ぬいでマウント取られたこと、ある?


三兄弟が俳優している現パロの話。
モブ視点、配信で自分達のぬいについて語らっているブラコン三兄弟!

飲み物良し、室内温良し、座り心地抜群のクッション良し、タブレット端末の充電100%確認良し。
数分後に始まる配信番組を快適に見るための用意は万全に整っている。
満足したわたしは机の上に置かれている手のひらよりも少し大きいサイズのぬいぐるみ達に目をやった。
ショコラ色の髪の子と、鮮やかな金髪の子と、くすんだ金髪に眼鏡の子。
それぞれの頭を指先で順々にちょいちょいと撫でてから深呼吸をして、わたしは公式動画サイトのアドレスを開く。
しばらくお待ちくださいという文字に精神統一を促された気分になり、気持ちを落ち着けるために一つ二つと深呼吸をした。

「…始まった!」

軽快なメロディーとともに暗かった画面が明るくなり、画面には見目麗しい美青年が三人映し出される。

「モリアーティ様ー!!」

座卓に置かれたタブレットの前で正座をしていたわたしの足は本能的に立ち上がり、画面の向こうでにこやかに手を振る三人に歓声と拍手を送っていた。
みんな今日も変わらず麗しい、と心の中で涙を流しその場でぴょんぴょんと飛び跳ねてから、配信が進んでいくのを確認しては慌てて正座の姿勢に戻る。
猫背になるのも構わず食い入るように画面を見て、タブレットカバーになっているキーボードでコメントを打っていった。

『皆さんこんばんは。ウィリアム・ジェームズ・モリアーティです。月に一度の生配信トーク番組、「モリアーティ家のお茶会」を始めていきますね』

中央に座っている鮮やかな金髪と燃えるような瞳に笑みを携えている人物こそ、この番組の主役ことウィリアム・ジェームズ・モリアーティである。
舞台を中心に活躍する演技派かつ歌唱力おばけの彼は、現在あらゆる方面の舞台で引っ張りだこの人気俳優だ。
穏やかな微笑みの中にも隙のない鋭さを感じさせるその美貌は、言うまでもなく多くのファンを魅了している。
かくいうわたしもそのうちの一人…と、言いたいところだが、わたしの目当ては彼ではない。
彼のことをウィリアム兄さんと呼ぶくらいにはファンだけれども、一番に応援しているのは別の人なのだ。
大きなソファの中央に座る彼の左隣にちょこんと腰を下ろす、くすんだ金髪に眼鏡の美青年こそ、わたしを虜にする俳優。

「今日も末っ子可愛いぞー!」

思わず大きな声が出てしまったけれど、どうせこの家にはわたししかいないのだからどれだけ叫んでも問題ない。
浮かれた声と締まりのない顔をしているであろう自分を想像すると情けないけれど、それだけわたしが応援する彼は魅力的という証拠なのだから良いことだ。
澄ました表情でカメラを見ている彼は、今日も変わらずとても綺麗で可愛らしい。

『毎回ゲストをお呼びしているこの番組、今日のゲストはもうお分かりですね?そう、今日は僕が愛する弟と兄を呼んでいます』
『こんばんは、アルバート・ジェームズ・モリアーティです。今日は弟達ともども、よろしくお願いします』
『ルイス・ジェームズ・モリアーティです。兄さんと兄様と一緒に、皆さんとも楽しい時間を過ごせたらと思っています』

