末っ子の離乳食デビュー
転生現パロ年の差三兄弟で、兄さん兄様がべびルを育てるシリーズ。
中々離乳食を食べてくれないべびル相手に頑張る兄さん兄様!
「ルイス、あーん」
上手におすわりが出来るようになったルイスはその後すぐにはいはいをするようになった。
安定感あるおすわりの次は離乳食の開始だろうかとウィリアムとアルバートが知識を蓄えている最中に、随分と自由に動き回れるようになってしまったのは嬉しい誤算だ。
元々のルイスの身体能力を考えれありえないことでも不思議なことでもない。
むしろこの上なく元気に体を動かしてはすくすく育っていってほしいと思う。
そうなると、ルイスがはいはい出来るだけのエネルギーをしっかり確保させるのが保護者としての役割だろう。
そのため生後半年の赤ん坊であるルイスは離乳食の練習として、ウィリアムから何も乗せていないスプーンを口に入れられていた。
「あー…んむ!あ!」
「上手だね、ルイス。偉いよ」
嫌がることなく口を開けてスプーンを受け入れたルイスは褒めて褒めてとばかりに兄を見る。
するとウィリアムの隣にいたアルバートが優しく褒めては頭を撫でてくれた。
危なくないようにアルバートの手がルイスに触れるよりも先にスプーンを口から出したウィリアムも、兄に続いてルイスの頬をくすぐってくれる。
「そろそろ離乳食を始めてみても良さそうですね」
「そうだな。私達の食事にも意識が向いてきているから興味があるのだろう。明日から始めてみようか」
「ルイス、明日から僕達と同じものを食べてみようね」
「ふ?んぁ、ん、んくんく」
「お腹が空いただろう、たくさんお飲み」
子ども用の小さな椅子に座っていたルイスを抱き上げ、ウィリアムは近くに用意していたミルクを手に取る。
哺乳瓶を目にして手を伸ばし求めるルイスはお腹を空かせている状態だ。
必死にミルクを飲もうとする小さな体に生命力を感じて愛おしくなる。
ごくりごくりと喉を動かすルイスを見て、末っ子の育児に熱心な兄達は祝日である明日から離乳食の開始を検討した。
母とナニーにも今のルイスの状態を伝えた上で離乳食開始について相談したところ、良い頃合いだろうと問題なく許可をもらうことが出来た。
そうして翌日のウィリアムとアルバートはナニーの指導のもと、ルイスのために初めての離乳食を作ることにしたのである。
「お母さん、ルイスを見ていてください」
「ルイス、今から君のごはんを作ってくるから母さんとここで待っておいで」
「えぅ、あー」
祝日は一日ずっとルイスのそばにいるウィリアムとアルバートが、朝のミルクをきっかけに部屋を出て行ってしまう。
曜日感覚などないはずの赤ん坊なのにルイスはそれが普段と違うことが分かるようで、どうやら両手で握手するように触れられた兄達の温もりが離れてしまうことが許せなかったようだ。
嫌だと主張するように声を出したかと思えば、部屋を出ていこうとするウィリアムとアルバートをはいはいで追いかけ出した。
「ぅ〜、や!あ〜ぅ!」
「ルイス、お兄さん達はあなたのごはんを作ってくれるのよ。少しここで待っていましょうね」
「や、や〜!ぶー!!」
「もう、ルイス」
もう少しでウィリアムの足元に手が届くその瞬間、ルイスは背後から母に抱き上げられてしまった。
母の腕の中は安心できる場所だが、それでもウィリアムやアルバートには敵わない。
すっかり兄にばかり気を許している我が子に思わずため息が出てしまうけれど、懸命に手足を動かして兄達を求める末の息子はとても可愛らしかった。
仲の良い兄弟を引き離す方が可哀想だと、母ながら甘いことを考えた末に一つの提案をする。
「ウィリアム、アルバート。離乳食は私とばぁやが作るから、あなた達はルイスを見ていなさいよ」
「え、嫌ですお母さん」
「ルイスが初めて口にするものですから、私とウィルで作らなければ」
