末っ子のチャームポイント
転生現パロ三兄弟による、ルイスのおでこの話。
アルバート兄様17歳記憶あり、ウィリアム4歳記憶あり、ルイス3歳記憶なしという設定。
可愛いおでこちゃんのおでこに悪口言われたらわたしがキレそう。
小さいルイスの小さなおでこはいつも前髪がかからないよう上げられている。
くりんとした瞳がよく見えるその髪型は誰に言われることなく、生まれたときからルイスの定番になっていた。
ルイスがそう望んだわけではない。
おでこだけでなくその顔が見やすい髪型は、本人以上にルイスの兄たる二人が気に入っているのだ。
「おはようございます、にいさん」
「おはよう、ルイス」
いつも一緒に眠っているウィリアムは起きてすぐ、まだ寝ぼけている最中でもそう言ってルイスのおでこにキスをする。
「おかえりなさい、にいさま」
「ただいま、ルイス」
ルイスが帰宅したアルバートを出迎えるため駆け寄れば、疲れを感じさせない動作で抱き上げてはそのおでこにただいまのキスをしてくれる。
小さいルイスの小さなおでこはウィリアムとアルバートが可愛いその子を愛でるのに都合が良くて、何よりルイスの顔がよく見えて表情を把握するのに一役買っているのだ。
ルイスとしてもだいすきな兄達が己を可愛がり、キスを贈ってくれることがとても嬉しい。
だからいつもルイスの前髪は上げられていて、その可愛らしいおでこは常に晒されていた。
「ルイス、髪の毛が目にかかっているよ。上げてあげよう」
「んん」
「やっぱりルイスはおでこがみえているほうがかわいいね」
「ん、えへへ」
多少癖が付いていようとルイスの髪質はふわふわしており、意識して前髪を上げて整えなければすぐにおでこを隠してしまう。
特に起き抜けとお風呂上がりはそれが顕著で、アルバートは大きな手でルイスの前髪を掻き上げては頭を撫でるように髪型を作ってくれる。
そうしてウィリアムが満足げにルイスを見ては「可愛い」と褒めてくれるから、ルイスも嬉しく思いながら二人の兄を見上げるのだ。
アルバートが整えウィリアムが染めそやす、兄達こだわりのモリアーティ家末っ子の可愛い髪型。
ルイスもそれを気に入っていたのだが、そんなルイスの心に影を刺すような言葉を投げかけられてしまった。
「ルイスのでこすけーでこっぱち!」
「…!」
ウィリアムとルイスが通う幼稚園でのこと。
ルイスが在籍しているいちご組の同級生は当然子どもで、3歳児という自由気ままな人間だ。
一切の悪意なく、そして無邪気に心ない言葉を投げかけてしまう年頃でもある。
兄以外にはあまり心を開かない人見知り気質の強いルイスだけれど、ルイスに限らずこの年頃の子どもなど皆似たようなもので、各々マイペースに遊ぶことがほとんどだ。
今日も気にせずルイスが一人で日向ぼっこがてら花壇で花を見ていると、ボール遊びをしていたらしい男の子がルイスのことをそう呼んだ。
悪意はないのだろうが、からかう意味合いは込められているのだろう。
わざわざ自分の前髪を上げておでこを出しているのはルイスの髪型を模しているのだと、嫌でもすぐに分かってしまった。
「でこっぱちルイス!」
「…でこっぱちじゃないもん」
「じゃあでこすけだ!でこすけルイスー」
「……」
ルイスはムッとしたように小さな手で自分の額を隠すけれど、それがますますその子の悪戯心に火をつけてしまったようだ。
男の子は「ルイスのでこすけー」と言いながらヘラヘラ笑って走り去ってしまった。
「…でこすけ…」
何も悪いことはしていないのにからかわれるなど、幼児期にはよくあることだろう。
ルイスとて何度か経験があるし、気にせず放っておけば良いのだと幼いながらに理解している。
家に帰ればだいすきなウィリアムとアルバートが優しく抱きしめてくれるのだから、嫌なことがあってもすぐにどこかへ吹き飛んでしまう。
大事にされているのだと思えば気持ちに余裕も出来る。
けれど、今日の悪口は気にしないでいられるものではなかった。