ウィリアム兄さんの右隣にいる、ショコラ色をした癖の強い髪に甘く垂れた瞳を持つ美青年はアルバート・ジェームズ・モリアーティ、通称アルバート兄様だ。
そしてウィリアム兄さんの左隣にいる、一見無表情にも見える端正な顔立ちの彼はルイス・ジェームズ・モリアーティ、通称末っ子である。
彼ら三人はそれぞれ俳優であり、実の兄弟であり、何よりお互いがお互いに向ける愛情のベクトルが非常に重苦しい美青年達だった。
ルイスファンの中では、ウィリアム兄さん、アルバート兄様、末っ子、という呼び名が暗黙の了解として浸透している。
他の二人のファンはウィリアム様、アルバート様と呼ぶことが多いので、愛称ひとつで誰を応援しているのかが分かってしまう踏み絵のような制度だ。
けれどそれぞれのファンが敵対しているということはなく、むしろ彼ら三兄弟を箱推ししている人間の方が多いだろう。
かくいうわたしもその一人である。
何せウィリアム兄さんとアルバート兄様は過保護なほどに末っ子を可愛がっており、ファンから見ても異常と言えるほどの執着を覗かせているというのに末っ子は嬉しそうにそれを享受しているのだから、「三人が幸せなら良いか」と絆されてしまうファンが世に溢れているのだ。
個々にファンが多いだけでなく彼らを箱推ししているファンがほとんどなのだから、全員が揃うこの配信、事前告知があった時点で既にSNSは狂喜乱舞だった。
現に今もまだ序盤だというのに、三人の自己紹介だけでコメント欄は異常な盛り上がりを見せている。

『本当はもっと早く二人を呼びたかったんですけど、マネージャーの許可が中々下りなくて。待ってても埒が明かないので、もう許可を待たずに強行突破して二人を呼びました。アルバート兄さん、ルイス、今日は来てくれてありがとう』
『ウィルのためならお安い御用さ。私も楽しみにしていたよ』
『僕も今日の日のためにちゃんと用意してきました』
『ありがとう、嬉しいよ』

主役たる彼が何やら不穏な発言をしたかと思えばコメント欄は一気に加熱する。
強行突破したのwww、さすがウィリアム様w、マネージャーさんファイト!、三兄弟揃って見られて嬉しい〜、などなどなど。
冗談半分に驚いた様子はあれど、その大半は「まぁそうだろうね」という感想があるのだろう。
ウィリアム兄さんならそれくらいのことはする。
彼が兄弟、特に弟を溺愛していることは有名だし、過去にも弟関連でいくつかやらかした実績があるのだから。
わたしは、今日も三兄弟の仲の良い姿が見られて幸せ、と高速で書き込んだ。

『今日はせっかく三人でファンのみんなと交流できるチャンスということで、いくつか企画を用意しています』

彼らはあまりテレビやドラマには関心が少ないらしく、全員が舞台を中心に活躍している。
噂によると長男たるアルバート兄様の本職は会社をいくつも経営している実業家で、末っ子はその補佐をしているために、不明瞭な期間を長く拘束されて頻回にバラエティ番組に出演しなければならないテレビやドラマには興味がないんだとか。
舞台であれば稽古期間と公演期間が集中しているためにスケジュールが組みやすいのだろう。
ウィリアム兄さんは歌を好んでいてミュージカル系統の出演を贔屓にしているから、そうなるとこの見目麗しい三兄弟をテレビで見かけることは今後もないのだろうと予測できる。
少し勿体ないような気もするが、兄様と末っ子の立場を考えれば舞台で露出してくれるだけ有難い限りだ。
何せ兄様と末っ子の演技はとてつもない。
以前三兄弟が共演した19世紀末英国をテーマにしたオリジナル舞台は恐ろしいほどに役にはまっていて、三人全員が英国紳士に見えてしまったものである。
特に兄様なんてリアルに伯爵様すぎて、多くのファンを貴婦人へとたらしめたほどなのだ。
末っ子は末っ子でカメレオンかと思うほどに役の振り幅と入り込み具合が凄い。
もしこの二人が経営に専念してその美貌を拝めなくなりでもしたら、それこそわたしの人生は露頭に迷う。
ウィリアム兄さんの隣で優雅に、そして控えめに微笑む二人の姿は何より貴重なのだ。
わたしは目の前に飾ってあったぬいぐるみ達から眼鏡の子を手に取って腕に抱く。

