あったかくてきもちがいい人
冬の日ぬくぬくイチャ甘アルルイのお話。
理由がないと甘えられないルイスを、年長者として諭してあげながら甘やかすアルバート兄様がすき。
メイン照明を落とし、サイトテーブルに置かれたオイルランプだけを灯した部屋の中。
弟達の瞳の色を溶かして薄めたような色合いの空間で、アルバートはベッドヘッドに背中を預けて毛布を膝に掛けながらゆったりと本を読んでいた。
かろうじて文字が追える程度の明かりは集中力が増すように感じられて嫌いではない。
ゆっくり、けれど確実に手元の本を読み進める。
だがアルバートは決して物語の中に入り込みはしなかった。
これはあくまでもただの時間潰し、読むことが目的ではなく空いた時間を潰すための手段に過ぎないのだから。
そしてその理由が今まさに寝室の前までやってきている。
アルバートは静かな邸内でかすかに聞こえる足音がぴたりと止んだことに気付いていたが、続けて聞こえるはずのノックの音がないことに苦笑した。
「お入り、ルイス」
彼と兄弟になって随分と経つのだから、血の繋がらない末の弟の行動など手に取るように分かってしまう。
わざわざ遅くに訪ねてきた理由も、直前になって躊躇してしまう遠慮深い様子も、このまま声をかけなければすぐに立ち去ってしまうだろうことも、手に取るように分かってしまうのだ。
アルバートは他に音のしない静寂な空間で、その低く艶のある声を出来る限り甘やかに響かせた。
「…し、失礼します」
そうして返ってきた言葉と静かに扉を開ける音。
少しだけ眉を下げて申し訳なさそうな顔をするルイスを見て、アルバートは優しく微笑んだ。
薄明かりの中ではあるが、薄いガラスを置いてきたルイスにはちゃんとその表情が見えていることだろう。
「構わず入ってきて良いと言っているだろうに」
「…そうは言われても」
気にしてしまいます、と続けたルイスは急ぎ足でアルバートの元へとやってきた。
部屋に入るまでは遠慮しているくせに、こうして許可を得ればその遠慮も無くなってしまうらしい。
嬉しそうに駆けてくる姿はその足音までもが幼くて可愛らしかった。
「おいで」
「お邪魔します、兄様」
アルバートが本を置いて腕を広げれば、ルイスはその空間目掛けて抱きついてきた。
勢いがないところはルイスらしい。
だからその分だけアルバートが強くその背を抱き寄せて密着してやれば、安心したようにその体をもたれさせてくれた。
温かい室内で過ごしていたアルバートとは対照的に、ルイスが着ていたガウンはとても冷えている。
「冷えているな…明日からはやはり私も手伝おう」
「いえ、僕がやります」
「ルイス」
「僕がやります」
アルバートよりも幾分か小さい背中を抱いたまま体を横たえ、二人一緒にベッドの中へと潜り込む。
冷えたその背をさするように腕を動かすと思いのほかそれが心地良かったようで、腕の中のルイスはほわりと頬を緩めて赤い瞳を緩ませた。
その体が冷えている理由にもおおよそ検討がついているため言及するけれど、嬉しそうにしていたはずの表情がすぐにムッと顰められてしまうのだから、アルバートも思わず長い息を吐いてしまう。
「ここ数日で急激に寒くなってきている。一人で戸締りの確認をするのも大変だろう?」
「大変じゃないです、平気です」
「だがルイス。体は随分冷えてしまっているよ」
「ん」
新しく建てた屋敷にももう慣れた。
ルイスがイートン校を卒業してから三人で過ごすこの家は、アルバートが継承した伯爵という地位に相応しいほどに大きく広い空間だ。
屋敷の維持だけでも大変だというのに、ルイスは大学に通いながらそれを一手に引き受けている。
大学卒業後は国軍へ入隊したアルバート、現在は助教授として働いているウィリアム。
二人に比べれば大学生である自分の方が時間があるとルイスは主張し、屋敷の管理を一人でこなしているのだ。
そんなルイスの一日の終わりに行う仕事は屋敷中の戸締りである。
正面玄関は勿論、いくつもの部屋の窓と裏口の扉を間違いなく施錠するのがルイスの日課だった。
一般的な住宅ならともかく、伯爵家たるモリアーティ邸は戸締りをするだけで十数分かかってしまう。
しかも秋から冬にかけては暖房を消しながら冷え切った中で行うため、容赦なくルイスの体から熱を奪っていくのだ。
三人で暮らすようになってからもう何度目かの冬になるけれど、アルバートとウィリアムがそれを手伝うと言ったところでルイスからは頑なに拒否をされてしまう。
