"ずっと一緒にいよう"


ルイスとボンドのパフェデート。
そこで知った薔薇の花言葉で兄達に想いを伝える弟。

見るからに女性が好みそうなパステルカラーで彩られた店内は、それに見合った甘い香りで満ちている。
何種類もの果物が熟した証拠でもある甘い香りは気分を不快にするものではなく、むしろ食欲をそそるものだった。
こういった店に入ることなどほとんどないルイスは少しだけ興味深げに周りを見渡すが、すぐに視線を目の前の彼に戻して落ち着かせる。
堂々たる姿で店員の女性に笑顔を向けるボンドはルイスを引きつれて、店内奥のソファ席へと足を運んでいった。

「ここ、僕のお気に入りの店なんだ」
「そうですか」
「ルイス君も気に入ってくれるといいんだけど」

座席に着くなり小さなメニューをルイスに手渡したボンドは、看板メニューはベリーのパフェだよ、と一言添える。
軽く頷くことで返事をしたルイスは、いくつかの種類が書かれたパフェの中で目星を付けてからボンドにメニューを渡そうとするが拒否されてしまった。
もう決まってるから、の言葉とともに彼は店員を呼びつけて注文を頼む。

「ブルーベリーとクランベリーのパフェと、アールグレイのストレートを頼むよ」
「りんごとクリームチーズのパフェ、飲み物はダージリンのストレートをお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」

メニューに視線を落としながら淡々と注文したルイスとは対照的に、ボンドは店員の女性に旺盛なほどのサービス精神で朗らかに注文してみせた。
ウインクまではせずとも、整った甘いマスクに艶めいた笑みを乗せるだけでそこらの女は簡単に靡くのだろう。
自分の魅力をよく理解して駆使している様子に何を感じることもなく、ルイスは早々に運ばれてきた紅茶に手を伸ばした。
こくり、と一口飲んでみれば独自にブレンドされた茶葉の風味が喉を通る。
なるほど、パフェやケーキなどの甘味だけでなく飲み物でもその味は確からしい。
ルイスが密かに感動していると、ボンドが先ほど浮かべていた笑みとは種類の違うそれを浮かべているのが目に入った。

「何ですか?」
「んー?いや、本当にルイス君が一緒にパフェ食べてくれるとは思ってなかったからね。少し驚いてるんだ」
「誘ったのはあなただと思いましたが」
「ただの社交辞令かと思ってたからね」

ルイスとボンドが他の仲間とともに食事をしたあの夜。
単にその場の会話を広げるだめだけに、パフェでも食べに行かないかとルイスを誘ったのは事実だ。
しばらくしてからたまたまボンドが気に入っている店が季節限定のパフェを出すことを知り、一人で食べるのもなんだからとルイスを誘ったのがきっかけだった。
ウィリアムとともにロンドンに来ていたルイスに声をかければ、来週ならば都合がつくと色よい返事を貰えたのだ。
どうやらウィリアムは大学関係の用があり、アルバートは泊りがけでユニバーサル貿易社に籠らなければならないらしく、ルイス一人時間が空くのだという。
それは良いことを聞いたとばかりに、ボンドはモランを言いくるめてその日の執務を全て押し付け、ルイスを連れて街に出てきたのだ。
モランに仕事を任せることに顔を渋らせてはいたが、運ばれてきたパフェを見て顔を明るくするルイスは普段とのギャップもあり可愛く見える。
連れてきて良かった、とボンドは自らが頼んだ赤いパフェに目をやった。

「ルイス君、本当にりんごがすきなんだねぇ」
「昔から食べ慣れているので、舌が安心するんです」
「へぇ、そうなんだ」

フォークで刺したベリーは瑞々しく、ボンドの目を楽しませる。
ルイスもりんごのコンポートを口にやってはその自然な甘さに顔が綻んだ。

「美味しいですね」
「だろ?ここ、良い値段するだけあってパフェもドリンクも美味しいんだよ」
「紅茶も中々の味でした」
「ルイス君を唸らせることが出来たなら、今度はアル君とウィル君を連れてくるのも良いかもね」
「きっとお二人も納得する味だと思います」
「じゃあ次はみんなで来ようか。あの二人、甘いものは得意かな?」
「アルバート兄様はあまり得意ではありませんね。グレープフルーツやレモンなどの柑橘系ならば気に入ってくださると思います。ウィリアム兄さんには苦手なものはありませんが…」
「ウィル君は悪い癖があるからなぁ」
「…えぇ」