『ところで先日発売された、僕達兄弟をデフォルメしたぬいぐるみは手に入れていただけたでしょうか?』

勿論よ!と声高らかに叫んでから同様の内容をコメントする。
他の視聴者も当然のようにゲットしている旨を書き込んでおり、そのデフォルメの愛らしさを語るまでに至っていた。
一部の人は未だ手に入れられていないことへの嘆きを寄せている。
向こうに見えないことなんて分かっているけれど、わたしは腕の中にいる末っ子ぬいを画面に掲げて主張するように我が家のぬいの愛らしさを見せつけた。
八頭身の美青年達が二頭身にまで縮み、それぞれの特徴を踏まえた上で可愛らしくデフォルメされたこのぬいぐるみは、「ともぬい」と呼ばれる種類のぬいぐるみらしい。
俳優のグッズでぬいぐるみが出るなど珍しいのだろうが、その出来の素晴らしさと愛らしさから受注に受注を重ね、ともぬいシリーズ最高売り上げを叩き出したことは記憶に新しかった。
売り上げとしてはウィリアム兄さんとアルバート兄様が同程度、末っ子が三番手という噂が流れており、末っ子ファンのわたしとしては悔しい限りである。
だが買い足そうにも手に入らないのだから、運よく抽選販売で手に入れた三兄弟セットを大人しく愛でる毎日だ。
そんなことを考えながらぬいに目をやると、にっこり微笑んでいるウィリアム兄さんとアルバート兄様とは対照的に、末っ子だけが口を真っ直ぐに引き結んだ表情をしていてわたしを魅了する。
ぬいのこの澄ました顔が可愛いと評判であり、わたしも無愛想に見える愛らしさの虜になっていた。

『こちらが兄さんと兄様のぬいぐるみです』
『そしてこれがルイスのぬいぐるみだね』
『ルイスとアルバート兄さんが持っているのが先日発売された僕達のぬいぐるみです。最初に企画をいただいたときはあまり乗り気ではなかったのですが、こうして見ると丁寧に出来ていて可愛いですね』

右手にアルバート兄様、左手にウィリアム兄さんのぬいぐるみを持ち、顔の横まで持ち上げて軽く左右に振ってみせる末っ子の仕草があまりに幼くて可愛らしい。
思わず口元を手で覆い隠して呻き声を誤魔化すが、視線は嬉しそうに口元が緩んでいる彼一直線だ。
可愛いです、とぬいを評価するあなたこそが可愛いよ。
そう感じていたのはわたしだけではないようで、コメント欄は末っ子の仕草に関するコメントで埋まっていくし、兄さんも兄様も幸せそうな顔で末っ子を見ていた。
兄様の手元にある小さな末っ子ぬいは大事そうに両手で抱えられていて、気品漂う兄様が丁寧にぬいを抱える姿が尊い、というコメントも多数寄せられているようだ。
分かる、という気持ちのまま、末っ子可愛い、とコメントした。

『今回、僕達にはあまり馴染みのないこのぬいぐるみ、ファンの方はどんなふうに楽しんでいるのかを調査してみました』
『調査方法は極秘ですよ』

ウィリアム兄さんが穏やかな表情でそう告げ、左右に座る兄と弟の顔を見て視線を合わせる。
その言葉を引き継いで末っ子が極秘の調査だと匂わせているが、ぬいの遊び方などSNSこそが情報の宝庫だろう。
検索をかければたくさんのぬい画像が出てくるし、あらゆるシチュエーションで撮影されている気合の入った写真もある。
俳優である彼らには馴染みがないかもしれないが、ぬいとはファンの心の拠り所なのだ。

『調査の結果、外出に連れて行く、衣服を着せ替える、写真撮影をする、祭壇を作る、などが多く挙げられました』
『様々な方法で可愛がってくれているようで私達も嬉しい限りだ。ありがとう』
『そこで、今回は僕達もファンの皆さんに倣ってこのぬいぐるみを可愛がってみようと思います』

何を言っているのかよく分からない。
他の視聴者も同様だったらしく、コメント欄には疑問符ばかりが通り過ぎていった。
彼らの化身たるぬいなのに、彼らがぬいを可愛がるとはどういう意味だろうか。
自分のぬいを持って外出する末っ子を想像してみるとそれはそれで可愛らしいが、可能性は低いしあり得ないだろうという結論が出た。
あの子はウィリアム兄さんとアルバート兄様に対する執着が激しい分、自分にはとんと興味がないのだから。
そこまでを3秒ほどかけて考えたところでわたしははっと気がついた。
末っ子が自分のぬいを持たないのならば、他二人のぬいを持つのではないだろうか。

