大きくなったんだね

寝落ちるウィリアムをベッドまで運ぼうとするルイスの話。
兄様は人のことをよく見てるから嫌味も上手だけど褒めるのも上手だと思う。
リンクのお話がベースになっていたりするよ。


末弟の場合

小さな体は幼い頃の栄養不足と病気が原因で、思うように大きくなれなかったのでしょう。
僕の心臓の病を治してくれて、今も主治医を続けてくれているお医者様にそう言われたことがある。
すぐに咳と熱を出すこの体で長く生きられると思っていなかったし、それどころか大人になれるとも思っていなかった。
だから、もう安心して良いと微笑んでくれたお医者様に、僕はちゃんと大きくなれるのかと問いかけたことがある。
大人の人みたいに背が高くなって、手も足も大きくなれますかと言った僕に、お医者様は微笑って頷いてくれた。

「僕、早く大きくなりたいんです。兄さんが廊下に落ちていてもちゃんとベッドに運べるくらい」
「頼もしいねぇ、ルイス」
「ルイスが頼もしいのはともかく、ウィリアムはその辺で寝落ちる癖を直しなさい」

今日も今日とて力尽きて廊下に落ちていた兄さんが風邪を引かないよう毛布を掛けていたら、見かねた兄様が兄さんをベッドまで運んでくれた。
兄さんは力尽きるとどこであろうと寝てしまう。
特にこの屋敷に三人で住んでからは気が楽になったのか、ベッドで眠ることにこだわらなくなってしまった。
孤児院にいたときは頑張ってベッドまで行っていたはずだけど、これも兄さんの安心の現れだと思うと怒るに怒れない。
だからせめて毛布を掛けていたのだが、アルバート兄様はその恵まれた体格を持ってして簡単に兄さんをベッドまで運んでくれるのだ。

「今度から気をつけます…ぜったい…」

兄様の苦言になんとか反応してくれる兄さんは、今にも目が閉じてしまいそうだった。
僕は、ここでならゆっくり寝ても良いですよ、と言いながら、兄さんの目を閉じるよう瞼に手を添える。
でも僕の手では少しだけ目を覆いきれなくて、とりあえず両手で片方ずつの瞼を覆い隠していると、そばにいた兄様から噴き出すような笑い声が聞こえてきた。

「すまない、何だか可愛らしくてね」

何かおかしかっただろうかと見上げると、すぐに兄様からは返事が返ってきた。
こういうときの定番は片手で両の瞼を覆って眠りを促すものだろうから、確かに今の僕の姿勢では格好は付かないかもしれない。
でもこうしていないと兄さんは目を開けようとして寝てくれないし、僕の手の大きさではこの方法が一番効率が良いのだ。
きっと兄様の手なら、片方だけでも両方の目を覆えるのだろう。
羨ましいな、と思う。

「僕も兄様みたいになりたいです」
「ほう」
「兄様みたいな大きな体と大きな手があれば、兄さんを運ぶのも眠らせるのも簡単に出来ますから」
「そのためにはたくさん食べて、たくさん寝ないといけないな」
「はい」

小さな声でやりとりしていると兄さんからは寝息が聞こえてきた。
どうやらやっと眠ってくれたらしい。
僕はほっと息を吐いて、瞼を覆っていた両手を取って兄さんの顔を見る。
その寝顔はとても安らかで、でも少しだけ目元に隈があった。
早く隈が取れて、たくさん笑ってほしいなと思う。

「兄さんよりも大きくなりたいな…」
「ならばウィリアムよりもたくさん寝なければね。なんなら今から昼寝でもしようか?」
「え?でも、まだ夕食の用意が終わっていなくて」
「なぁに、あとで三人で一緒にやれば良いさ。ルイス、毛布を持っておいで。今日はこのままここでウィリアムと寝てしまおう」
「は、はい」

すよすよ寝息を立てている兄さんを挟んだ状態で、僕と兄様はお昼寝をすることになった。
たくさん寝れば、兄さんよりも兄様よりも大きくなれるだろうか。
そうなったらとても嬉しい。
お昼寝のときに見た夢は、兄さんだけでなく兄様をも運べるくらいに大きくなった僕の夢だった。



長男の場合

小柄な兄弟を家族に迎え入れたとは思っていたが、ただただ年齢のせいだとばかり考えていた。
長く生活を共にするようになり、その考えが半分は当たっていて、もう半分の正解は悪辣な生活環境のせいだということを理解するのは早かったように思う。
成長速度に差はあれ、小さな兄弟はきちんと大きくなっていったのだ。
特にウィリアムは年相応にすらりと背が伸びて、師匠となってくれたジャック先生の修行に伴いバランス良く筋肉も付いた。
かく言う自分も成長期らしく背が伸び、鍛えれば鍛え分だけの筋肉が付き、いかにも成長しているという自覚がある。
先生からはウィリアムともども身長に比して体重が追いついていないという苦言を貰ったが、そんなものは今後どうとでもなるだろう。
だが、ルイスはまだまだ成長が軌道に乗っていないらしく、自分よりもウィリアムよりも背が伸びていないのが現実だった。
同じ食事を食べ、適切な時間の分だけ眠り、修行と称してしっかりと体を動かしているはずなのだが、初めて出会ったときから5センチと伸びていないだろう。
真面目な子だから、大きくなりたいのだと訴えたときに返されたアドバイスの通り、よく食べよく寝てよく動くを実践しているはずなのに、だ。

