ライオンはとても大きかったです。


学生時代の三兄弟が動物園に行こうとして揉めるお話。
ずっと我慢してきたルイスだけど、少しずつ兄さん兄様にわがままを言えるようになっていてほしいなぁと思う!

退屈だな、と思う。
ウィリアムは前例のないほど早くに飛び級して進学してしまったし、アルバートも首席をキープしたまま見事な代表挨拶を披露しては卒業してしまった。
名門校として名高いこのイートン校において、ルイスはたった一人きりでぽつんと部屋の中にいる。

「何をしようかな」

モリアーティの、いやアルバートとウィリアムの意向ゆえ、ルイスはこのイートン校の寮で個室を与えられている。
特別室に当たるため鍵の施錠も許可されており、唯一この空間だけがルイスに束の間の休息を与えてくれるのだ。
信用出来る友人のようなものはいるが、だからといって信頼しているわけではない。
講義以外の時間を一人きりで過ごすことにまだ慣れなくて、ルイスは退屈な気持ちを抱えたままベッドの上で膝を抱えていた。
少し前なら空いた時間はウィリアムかアルバートと過ごしていたのに、その二人が今の学園にはどちらもいないのだから退屈極まりない。
つまらないし、何だか寂しくて怖かった。
ルイスは小さく息を吐いて、とうに済ませてしまった課題の見直しか次の講義に向けた予習でもしようかと重い腰を上げる。

「…手紙、書こう」

課題は見直しをしなくても完璧な出来だと言う確信があるし、これまでに前もって勉学を教えてくれていた兄達のおかげで改めて予習をする必要もない。
それならばとルイスは引き出しにしまい込んでいた万年筆と便箋を取り出して、つい先週も書いたばかりの手紙を書こうとする。
それの返事はまだ届いていないけれど、暇を持て余しているよりウィリアムやアルバートのことを考えていた方がずっと有意義だろう。
そう決めたルイスはインクを浸したペン先で試し書きをして、丁寧に封筒へと二人の名前を綴っていった。
しばらく集中して書いていた手紙をしっかり三回読み返し、誤字脱字がないことを確認してから封蝋をする。
早速出しに行こうと部屋を出て事務に声をかけたけれど、いつもなら素通りに近いというのに今日ばかりは思いがけず呼び止められてしまった。

「モリアーティ、君宛に郵便が届いているよ。持っていきなさい」
「!ありがとうございます」

受け取った郵便物は厚みのある封筒で、その面には見慣れた文字で己の名前が記されている。
ルイスに手紙を出す人物など限られているし、癖のない綺麗な文字はひたすらに期待を煽ってきた。

「あれ、手紙を出しに行くんじゃなかったのかい」
「また今度にします!」
「そうかい」

寮を出ようとしていたはずのルイスが元来た道へ戻ろうとする様子を見た事務員は首を傾げるが、それに構うことなくルイスは受け取った封筒を大事に抱いて部屋へと帰っていった。
これはウィリアムとアルバートからの手紙だ。
宛名を書いたのはウィリアムだが、裏面を見れば差出人は連名になっている。
きっと先週出した手紙の返事をくれたのだと、ルイスは先ほどまで感じていた退屈な寂寥感を忘れたように浮き足だった気持ちで物の少ない自室に入り込んだ。
どうせ一人きりの部屋だ。
感じた嬉しさを隠す必要もないと、ルイスは急いでペーパーナイフでその封筒を開けていく。
そうして書かれた文章をじっくり三回読んでいくと、それを読む前に書いた手紙をそのまま屑籠に捨てて、新しく手紙を書き直すことにした。



「ただいま帰りました、ウィリアム兄さん、アルバート兄様!」
「おかえり、ルイス」
「よく帰って来てくれたね」

二人から届いた手紙には、月末の連休に帰ってくるように、というルイスにとって最も待ち望んでいたウィリアムからの命令が書かれていた。
基本的にルイスは週末にその週に学んだことの復習と次に向けた予習をこなしている。
ルイスが入学する前のウィリアムは頻繁に帰省してくれていたように思うが、生憎とルイスにはそれほど余裕があるわけでもないのだ。
優秀な二人の弟として成績を落とすわけにはいかないし、そうなると寂しいからと頻繁に帰省することも出来ない。
今日のルイスが二人のいるロックウェル伯爵家へ帰ってきたのも、実に二ヶ月ぶりのことだった。