自分がやりたいのだという本心からの拒否だ。
「…兄様、温かいです」
「私が温かいのではなく、ルイスが冷えているだけだよ」
「いえ、兄様が温かいんです」
冷たい指先をアルバートの胸辺りに当てて暖を取ろうとする姿は成人しているにしては幼い仕草だ。
だがルイスにとってはこれが普通で、同じくそういうものだとウィリアムに教えられたアルバートにとっても普通のことだった。
心臓を患っていたことのあるルイスの体には熱が残らず、冬になるとすぐに低体温近くまで冷え切ってしまう。
そして冷えた体では上手く眠れないため、秋から春先までのルイスは大体ウィリアムかアルバートとともに眠るのが習慣になっていた。
だがその実際は兄達がなんだかんだと理由を付けてはほぼ一年中ルイスとともに眠っており、イートン校時代は大量の毛布と懐炉を寮の部屋に常備していたものである。
今日も今日とてルイスは冷えた空間の中で屋敷中の戸締りを行い、結果としてその体は湯上がりだというのにあっという間に冷え切ってしまっていた。
その冷えた体はアルバートの体温によって徐々に温もりを取り戻していく。
「ほぅ…」
ほっこりしたようにアルバートで暖を取るルイスの表情はどう見ても気が緩んでいて自然体そのものだ。
アルバートがもう少しだけ強く抱き寄せて距離を縮めるとピクリとその肩が跳ねたけれど、すぐに体重を預けてくれた。
背中をさすっていた腕を動かして胸元に当てられていた指先に触れると、まぁ許容範囲だろう温もりが感じられる。
「では、せめて戸締りを終えたらすぐに来なさい。ウィリアムはしばらく資料作りで遅いと言っていたのだから、迷わず私の部屋へ来るように」
「…はい」
「約束だ」
「はい」
いつまで経っても遠慮が抜けないのは血の繋がりがないというだけでなく、元々の性分もあるのだろう。
ウィリアム相手にも迷惑をかけてはいけないと耐える姿を幾度となく見てきたのだから、これに限ってはもうどうしようもない。
アルバートは約束という言葉とともに細い指先を自分のものと絡め、熱を移すように優しく握りしめた。
その指に同じだけの力を返したルイスは、呆れたような意味合いを含んだ言葉とは裏腹に優しいばかりの対応に口元を緩ませる。
これだけ冷え切ってしまっては一人で眠ることは出来なくて、でも毎夜毎夜甘えてしまって良いのだろうかと思わず悩んでしまう。
迷惑に思うことなく自分の身を案じ、構うことはないのだと言葉にしてもらえるとやはり嬉しいのだ。
ルイスはアルバートの首元に頭を寄せて、温まってきた指先で彼のガウンを軽く握った。
「兄様が僕の体を案じて言ってくださるのは分かっていますが、本当に、嫌ではないんですよ」
「こんなにも冷え切っているのに?」
「はい」
アルバートは体に掛けていた毛布を引き上げ、極力ルイスの体を外気に晒さないよう隙間なく覆っていく。
すぐ近くに来た少しだけ癖のある柔らかい髪に顎を埋め、ルイスの言葉を待った。
「…冷えても、兄様が温めてくれるでしょう?」
聞こえてきた言葉にアルバートが視線を向ければ、瞳を閉じているらしいルイスの長いまつ毛が視界に映る。
ようやくその指先が温まったようで、片腕がアルバートの背中に回されていた。
「…まるで、温めてほしいがために体を冷やしているようにも聞こえるね」
「……いえ、そんなつもりは」
言葉の意味を噛み締めていると、末っ子の可愛らしい甘えという意味合いだけでなく、甘やかされるのを堪能したいがための愚行のようにも聞こえてくる。
前者であるならば警戒心の強い子どもがこれだけ懐いてくれたことに感動すら覚えるだろう。
無防備な姿で見せる無邪気な笑みはアルバートとしても心を擽られるし、彼の兄としても恋人としても疼くようなときめきを感じる。
だが後者であった場合、不器用にも程があるとしか言いようがない。
心臓を患っていたルイスがふとした瞬間に冷えてしまうのはもはや日常で、初めの頃こそ驚いたけれど、今は理解もあれば対応にも慣れてきた。
可愛い弟であり愛しい恋人なのだから抱きしめて熱を分け与えることに何の面倒もないどころか、率先して抱きしめ構い倒したいくらいだというのに、わざわざ理由を見つけてようやく甘えに来られるというのは頂けない。
アルバートが乾いた笑いを含めながら問いかければ、案の定気まずそうな声が返ってきた。
