末っ子、すやすやぴぴぴ


転生現パロ年の差三兄弟、兄さん兄様とべびルが仲良くお昼寝するお話。
我、兄様の長男力に夢見るオタク。

子どもという生き物は、ある時ある瞬間に何の前触れもなく突然眠りに落ちてしまうらしい。
それは人間に限らずあらゆる生き物に共通するのだから、命というものは元来きっとそういう仕様なのだろう。
生きてきた期間が短くて、体力もなければその身の起こった事象を受け止める気力も心許ない。
強制的に眠ることで回復を促すと考えれば、振り向いた瞬間に寝こけていることにも納得がいくというものだ。
ゆえに仕方がない。
アルバートはそう考えることで己を納得させようと必死だった。

「…はぁ」

彼の前にはプレイルームと化した、かつてルイスの育児部屋だった一室で揃って寝こける弟達がいた。
何も出来ない無力な赤ん坊だったルイスは無事にすくすく成長し、今では色々なところへ歩いていったり走り出すことも多い。
そろそろ育児部屋は卒業して寝室を分けた方が良いだろうと提案した母とナニーの提案に乗り、今のルイスは主にウィリアムの部屋で眠っている。
時折アルバートの部屋に潜り込むこともあるけれど、いずれにせよかつて新生児だったルイスが主に過ごしていた部屋は、今や完全なる遊び場と化しているのだ。
床一面に柔らかなマットが敷かれた環境で、先ほどまでブロック遊びをしていたモリアーティ家の末っ子とそれに付き合っていた次男は今、仲良くマットに転がっている。

すよすよ
すやぴぴ

そんな寝息が聞こえてきそうなほどのんびりした寝顔の近くには、誤飲防止のためルイスの手のひらよりも大きいブロックが落ちている。
角は丸いけれど、当たればそこそこ痛いだろう。
アルバートはそっと二人に近付いてはブロックを取り上げ、部屋の隅に置いてある毛布をそっと掛けてあげた。


近頃のルイスは昼寝の時間以外にも寝てしまうことがある。
絵本を読んでいるかと思えば本に突っ伏してしまったり、おやつを食べるためスプーンを持っていたかと思えば船を漕いだり、お気に入りのぬいぐるみと遊んでいたはずなのにふと見ればぬいぐるみの腹に顔を埋めていたり。
直前までにこにこと機嫌良さそうにしていたはずなのに、次の瞬間にはぷつりと電池が切れたように寝落ちてしまうのだ。
それを初めて見たときのウィリアムはとても慌てていて、けれどアルバートは何かの既視感を覚えて不安になることはなかった。
ルイスが気絶した、何かの病気かもしれない、と慌てふためくウィリアムをよそに、アルバートは静かにルイスを抱き上げてはその顔色の良さと規則的な寝息を確認して、「ただ眠っているだけのようだ」と事態を的確に評価した。
眠たそうな気配など少しも見せていなかったはずなのに、一体何故。
そう考えていた二人だが、ナニー曰く、子どもがある瞬間に突然眠ってしまうのはよくあることだという。
己の限界を知らないから、ギリギリまで動いてはそのまま力尽きて眠ってしまう。
今のルイスはたくさん遊んで満足して眠っているだけだと、ナニーがそう言った瞬間にウィリアムは安堵し、アルバートは納得した。
なるほど、これはかつてのウィリアムと同じ現象なのだ。
あの頃のウィリアムは子どもではなかったけれど、自分については一際に無頓着だったからこそ、限界を無視して頭脳を働かせては次の瞬間いきなり眠りに落ちていた。
今のルイスはまだほとんどのことを知らない子どもなのだから、自分の体力を理解出来ないまま遊んで力尽きるのは当然だろう。
珍しくもない子ども特有の現象だというのに、さすがウィリアムの弟だと一人頷いていたアルバートを否定する者はいない。
それどころか、アルバートはルイスがウィリアムの弟であるという当たり前の事実を理解すると同時に、かつてウィリアムが持っていた悪癖は子どもの性分と同じなのだと知っては一人笑ってしまった。
そうなった理由はどうであれ、あれだけ優秀な弟が成人しても赤ん坊と変わらない習性を持ち続けていたというのはいささか面白くて、それでいて愉快だ。
ウィリアム本人はそれに気付いているのかいないのか、気持ち良さそうに猫のぬいぐるみの腹に顔を埋めているルイスをほっとしたように見つめていた。