「明日、動物園に行くって本当ですか?」
「あぁ。ロンドン動物園にはまだ行ったことがなかっただろう?三人で遊びに出かけよう」
「わぁ…!」
「料理長にお弁当を頼んであるから、明日は一緒に楽しもうね」
「はい!」

届いた手紙にはルイスが送った手紙の返事と連休中の帰省指示だけでなく、三人で動物園に行く予定までもが記されていた。
二人の元に帰ってのんびり過ごすだけでも十分嬉しいのに、今回は初めて動物園に行くという。
ルイスは手紙を読んで以降とても楽しみにしていて、この連休を心置きなく過ごすため今日までに復習と予習を詰め込んできた。
朝一番の列車で帰ってきたとはいえもう昼を過ぎているのに、本当なら今すぐにでも動物園に向かいたいくらいである。

「僕、動物園に行くのは初めてです。ライオンとか虎とか、フラミンゴとかいるんですよね?」
「そうだよ。大きくて格好いいライオンがいるんだって」
「僕、犬や猫以外の動物はあまり見たことがないです」

実際はネズミや蝙蝠なら見たことがある、というのは何となく伏せておいて、あくまでも小動物しか目にしたことがないのだとルイスは訴える。
ルイスがそうなのだからウィリアムも同様で、唯一ロンドン動物園に行ったことがあるアルバートの言葉を待った。

「勿論、うさぎや猛禽類などの小型動物もいる。けれどやはり目玉はルイスが言う通り、ライオンや虎などの大型動物だろう。本で見るよりも迫力が段違いだよ」
「すごく大きいんですよね。体重が200kgもあると本に書いてありました」
「そうだね。小柄なルイスくらいなら一口で丸呑みにしてしまうかも」
「……!」

がおー、とライオンや虎の真似をしたウィリアムが後ろからルイスの背中に覆い被されば、古ぼけた写真でしか見たことがない猛獣を想像して思わずルイスの表情が固まった。
見た目は猫のようで可愛かったのに、その大きさは成長期真っ只中のアルバートよりもずっとずっと大きいという。
動物は人間の言うことを聞かない。
犬はともかく、小さな猫でさえ気まぐれで中々指示を聞いてくれないのだから、200kg以上ある猛獣が言うことを聞くとは思えなかった。
ルイスは後ろから回されたウィリアムの腕をぎゅうと掴み、真剣な顔でアルバートを見上げて口を開く。

「…に、兄様が食べられそうになっても僕が囮になるので、安心してくださいね」

骨と筋ばかりだけれど、最近は鍛えているので筋肉もついている。
逃げるまでの時間稼ぎにはなるだろうと、ルイスがそう身構えて言えば、アルバートだけでなくウィリアムも吹き出したように笑ってしまった。

「安心しなさい、ルイス。戦いに行くのでも食べられに行くのでもなく、ただ檻の外から見に行くだけだから」
「あ」
「もし檻が壊れてライオンが逃げ出しても、僕が絶対にルイスを守ってあげるから大丈夫だよ」
「…は、はい」

アルバートの言葉の通りだと、ルイスは自分の早とちりを恥ずかしく思うように顔を染めた。
せっかく楽しみにしていた休日なのに、何故そんな惨劇を覚悟して出かけなければならないのか。
行ったことのない場所に行くという期待と、見たことのない動物を見るという緊張と、最愛の兄達と遊びに出かけるという日常の中の非日常に浮かれきってしまっているのだろう。
ルイスはウィリアムの腕に顔を押し付けてぎゅうと目を閉じる。
すると羞恥で火照る顔以上に、連日詰め込んでいた勉強のおかげで寝不足の頭が急に眠気を訴えてきた。

「それよりルイス。少し顔色が悪いんじゃないかい?」
「夜は眠れているの?」
「あまり…でも大丈夫です、今日一晩休んだら回復すると思います」

伏せたルイスの顔を持ち上げたアルバートがその目元を指でなぞれば、真っ白い肌の中に浮かぶくすみに眉を顰める。
ウィリアムも同様に赤みのない頬を心配するように抱擁を緩めて顔を覗き込むけれど、ルイスは慌てて顔を左右に振ってそれを否定した。