「ちょっとあなた達、いくら何でも即答はどうかと思うわ」
「にー、に〜ぃ!」
代わりに離乳食を作るからルイスの面倒を見るよう促せば、息子二人は考えるそぶりもなく母の提案を却下した。
呆れた、と言わんばかりに母は息を吐くけれど、ルイスを身籠ってからの長男と次男の今までを考えれば妥当な様子だ。
一体誰が親なのかと疑問に思うくらい熱心にルイスのお世話をしているウィリアムとアルバートなのだから、離乳食を作り与える権利を譲らないことは想定内である。
真剣な顔で真新しいエプロンを手に持つ息子達を見やり、母は腕の中のルイスを収まりの良い場所に抱きかかえて真っ先に部屋を出た。
ルイスは変わらず兄を求めてもがいている。
「仕方ないわ。ルイス、一緒にお兄ちゃん達がごはんを作ってくれるところを見ていましょうね」
「う?」
「なるほど。それは良い案ですね、母さん」
「ルイス、頑張って美味しいごはんを作るからね」
「あー、い!んむ!」
母に抱かれたまま移動していると、ウィリアムとアルバートも一緒に付いてきてくれたことが嬉しかったらしい。
ルイスは暴れるのをやめて、大人しく母の腕の中できょろきょろと周りを見渡してから機嫌良く手遊びを始めていた。
分かりやすい子だと母は笑い、ウィリアムとアルバートはナニーが待つ厨房へと張り切って向かっていく。
「ルイス坊っちゃまにとって初めての食事です。なめらかになるまで丁寧に漉すのですよ」
エプロンを身に付けたウィリアムとアルバートはきちんと手を洗い、ナニーの指示を仰ぎながらじゃがいもを洗い茹でていく。
何せ以前の人生でも料理という料理はろくにしてこなかった。
現在は便利な家電だけでなく栄養を考慮されたベビーフードも多数あるが、それでも最初くらいは手をかけてルイスのために食事を用意してあげたい。
食事はルイスが健康に育つために大切な要素だ。
小さなルイスをきちんと大きく育てるために食事は重要だと、ウィリアムは栄養学を一から学び、アルバートは密かに調理技術を磨いてきた。
そんな二人は真剣な表情でじゃがいもを茹でているお湯を睨みつける。
慣れない作業をする兄を応援しているかのように時折ルイスからは柔らかい声が聞こえてきて、それを嬉しく思いながらウィリアムとアルバートは合間でルイスに笑いかけては手を振っていた。
その様子を見た母はルイスの頭越しに「アイドルとファンかしら」と我が息子達を総評していたことは誰の耳にも届かない。
「多少茹で過ぎるくらいが丁度良いでしょう。茹で上がったら皮を剥いて、熱いうちに潰して少しの水で伸ばしていきます」
「あつ!」
「気を付けなさいウィル。しっかり水で冷ましてから皮を剥かないと危ないよ」
火傷しそうなほど熱い茹でたてのじゃがいもの皮を剥き、なめらかなペースト状になるよう丁寧に潰していく。
ほかほかと湯気の上がるボウルからはじゃがいものいい香りが漂ってきており、ルイスの鼻がくんくんと鳴っていた。
ふと首を傾げて母を見上げれば、もうすぐ出来るからね、と笑いかけてくれるのが目に入る。
それに満足したルイスはもう一度ウィリアムとアルバートを見やり、くん、と小さな鼻を動かしていた。
「…出来た!」
「良いですね。このくらいのなめらかさと柔らかさなら、ルイス坊っちゃまも食べられるでしょう。あとは十分に冷ませば食べさせても問題ありません」
「ルイス、お昼のミルクの前に食べさせてあげるからな」
「ふ?あー、む!」
エプロン姿の兄達がやってきて話しかけてくれたことで満足したのか、ルイスの顔にはにこにこと笑顔を浮かんでいる。
そのまま手足を動かして頭を母へと押し付ければ、母も嬉しそうに抱きしめてくれたのだからより満足だ。
小さなボウルにはなめらかにすり潰されたじゃがいもをベースにしたウィリアムとアルバートお手製、ルイス初めての離乳食が完成していた。
