三人揃って、いただきます!


三兄弟が一緒に晩御飯作るお話。
末っ子が兄さん兄様を呼べば味見の合図になる、かわよいね。

「さぁルイス、準備は出来たよ」
「何からやろうか」

赤いエプロンと緑のエプロンをそれぞれ身に纏ったウィリアムとアルバートは、しっかり石鹸で洗った手を掲げて弟たるルイスに問いかけた。
落ち着いた色調のそれは新しくはないけれど薄汚れてもいなくて、貴族が身に付けている、という違和感を除けば、上等な生地を丁寧に縫製して作られた良質なものだ。
ルイスは二人と揃いになる色違いの白いエプロンを身に纏っているが、彼が兄を真似たのではなく、兄が弟を真似たのである。
結果として、モリアーティ家の三兄弟は皆で揃いのエプロンを身に付けていた。

「……では、そこの芋を洗っていただけますか」

見るからにウキウキと張り切っているウィリアムとアルバートに対し、ルイスは複雑な心境を抱えたまま指示を出す。
常ならばこの二人に何かの指示を出すような立場ではなく、むしろルイスこそがウィリアムとアルバートの指示を聞いて動く側だ。
だが今この場においては、ルイスこそが指揮者で間違いない。
何故ならばここは屋敷の中でも特にルイスが長く立つ場所、モリアーティ邸の厨房なのだから。

「この芋だね、分かったよ」
「どのくらい洗えば良いんだい?十か二十か…」
「いえそんなにいりません。とりあえず五つ…いえ六つ洗っていただけますか」

保管庫の中に置いてある拳大の大きなじゃがいもを両手に持ったウィリアムを見て、アルバートは見た目にそぐわない大雑把なことを言う。
三人きりの家族だというのに、一体どれほど食べるというのだ。
体格の良い成人男性三人、相応に食べるとはいえ、流石に芋だけを食べるわけではない。
日持ちするゆえ多めにストックしているだけなのだから、全てのじゃがいもを一度に消費するのは流石に遠慮したいところである。
ルイスはどこかズレているアルバートの気に障らないよう短く訂正しつつ、調理に必要なだけの量を口にした。

「六つか。では私とウィリアムで三つずつだな」
「そうですね。早速洗いましょう」
「…お願いします」

訂正と指示に抵抗なく素直に従った二人を見て、ルイスは気付かれないよう小さく息を吐いた。
一つが大きい芋なのだから本当は五つもあれば十分だが、奇数個を伝えるとどちらが多く洗うかという内容で、ウィリアムとアルバートが水面下で揉めるのだ。
過去に前例があった。
あのときは玉ねぎを三つ剥くよう指示したら、どちらが一つでどちらが二つ剥くかで静かな言い合いが発生してしまったのである。
綺麗な笑みを浮かべて腹の探り合いをしていたウィリアムとアルバートだが、それを見たルイスが「お二人は仲が良いのですね」と勘違いして二人の時間を邪魔しないようこっそり玉ねぎを剥いてしまったら、ふと気付いた二人にそれはもう落ち込まれてしまった。
「僕が剥くはずだったのに…」「私の玉ねぎ…」としょんぼりする兄達を見て、ルイスはもう二度とこんな思いを二人にさせてはならないと誓ったのだ。
それ以降ルイスは、二人に指示を出すときは動作が均等になるよう調整することを覚えたのである。
そんなルイスの気遣いを知ってか知らずか、ウィリアムとアルバートは水を張った桶の中でじゃがいもに付いた土汚れを丁寧に落としていた。

「美味しそうなじゃがいもだね。食べ応えがありそうだ」
「町の皆さんから頂きました。ウィリアム兄さんに以前お世話になったお礼だそうです」
「ほう、さすがじゃないかウィリアム。この芋はお前の功績だな」

