末っ子、兄のアルバムを見る
転生現パロ年の差三兄弟、べびルがお母さんとアルバムを見る話。
兄さん兄様はべびルの写真を山ほど撮って、月一ペースでべびルのアルバムを作ってると思う。
モリアーティ家の長男と次男の生活は、末の弟を中心に回っている。
二度目の人生という稀有な状況により、知能面でも精神面でも実年齢以上に達観しているため、そもそもルイス以外に優先することがほとんどないのだ。
だから、ルイスが何かをねだればそれを叶えることが二人の最優先になる。
ルイス以上に優先することも大切にするものも存在しない。
というのが常なのだが、ウィリアムとアルバートは定期的なサイクルでルイスのおねだりを拒否することがあった。
「ウィリアムにいさん、いっしょにあそびましょう」
「うーん…ごめんね、ルイス。今ちょっと手が離せないんだ。アルバート兄さんのところへ行っておいで」
「え…」
「アルバートにいさま、このごほんよんでください」
「…すまない、ルイス。今からやらなければならないことがあってね。ウィリアムに読んでもらっておいで」
「えー…」
「……」
ふっくらしている頬をますます膨らませ、春色の唇をツンと尖らせる。
真っ赤で丸い瞳を隠すように瞼で半分覆ってしまえば、いかにも不満を露わにした不機嫌なルイスの完成である。
ルイスは胸に抱いていた特徴的なねこのぬいぐるみをぎゅうと抱きしめてから、後ろ髪を引かれつつも駄々を捏ねずに、プイと顔を背けることで自己主張をした。
ウィリアムの手元にもアルバートの手元にも、カラフルな紙がたくさんあったことだけは覚えている。
そうして胸に抱いていたぬいぐるみの片耳を右手で握りしめ、機嫌の悪さを見せつけるように振り回しながら部屋を出ていった。
「きょうのにいさんとにいさまはいじわるです。いじわるにいさんだ」
ぷりぷりと怒りながら向かう先は乳母がいるであろうリビングである。
いつも遊んでくれるはずの兄達にたらい回しにされたルイスはそれでも賢い子どもなので、ぐずって彼らを困らせるような真似はしない。
ウィリアムもアルバートも、ルイスが強くねだればきっと遊んでくれるだろう。
けれど了承してくれるまでに見せる、いかにも困ったような顔を見るのがルイスは好きではなかった。
ただ一緒に遊びたいだけで、別に困らせたいわけではないのだ。
過去に駄々を捏ねて遊んだときは、困ったように笑う兄の顔が心にチクリと刺さってしまい、楽しく遊ぶことが出来なかった。
だからルイスは遊べないと言われたら引き下がるし、あとでたくさん遊んでもらうことにしている。
とはいえ不満に思わないわけではなく、意地悪をされたと怒るのは仕方がない。
何せまだまだ子どもなのだから、納得しているようで納得できないのは当然なのだ。
「ばぁば」
「あら、ルイス坊っちゃま。こんにちは」
「こんにちは」
「どうされましたか?アルバート様とウィリアム様と遊ぶ時間では?」
「…にいさんとにいさまはきょう、いじわるのひなんです」
「まぁ、意地悪の日?」
てくてくと小さな足で広い屋敷内を歩き回り、リビングで拭き掃除をしていた乳母を見つける。
彼女はすぐさま手を止めてルイスと向き合うが、そのルイスが可愛い顔に似つかわしくないぶすくれた表情で文句を言うのだから、思わず笑ってしまいそうになった。
だがそんな表情すら可愛いのだから、この子は非常に見目麗しいとしか思えないのだ。
「あそんでくださいっていったのに、ふたりともだめだって」
「あら、それは悲しいですねぇ。では、坊っちゃまはばぁばと遊びましょうか」
「はい」
「でもまずは美味しいホットミルクを入れて、おやつにしましょうね」
「ぼく、おさとういれてほしいです」