「さぁルイス、僕と兄さんが作ったじゃがいものごはんだよ。あーん」
「う?」
丁度ウィリアムとアルバートのランチの時間とルイスの授乳の時間が重なった。
いつもの部屋でルイスの授乳から済ませようと、先ほど作ったばかりの離乳食を軽く温めてからミルクとともに準備してみるが、上手におすわりしたルイスは首を傾げて目の前のスプーンを見ているだけだ。
大きな赤い瞳でスプーンを見て、向かいからそれを差し出すウィリアムを見て、その次にはウィリアムの隣にいるアルバートを見る。
ゆっくりとそれぞれを見たルイスは最後にもう一度、スプーンに乗せられたじゃがいもの黄色いペーストを見た。
「……」
「あーん」
「……」
「ルイス?」
「……」
ウィリアムがつんつんとスプーンでルイスの唇をノックするが、ルイスは一向に口を開けようとしない。
いつもならばあーんという言葉をきっかけに大きく口を開けてミルクを飲むし、スプーンを咥える練習をしていたのに。
どうしたのだろうかとアルバートが名前を呼べば、ルイスはアルバートを見て彼の手元にあるミルクに向かって手を伸ばした。
「にー、み!み!」
「ミルクが欲しいのかい?だがルイス、今は先にウィリアムからごはんをもらってからミルクにしよう」
「やー、み!あー、んんむ!」
「ルイス、ごはんいらないの?おいも美味しいよ、ルイスはおいもがだいすきだっただろう?」
「や!」
思わず前世でのルイスを思い浮かべ、美味しそうにポテトを食べていた姿を想像する。
食べてみれば気に入ってくれるはずだと、ウィリアムはミルクを求めて口を開けたルイスに向かってスプーンを差し出してみるが、べ、と舌で押し返されてしまった。
「ぶー!や、の!」
「え、いらないのかい?おいものごはんだよ、美味しいよ」
「やー!」
「ルイス…!」
小さな机を挟んだ向かいにいるルイスはぷいと顔を背け、両手を机の上に置いては全身で拒否している。
今世どころか前世においてもルイスに拒否されたことのないウィリアムは、ルイスが見せる初めての姿に思わずスプーンを落としてしまった。
机の上にはじゃがいものペーストがとろりと流れて出していく。
なめらかなそれは緩やかに広がっていき、さぞ丁寧に作られたのだと一目で分かる出来だった。
頬を膨らませ、横を向いては拒否を示すルイス。
ウィリアムではなくスプーンの上の離乳食を拒否していることは一目瞭然だが、それを理解していたとしても、拒否をされたという衝撃でウィリアムは見開いた目を閉じることすら出来なかった。
「ルイスが、ルイスが…僕にぶーするなんて、そんな…!」
「落ち着きなさいウィリアム。ルイス、こちらを見なさい」
「…ぶー…」
アルバートはそばにあったウェットシートで汚れた机の上を拭く。
そうしてルイスを呼び掛ければ、恐る恐るといったようにルイスはぷいと横に向けた顔を前に見せてくれた。
変わらず拒否の単語を口にしているが、アルバートはウィリアムほど耐性がないわけでもない。
今世で拒否されるのは当然初めてなのだからそれなりにショックを受けている。
だが、以前はしっかり懐いてくれるまでに一年以上の時間がかかったし、本当に兄弟だと受け入れられたのには実に十年以上もの月日が必要だったのだ。
初めて互いの存在を認識した日に向けられた視線と鋭いナイフに比べたら、不機嫌な瞳で拗ねたように唇を尖らせる赤ん坊など可愛い限りでしかない。
アルバートはぷっくり膨れた頬を両手で包み込み、まるで桃を撫でるように優しく指でくすぐっていく。
その手つきの優しさに絆されたのか、ルイスは顰めていた眉を元に戻して柔らかな吐息をこぼしてくれた。
「ほぁ…に、にー」
「ルイス、ミルクの前にご飯を食べよう。ほら」
「…や」
「やはり駄目か」
「ルイス、僕の作ったご飯は嫌なの?どうして?美味しいよ、美味しいおいもを選んだんだから」