「ルイス」
「…温かい状態でくっつくよりも、冷えた体でくっついた方が、兄様の熱を感じられて嬉しいんです。だから、つい」
「…ルイス」
「でも、兄様に戸締りをさせたくないのも本心です。あれは僕の仕事ですから」
誤魔化さずに理由を言ったルイスを褒めるように、アルバートは温かい指先でその頬に触れた。
むに、と頬に埋もれる指先が心地良い。
火傷の跡に再生した皮膚は硬いのだろうが、それはそれでこの上ない愛おしさを感じるからアルバートは気に入っていた。
それはさておき、ルイスの本心はアルバートの心にしかと突き刺さる。
自分の体を蔑ろにするような行為は咎めるべきなのだろうが、アルバートの熱をより堪能するためなら苦でもないという形で受け止めてしまうと、どうにも怒るに怒れなくなってしまった。
「アルバート兄様の体、温かくて気持ち良いです」
ぬくぬく伸び伸びと、安息の地で健やかに過ごす猫のようだ。
自分の役目を全うし、結果として生じた弊害をアルバートに癒してもらう流れを、ルイスはかなり気に入っているらしい。
アルバートとしては理由を作らずともいつだってその体を抱きしめ温めてあげたいのだが、ルイスの性分がそれを許さないのだろう。
頑張ったから褒めてほしい、と言わんばかりの悪癖だ。
本当ならばアルバートはそれを正さなければならないのだろうが、後で温めてもらえるからと期待しながら役目をこなすルイスを想像すると、あまりに可愛らしく思えてしまうのも事実だった。
「…せめて、もう少し冷えないうちにおいで。ルイスが寒い思いをしているのは心が痛む」
「分かりました」
すぐに返された言葉に偽りはないのだろうが、あまり期待は出来ない。
アルバートは率直にそう受け止めたけれど、当のルイスはアルバートの腕の中でとろんと微睡んでいるのだからこれ以上強く言うことも難しかった。
だからもう諦めて、腕の中で安心しきった様子で眠たそうな顔を見せるルイスを愛おしげに見つめていく。
文句なしに心地良く幸せだと感じるのだから、今この瞬間こそが至福のひと時であることは間違い。
そうしてアルバートとルイスが互いの温もりを感じながら豊かな時間を過ごしていると、ルイスはともかく、アルバートの中では段々とその安寧を別の意味で壊してしまおうかという悪戯心が湧いてきた。
さぁどうしようかと一瞬だけ思案したけれど、アルバートはより楽しそうな方を選ぶために腕の中にある細い体を組み敷いていく。
「兄様?」
「温かさをご希望なら、更に熱くさせてあげようか」
「…!」
無防備に懐かれて嬉しい反面、恋人として意識されていないのだろうかとも考える。
ルイスにとっての安全で癒しを与える場所であるならば光栄だが、もう少し危機感を持った方が良いような気もしてしまうのだ。
アルバートは程よく体温を移して温かくなったルイスを組み敷いては上から艶やかに見下ろしていった。
ルイスは精神的にまだまだ幼くて、アルバートにとっては可愛い可愛い守るべき弟で最愛の恋人だ。
言葉の意味を正確に理解したルイスの顔は、薄明かりのランプにも負けないくらいに染まっているのだろう。
愉快そうに笑みを深めたアルバートはルイスのものより温かくて熱いその唇をそっと近付ける。
唇同士が触れるか触れないかの距離で静かに空気を震わせて互いの視線を交わしていけば、ルイスの瞳は大きく見開かれていった。
「私の体は温かくて気持ちが良いんだろう?確かめてみよう」
違うんです、そういうつもりで言ったわけではないんです。
あからさまに照れて恥ずかしそうな声でそう呟く言葉に、そうだろうな、とからかうような笑みを返しながら、アルバートは細い手首を両方とも掴んでいった。
(今後、ルイスが冷え切った体で訪ねて来る場合は誘われているのだと解釈しようか)
(えっ、ちが…!)
(おや、違うのか。だが私の体目当てなんだろう?ルイスは)
(そ、そういう言い方はずるいです兄様…僕はただ、兄様と一緒にいたかっただけなのに)
(…ルイス。体を温めるという名目がなくても、その理由だけで私の元へ来る十分な理由になる)
(……そう、なんですか?)
(いつでもおいで。私も会いたくなったらすぐにルイスの元へ飛んで行くから)
(…は、い)
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