「兄さんと兄様と過ごしている間は勉強のことを忘れようと思って、昨日までに来週の予習は全部済ませてきました。その疲れが少し残っているだけなので、心配しなくても大丈夫ですよ」
「それなら良いけど…疲れているよね、先に部屋で休もうか」
「そうだな。ランチは列車の中で済ませてくると書いてあったけれど、ちゃんと食べてきたのかい?」
「サンドイッチを食べてきました」
「それなら軽くお茶にしようか。先生に頼んでこよう」

ウィリアムがルイスを部屋に連れていき、途中でアルバートがジャックを探して部屋にお茶を持ってくるよう依頼する。
慣れない列車に乗って疲れていたルイスはそれに逆らうことなく、大人しく二人に従っていた。
そのままお茶を済ませ、会えなかった時間を擦り合わせるようにたくさんの話をして、料理長が手を込めて作ってくれた夕食に舌鼓を打ち、三人まとめてお湯に浸かって体を清める。
せっかくだからと一番広いアルバートのベッドで三人並んで眠ろうとすれば、明日は早起きして動物園に行きましょうね、とわくわくしたルイスが念押しするように言ってから真っ先に眠りの底に落ちていった。



「ルイス、ルイス」
「ん…」
「朝だよ。起きなさい、ルイス」
「んぅ…〜…」
「ルイス…」
「……すぅ」



カーテンから明るい日差しが漏れている。
きっと今日は良い天気なのだろうと、腕に抱き締めている毛布に顔を埋めたルイスは日差しから逃げるように目を閉じた。
肌触りの良い毛布は普段使っているものより何だかふわふわしていて、おそらくはかなり上質な生地を使っているのだろうと思う。
ぼんやりした頭でそんなことを考えながら息をすれば、だいすきな人の匂いがした。

「…んん…にぃ、さ…」

これは兄の匂いだとルイスが認識すると、その瞬間にはっと目が覚めた。
イートン校で使っている寝具に兄の匂いなど残っていないし、あそこにあるのはもっと手触りの良くない毛布だ。
ここは寮ではない、ウィリアムとアルバートがいる空間である。
目が覚めるのと同時に腕を伸ばして左右を探るけれど、そこには誰もいないどころか何の温もりも残っていなかった。

「動物園!」

兄さん兄様、と叫びながら体を上げて部屋の中を見渡すと、すぐ近くにはわざわざ持ち込んだ椅子に座って読書に勤しむ二人がいた。
彼らは突然起きては叫び出したルイスを見てにっこりと笑い、おはようルイス、と返事をする。

「お、おはようございます…あ、あの」
「とても気持ち良さそうに眠っていたね」
「目元の隈も薄くなったようで何よりだ」

読んでいた本を置いて今にもベッドから転がり落ちそうなルイスに近寄った二人は、そのままベッドサイドへとゆっくり腰を下ろした。
ウィリアムが跳ねた髪を、アルバートが血色の良くなった目元に指を添えれば、ルイスはなすがままそれを受け入れる。
そうしてしばらくその接触を黙って受け入れていると、ようやく自分が寝過ごしたことを本格的に理解した。
今日は朝早くから三人で動物園に行く予定だったのに、今は一体何時なのだろう。
ルイスが部屋の中に視線を巡らせて時計を見ると、そこには一時という時間が表現されていた。

「…え、一時?午後一時ですか?」
「よく眠っていたね。きっと疲れていたんだろう、ルイスがちゃんと眠れて良かった」
「ど、どうして起こしてくれなかったんですか?今日は三人で出かけるって…動物園に行くって…」
「起こしたけれど、あんまり気持ち良さそうに眠っていたからね。出かけるのはやめて、今日は家でゆっくり過ごすことにしたんだ」
「えっ…!」

ルイスが寝過ごすなど、本当に珍しいことなのだ。
元々長く眠る性質ではないし、昔からの習慣で自然と早くに目覚めてしまう。
それなのに、今朝は何度呼んでも目を覚まさすことなくずっと寝入っていた。
きっと一人きりの寮生活で過度な緊張を強いられた挙句、この連休に帰省するため色々なことを前倒しにして頑張ってきたのだろう。
削られた睡眠時間を補うのは必要な行動だ。
ならば自分達の元に帰ってきたときくらいは十分に休ませてあげるべきだろうと、ウィリアムとアルバートはそう考えた。
家を離れて一人頑張っている弟を労うのは兄の役目である。
楽しみにしていた動物園だってルイスが喜んでくれるだろうと計画したのだから、そのルイスに無理をさせてまで行きたいわけでもない。
何度その名前を呼んでもすよすよ寝息を立てている姿はとても可愛らしくて、見ているだけで癒された。
まるでルイスの居場所は自分達なのだと、視覚的に実感させられる心地だったのだ。
ゆえにウィリアムとアルバートは穏やかな気持ちのままルイスと向き合っていたのだけれど、ルイスにはそれが不満だったらしい。