それからというもの、ウィリアムは突然眠ってしまうルイスを微笑ましく見つめていたかと思いきや、つられるようにその隣で眠ってしまうことが増えた。
今日も学校の教員と相談事があると少しだけ席を外していたアルバートを待ちながら遊んでいたはずの弟達は、今目の前で二人揃って眠っている。
ルイスは仕方ない。
まだ幼いのだから、昼寝の時間まで待てずに眠るのはどうしようもないだろう。
だがウィリアムはどうだろうか。
子どもとはいえ、彼はもうパブリックスクールに通うアルバートの後輩だ。
少々気が抜けているのではないかとアルバートは呆れたようにため息を吐いてしまうが、平穏なこの世界ではこれが正解なのだろうとも思う。
危機感の足りなさは男として、いや生物として致命的な気もするけれど、そんな弟を守ってこその長男だ。
以前はウィリアムに頼ってばかりで、ルイスには背負わせてばかりだった。
だからこそ、今はアルバートが二人のことを兄として支えていきたいと思う。
右手にウィリアムの指を、左手にぬいぐるみの耳を掴んだルイスの寝顔はとても安らかで、安心し切った様子が伝わってきて愛おしい。
そんなルイスの寝顔につられて眠っただろうウィリアムの寝顔も至極穏やかだ。
もしかすると彼は決して危機感が足りないのではなく、安心を約束された場所と環境だと判断しているからこそ、ありのままに眠っているのかもしれない。
そうであれば嬉しいと、アルバートは柔らかく微笑みながらよく似た髪の毛を二人同時に撫でていく。

「…ぅ、ん…にぃ…?」
「おや、起こしてしまったかな。ごめんよ、ルイス」
「あるにぃ…」

ぼんやりと赤い瞳を覗かせるルイスを申し訳なさそうに見下ろすが、機嫌が悪そうな印象はない。
それでも気持ち良く寝ていたところを中断させてしまったのは事実なのだから、アルバートは生真面目にもきちんと謝りつつ、また眠るようにルイスの瞼を大きな手のひらで覆い隠していく。

「まだ眠いだろう?もう一度おやすみ、ルイス」
「んー、ん…んん…」

手のひらの下でぎゅうと瞳を閉じた気配がする。
それに合わせて唇も横に引き結ばれて、顔を動かすように揺すろうとしていた。
むずかるような動作に少しだけ慌てるけれど、もう片手でリズムを取るようにルイスのお腹をぽんぽんと撫でてあげれば、段々とその動きが小さくなっていく。
念押しするように、アルバートは最近のルイスが気に入っている絵本を歌うように諳んじていった。
小さな野ねずみが大きなカステラを作る話を初めて読んだとき、ルイスも大きなカステラを作ってみんなと食べたい、と夢一杯に語ったものだ。
次の日のおやつには勿論シェフお手製のカステラを用意したけれど、これでは小さいのだと悲しそうにしながらもふわふわのそれに頬が緩み、結局悲しさが長く持たなかったことをよく覚えている。
ちがうの、これじゃないの、おいちい、ふあふあ、と不満を言いつつも素直な様子はとても可愛らしかった。
暗唱しながらそんな思い出を振り返ったアルバートが、今度こそ大きなカステラを作ろう、と合間に語りかけてあげれば、引き結ばれたルイスの口元が緩んでいくのが分かった。

「にぃも、ねるの」
「ん?」
「にぃも、おひるね…いっしょ、ねるの…」

むにゃむにゃと、半分寝ているようなぼんやりした言葉だった。
それでも何を言いたいのかははっきり伝わってきて、ルイスの左手に握られていた猫のぬいぐるみは自らのお腹に乗せられ、代わりにアルバートの左手が握られる。
小さなルイスの手ではアルバートの指を二本も掴めれば上出来だ。
ルイスは兄の指をしっかりと掴み、そのまま顔の横に持っていく。
アルバートは思わず目を見開いてルイスの目元を覆い隠していた手を離したけれど、その赤い瞳を見ることは叶わなかった。
ルイスは既にアルバートの指を掴んで、またもやのんきな寝息を立て始めている。
すやぴぴ、と可愛らしい寝息を立て、安心し切ったように眠るその寝顔は天使のように愛らしかった。

「……ふむ」

日々の疲れが癒えていくのを実感しつつ、アルバートはふと考える。
ここでルイスの希望通りに昼寝をしてしまうのはどうなのだろうか。
大して眠くはないし、かといって他にすることがある訳でもない。
ほんの僅かな時間だけ逡巡していると、聞こえていたはずの寝息がいつの間にか消えていたことに気が付いた。

「兄さんも僕達と一緒にお昼寝しませんか?」
「ウィリアム。起きていたのか」

ルイスに向けていた視線を横にずらせば、いたずらめいた瞳でアルバートを見上げるウィリアムがいた。
先ほどまでは確かに眠っていたはずだが、元よりウィリアムの眠りは浅い方だ。
長く深く眠るより、短く浅く眠ることを数で補うタイプの人間なのだから、ルイスとのやりとりの間に目が覚めたのだろう。

「いつから起きていたんだい?」
「そうですね、兄さんが絵本を読んでくれた辺りでしょうか」
「ルイスが起きたタイミングというわけか。さすがじゃないか」
「それほどでも」

すや、と眠るルイスの手を握りしめ、ウィリアムは眩しそうに瞳を細めて微笑んでいる。
そうしてルイスのお腹にある猫のぬいぐるみを取り上げ、自分との間に寝かせてしっかりと毛布をかけ直してあげた。
お腹が冷えては大変だと、きちんとルイスの胸元までを毛布で覆う姿はとても兄らしい。