二人は芋を洗い、一人は保冷庫からベーコンの塊を取り出して下味を付ける。
他愛もない雑談をしながら三人は並んで作業をしていた。



軍に勤める長男と大学に勤める次男に代わり、ルイスは屋敷の管理全てを一手に担っている。
あらゆる秘密にまみれた屋敷なのだから安易に使用人を雇うことも出来ず、当然日々の食事作りもルイスが担当していた。
それを不満に思ったことはないし、むしろ直接的に二人の体を作る調理作業をルイスは気に入っている。
美味しく、かつ栄養になる料理を作れるよう精進してきたのだ。
だからこそ厨房はルイスの城と言っていい空間であるのだが、いつの頃からか、月に一度の頻度でウィリアムとアルバートが足を踏み入れてくるようになった。
一人は「気分転換に」と言い、一人は「時間が空いたから」と言い、二人揃って「たまにはルイスとの時間を過ごそうと思って」と言う。
気分転換が必要ならお茶とお菓子を用意するし、時間が空いたとはいえ数時間後には家を出なければいけないはずなのに。
とはいえ同じ時間を過ごせるのはルイスも嬉しいので、戸惑いながらもあまり手間にならないことを頼むようになったのだ。
僕の仕事だと言い張ったところで口の上手い二人に言いくるめられてしまうのだから、意固地になったところで無駄だと気付いたのである。
それでも恐れ多いことには代わりなく、そもそも調理に不慣れなウィリアムとアルバートの手伝いこそに緊張してしまうこともあった。
微塵切りを頼めばペースト状になるまで切り刻むし、火の番を頼めば鍋から炎が上がっても「わぁ勢いが良いね」と褒めるだけで終わってしまう。
誰がどう見ても厨房におけるウィリアムとアルバートは邪魔以外の何者でもないのだが、ルイスは決してそうは思っておらず、共に作業出来ることを純粋に喜んでいた。
二人に合った作業を指示出来ない自分こそが悪いのだ。
弟があまりに健気すぎることを考えているなど、張り切って手伝いをしている兄達はどちらも気付いていなかった。



「ルイス、芋の皮を剥いて切り分けたよ」
「ありがとうございます、兄さん。では次にチーズを削っておいてくださいますか?」
「チーズというと、これとこれのどちらを削れば良いだろうか」
「両方同じだけお願いします。二種類のチーズを混ぜた方が美味しくなるので」
「へぇ、そうなんだ」

ベーコンを切り分けた後にフライパンにバターを落としていたルイスは、芋の大きさに合格点を出しながら次の指示を出す。
塊になっているチーズは色味と風味がそれぞれ違う。
どちらかだけでなくどちらも使った方が美味しくなるのだと教えれば、そういえばチーズの色がグラデーションのようになっていたと、二人はルイスが作る過去のメニューを思い出していた。
さすがルイスは料理上手だと口に出して褒めれば、真っ白い頬が照れたように赤く染まった。

「この器いっぱいに削れば足りるかい?」
「そうですね、良いと思います」
「任せたまえ。ウィリアム、おろし機を一つ寄越してくれ」
「どうぞ、兄さん」

バターの溶ける良い香りが漂った後、切り分けていたベーコンを入れていく。
途端に香ばしい匂いがプラスされていく瞬間がルイスはすきだった。
美味しくなるよう丁寧に作業していけば、ウィリアムとアルバートが喜んで食べてくれるのだ。
言い換えれば、ここから先をきちんとこなさなければ美味しく食べてもらえない。
せっかく食べてもらうのだから美味しく食べてもらわなければ食材も掛けた手間も無駄になってしまう。
だからこそルイスは火入れの瞬間と味を決めていく瞬間が特にすきだった。

「兄さん、その芋を入れてもらえますか」
「うん」
「兄様、僕が小麦粉を入れた後にミルクをカップ二杯分、ゆっくりと入れていってください」
「あぁ」

ベーコンに焼き目がついた頃にじゃがいもを追加し、少し炒め合わせたところに小麦粉を入れては牛乳を足して伸ばしていく。
ダマにならないようゆっくり炒め合わせては牛乳を増やしていき、最終的にはとろみのついたミルクベースの炒め煮が出来る。
ふつふつと沸いてくるのを目安に、ルイスはコンソメをベースにした各種調味料を入れていった。
しばらく煮詰めた後で小さなスプーンを取り出したルイスは、白いソースを掬って何度か息を吹きかける。

「兄さん」

ルイスがウィリアムを呼べば彼は慣れたように、あ、とパカりと口を開ける。
そうしてそこへスプーンを入れると口は閉じ、ウィリアムは味わうように舌を動かしてはソースを食べていった。
美味しいですか、とルイスが問うよりも先にウィリアムは声を出す。

「うん、美味しいね」
「それは良かった。では兄様」
「あぁ」

ウィリアムの言葉を聞いたルイスは同じようにスプーンでソースを取り、軽く冷ましてから今度はアルバートへと差し出した。
当然アルバートも抵抗なく口を開け、完成途中のソースの味を見ていく。
ウィリアムのときよりも幾分か緊張した様子でアルバートを見上げたルイスは、彼の顔が穏やかに笑っているのを見ては安堵する。

「とても美味しいな。ここにチーズが合わさると思うとますます楽しみだ」
「ありがとうございます」

ルイスが味をつけたソースはアルバートからも合格をもらえるものだったようだ。
作り慣れた料理なのだから自信はあったけれど、それでも実際に味を見てもらうのは緊張してしまう。
味にこだわりがなくルイスが作るものは何でも美味しいと言ってしまうウィリアムはともかく、味に厳しいアルバートに美味しいと言われるのは何度だって嬉しいのだ。
二人の反応に安心したルイスは最後に自分も味見をして、納得したように小さく頷いた。