ウィリアムとアルバートが気に入ってくれている自分を丸ごとに否定されてしまったのだ。
仲の良くない同級生とはいえ、自分も気に入っている髪型を貶されたことがルイスは悲しかった。
「ルイス、おきがえはすんだ?」
「…にいさん」
「どうしたの?まえがみ、ボサボサだよ」
「……」
ウィリアムがルイスのクラスまで迎えに行くと、昼まではしっかりと整えられていたはずのルイスの前髪が下ろされてしまっていた。
けれど帰る準備は済んでいるようで、ウィリアムはお遊戯のときに張り切りすぎたのかと考えて小さな手で柔らかい前髪を掻き上げる。
アルバートのように一度で整えられなかったけれど、何度か撫でるように指を動かしていけばいつも通りの可愛いおでこがよく見えるルイスの完成だ。
「はい、できたよ」
「…ありがとうございます、にいさん」
「…ルイス、どうしたの?」
「……」
ウィリアムが見えた額に小さくキスをしてから笑いかけてあげると、ルイスは浮かない顔をしたまま両手でおでこを覆っていた。
どうしたのだろうかとウィリアムが首を傾げてもルイスは何を言うこともなく、しょんぼりと眉を下げるばかりだ。
これはルイスの身に何かあったに違いない。
ウィリアムは幼い顔に似つかわしくない眉間の皺を携え、周囲にいる子ども達を観察した。
ルイスの同級生を疑いたくはないが、お弁当の時間に抜け出して会いに行ったときのルイスは普段と変わりなかったのだから、原因はこの子達以外にありえない。
大人しいけれど芯の強いルイスがいじめられることは早々ないだろう。
だが万一のことがあるかもしれないと、ウィリアムは騒々しい部屋の中を静かに見渡した。
「ウィリアム、ルイス。迎えに来たよ、帰ろうか」
「アルバートにいさん」
「にいさま」
ウィリアムがルイスの手を握ったまま周りを見渡していると、約束した時間通りにアルバートが迎えに来てしまった。
ろくに観察しきれていない中でこのまま帰るのはいささか困る。
せめてもう少しルイスの元気がない要因を探っていきたいと、ウィリアムはアルバートを引き止めようとしたけれど、ルイスは既に帰る気満々だ。
ウィリアムの手を握ったままアルバートの衣服を掴み、彼を見上げて抱っこをせがんでいた。
「にいさま、だっこ」
「あぁ。おいで、ルイス。ウィリアムはどうする?」
「ぼくはこのままでいいです」
「そう。では帰ろうか」
軽々ルイスを抱き上げたアルバートはそのままウィリアムも抱き上げようとする。
けれど未だ気恥ずかしさが先立つウィリアムはその手を握ることで返事をした。
浮かない顔をするルイスはアルバートの肩に顔を埋めたままそのおでこを擦り付け、乱れた前髪を良いことに瞳を閉じる。
その様子にアルバートは違和感を覚えつつ、ウィリアムは後ろ髪を引かれるように騒々しい部屋の中をもう一度だけ見渡した。
「にいさん、ぼくのまえがみ、へんじゃないですか?」
「え?」
「にいさんとおそろいのかみ」
屋敷についてすぐに言ったルイスの言葉に、ウィリアムは思わず目を見開いた。
ウィリアムだけでなくアルバートも同様で、綺麗な赤と緑には小さな末っ子の顔が映されている。
いつもなら見えているはずの可愛いおでこは金色の髪で隠れていた。
「どうして?ルイスはまえがみがないほうがかわいいよ」
「せっかくの可愛い顔が隠れてしまうのは勿体無いだろう?」
「……」
アルバートがルイスの前髪を掻き上げると悲しそうに眉が下がってしまう。
愛しい弟のそんな顔は見たくはなくて、けれど隠すように髪を下ろしてしまっても根本が解決するわけでもない。
ウィリアムはルイスの手を握り、俯くその顔を下から覗き込むように互いの視線を合わせた。
嫌なことがあったのだろう。
ルイスの表情はやっぱり悲しげで、ウィリアムは小さな腕を目一杯に広げてその体を抱きしめた。
見えているおでこに頬を寄せてあげると幾分か気持ちが楽になったようで、ルイスの表情は少しだけ和らいでいる。
「…ほっぺのきず、かくしたくなったの?」
