバートのためならばどんな労力も厭わないけれど、事前に相談の一つくらいはしてほしかった。
「僕は兄様のお体の疲れを癒すために腕と肩のマッサージをします。心と体の疲れが癒えたら食事と入浴をしていただき、寝るときには兄様が冷えないよう僕が湯たんぽ代わりになって一緒に眠ります」
「なるほど、それは魅力的だね」
「そうでしょう?慎ましいと思いませんか?」
「(ルイス、それは慎ましいとは言わないと思うよ)」
好意的なアルバートの声にルイスは自信を付けたのか、赤い頬のまま瞳を輝かせて彼を見る。
アルバートがどれを選んでもルイスはそれに従うつもりだが、出来ればアルバートに尽くす機会が増える最後を選んでほしいのだ。
慎ましさとはきっと相手に尽くすことをいうのだろう。
ウィリアムの講義の元ルイスはそう解釈し、ならばアルバートにたくさん尽くしてあげたいと考えた。
ルイス自身もアルバートと関われるのは嬉しい限りだし、一石二鳥である。
現実はルイスだけでなくアルバートも喜び、ウィリアムも喜ぶのだから一石四鳥だろうか。
ルイスの思考を踏まえつつ脳内で一部の間違いを訂正しながら、ウィリアムは何故か巻き込まれた自分について考えていた。
ちらりと視線をくれたアルバートの顔を見たけれど、すぐに前にいるルイスの方を向いてしまったから表情を探ることが出来ない。
「アルバート兄様、食事か入浴か僕と兄さんのどれにしますか?」
「どれも悩ましいけれど、今日はルイスを選ぶとしようか」
「!はいっ」
ルイスは歓喜で高くなった声のままアルバートに抱きつき、満足そうにその肩に顎を乗せた。
まるで撫でられて嬉しそうに喉を鳴らす猫のようだ。
今のルイスならばゴロゴロ聞こえてきても違和感はないだろう。
アルバートも快くルイスの背に腕を回し、その体を強く抱きしめていた。
ウィリアムはそんな二人の抱擁をしばらく眺めていたけれど、目の合ったルイスから手招きをされて促されるまま二人に近付く。
そうしてアルバートの背中を抱きしめ、咄嗟に巻き込んでくれたルイスの額へ少しだけ強めに自分のそれを重ね合わせた。
こつん、と聞こえた音に苦笑する気配が聞こえてくる。
「全くもう、ルイス。僕まで巻き込むなんて」
「すみません、つい…」
「そう言わないであげてくれ、ウィリアム。私は満足だよ。可愛い恋人と可愛い弟の抱擁は何よりもの価値がある」
本当ならば仲睦まじい二人の様子を見ては悦に浸る予定だったのだが、機嫌の良さそうなアルバートに免じて許すとしよう。
アルバートと一緒にルイスを愛でるのはウィリアムにとっての至福そのものなのだから、想定外だが良い方向に向かって良かったのかもしれない。
これでアルバートの好みのタイプに一歩近付けただろうかとソワソワしているルイスの頬にキスをして、ますますすきになってくれたから安心していいよ、と優しく教えてあげた。
(ウィル、ルイスが言っていた慎ましさとは何のことだ?それに帰宅時のあれは何だったんだろうか)
(あぁ、慎ましい人が好みだと兄さんが雑誌で言っていたでしょう?)
(そう答えたはしたが、あれはルイスを想定していたというのに)
(ルイスはそう捉えていませんでしたよ。あの子は割と鈍いですし)
(確かに、自分への好意について特に鈍いな)
(それで、ルイスが兄さんの好みに近付きたいと言うので僕が相談に乗ってあげたんです)
(なるほど。つまり、恥ずかしくなったルイスが咄嗟にお前を巻き込んだというわけか。ルイスらしいな)
(えぇ、本当に。僕の予定ではそのままベッドに行かせるつもりだったのですが、ルイスはまだまだウブでして)
(ふ…良いじゃないか、可愛らしい)
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