『兄さんと兄様はスケジュールの都合上、このぬいぐるみ達を可愛がる時間が十分に取れないようなので、二人の分まで僕が頑張りました!』

そう言った末っ子は横から出されたパネルを手に、若干ドヤ顔をしながらカメラに視線を向けていた。
そのパネルには恐ろしい数のウィリアム兄さんのぬいとアルバート兄様のぬいが飾られている。

『こうして改めて見ても凄いね、ルイス』
『とても綺麗に並べてある、さすがだよ』
『ありがとうございます』

平然と、そして嬉しそうににこにこ末っ子を見ている兄さん兄様はパネルなど一瞬しか見ていないように感じる。
一瞬だけパネルの写真を見て、あとはドヤ顔をする末っ子を見て微笑んでいるのだ。
相変わらずこの兄二人は末っ子がだいすきである。

『実はこの企画を提案されたときよりも前から、兄さんと兄様のぬいぐるみは持っていたんです』

末っ子曰く、とても可愛い出来だったのでウィリアム兄さんとアルバート兄様のぬいは既に個人で確保していたらしい。
けれどそれをどう扱って良いのか分からないまま過ごしていたところ今回の企画を提案され、改めてファンによるぬいの扱いを確認してみたところ、自分もやってみたいと思ってしまったのだそうだ。
その発想が既に可愛いのだが、凝り性で完璧主義な末っ子のこと、やるとなったら徹底的にやるのは目に見えている。
張り切った結果がパネルの中の写真にあるように、見事としか言いようのない祭壇なのだろう。

『ちなみに兄さんと兄様のぬいぐるみを20体ずつ飾っています』

ドヤ、と誇らしげに胸を張る末っ子が驚くほどに可愛かった。
パネルの写真にはアンティーク調の棚にウィリアム兄さんとアルバート兄様のぬいが所狭しと並べられており、美しさと愛らしさを兼ねるように造花やリボンなどで飾られている。
綺麗に整頓されつつ見せることを重視しているその祭壇は、まさに「映え」という言葉がぴったりだ。
そしてその中には末っ子ぬいが一体たりとも存在していない。
兄さんと兄様以外は不純物だと言わんばかりに、徹底してウィリアム兄さんとアルバート兄様のぬいだけが飾られている。
なるほど、増産されているはずなのに中々手に入らない理由はまさかの本人にあったらしい。
そして末っ子ぬいの売り上げが一番低いのは末っ子本人による兄達への愛情の結果だったのだ。
コメント欄が感嘆と驚愕で溢れていく中、勝てねぇ、と流れていったコメントに思わず同意してしまった。
兄さん兄様を応援しているファンからすれば、末っ子の強火っぷりに敗北を覚えるのも無理はない。
末っ子ファンのわたしでさえ、見えない何かに負けたような気分なのだから。

『着せ替えをするという案も素敵だと思ったので、過去にお二人が出演した作品の中から衣装を選んで作りました。ここに飾られている兄さんと兄様の服、僕達三人が共演したあの作品にあった仮面舞踏会のシーンをイメージしたんですよ』

なんと綺麗に飾られているぬい達の衣服、見覚えのあるものを着ていると思えば彼らが過去出演した作品の衣装をイメージしたものらしい。
しかもありあわせを買ったのではなく手作りときた。
さすが末っ子、兄への愛が重い。
そしてそれを当然のように享受しては誉めている兄さん兄様の愛も重い。
末っ子を応援しているファンとしては彼が大事にされていることを知れば知るほど心が満たされるし、末っ子の頑張りを評価しては受け止めてくれる関係性を築いていることが何より尊いと思う。
一方通行でない愛情は見ていて温かみがあるのだ。
だがそれにしたって、末っ子のこの熱意はあまりにも凄すぎるだろう。