そんな弟を見つつ、ウィリアムは考えられる中で一番可能性の高いことを問いかけた。
ルイスの右頬には生まれたときから生涯消えないだろう痣がある。
両親も医者も残念に思っていたけれど、その痣こそが三兄弟を繋ぎ止める絆だ。
ウィリアムとアルバートにとってルイスの火傷の跡は前世からの罪の証で、けれどそれ以上に、大切で愛おしいルイスの覚悟そのものだった。
ルイスが気にならないのであれば治さずそのまま残しておこうと、ルイスが気にならないよう目一杯に愛情を注いでいこうと、二人の兄は言葉を交わすことなくそう決めている。
今までルイスが顔に存在する目立つ痣を気にする様子はなかったはずだ。
けれど何かがあって、隠したくなってしまったのかもしれない。
ルイスの意思はなるべく尊重してあげたいが、隠す必要はないということはちゃんと伝えるのが兄としての義務だろう。
そばでウィリアムの言葉を聞いたアルバートは少しだけ眉を下げ、小さな手でおでこを隠そうとしているルイスを見た。
そういえば頬ではなくおでこを隠しているのは何故だろうか。
「…ぼく、でこすけだって」
「…え?」
「何だと?」
「…でこっぱちだって、いわれました」
しゅん、と落ち込んだように言うルイスを見て、ウィリアムとアルバート一瞬だけ気が抜けた。
言葉の意味を考えるに、頬の痣や美醜を誰かに揶揄されたわけではないらしい。
ルイスはしきりにおでこを隠そうと両手で覆い、けれど隠しきれていない可愛らしいおでこが隙間から覗いていた。
「おでこだすといじわるいわれる…」
そうしてルイスは小さな手で前髪を下ろし、今度はその前髪ごとおでこを隠すように両手で覆う。
悲しそうに瞳を揺らす末っ子を見たウィリアムとアルバートは、想像してもいなかったことをルイス自身から明かされて衝撃のあまり固まった。
どうやら顔を隠したがるような酷い言葉は投げかけられていないらしい。
だからといって、単純に喜ぶことも出来なかった。
かつて、いやこの幼いルイスが今後成長すればからかいの言葉など一蹴してしまうのだろうが、今のルイスは何の障害もなくただひたすらに純粋無垢な子どもに過ぎない。
狭い世界の中にいる名もなき登場人物の一言で心が揺さぶられてしまうほどに繊細な精神の持ち主なのだ。
子ども同士の些細なやりとりと言うには重すぎるほど、ルイスの心は傷付いていた。
「かわいいルイスのかわいいおでこを、あろうことかでこすけよばわりとはいいどきょうだね」
「私の愛しいルイスに対しでこっぱちなど、よくもまぁほざいてくれたものだな」
そして落ち込むルイス以上に、ウィリアムとアルバートはからかい混じりのその渾名に怒りが沸いていた。
モリアーティ家の末っ子たるルイスは誰が見ても可愛らしいと評価するほど顔立ちが整っている。
髪の毛をすっきり上げても何も支障がないほど愛くるしいその顔の中で、小さく丸いおでこは特にポイントが高いのだ。
主に、兄達からのポイントが。
ウィリアムもアルバートもルイスのおでこにキスをするのがお気に入りだ。
キスをするのに都合の良いルイスの髪型は、もはやおでこをアピールしていると言っても過言ではない。
可愛いルイスの可愛いおでこ、言うに事欠いて「でこすけ」「でこっぱち」とは子どもだろうと許されない。
ウィリアムの赤い瞳は瞳孔が開いており、アルバートの垂れた目尻は釣り上がっていた。
「…ぼくのおでこ、へんですか?」
「そんなことないよ、ルイス!とってもかわいい!」
「ウィルの言う通りだ、ルイス!ルイスほど可愛いおでこの持ち主は他にいない!」
「……」
しょんぼりしているルイスは黒いオーラを纏う兄達に気付かない。
せっかく兄達に整えてもらい、気に入ってもらえている自分を否定されていることがどうにも悲しいままだった。
「にいさまにやってもらって、にいさんにほめてもらったのに…ぼくのおでこがへんだから、いじわるいわれる」
ふくふくした手指で自分の前髪を混ぜ、乱れた髪の毛がはらりと右頬にかかる。
