誰より素敵なお兄さん


子ども時代のお話。
ウィリアムのおめかしヘアーセットはルイスが担当してる。

「勿論、兄さんはそのままのお姿でも十分に魅力的です。気高い佇まいが貴族然としており、当家自慢の御方であることは間違いありません。僕も兄さんの弟として誇りに思います」
「ありがとう、ルイス」
「ですが、やはりモリアーティ伯爵家次男、ウィリアム・ジェームズ・モリアーティとして、フォーマルな場面では衣服だけでなくヘアメイクにも拘りを持つべきかと存じます。兄さんが品良く着飾った姿はさぞお似合いでしょうし、普段とは違った魅力が溢れだすことでしょう」
「そうかな」
「兄様、アルバート兄様はどうお考えですか?」
「そうだね。貴族としてお洒落は嗜みのようなものかな」
「ほら!兄様もこう仰っています!だから兄さん!」
「…うん」

「明日のパーティでは、髪を整えて参加すべきです!」

拳を握ってそう訴えかける弟の姿に、折れない人間は兄ではない。
ウィリアムは生まれながらにして兄気質であり、大事な弟が熱心に訴えかけるのを無碍に出来るような人間ではなかった。
ルイス曰く、参列するパーティでウィリアムが品良くスーツを着こなす姿を見て物足りない、と思ったそうだ。
貴族にとって身に付けるものは家柄のステータスを表しており、生来の貴族であるアルバートはそれこそ一級品の衣服や装飾品を身に付け、モリアーティ家を一段も二段も格式高く見せている。
だがウィリアムは次男という立場であり、本来は孤児であったことも相まって装飾品の類には興味がない。
貴族としての立場上、身に纏う衣服は質が良く値が張るものではあるが、ただそれだけだった。
カフスやタイピンならば多少の拘りを持っても良いが、指輪やブローチなどの装飾品は身に付けない。
貴族と言えどどうせ次男なのだから、と敢えて身に付けることもしなかった。
当然、髪も普段通り下ろしたままである。
絹のように細い髪の毛は歩くたびに靡いており、ウィリアムの外見と相まってそれはそれでさぞ周りの目を楽しませることだろう。
アルバートもそんなウィリアムの意思を尊重し、とやかく言うこともなかった。
過度な装飾品を身に付けずとも、ウィリアムの堂々たる姿は貴族として申し分ないものだったからだ。
だが、モリアーティ伯爵家末弟であるルイスにはそれが不満だったらしい。

「だって兄さんならパーティに相応しい華やかなお姿になっても映えるというのに、いつもと変わらないお姿なのは勿体ないじゃないですか!せっかくの機会なんですから、もっと素敵に着飾った兄さんを見てみたいんです!絶対お似合いです!」

ウィリアムとしては自分自身に手間をかけるより、ルイスに対し手間と金を湯水のように使って着飾らせる方がよほど興味深いのだが、懸命に「兄さんの格好良い姿が見たい」と訴えかけてくるルイスも可愛いと思うので、ひとまず頷くことにした。
アルバートとしてもまだまだ幼く庇護欲を誘われる弟の訴えを無碍には出来ないし、ウィリアムが普段よりも着飾るというのも興味深い。
ゆえにルイスに助言をする目的で、アルバートは口を開いた。

「なら、明日はルイスがウィルの支度を手伝うということで良いんだね?」
「はい!本当なら専門の人間を招くべきなんでしょうけど、僕がやりたいです。兄さん、いいですか?」
「勿論。よろしく頼むよ、ルイス」
「頑張ります!」

頬を赤らめて嬉しそうに答えるルイスに、アルバートは勿論ウィリアムも微笑ましげに目元を緩めた。

そして翌日。
ウィリアムの部屋でスーツを着た兄の前に、いくつかの整髪料を持ちこんだルイスが立っていた。
二人と違って髪の癖が強いアルバートは自ら髪を整えており、彼から許可を貰って借り受けたものだ。