ウィリアムは昨日の夜、ナニーとともに贔屓にしているスーパーへ赴いては直々にじゃがいもの目利きをしたことを思い出す。
離乳食ゆえに味付けでは誤魔化せないのだから素材にこだわるしかない。
たくさんの品種の中で、特に甘みの強い種類のうち鮮度が良いものを見繕ってきたというのに、ルイスに拒否されてしまっては意味がないのだ。
ウィリアムはルイスの手を取り縋るように引き寄せる。
間にある机が邪魔で仕方がないと分かったので、今度からは真正面から食べている顔を見たいという欲求を捨てて隣に座ろうと決意した。
「み、み!あーぅ」
「…ミルクが良いの。僕が作ったごはんはいらない?」
「ウィリアム様、離乳食は共用するものではありませんよ」
「ナニー」
控えめなノックが聞こえてきたかと思えば、ウィリアムとアルバートのランチを持ってきたナニーと様子を見にきた母がやってくる。
落ち込むウィリアムと困惑するアルバートと無邪気に哺乳瓶へと手を伸ばすルイスを見て、簡単に状況を察することが出来た。
「ルイス坊っちゃまのペースで食べさせてあげないと、食事が嫌になってしまいます。焦らなくて良いのですよ、ウィリアム様」
「そうよ。ルイスも食べたいと思ったら食べるわ。アルバートも中々食べてくれなかったけど、根気良くあげていたらいきなり食べるようになったもの。ウィリアムは最初から食べてくれたけど」
年長者かつ育児経験の豊富な大人に言われてしまえば頷くしかない。
アルバートは赤ん坊の頃のことなど覚えていないが、ウィリアムは生まれた瞬間にアルバートと再会したことで以前の記憶が戻っている。
ミルクより味のしっかりした離乳食の方が美味しいと順調に食べていたのだが、どうやらウィリアムこそが稀だったらしい。
落ち込んだウィリアムは初めて作ったじゃがいもの離乳食を一口食べ、豊かな芋の風味が口一杯に広がることを虚しく思った。
ルイスのために作ったのに、ルイスが食べてくれないのでは意味がない。
「…じゃあ、また明日ごはんを食べようね」
「明日は別の食材で作ってみるのも良いかもしれないな。色々試してみよう」
「あーぅ?ん」
スプーンを置いたウィリアムの手元を見やり、ルイスは二人の兄を見上げる。
そうしていつものようにウィリアムに抱っこされてミルクをあっという間に飲みきり、その後はランチを食べる兄達を行儀良く座って見つめているのだった。
「ルイス、今日はコーンのごはんだよ」
「や」
「ルイス、このカボチャはどうだろう?」
「や」
「ルイス、トマトのスープはどうだい?」
「や」
「ルイス、このりんごはとても甘くて美味しいよ」
「や」
「ルイス、今日はスプーンではなく自分ですきなものを手に取って食べてみようか」
「やー」
それからというもの、ウィリアムとアルバートは学業の合間を縫って懸命にルイスのために離乳食を作っては惨敗していた。
野菜や穀物、果物を試してみてもくんくんと鼻を鳴らすだけで口を開けようとしない。
ルイスに初めての離乳食を食べさせたいという気持ちゆえにスプーンを使っていたが、可能性を信じて赤ん坊主体である手掴み食べを促してみてもルイスの手は哺乳瓶にばかり伸びていく。
連戦連敗のウィリアムとアルバートはさすがに心が折れそうだと、桃果汁を固めたゼリーを前に項垂れた。
「…思えば、ルイスは変化を嫌う子でしたからね…新しいものに馴染むのに時間がかかるのはルイスらしいといえばルイスらしい」
「保守的なルイスを考えれば、初めて見るものを警戒するのは当たり前か。日々それを持ってくる私達のことを敵認定しないだけ愛情を感じる」
「ルイスにとって今の僕達は怪しいものを食べさせようとする人間でしかないですからね。嫌われていないのはありがたいです」
「だがこのままでは栄養が足りなくなってしまう。ミルクだけでは限界があるからな」