それは奇しくもかつてのルイスが見せていた髪型と似ているように見えた。
妙な既視感で胸が締め付けられる感覚に気付かないふりをして、ウィリアムはもう一度小さな体をぎゅうと抱きしめる。
「へんじゃないよ、ルイス。ルイスのおでこ、ぼくはだいすきだよ」
「にいさん…」
「まっしろで、まぁるくて、あたたかくて。キスをするとうれしそうにわらうルイスがとてもかわいいから、ぼくはルイスのおでこ、だいすきだよ」
「……」
ふんわりした髪の毛に頬を寄せ、優しく言い聞かせながらウィリアムはルイスのおでこにキスをする。
ちゅ、と小鳥が囀るような軽やかな音はルイスのおでこだからこそ響く音だと思う。
よりルイスを愛しく思えるような、気分が明るくなるリップ音。
ウィリアムは先程まで滲ませていた怒りをひた隠しにして、ただひたすらに慈愛で満ちた表情だけをルイスに向けた。
「私もルイスのおでこがだいすきだよ。変だなんてことはない、世界で一番可愛いおでこだ」
「にいさま…でも、でこすけって」
「ほらルイス。私もルイスとお揃いの髪型だろう?私もルイスと同じ、でこすけででこっぱちだ」
「…にいさまはかっこいいです」
「ありがとう。ルイスも格好良いし可愛いよ」
「……」
ルイスを抱きしめているウィリアムごと、アルバートは二人の弟を抱きしめた。
以前よりも年の離れた兄弟になってしまったが、その分だけ二人を守ることもこうして抱きしめることも容易い。
アルバートは二人まとめて抱き上げ膝に乗せ、右側だけ隠されているルイスのおでこと前髪を掻き分け見えてきたウィリアムのおでこへ順にキスをした。
ルイスがでこすけならばアルバートもでこすけだ。
そもそも可愛らしいルイスにでこすけという渾名こそ似合わないのだが、それでもルイス一人ではないのだという思いを込めて優しく微笑む。
そんなアルバートの思いが届いたのか、ルイスはもう一度その小さな手を自分のおでこに持っていく。
今しがた二人にキスをされた部分に指を当て、ぽこんと温かくなる感覚に頬が赤らんだ。
「…ぼくのおでこ、へんじゃないですか?かっこいい?」
「とってもかわいいよ」
「あぁ、とても格好良い」
即答されたことに気を良くしたルイスは大きな瞳を輝かせ、乱れた前髪をいつも通りに上げてはにっこりと笑った。
「にいさんとにいさまがいるなら、ぼく、でこすけでもでこっぱちでもいいです」
憂いのない無垢な笑みはいっそ眩しいほどだ。
小さく丸いおでこはルイスのチャームポイントそのもので、ルイス以上にウィリアムとアルバートが気に入ってくれている。
意地悪を気にするよりもだいすきな兄達のためにいよう。
その方が楽しいし幸せだし、何より二人が喜んでくれる。
ルイスはそう考えたらしく、ウィリアムとアルバートの腕の中で甘えるように体を揺すった。
その可愛い甘え方に癒されつつ、今後もルイスの前髪は上げられておでこがよく見えるだろうことに二人の兄は安堵する。
それと同時に、ルイスを怖がらせないようひた隠しにしていた怒りが一気に込み上げてきた。
「いや、それはよくないよルイス。きみにそんなことをいったのはだれかな?」
「教えてくれるかい、ルイス。言葉の暴力を許してはいけないからな」
「あれ?」
意地悪を気にしないと決めたルイスとは対照的に、ウィリアムとアルバートは最愛の弟を侮辱した悪意なき子どもへ真っ当な躾をすべく頭を働かせていた。
(ルイス、このまえ、いじわるいってごめん…)
(…うん)
(もうぜったいいわないから!ごめん!)
(う、うん)
(ルイス、むかえにきたよ)
(にいさん。…さっき、ぼくのことでこすけっていったこに、ごめんっていわれました)
(そう、よかったね。あんしんしたよ)
(あんまりおしゃべりしたことないのに)
(わるいことをしてごめんなさいをいうのはきほんだからね。ルイス、またいじわるいわれたらちゃんとぼくにおしえるんだよ)
(?はい)
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