しゃり、とフレッシュなりんごの触感を楽しむはずが、ルイスは不満気な顔をしてそのまま咀嚼を続けた。
文句なしに新鮮で爽やかな甘さを堪能しているはずなのに、とてもそうは思えない顔をしていてボンドはくすくす笑いを溢す。
併せて熟したベリーを口に運んで、その甘さを堪能した。

「ウィル君に食べてもらうためには、ルイス君がちゃんと言って聞かせないと駄目だね」
「兄さんを聞き分けのない子どもみたいに言うのはやめてください」
「だって事実でしょ。ウィル君にあんな一面があったなんて意外だったからインパクトあったしね」

弟には美味しいものを食べてほしいと、気に入ったものをルイスに分け与えようとするウィリアムの癖は随分と純粋なものだろう。
生まれながらにして兄気質なのがよく伝わってくるその癖を、ボンドは好ましく思っているのだ。
おそらくはルイスも本音の底を探れば、兄の気持ちを嬉しく思っているに違いない。
可愛い兄弟じゃないか。
目的のことを外して考えてよいのなら、ボンドはウィリアムとルイスの二人をとても良い兄弟でありパートナー同士なのだと、実に好意的に受け止めている。

「ねぇルイス君、りんご一切れ貰えるかな?代わりに僕のクランベリーあげるから」
「いいですよ」
「じゃあはい、あーん」
「…それは結構です。はい、どうぞ」
「えーノリ悪いなぁもう」

ルイスの口元目掛けてフォークで差し出したクランベリーは彼に食べられることなく、そのままボンドの口へと入っていく。
呆れたようにため息をついたルイスは受け皿にりんごを取り、ボンドの手元に追いやった。

「まだあーんをしてくれるほど心は開いてくれてないのか、残念」
「いくら心を開いてもする予定はないのでそのつもりでいてください」
「でもアル君とウィル君だったらするだろ?」
「お二人とも大人ですし、ボンドさんのように悪乗りする方々ではないのでしませんよ」

ボンドから手渡されたクランベリーとブルーベリーを口にして、弾ける甘酸っぱさに思わず顔が緩んだ。
その表情の変化を正面から見たボンドはからかうように笑いながら、ルイスからのりんごを口にしてその爽やかさを味わった。

「あの二人ならルイス君が何しても許すと思うんだけどなぁ」
「そこまで見境なく僕に甘いわけではありません」
「そうなのかい?」
「当たり前でしょう。アルバート兄様はモリアーティ家当主、ウィリアム兄さんは大学で教鞭を執っている身ですよ」

我が事のように誇らしげにそう言ったルイスの顔は晴れやかで、心から二人を尊敬しているのがよく分かる。
一方的な感情の交通ではなく、どこからもきちんと思いが通じているのは仲睦まじい証拠だ。
アルバートとウィリアムがこの末弟に甘いのは、彼が兄二人を心底信頼しているがゆえの結果なのかもしれない。
仲良きことは麗しきかな、とボンドは思いながらクリームをすくった。

「ルイス君、本当に二人がすきなんだね」
「当然です。僕はお二人の弟なんですから」
「ふふ、そっか」

からかうように言っても何の冗談とも捉えられず、そのまま肯定されてしまう。
彼がどれほど二人の弟であることに誇りを感じているか、そして何よりルイスが生粋の弟気質であることは一目瞭然だった。

「そこまでルイス君に思ってもらえて、二人も幸せ者だね」

口元に付いたクリームを指で拭いながら、ボンドは静かに呟いた。
普段のように冗談めいた言葉ではない一言に気後れするが、言葉の内容が真実であれば喜ばしいことだと、ルイスは少し冷めかかった紅茶に手を伸ばす。