ぼくのミルクはおさとうスプーンふたつぶんいれてください、ときちんとアピールしながら、ルイスは乳母とともに厨房へと行く。
この前ウィリアムと一緒に作ったホットミルクには砂糖を二杯入れたから、同じミルクが飲みたいのだ。
言われずともルイスの好みは把握しているだろう乳母も、わかりましたよ、ときちんと返事をしてからおやつの用意をしていく。
そうして準備したホットミルクとドーナツをトレイに乗せ、せっかく天気が良いのだからとテラスの方へと向かっていった。
「にいさんとにいさま、どうしてあそんでくれないのでしょうか」
「そうですねぇ。何か用事があるのでしょうねぇ」
「なんのごようです?」
「さぁなんでしょう」
「むぅ…」
パクリ、とドーナツを食べながらもルイスの顔は渋いままだ。
たまにウィリアムとアルバートは揃って遊んでくれなくなる。
ずっと前に理由を聞いたけれど、よく分からなくてもう覚えていなかった。
勉強をするときはそう言ってくれるし、そもそもあの二人は勉強にそれほど時間をかけることがない。
今日のようにルイスとの遊びを断るときは、そのほとんどが朝から夕方まで遊んでくれないのだ。
何をしているのかは分からないが、自分も混ぜてくれたらいいのに、とルイスは思う。
子どもなりの愚痴を乳母に語りかけ、ついでに食べかけのドーナツをぬいぐるみの口元に持っていった。
「ねこさん、きょうもたべてくれないです。いつになったらたべられるのかな」
「今日のねこさんはドーナツの気分じゃないのね。それはルイス坊っちゃまがお食べくださいな」
「はい」
もう一度パクリ、とドーナツを口に入れてはもぐもぐ食べていく。
陽だまりの中でのんびりした時間を過ごす二人の元へ、この屋敷の当主夫人がやってきた。
「ルイス、ばぁや。二人でおやつの時間かしら?」
「あ、おかあさん」
「そうですよ。奥様もおひとついかがです?」
「ありがとう、貰うわ」
母はルイスの隣に腰を下ろし、綺麗に飾られた指先で一口サイズのドーナツを取り口に運んだ。
「おかあさん、おしごとはおしまいですか?」
「えぇ、今日はもうおしまい。だからルイス達と過ごそうと思って探してたのよ。ウィリアムとアルバートはどこかしら?」
「…にいさんとにいさまは、いじわるのひです」
「意地悪の日?なぁに、それ」
「ぼくとあそんでくれないひです。おへやでかみあそびしてる」
「かみあそび?」
先程の兄達を思い出したのか、ルイスはまたもプイ、と顔を逸らしてぬいぐるみを抱きしめた。
母は乳母を目を合わせ、さて何のことかしら、と思案する。
そうして導き出された結論は、昨日の三兄弟の様子から察したものだった。
「ルイス、昨日は何をしていたの?」
「きのう?きのうはスタジオでおしゃしんのひでしたよ」
モリアーティ家はとても広い。
敷地はもちろん広大だが、専門の使用人が八人いてようやく清潔を保てる屋敷内こそが広大である。
そしてその屋敷内には、ルイスが生まれた年に完成した特注の撮影スタジオがあった。
「そうなの。ルイスはどんなお洋服を着たのかしら?」
「きのうはさくらんぼのふくでした。あかくてまるくて、ねこさんとおそろい」
「さくらんぼの服か〜」
「さくらんぼに扮したルイス坊っちゃまはとても可愛らしかったですよ」
撮影スタジオを主に使用するのはウィリアムとアルバート、そしてルイスである。
だが、被写体になるのは決まってルイスだけだった。
ウィリアムもアルバートもルイスを撮影するのに懸命で、およそ自分を撮る余裕などあるはずもない。
ルイスを撮るためだけにプロの写真家に教えを請い、確実に扱える機材を揃えては持ち前の頭脳を持ってして調整と練習を重ねている。