「兄様は初めてお会いしたときから背が高いですね」
「そう、だったかな」
「兄様もモランさんも、生まれつき大きいから今も大きいのでしょうか」

棚の上、椅子に乗ったとてルイスでは届かないところの物を取ってあげれば、恐縮したように礼を言われつつも羨ましげに見上げられた。
キラキラとした大きな瞳は、記憶の限りでは昔よりも距離が出来たように思う。
自分の背が伸びたという自覚はあるのだから、ルイスと距離が出来たと感じるのであれば、それはまず間違いなくルイスの背が伸びていないことを示している。
いや、伸びていないのではなく、ルイスが期待するほどは伸びていないだけだ。
きちんとルイスは成長しているし、そのための努力も怠らず頑張っている。
焦らなくても良いのだと伝えるため、良いなぁという羨望の眼差しを受け止めながら答えてあげた。

「大丈夫だよ、ルイス。ウィリアムをごらん。出会った頃のウィリアムは小柄だったけれど、今はすくすく背が伸びているだろう?」
「はい。兄さん、とても大きくなったと思います」
「ルイスはウィリアムの弟なんだから、同じようにきっと伸びるさ。今は思うように大きくなれなくても心配することはない」
「そう、なのでしょうか」
「あぁ。僕を信じなさい」

断言するように言ってあげればやっと安心したようで、微かに滲んでいた不安げな気配が消えてなくなった。
何の根拠もないが、多少のリップサービスは円滑な兄弟関係の構築には重要だろう。
無責任なことを言ってしまったけれど、撤回することも出来ないし、するつもりもない。
兄とは弟の笑顔に弱いものなのだと、生粋の兄たるウィリアムから教わっているのだ。
ルイスの笑顔を曇らせるなど兄の風上にも置けないため、正しいことをしたのだという気持ちを抱えたまま、丁度良い高さにある小さな頭を撫でていく。
手入れの行き届いた子猫のような手触りの髪は、ゆるく触れていると気持ちが良かった。

「僕が兄様みたいに大きくなったら、ベッドに辿り着けなくて廊下で寝てしまう兄さんを運んであげられますよね」
「そうだね。そのときはルイスに僕の役目を譲ってあげよう」

ウィリアムのために大きくなりたいのだというルイスの目は酷く純粋で、そのために僕を羨む視線すらとても無垢だ。
ルイスの願いが叶うよう、ひとまずは少しずつ成長しているその体に秘めた可能性を信じて、撫でている手に力を込めた。



次男の場合

いつだって小さくて可愛い弟だったから、この子はいつまでも小さいままなのだと思っていた。
勿論、そんなはずはないと分かっている。
生まれたときからいつも一緒にいたのだから、手を引いて辿々しく歩いていた昔と一人でしっかり立って走る今を見るだけでも、過去から現在に至るまでのルイスの成長が窺い知れる。
体が弱くて大人になることを無意識に諦めていたルイスを許さず、大人になったルイスが生きるに相応しい世界を目指そうと考えているくらいだ。
ルイスが大人、もとい大きくなることを想定して僕は行動している。
けれどそれを理解した上で、僕はルイスのことをいつまでも小さいままなのだと思っていたのだ。

「兄さん、ここで寝ないで」
「ぅん…」
「起きて、あっちのベッドに行きましょう。ね、兄さん」
「うぅん…ん……」
「兄さん」

焦ったような声と寝かすまいと僕の肩を揺する小さな手。
半分下がった瞼の向こうから見えるルイスの顔は、声と行動の通りに慌てた様子で僕を起こそうと頑張っていた。
一生懸命で可愛いなぁという気持ちが3、僕はもうここで寝るよルイスという気持ちが3、おやすみなさいという気持ちが4の割合。
そんな配合の気持ちで満たされた僕は、脳疲労の赴くまま寝室の扉前で力尽きて眠ってしまった。