「…なんで、起こしてくれなかったんですか」
「何度か起こしたんだよ。でもルイスはとてもよく寝ていたから」
「もっとちゃんと起こしてくれれば起きました!僕、動物園行きたかったのに…!」
「ルイス、だが」
「僕、兄さんと兄様と動物園行きたかったのに!」

ばさり、と足元に寄っていた毛布を引き寄せて、ルイスは全身を毛布で覆い隠しては丸くなった。
それは大きな大きな卵のようだった。
昨日ルイスが見たがっていたフラミンゴの卵がどのようなものか分からないけれど、どうせ鳥なのだからサイズ以外は近いものがあるのではないだろうか。
ウィリアムがそんなことを考えていると、その卵の中からぐすぐすと拗ねたような声が聞こえてくる。
ひどい、兄さんとライオン見たかったのに、兄様と虎を見たかったのに、起こしてくれないなんてひどい、ちゃんと起こしてくれたら僕だって起きました、もっとちゃんと起こしてほしかった、無理やり起こしてくれて良かったのに、ひどい、意地悪だ。
完全なる八つ当たりだし、起きなかったのはルイスだというのに見事な責任転嫁である。
それでも苛立つどころか無性に愛おしくて、そんなにも自分と出かけるのを心待ちにしていたのかと思えば嬉しさすら湧き立ってきた。
どうやらアルバートも同じ気持ちを抱いているようで、むしろ彼はわがままを言って癇癪を起こすという初めて見るルイスを目にしていっそ感動しているようだ。

「…すまなかったね、ルイス。今から準備して出かけようか」
「い、今から行ってもすぐに閉園です…!朝早く行って、お弁当食べながらフラミンゴを見たかったんです…!」
「ごめんね。ルイスが疲れていると思ったら無理矢理には起こせなくて。疲れは取れたかい?」
「おかげさまで体は軽いです…でも、僕は寝るより動物園行きたかった…!」

うぅ、と情けない声を出すルイスは、きっと自分でも支離滅裂な八つ当たりをしているという自覚があるのだろう。
先ほどよりも勢いが弱くなった言葉に兄は思わず苦笑してしまった。
どっしりとした存在感があったはずの卵が、なんだか今は小さく見える。

「…一緒にいられるだけでも嬉しいけど、二人と一緒に出かけたかった…」

本音を滲ませた言葉がするりと口から逃げていく。
油断すると鼻を啜ってしまいそうになるけれど、これだけ子どもっぽい醜態を晒しているのだからさすがにそれは避けたいところだ。
ルイスは意地になって歯を食いしばり、静かに深呼吸しながら昨日までは本当に楽しみにしていたはずの動物園へ思いを馳せた。
初めての動物園、ウィリアムとアルバートと一緒に行けばきっと楽しかった。
ルイスだけが入寮している今はもう二人とは滅多に一緒に過ごせないし、イートン校の卒業まではまだまだ長い時間がかかる。
だから一緒にいられる一秒一秒が大切なのに、そんな大切な日に呑気に眠っていた自分こそが信じられない。
確かにあの寮で一人眠ったところで熟眠感はなかった。
ウィリアムとアルバートがすぐ隣にいるから安心して眠れたのだろうことはよく分かっているけれど、それとこれは別問題なのだ。
どれだけ気を抜いて眠っていようと、無理矢理に叩き起こしてくれて良かったのに。
ひどい、ひどいひどい。
起こしてくれないなんてひどい。
動物園に連れて行ってくれないなんてひどい。
でも一番は、二人は少しも悪くないのに八つ当たりしている自分こそが、何よりもひどかった。

「……ぅ…」

なんてひどい弟だろう。
せっかく楽しいことを計画してくれたのに、勝手に八つ当たりして怒っているのだから、これ以上ないほどに愚かな弟だと思う。
どうして二人と一緒に動物園に行きたかったのかなんて、二人との大切な時間を長く紡いでいきたかったからに決まっている。
それなのに今この時間は、ルイスが思い描いていた理想とあらゆる意味でかけ離れてしまっていた。
ルイスは自己嫌悪で小さな体をますます縮こめて、とうとう堪えきれずにぐすりと小さく鼻を啜る。