アルバートはミルクを飲み終えて満腹のままうとうとしているルイスを抱き、軽く体を揺すっては安心感を与えている。
むにゃむにゃと口を動かしたルイスはそれでもまだ眠たくないようで、開ききっていない目をアルバートに向けていた。
構ってあげるべく指を前に持っていけば、ルイスは小さな両手でアルバートの長い指を掴んで遊び始める。
楽しそうな笑い声を聞くとどうにも心が癒されて、このままでも良いかという気持ちとこのままでは栄養不足になってしまうという気持ちがせめぎあう。
離乳食とは中々難しいものだと、まだ成人すらしていないモリアーティ家の長男と次男は深く深く息を吐いた。
しばらくそうして指を使いながらルイスと遊びつつ育児談義をしていると、ナニーが二人分の食事を持ってきてくれた。
今日のメニューはフレンチトーストとささみ肉の入ったサラダらしい。
鮮やかな黄色と緑が食欲をそそる光景だ。
「あぅ…?」
「持ってきてくれてありがとう、ナニー」
「あら、今日も駄目でございましたか…どうやらルイス坊っちゃまは随分とこだわりが強いようですね」
「そうみたいだね。でも母さんのいう通り、根気強くやっていくさ」
「その心意気です、アルバート様。育児ほど思い通りにいかないことはありませんから」
しばらくしたら食器を下げに伺います、と言って下がったナニーを見送り、アルバートは片手にルイスを抱いたままフォークを手に取った。
既に小さく切り分けられているフレンチトーストは片手でも食べやすいよう気を配ってくれたのだろう。
ルイスを椅子に座らせるよりも抱いていたい兄の欲求をよくよく理解してくれているのが分かって嬉しい限りだ。
「あー…?」
ルイスはアルバートがトーストを口に運ぶ様子を眺め、続けてウィリアムを見る。
二人とも美味しそうに黄色いそれを頬張っていてとても美味しそうだった。
甘い匂いが漂ってくるのにも興味をそそられ、真っ白いミルクよりも何だか魅力的に見えてくる。
もぐもぐごくり、と兄達の喉が動く様子を見ては同じようにルイスも喉をごくりと動かしてみるが、何の味もしなかった。
「あー、あむ!うー!」
「ん?どうしたんだい、ルイス。もうお腹いっぱいだろう?」
「んー、む!あ〜ぅ〜」
「何か気になるものでもあるのかな…」
ウィリアムとアルバートがルイスの様子を気にしていると、どうやらルイスの興味がフレンチトーストにあるらしいことが分かった。
ふと思いついてウィリアムがフォークに乗せたトーストをルイスの目の前に持っていってみれば、大きな瞳は真っ直ぐに黄色いパンへと向かっている。
左右に動かしても顔ごとパンを追いかけては口の端から涎を垂らしていた。
もしや、と期待に目を光らせたウィリアムはそのパンを自らの口に入れてぱくりと食べてしまう。
「やーぁ、あぅ〜」
「…兄さん、もしかして」
「あぁ、ウィリアム。可能性はある」
「あぅ…う〜」
ウィリアムに食べられてしまったパンを見て悲しそうに声を出しては眉を下げるルイス。
ついにルイスがミルク以外の食べ物に興味を持ったのだと、ウィリアムとアルバートは解釈した。
よくよく考えてみれば変化を嫌う保守的なルイスが求めるものなど、始めから分かりきっていたはずだ。
ルイスはいつだってウィリアムとアルバートと同じものを好んでいて、いつも一緒にいることを願っていた。
自分にだけ特別に用意されたものよりもウィリアムと同じものを欲しがったし、アルバートと揃いになることを嬉しく思う子だったのだ。
そうだというのに、ウィリアムもアルバートも一般的な離乳食の進め方や栄養についてばかりを気にしていて、ルイスが何を望んでいるかなどすっかり忘れていた。
ルイスはただただ、二人と同じものを望んでいたに違いないのに。
確信に近い可能性に気付いたウィリアムとアルバートはルイスを連れて厨房へと行き、途中で捕まえたナニーにもう一度キッチンを貸してほしいと願い出る。