「ルイス、兄さん」
「起きたんですね、兄さん」
「ウィリアム、良い加減ルイスに心配をかけるのはやめなさい」

肉体疲労はどうにか我慢出来るが、脳疲労はどうしても我慢が出来ない。
環境が安心を醸しているのも要因になっているようで、三人きりのこの屋敷では安全ゆえに疲れたらどこでも眠ってしまうようになった。
自分でも良くない癖だと理解はしているのだが、眠たいものは眠たいのだ。
ルイスには心配をかけてしまうが、我が身に危険はないのだからまぁ良いかと考えていたところ、いつからかアルバート兄さんに拾われてベッドに運ばれるようになってしまった。
今日も硬い床の感覚に耐えて目を閉じたはずなのに、ふと目を覚ませばふかふかのベッドの上だ。
我が身に危険がないとはいえ、ルイスに心配をかけアルバートに迷惑をかけている現状は、さすがに申し訳なさが先立ってしまう。

「すみません、気を付けます…運んでいただいてありがとうございました」
「はぁ…だが、扉の前までは辿り着けたんだね。その調子だ、ベッドまではあともう少しだよ」

肩を竦ませて心からの謝罪と感謝を伝えれば、一応の頑張りに気付いてもらえていたことが分かった。
何も気にせずそこかしこに寝落ちるのではなく、とりあえずはベッドを目指して日に日にベッドとの距離が縮まっているのだ。
じきベッドまで辿り着ける日がきっと来る。
兄さんはその点にちゃんと気付いてくれていたようで、褒めるべきポイントを見つけるのが抜群に上手い人だと思った。

「兄様すごいんですよ、ひょいと兄さんをベッドまで連れてってくれたんです。僕も早く兄さんを運べるようになりますからね」

ルイスはルイスで兄さんを褒めつつ、中々無謀な理想を伝えてくる。
僕のルイスはいつだって可愛くて、僕が大事に守ってきた小さな小さな弟なのだ。
小さなルイスでは僕を運ぶなんて到底無理だろうと考えながら、楽しみにしているね、と心にもない嘘をサラリと吐いた。
僕を思って大きくなろうとするルイスはとても可愛いので、期待はせずその日が来ることを待つことにする。
そう、昨日まではそんなありふれた日常を過ごしていたはずなのに、今日のルイスは一味も二味も違っていた。

「に、い…さん!」
「…!?」
「ベッド、行きましょう…く、ぅ」

ルイス、と弱々しく口から溢れた音は、懸命なこの子に届かなかったらしい。
いつものように廊下に落ちていた僕はベッドを諦めこのまま寝てしまおうと、実際もう既に半分以上は寝ていたのだが、そこにルイスがやってきた。
声を出し、肩を揺すり、起こそうとしても起きない僕に痺れを切らしたのか、めげないルイスは僕をベッドへ運ぼうとしたのだ。
僕の腕を引っ張り上げ、重さに震えながらも引き摺るようにして、僕をすぐ近くのベッドまで運んでくれる。
思わず閉じていた目を見開いて、もしやこの子はルイスではなくアルバート兄さんではないだろうかと顔を確認するが、大きな赤い瞳と痛々しい火傷の跡がルイスを証明しただけだった。

「は、運べた…!」
「ルイス…」
「兄さん、僕、兄さんをベッドまで運べましたよ!僕、兄さんを運べるくらい大きくなりました!」
「ルイス……」
「もう安心して廊下で寝ても良いですからね!」

僕が運んであげますから、と嬉しそうなルイスを見上げ、そのキラキラした表情があまりにも眩しくて思わず目を閉じる。
すると一瞬醒めていたはずの眠気がやってきて、ふかふかのベッドと温かな毛布とが相まって意識を手放しそうになった。
それでも何とか気合いを出して、小さいままだと思っていた弟の成長について喜びの声を出す。

「ルイス…大きくなったんだねぇ…」

当たり前のことなのに、全然理解出来ていなかった。
ルイスはいつまでも小さいままではなくて、僕をも運べるくらいに大きく育っていたのだ。
それが誇らしくも喜ばしくて、同時に少しだけ寂しくもあった。
いつまでも小さくて可愛いルイスではないんだな。
けれどだからこそ、目指す理想に対する覚悟も強くなっていくのを自覚したのだが、さすがにもう耐えきれなくてそのまま眠ってしまった。



(ルイスも大きくなっていたんですね…僕を運べるくらいに力強くもなって…うぅ)
(ウィリアム、ほら)
(ハンカチ…お借りします、ありがとうございます兄さん)
(僕やウィリアムと違って、ルイスは背を伸ばすために色々頑張っていたからな。努力の跡が垣間見えるようだ)
(いつまでも小さいままだと思ってました…まだ僕よりも小さいのに、あんなに立派になって、ぐす)
(…まるで親のような目線で語るじゃないか)
(アルバート兄さんもいつか僕の気持ちが分かるときが来ますよ)
(そうか、そのときが楽しみだな。ところでウィリアム、いい加減にそこらで寝落ちるのはやめなさいと何度言わせるんだ)
(…僕も頑張っているんですよ、兄さん)


(兄さん兄様、こちらにいらしたんですね…えっ、ど、どうされたんですかお二人とも。な、泣いているんですか?どうして)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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