『出来れば出演作品全ての衣装を網羅したいのですが、中々ぬいぐるみが手に入らなくて』

今もう一度増産をお願いしているので、届いたら早く作って飾りたいです。
そう言って誇らしげに胸を張る末っ子に、コメント欄はまたも驚愕の嵐だった。
兄達が一体いくつの舞台に出演してきたと思っているんだという気持ちはさておき、希少すぎて中々手に入らないぬいの増産が決定しているだなんて。
わたしは運よく三兄弟セットで手に入れたけれど、まだ一つも手に入れられていないファンが多くいることを知っている。
必死に制作会社へ増産依頼のメールを出していると言っていたネット上の友達もいるくらいなのに、モデルとなっている本人が欲しいからという理由で既に増産が決定している旨を聞くとは想像していなかった。
兄さん兄様のファンが、神よ、と末っ子を崇め奉るコメントを大量に書き込んでいったため、末っ子はそのドヤ顔とともに「神」というコメントだけを携えて数秒間の配信を一人背負っていた。
なんともシュールで面白い。

『もちろん、ルイスのぬいぐるみも増産をお願いしていますよ。まだ手に入れていない方は是非、僕達三人セットで手に入れてみてくださいね』
『このルイスのぬいぐるみ、本人には敵わないがそれなりに愛らしいことは保証する』

兄さんと兄様の発言で末っ子推しのわたしとコメント欄が狂喜した。
末っ子のことだから兄二人の分しか増産を依頼していないのだろうと察していたので、そこに兄のフォローが入ってくれたのならばこんなに心強いことはない。
わたしは予約開始日が書かれたテロップをその辺にあった紙とペンで殴り書きして、その日は何があろうと仕事を休むことを決意した。

『企画のためにルイスはこうして祭壇というものを用意してくれたんだが、生憎と私はあまり時間が取れなくてね。部屋に飾ってはいるんだが…』

そう言ったアルバート兄様が見せたパネルには、見ただけでふかふかだと分かるクッションが敷かれた小さな籠の中に、ウィリアム兄さんと末っ子のぬいが飾られている写真が貼られていた。
まるでフルーツ籠のようなそれは持ち手の部分に真っ白いりぼんが掛けられているだけのシンプルな装いだが、なんというか、言い知れない気品のようなものを携えている。
一流のカメラマンに撮ってもらったのかと思ってしまうほど美しい雰囲気の中に存在する可愛らしいぬい達。
まるで弟二人のぬいが天使のように見えた。

『二人を模したぬいぐるみは目に入ると気持ちが穏やかになる。良いグッズを作って貰えた』

兄様が満足そうにいう姿はそれこそ伯爵のように見える。
末っ子の祭壇には遠く及ばないのかもしれないが、確かな愛を感じるそれはアルバート兄様による弟達への愛情の一部なのだろう。
ウィリアム兄さんと末っ子もそれを感じたようで、嬉しそうに表情を和らげているところが微笑ましい。
けれど末っ子といい兄様といい、どうして頑なに自分のぬいを飾らないんだ。
ウィリアム兄さんが三人セットで手に入れて欲しいと言っていたのに自分達は総無視か。
そんなコメントが一瞬流れたけれど、「兄弟だいすきですもんね」という真理を付いたコメントが流れて以降は視聴者が勝手に納得して終わった。
末っ子もアルバート兄様も、自分ではなく相手がすきなのは明白である。

『ルイスや兄さんの部屋に入ると少し照れくさい気持ちがありますね。嬉しいことは嬉しいですけど』

そう言った番組の主役は控えめにパネルを取り出し、机の上に乗っている三体のぬい達を見せてきた。
小難しそうな本がたくさん並んでいる机の一角にそのまま置かれているぬい達は生活感に馴染んでいて、前二人のものと比べると随分と馴染みやすい光景だ。
祭壇を作ったり着せ替えをしたりするのではなく、ただ部屋に置いて愛でたいというファンと似たような飾り方だと思う。

『二人に比べると質素ですけど、僕の部屋に飾られているぬいぐるみ達はこんな感じですね』

言葉の通り質素なのだろうが、むしろ親近感すらある。
末っ子のように気合いの入った完璧な祭壇や、雑誌に載るような神聖なフォトグラフよりもよほど日常感があふれていて、ウィリアム兄さんのファンとしては心擽られることだろう。
どこか人間味を感じさせない完璧主義のウィリアム兄さんの生活にこのぬい達がいるのだと思うと、彼に近付けたようでとても嬉しい。
わたしとしては、末っ子とも兄様とも違って三兄弟全員を飾っているところに彼への評価が爆上がりした。
末っ子ファン、かつ三兄弟箱推しの身としては、ぬいであろうと三人揃っていなければしっくりこないのだ。