「ナニー、パン粥の作り方を教えてほしいんだ」
「ルイスが食べられるよう、柔らかくて味の薄いものがいい」
「んぅ?」
真剣な表情をするウィリアムとアルバートとは対照的に、その腕に抱かれているルイスはきょとんとした表情でナニーを見上げていた。
「ルイス、今日は一緒のごはんを食べようか」
「私達と同じメニューを用意したから安心すると良い」
「ぅ…?」
念のため厨房に用意していた子ども用の椅子にルイスを座らせ、ウィリアムとアルバートはナニーの指導のもとパン粥を作っていった。
慣れた味の方が良いでしょう、というアドバイスを参考に、牛乳ではなく粉ミルクでパンを煮て僅かな砂糖で甘味をつけたそれは、ルイス用の小さな器とアルバートとウィリアム用の大きめの器に盛られている。
「これはパンだよ。さっきルイスが見ていたフレンチトーストと同じものを使って作ったんだ」
「は、ん?んむぅ?」
「一緒に食べよう、ルイス」
「……」
先ほど用意された食べかけのフレンチトーストは申し訳なく思いながらもそのまま返却し、ウィリアムはルイスの器から柔らかなパンのかけらが乗った粥をスプーンですくう。
そうしてそのスプーンに乗っているものとウィリアムとアルバートの前に置かれた器の中身が同じであることを確認するように、ルイスはゆっくりじっくり大きな瞳で静かに見つめる。
同じものだ、と認識すると同時にルイスは首を傾げてウィリアムを見た。
「あー、ぶ?」
「そう、僕と同じごはんだよ」
「うぁ、うむ」
「安心してお食べ、ルイス」
「ルイス、あーん」
「……」
きょろ、とルイスが忙しなくスプーンとウィリアムとアルバートを交互に見た。
傾げていた首を戻してじっとスプーンの上のパン粥を見つめた後、ルイスはようやく決心がついたらしい。
小さな口を目一杯に開けて目の前のパン粥を迎え入れた。
「あー、ぅ」
「…!」
「ん、んむむ、んぅ」
むぐむぐと口を動かしているが、ほとんど塊のないなめらかさなのだから実際はその必要もない。
だがそれでも警戒して味わうように口の中でパン粥を留めてぷっくりした頬は、飲み込むことで元通りの頬へと戻っていった。
果たしてウィリアムとアルバートが作ったパン粥はルイスの口に合ったのだろうか。
もう何度目かになる離乳食作りで、ようやく初めてルイスが食べてくれたという感動に二人の心は揺さぶられる。
食べたは良いものの美味しくなかったらどうしようと不安に思う兄達を他所に、ルイスの瞳はキラキラと輝いていた。
どうやら恐る恐る食べたルイス初めての離乳食は美味しかったらしい。
「んま、ん」
「食べた…!ルイスが食べた!」
「美味しいかい、ルイス。偉いな、よく食べてくれた…!」
「んーぁ!」
にっこりと笑うルイスはとても機嫌が良さそうで、抱きしめてくるウィリアムの腕の中で歌うように声を出していた。
そうして、もっと食べるかい、とスプーンを差し出そうとしたウィリアムをアルバートが辞めさせる。
先ほどミルクを飲んだばかりなのだからお腹は空いていないはずだ。
せっかく食べたのに吐いてしまっては困ると、まずはスプーン一匙のパン粥を食べてくれたルイスを褒めるべくたくさん笑いかけてはその名前を呼んであげた。
(パン粥なんて初めて食べたな。素材の味が生きていて美味しいし、ルイスが気に入ってくれて何よりだ)
(気付かなくてごめんね、ルイス。ルイスは僕達と一緒のごはんが食べたかったんだね)
(ぅむ、あ〜)
(これからは少し工夫して準備するとしようか。ルイスに美味しいものをたくさん食べさせてあげたいな)
(一緒に食べようね、ルイス。君に食べさせたいものがたくさんあるんだよ)
(あぃ!)
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