幼い頃は室内で携帯を使用した写真撮影が主だったけれど、ルイスが成長してからは撮影環境にこだわるため、屋敷の一角に存在するスタジオに篭るようになったのだ。
その頻度は月に一度か二度。
そして、撮影会の翌日は決まってウィリアムとアルバートはルイスの誘いを断っている。
大量に撮影したルイスの写真を厳選してはアルバムを作るため、ルイスとの遊びを断っているのだ。
それをルイスは知らないまま今日を過ごしていた。
「ということは、ウィリアムとアルバートがルイスと遊んでいない理由って」
「十中八九、坊っちゃまのアルバム作りに忙しいからでしょう」
「全く、あの子達は」
母と乳母は簡単にその理由に気付いてしまった。
結局あの二人にはルイス以上に優先する事象などなくて、本物と記録を秤にかけた結果として記録を優先してしまっているらしい。
それにルイスは傷付いているし怒っているし、何より寂しがっている。
母は可愛い末っ子の様子を見て、ここは親として一肌脱ぐべきだと大きく息を吐いた。
「よし。ルイス、お母さんと一緒にさくらんぼの服をしたルイスを見に行きましょう」
「…?またさくらんぼ、きるんですか?」
「違うわ。ウィリアムとアルバートのところにアルバムを見に行くのよ」
「あるばむ?」
「そう、ルイスのアルバムよ」
「?」
ルイスは写真を撮られることに慣れている。
さすがに記憶のない頃のことは分からないが、覚えている範囲ではウィリアムかアルバートに名前を呼ばれたら彼らの方を向いてにっこり笑えば良い、ということをよく理解していた。
にっこり笑って、歩いたり座ったりお喋りしたり、たまに踊っていれば二人はたくさん褒めてくれる。
だが写真を撮られることに慣れていても、撮られた写真を見たことはなかった。
ゆえに写真というものをあまり認識していない。
圧倒的に幼いために過去を懐かしむような年齢ではないし、兄達の携帯をいじるよりも本を読んだりボールで遊ぶ方が好きだったからだ。
「アルバムってなんですか?」
「写真が入っている本のことよ」
「しゃしんのほん?ずかんですか?」
「んー、いつもウィリアムとアルバートがパシャパシャ撮ってるあれよ。もしかして見たことないの?」
母の言葉にルイスが頷けば、呆れた、というように彼女は長男と次男に向けてのため息を吐いた。
あれだけ写真を撮られ慣れているくせに、その完成品を見たことがないというのはなんとも不可思議だ。
「じゃあルイス、ウィリアムとアルバートのところへ行く前に別のアルバムを見せてあげるわ」
「アルバム…」
「兄さんと兄様のアルバムを見に行きましょう」
ルイスが母に連れられて書斎へ行けば、そこにはいくつもの大きな本がある。
その中から大きく重たい本を母から渡されて、机に乗せながら始めのページを開いてみれば、そこにはルイスが知らない兄達がいた。
「にいさんとにいさま…!」
「これはウィリアムが初めて歩いたときの写真ね。アルバートが凄く喜んでいたのよ」
「にいさんもにいさまもちいさいです。このにいさん、ぼくとおなじくらい」
「ふふ、このウィリアムは今のルイスよりもっと小さいわよ。ウィリアムもアルバートも、昔はルイスみたいに小さかったの。段々大きくなって、今の二人になったのよ」
「わぁ…」
ルイスが初めて見たアルバムには、ルイスの知らない兄達がたくさんいた。
いつも大きくて温かいウィリアムとアルバートが、こんなにも小さくてふにゃふにゃしていたとは知らなかった。
ルイスにとっての兄とはいつだって偉大な存在だったのに、そうではない時代があったなんて。
「ぼくはどこにいますか?」
「え?」
「ぼく、このにいさんとにいさまのこと、しらなかったです。ぼくはどこにいたんですか?ぼくもちいさいにいさんとにいさま、みたかったのに」