『兄さんの部屋には僕達三人が飾られています』
『ルイスも兄さんも自分のぬいぐるみを飾れば良いのに』
『自分のぬいぐるみとなると必要性を感じなくてな』
『別に興味ないです』
『二人とも…僕達は三人揃っている方がしっくりくるのに』

弟達溺愛の兄様、兄さん兄様至上主義の末っ子らしい言葉にウィリアム兄さんは苦笑する。
だがわたし達ファンは、それが口先だけの提案であることを知っているのだ。
どうせウィリアム兄さんもこの撮影のために自分のぬいを用意したのだろう。
パネルに載った写真の末っ子ぬいと兄様ぬいの隣にいる兄さんぬいは角度が少しだけずれていて、後から足しただろうことが何となく分かってしまう。
恐らく撮影用に慌てて自分のぬいを手に入れたに違いない。
それでもファンのために取り繕ってくれたことが嬉しいし、三人一緒の方が良いと言っているのは本心だということが分かるから、彼の評価は変わらず上がったままだ。
そもそもお互いのことがすきな三兄弟こそが尊いのだから、それが垣間見えて心の中で泣いてしまうほどには尊いと思う。
コメント欄ではわたしと同じような感想を残す視聴者が多数いることを教えてくれる。

『ぬいぐるみの活用の仕方としては飾るだけでなく、一緒に出かけたり写真撮影をして楽しんだりが多いようです』
『事務所のアドレス宛にぬいぐるみの写真を送ってくれるファンの人もいますね』
『全ては見切れないがなるべく目を通すようにしている。ありがとう』

末っ子が思い出したようにぬいの愛で方を説明すると、その流れで兄さんと兄様も話を続ける。
あくまでもゲストなのに司会進行役が似合うのは末っ子の性分なのだろう、とても可愛い。
わたしも三兄弟ぬいを撮った写真は携帯のフォルダにいくつも残っているし、他にもそういうファンは多くいる。
ぬいとはファンにとっての心の拠り所なのだから。

『あとは…贈り物にしたり、一緒に眠ったりする方もいるみたいですね』
『へぇ。僕達の代わりに良い睡眠を届けられているなら嬉しいですね』
『一日の終わりに私達のことを考えて眠りに就いてくれるのなら、私としても光栄だよ』

何故番組の主役が情報を知らないんだというツッコミはコメント欄に流れない。
今更という気持ちがあるのと、一緒に眠るというワードが美青年三人から出てくることの方が衝撃なのだろう。
わたしも思わず肩を上げてしまったし、昨夜この末っ子ぬいを胸に抱いて眠ったことを何故だか後ろめたく思ってしまった。

『…どうやら、ぬいぐるみと一緒に眠って良いのかというコメントがたくさん来ているみたいですね』

寄せられたコメントを確認するためのタブレットに目を落としたウィリアム兄さんの言葉にますます肩を上げてしまう。
この人は弟過激担だ。
そもそも実の兄なのだから過激担という表現は違うかもしれないが、過激に過保護に溺愛している弟を模したぬいを、不特定多数のファンに抱かれていると知っては気分を悪くするのではないだろうか。
他の二人も同様で、特に末っ子は兄さん兄様を崇拝する勢いで敬愛しているのだ。
末っ子はきっと同担拒否に違いない。
兄さんファンと兄様ファンの悪行に気を悪くする姿など、彼を応援するファンとしては見たくないのだ。
ハラハラする気持ちでウィリアム兄さんの表情及び見切れている二人の顔を想像するが、続けて出た言葉に文字通り開いた口が塞がらなかった。

『ぬいぐるみと一緒に眠るくらいファンの方の自由ですよ。それで安眠出来るのなら僕としても嬉しいですし、どうせぬいぐるみでしょう?本物のルイスとは一緒に眠れませんから』