「ではこれをオーブンで焼いていきます。兄さん、器にバターを塗ってもらって良いですか」
「分かったよ、任せて」
「兄様、パセリの用意をお願いします」
「あぁ、香りを出すため軽く潰しておけば良いんだったな?」
「はい」

ルイスは用意された器に煮詰めたベーコンとじゃがいものミルク煮を入れていき、ウィリアムとアルバートが削ってくれたチーズをたっぷりと掛けていく。
彩にパセリを散らして、温めておいたオーブンで焦げ目がつくまで焼けば完成だ。
その間にパンを切り分け、スープでも作れば立派な夕食の完成である。

「美味しそうな匂いがしてきたな」
「早く食べたいですね。ルイスの作るグラタンは絶品ですから」
「すぐ出来ますよ。先にテーブルの用意をしてしまいましょう」

ルイスが手早くトマトのスープを作っている最中、ウィリアムとアルバートは水場で洗い物をこなしていく。
本当であれば二人に洗い物などさせたくないのだが、会話をしながらする洗い物はどうやら二人にとって楽しいようで、ルイスでは辞めさせることが出来なかった。
恐縮する気持ちのまま完成したスープを取り分け、ワゴンへと乗せていく。

「それにしても、兄さんも兄様も、今日もまた時間が空いたのですか?」
「そうだね。ぽっかりと時間が空いたんだ」
「ウィリアムに同じく」
「いつもお忙しくしているのだから、部屋でゆっくりされていても良いのに」

ぽつりとルイスが本音を呟けば、ウィリアムもアルバートも心外だと言わんばかりに目を見開いた。
何かおかしいことを言っただろうかと、ルイスが僅かに肩を上げる。
そうしてウィリアムとアルバートは呆れたように息を吐いては、やれやれ全くうちの弟は、というような仕草でルイスの肩を叩いた。

「時間が空いたからこそ、家族の時間を大切にしたいんじゃないか」
「そうとも、ルイス。君の調理を手伝うのは有意義な時間の使い方さ」
「…はぁ、そうですか…」
「ルイスの作るご飯はいつも美味しいけど、一緒に作ったご飯はますます美味しいからね」
「身も心も満たされる心地だよ」
「それは…何よりです」

単なる気まぐれから始まったのだろうが、ルイスにとって二人とともに食事を作る時間は大切だ。
困ってしまうこともあるし、気を遣うこともあるけれど、確かに月に一度の機会を尊く思っていた。
それはきっとルイスだけではなく、ウィリアムとアルバートも同じ気持ちなのだと考えてはいたけれど、実際にそう教えられると驚くほどに浮かれてしまう。
兄さんと兄様も、僕と同じ気持ちなのか。
そう知れるだけでも嬉しいし、まだ夕食を食べてもいないのにルイスの腹はもう膨れてしまったようになる。

「僕もお二人と一緒に作るのは楽しいです。味を見てもらえるのは助かりますし、美味しく食べてもらえると事前に分かるのも嬉しいです」
「ルイスの作るご飯はいつだって美味しいよ」
「ありがとうございます」
「君は年々腕を上げていくから、私達もますます食事が楽しみになっていって有難いことだ」
「もっと美味しく食べていただけるよう、これからも精進しますね」

他愛もないことを話しながら、焼き上がったグラタンをワゴンに乗せてそのまま食卓へと運んでいく。
クロスやカップを用意する兄達に続いて、まだ湯気の立つグラタンとスープとパンを机に置けば、本日のモリアーティ家の夕食は完成だ。
それぞれの席に着き、互いの顔を見合わせ、軽く笑みを浮かべながら、代表としてアルバートが貴族らしくない号令をかけていく。

「それではいただこうか」

いただきます、と声が重なった後で、三人だけの和やかな団欒の時間が始まった。



(兄様、それは一体)
(え?微塵切りが必要なんだろう?)
(これは微塵切りというより…)
(…何か間違えてしまったかな)
(いえ、何も違いません!さすが兄様、これから作るポタージュにぴったりですね!)
(本当かい?ポタージュは美味しく出来るだろうか)
(兄様のおかげで美味しいポタージュになりますよ)

(にいさ)
(わぁ凄い)
(っ兄さん!?)
(あ、ルイス。炎の勢いが良くてね、ひょっとして今日は燃えやすい気候なのかな)
(け、怪我はしていませんか!?火傷は!?)
(凄いねルイス、蓋だけであの炎を消すなんて)
(お怪我は!?)
(大丈夫だよ、ルイスは心配性だね)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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