「えーとね…ルイスはまだ生まれてなかったから、ここにはいないのよ」
「…いないんですか?ぼく、ここにいない…?」
「そ、そうよ」
ルイスは母の言葉に分かりやすくショックを受けた。
落ちてしまいそうなほどに瞳が大きく見開かれ、わなわなと言わんばかりに口を開けて震わせる。
母を見上げる小さな姿にははっきりと絶望が乗っていた。
「ぼ、ぼく、なかまはずれされたんですか…!?にいさんとにいさまと、なかまはずれ…!?」
「ち、違うわよルイス!仲間外れじゃなくて、ルイスはちょっと間に合わなかっただけなの!」
「…なかまはずれじゃないです?ほんとう?」
「本当よ本当!ルイスはちょっと間に合わなかったから、お母さんが代わりに写真を撮ってルイスに見せてあげようと思ったのよ!」
「……ほんとうに?」
「本当よ。お母さんもウィリアムもアルバートも、ルイスを仲間外れにするわけないじゃない」
「……」
疑いの目で母を見上げるルイスだが、ひとまずは信用することにしたらしい。
小さな手でアルバムのページを捲ることにして、知らなかったウィリアムとアルバートの一面をじっくりと見ていく。
「にいさん、おおきくなりました」
「このときのウィリアムが今のルイスと同じくらいの年頃ね」
「このにいさま、おぼうしかぶってます」
「今はないけど、昔の制服には帽子があったのよ。似合ってるわね」
「にいさん…にいさま…」
しゃしんいっぱいある、と言いながらルイスは夢中になってアルバムを見る。
母は遮ることなくルイスとともにアルバムを見て、時折解説を交えて時間を溶かしていく。
「おかあさんもいます」
「そうね。ほら、こっちはお父様よ」
「おとうさま?だれです?」
「え、ちょ…!」
「にいさん、またおおきくなった。にいさまもかっこいいです」
父の顔には覚えがないとばかりにさらりと流した息子に母は衝撃を受けたが、ルイスはそれを気にする様子もなく、写真の中でウィリアムとアルバートとたまに母を見つけてはしゃいでいる。
多忙ゆえにルイスと関わる時間が少ない父としての悲しい運命だった。
「アルバム、ちいさいにいさんとにいさまがいてすごいですね」
「昨日さくらんぼの服を着たルイスの写真もアルバムになってるのよ」
「ぼくもアルバムにいるんですか?」
「今頃ウィリアムとアルバートがアルバムを作ってるはずよ。一緒に見に行きましょう」
「はい」
そうしてルイスはアルバムを手に、母とともに書斎を出ていく。
重たいアルバムはルイスの両手を塞いでしまったので、大事なぬいぐるみは母に預け、ウィリアムとアルバートの元へと向かっていった。
そこで目にした兄達はやってきたルイスに構うでもなく、センスよく飾られたアルバムをそれぞれ手に持って、静かに対立していたのだった。
(ウィリアム、今月こそ私が勝たせてもらうよ)
(兄さん、すみませんが今月も僕が勝ちます。「さくらんぼの妖精」をコンセプトにした僕のアルバム、見て驚かないでください)
(ふ。ウィリアムこそ、私のアルバムに存在する「さくらんぼとともに生きる奇跡」に恐れ慄くでないよ)
(それは楽しみですね。…では、お互い見せましょうか)
(あぁ。いざ、尋常に)
(勝負!)
(おかあさん、にいさんとにいさまはなにをしてるんですか?)
(そうね、それぞれ作ったルイスのアルバムのどちらがより素敵なものか競い合ってるみたいね)
(ぼくのアルバムがあるんですか)
(たくさんあるわよ)
(ぼく、みたことないのに?)
(そうね、それに関してはお母さんが兄さんと兄様を怒っておくわ)
(えっ、おこっちゃだめです!にいさんとにいさま、おこったらいやです!)
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