堂々言い放ったウィリアム兄さんの顔はあまりに普段通りで、煽っているわけでもなければ嫌味を言っているわけでもない、ただただ正論を述べているだけの兄の顔だった。

『ルイスの代わりにするのは良い案だと思いますよ。本人には敵いませんが可愛い出来ですから、さぞ癒されると思います。ルイスと兄さんはぬいぐるみと一緒に眠ったりしてますか?』
『いや…そういう発想すらなかったからな』
『飾るだけで、一緒に眠ってはいませんね』
『僕としてもそういう使い道があったと知れたのは見聞が広がった気持ちです。ファンの方の日常を楽しく飾れているのなら、僕達は嬉しいですよ。今夜も一緒に寝てあげてください』

にこにこと笑みを崩さずにいるウィリアム兄さんと、その隣で同意するように頷いている末っ子とアルバート兄様。
そりゃファンを蔑ろにすることは出来ないのだからテンプレート通りの言葉だろう。
滲み出るブラコンが隠しきれていないけど、そもそも隠すつもりがないように見える。
添い寝ぬいとしてそのモデルから公認されたことに歓喜した視聴者からは喜びのコメントとともに、ウィリアム兄さんのブラコンっぷりを楽しむ様子が書き込まれた。
ウィリアム様もルイスぬいと一緒に寝ると癒されるよ、とアドバイスのようにコメントしたのは末っ子ファンだろうか。
分かる分かる癒されるよねぇ、とのんびり考えていたわたしにいきなりの爆弾を放り込んだのは、そのウィリアム兄さん本人だった。

『え、僕はそんなことしませんよ。癒されたいならルイスといれば良いですし、ぬいぐるみと一緒に寝るくらいなら本物と一緒に寝ます。昨夜も寝ましたし』
『そうだな。わざわざ無機物に癒されるよりもルイスと過ごした方が手っ取り早い』
『あ、ありがとうございます。兄さん兄様』

でもこの子も可愛いので代替品としては良いと思いますよ、とウィリアム兄さんはアルバート兄様の手元にあった末っ子ぬいの頭を撫でてから反対隣にいるリアル末っ子の頭を撫でている。
その仕草と表情があまりに甘くて、そもそもその言葉自体がびっくりするほどに甘ったるい。
そんなウィリアム兄さんに付いていけず思考をショートさせていると、数秒の後にいきなり配信画面が真っ黒になった。
慌てて時間を確認するがまだ終了まではしばらくあるはずだ。
一体何故、と阿鼻叫喚のコメント欄に同様のコメントを残していると、「言い過ぎだと事務所NGが出ました」と苦笑するウィリアム兄さんの謝罪が出て、続けて三兄弟それぞれに挨拶を済ませると、今夜の配信はそのまま本当に終わってしまった。
それはもうごくごく当たり前、それこそ常識のように話していたから、ウィリアム兄さんにファンへの牽制のつもりは少しもなかったのだろう。
けれど末っ子ファンのわたしとしては仲良し三兄弟を見られて嬉しい気持ちの中に、そんなつもりはなかったんです、という言い訳が浮かんでしまった。
だってまさか、たかがぬいごときでマウント取られるとは思わないじゃん!



(神回だった)
(画面録画しておいて良かった、マジで良かった。ウィリアム兄さんに大事にされる末っ子、世界の何より尊い)
(え、録画したんですか!?ゆ、譲ってもらっても良いですか、動揺してラストの記憶があやふやで…!一緒に寝てましたか、兄さんと末っ子)
(勿論!いくらでも確認して、一緒に寝てるらしいから)
(癒されるらしいよ。分かるよ、分かるけども!兄さん兄様に溺愛される末っ子あまりにも最高!)
(いや、それにしたって言い過ぎNG出たのはウケる)
(ただでさえ強行突破して兄様と末っ子呼んで嬉しそうにしてたのに、浮かれすぎてNGとか)
(完璧に見えるウィリアム兄さんも兄弟が絡むと素が出てボロが出るんだねぇ)
(末っ子は兄さんのもの、よーく分かったよ)
(誰も手を出そうなんて思ってないけどな)
(兄が強すぎる)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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