「毛布、掛けてくれてありがとうございました」
「ウィリアム。ルイスと昼寝をするのは良いが、眠るのならば毛布を使った方が良い」
「気を付けてはいるんですけど、間に合わなくて」

ふふふ、と照れくさそうに笑うウィリアムに反省の色は見えなかった。
ルイスの寝顔を見ていたらいつの間にか眠っていたので間に合わない、という理由のどの辺りに気を付けているのかは謎だが、おそらくは寝顔に夢中にならないよう頑張ってはいるのだろう。
無駄な努力だと、アルバートは優しいため息をこぼしながらウィリアムを見る。

「それに、僕が寝てしまってもアルバート兄さんが毛布を掛けてくれるでしょう?」
「確かにその通りだが…」
「僕がルイスに夢中になって判断を間違えても、兄さんがきっと助けてくれる。頼りにしてますよ、兄さん」
「ウィリアム」

無駄な努力どころかいっそ努力すらしていないことを明かされて、アルバートは今度こそ呆れたように苦笑した。
豪胆なウィリアムらしいけれど、二度目の人生を経た今となってはその信頼が擽ったいほどに光栄だとも思う。
幼いルイスと、まだまだ子どもらしさが目立つウィリアムを通して、自分は揺るぎなく彼らの長兄なのだと実感するようだった。
それがこんなにも嬉しいと思うのだから、つくづく自分も兄として作り替えられてしまったらしい。
自分の指を握りしめては一緒に眠ってくれるに違いないと信じているルイスを見て、アルバートは建前だけの皮肉を返す。

「全く仕方ないな。ウィリアムはルイスのこととなると途端に視野が狭まってしまうのだから」
「ふふ、おっしゃる通りです」
「それに、どうやら君の本質は今のルイスと同じくらいに赤ん坊のようだから」
「あー…耳が痛いですね」
「ほら、毛布を少しこちらに寄せるよ」

アルバートはルイスを挟んでウィリアムの向かいに横たわる。
ルイスがまだ歩くどころかはいはいすらしていない頃から、兄弟三人並んで眠るのは当たり前のことだった。
今ではそれも減ったけれど、やはりこの並びが一番落ち着く。
左右に兄達の温もりを感じたのか、ルイスは寝息を立てながら口元を緩めていた。

「三人でお昼寝するのは初めてですね」
「そうだな。いつも君とルイスが眠るのを見ているだけだったから」
「ルイスも満足そうですし、明日からは僕達にもお昼寝の時間を設けるようにしましょうか。少しの仮眠を取るだけでも後の作業効率が上がることは立証されています」
「良いかもしれないな。ルイスだけでなく、ウィリアムが赤ん坊のように寝落ちて風邪を引くのも予防できそうだ」
「はは…」

ルイスが起きないよう小声で語らう兄達の声は、段々と眠気を帯びて柔らかなものになっていく。
すぐさま瞳を閉じてしまったウィリアムに倣うようにアルバートもその目を隠し、小さなルイスの手を握りしめた。
暖かで静かな空間は平凡だというのにとても幸せな日常だ。
こんな日々がずっと続いてきたし、これからも続いてほしいと思う。
すっかり寝こけている末っ子をよそに、二人の兄は同じようなことを考えては意識を飛ばして眠ろうとする。

「ん、これでよし」

もう眠ってしまったはずのウィリアムから独り言のような声が聞こえてきたかと思えば、不意に毛布が持ち上げられて頭側に何かが放られる気配がする。
何だろうかとアルバートが薄目を開けてルイスの奥、ウィリアムを見れば、その手でルイスが可愛がっている猫のぬいぐるみを向こうに追いやっている姿が目に入る。
そういえばウィリアムとルイスの間にはぬいぐるみがあった。
自分でそこに置いたくせに、今更ルイスとの間を隔てるそれが邪魔になると気付いたのだろう。
実に分かりやすい様子でぬいぐるみを追い出し、ウィリアムはルイスに近寄ってはまるで抱き枕のように小さな体を抱きしめる。
アルバートは可愛い弟達の眠りを目に焼き付けつつ、長い腕を伸ばしては二人まとめて抱きしめた。



(にぃ、アルにぃー)
(ん…)
(おはよーにぃ。あさなの)
(おや、おはようルイス。起こしてくれてありがとう)
(んふふ。にぃに、にぃにー。あさなの、おはよー)
(……)
(おきて、にぃにーウィルにぃに)
(…………)
(にぃ、ウィルにぃにおきない…)
(ウィリアムは寝坊助だからね。ルイス、ウィリアムの上に乗っておやり)
(あぃ!んしょ、んしょ。…にぃに、おきてー)
(…んー…ルイス、重くなったねぇ)
(ルイ、おおきくなったの。にぃに、おきた?おはよう?)
(ルイスのおかげで起きられたよ。おはよう、ルイス、アルバート兄さん)
(おはよう、ウィリアム)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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