「…………さ、ぃ」

鼻を啜る音はウィリアムとアルバートの耳にも聞こえてくる。
こんなにも癇癪を起こすルイスをアルバートは初めて見たし、ウィリアムだって随分見ていない姿だ。
はるか昔、それこそルイスにようやく自我が芽生えた頃に少しあったくらいしか記憶にない。
物分かりが良くて困らなかったけれど、もっと感情を表に出してくれても良いと思っていたのに、今ようやくルイスの感情は全面に押し出されている。
しかも、自分でも上手くコントロール出来ないほど昂っているのだ。
ルイスをそうさせているのは他でもない、ウィリアムとアルバートである。

「ルイス…」
「……ごめ、…な、さ、ぃ…」

ひどいこと言ってごめんなさい、兄さんも兄様も悪くないのに八つ当たりしてごめんなさい、僕が寝坊したのが悪いのに、起こしても起きなかった僕が悪いのに、僕のことを心配してくれているのに、怒ってごめんなさい、動物園行けなくてごめんなさい。

「ルイス…」

小さな卵から消えてしまいそうなほど小さな声が聞こえてきて、懸命に謝罪の言葉を届けてくる。
その姿がとても可愛くて、それ以上に誇らしかった。
ずっと自分の感情を押し殺して我慢していたルイスなのに、ようやくここまでわがままを言うようになってくれたのだ。
それを愛おしいと思わないほど、ルイスの存在はウィリアムにもアルバートにも小さなものではなかった。

「…ううん、ルイスの気持ちを考えなかった僕がいけなかった。ルイスは楽しみにしてくれていたのにね。起きるまで待つのではなく、もっと早く起こしてあげれば良かったのに」
「にぃさん…ちが、僕が、悪くて」
「私こそ、ルイスがそんなに楽しみにしていたことにも気付けないままですまなかった。ありがとう、楽しみにしてくれていたと分かって私は嬉しいよ」
「にいさま…ぅ」

もぞもぞと顔を出したルイスの顔はその瞳と同じくらいにとても赤い。
けれどいつもはピンと丸いはずの瞳は歪んでしまっていた。

「今日は家でゆっくり過ごそう。動物園はまた今度、ルイスが元気なときに行くと約束しよう」
「……ぅ、はぃ」
「ルイス、休むことも大切だよ。ルイスが無理をしていると考えたら僕の気が持たないんだ」
「…気をつけます…」

丸めていた体を起こしたルイスは見るからに落ち込んでいて、それでもきちんとアルバートの約束とウィリアムの忠告を聞き入れる。
幼児のようなわがままを言ったけれど、今のルイスはイートン校のキングススカラーにも選ばれるような優秀な学生なのだ。
いつまでも身勝手な振る舞いをするわけにもいかないし、二人に呆れられてしまうのも怖かった。
毛布を被って俯くルイスの体を抱き寄せたウィリアムは、落ち込む様子に構うことなくその頭を撫でていく。

「ルイス、我慢せずちゃんと言えて偉いねぇ」
「…?我慢した方が、偉いでしょう?」
「そんなことないよ。ルイスが我慢出来ずに本音を言ってくれたこと、僕はとても嬉しいよ」
「ルイスの心が見えたように思う。君のことを知れるのは、私にとって何より貴重だ」
「……」

よく分からない、といった表情を隠さないまま、ルイスは二人に構われる。
少なくとも呆れて嫌われてはいないことは分かったからそれで良いだろうか。
腑に落ちない顔で俯くルイスは、自分がどれほど変わっているのか自覚することはないのだろう。
抑圧されてばかりの生活をしていた頃のルイスより、自分の感情を少しずつ表に出すようになった今のルイスの方がずっと良い。
このままルイスらしさを見せながら成長してほしいと、まだまだ小さな体を抱きしめてウィリアムは願っていた。



(動物園には明日行きたいです!)
(だがルイス、明日には寮に戻らなければいけないだろう?)
(明日は最終の列車に乗るので、それまでに動物園へ行ってライオンを見ます)
(でも移動にも体力を使うじゃないか。寮に帰っても翌日の準備があるし、無理はいけないと思うよ)
(今日たくさん寝たから大丈夫です。お願いします、明日行きたい)
(う〜ん…)
(しかし…)
(お願いします、兄さん、兄様)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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