「やはり貴族としての立場を考えるに、髪の毛は撫でつけた方がいいかと思うんです」
「そうだね。顔にかからないようアップにするのは基本だから」
「兄さんは今まで敢えて髪を上げてこなかったんですか?」
「敢えて、というよりは…」
「…面倒だった?」
「うん、正解」
「兄さんの悪い癖ですね…」
「でも今まで困ったことはなかったしね」
「兄さんはそのままのお姿でも十分魅力的ですから、誰も文句など付けませんよ」
「ルイスが文句を付けたけど」
「だって、兄さんにはいつも一番素敵でいてほしいんです」

ウィリアムの髪を手櫛で撫でつけ、どういったアレンジをしようか頭を悩ませている弟の姿をじっと見つめる。
時折首を傾げながらあぁでもないこうでもない、と表情を変えるルイスは見ていて楽しいし何より嬉しい。
兄のために懸命に頭を悩ませ、一番素敵にさせると意気込んでいる弟を、嬉しく思わない人間は兄ではないのだ。
そんなウィリアムの心情など知らず、ルイスは誰よりだいすきで格好良い兄をより魅力的に見せるために小さな手を動かしていく。

「アルバート兄様のようにしっかり撫でつけるのは兄さんのイメージではないので、前髪を柔らかく持ち上げるのはどうでしょう」
「良いんじゃないかな。ルイスから見てどう思う?」
「今のスーツと合わせて、大人びた雰囲気が出ていて格好良いと思います」
「ならこれで良いよ。ルイスが気に入ってくれたならそれが一番だから」
「では、整髪料を馴染ませていきますね」

鏡に映る自分と嬉しそうに表情を明るくするルイスを見て、ウィリアムはにっこりと合格を出した。
ウィリアムの柔らかい髪質を活かしたアレンジは確かに大人びた雰囲気を醸しており、言うなれば色香が漂っている。
自らの手でウィリアムを飾れたことが嬉しいのか、それとも額を出した見慣れない姿が気恥ずかしいのか、それともその両方なのか。
ルイスは嬉々として手にムースを付けて、優しく髪を固めていった。
こんなに喜んでくれるならもっと早く気を配っていれば良かったかな、という考えが頭をよぎるが、小さな手がゆっくりと髪を撫でるその感触は思いのほか気持ちが良く、やはり今まで頓着しないでおいて正解だったとウィリアムは思う。
可愛い弟が自分のために懸命になる姿はとても愛おしく見えるのだ。

「終わりました!」
「ありがとう、ルイス」
「兄さん格好良いです!よくお似合いですよ!」
「そうかな、何だか照れてしまうね」

いい仕事をした、と言わんばかりに小さな拍手をしているルイスに思わず笑ってしまう。
その拍手は自分自身に向けてのものなのか、想像よりも格好良く仕上がった兄に向けてのものなのか疑問に思うが、どちらでも構わないだろう。
ウィリアムは切れ長で綺麗な目元を思い切り下げて、きらきらとした目で見上げてくるルイスを見た。

「やっぱり兄さんは誰より素敵ですね!」

無垢に慕ってくれる弟に対して感謝の意味を込めて、ウィリアムはその体を抱きしめて甘く囁く。

「ルイス好みのアレンジをしてくれて僕も嬉しいよ。今晩のパーティもいい気分で終われそうだ」

兄に喜んでもらえたと知った弟は、誰より自慢のこの人を自らの手でより華やかに完成させることが出来て、それはもう無邪気に喜ぶのだった。


(ルイス、夕食の招待を受けたんだけど明日の都合は大丈夫かい?)
(大学関係の方の招待ですか?僕の都合は問題ありませんよ)
(そう、なら良かった。夕方には出ようと思うから、馬車の手配を頼むよ)
(分かりました。スーツは僕の方で準備して良いですか?)
(あぁ。早めに帰ってくるから、髪もそのときにお願いできるかな)
(お任せください。素敵な兄さんに仕上げてみせます)
(期待してるよ、ルイス)
(はい)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

0コメント

  • 1000 / 1000