「そういえば、フレッド君って薔薇の手入れが上手なのかい?」
「えぇ。フレッドが手入れしてくれるようになってから、薔薇が随分と美しく咲くようになりました」
「凄いよね、あの薔薇たち。あそこまで綺麗に咲き誇っている薔薇なんて久々に見たよ」
「希望があればボンドさんの部屋に飾るためにお渡しも出来ますが」
「…へぇ?ルイス君が準備してくれるの?」
「それくらいなら僕にも出来ます。わざわざフレッドの手を煩わせるまでもありません。ちょうど兄さんたちの部屋に飾るために切り分けようとしていたところなので、ボンドさんの分も用意しますよ」
「ふーん」
「何ですか、その顔は」

にやにやと瞳を細くしてルイスを見るボンドの顔は、先ほどの真面目な様子が一切消えてからかうようなそれに切り替わっている。
今や彼の過去などどうでもよいが、それでも生い立ちゆえの素早い切り替えには舌を巻く。

「ちなみに、ルイス君は何本用意してくれるの?」
「…?部屋に飾るための薔薇なので、数本あれば十分でしょう。7、8本程度を考えていますが」
「7、8本ね…これはこれは、ルイス君の秘めたる思いを受け取っちゃうことになるのかな?ウィル君とアル君に怒られないといいけどなぁ」
「は?何を言ってるんですか?」
「あぁでも、二人はそういう知識には疎そうだから気付かれないのかな?ならルイス君、安心して僕と愛を育もうね」
「だから、何の話をしているんですかボンドさん」

食べ終えたパフェのグラスを押しのけてルイスの手を握り、女性ならば誰もが見惚れる美しい顔でボンドは口説く。
だが生憎とルイスはボンドに靡くほど見境がないはずもなく、極々冷え切った目で彼を見た。
握られた手を振りほどいても良いのだが、どう見ても自分をからかっているボンドに更なるネタを提供するのは憚られる。
ここはあくまで冷静に対応するのが正解だろうと、ルイスはボンドから目を離さずに相手の出方を伺った。

「だって薔薇が7本だろ?密かな愛だなんて、ルイス君も情熱的だなぁと思ってさ」
「密かな愛?どういう意味ですか?」
「知らないのかい?薔薇は色と本数で贈る意味合いが変わってくるんだよ。屋敷の薔薇はほとんどが赤だし、それだけでも揺るぎない愛を意味しているのに、7本だなんて…ふふ、さすがの僕も照れちゃうね」

口ではそういうが、表情も仕草も全く照れてはいない。
良いからかいのネタを得たとばかりに、過剰なほどルイスを熱心に見やるボンドの瞳の奥は笑っていた。

「本数で意味合いが変わる?本当ですか?」
「そうだよ。まぁ上流階級の人間が考えた娯楽みたいなものだけど、貴族の間では噂されてるしそこそこ浸透してると思うんだけどな」
「7本で密かな愛…では、他の本数が意味するのは?」
「そうだなぁ、有名なところでは1本で一目惚れ、3本で愛しています、108本で結婚してください…だったかな?」
「では、50本では!?」
「えっと確か…恒久?永遠とかそんな意味だったかな」
「…赤い薔薇が愛を示しているならば、50本の赤薔薇で永遠の愛を意味している、と…?」
「あぁ、そうなるのかな。…何、ルイス君。綺麗な顔が凄いことになってるけど」

ボンドが握っていたルイスの手を解放したと同時に、今度はルイスの方からボンドの手を拘束される。
おや、と疑問に思うと同時に表情を硬くするルイスに、ボンドは眉を顰めて口を噤む。
段々と握りしめられた手に力が籠るのは他人事のように感じられた。

「…以前、アルバート兄様の指示により、グランシャー家の御令嬢に薔薇をお贈りしたことがあります」
「ふーん。で、それが50本だったの?」
「えぇ…兄様の面子に関わるのでなるべく華美に仕上げてお贈りしたのですが、まさか薔薇の本数に意味合いがあったなんて…迂闊でした」
「あはは、大丈夫だよ。アル君個人じゃなくてモリアーティ家からのプレゼントだって、向こうも理解しているさ」
「ですが、欠片ほどの期待を感じさせる要因を作ってしまったのは僕の責任です」

本気で後悔しているのがよく伝わるように、目元を顰めるルイスの表情は至極真面目だった。
敬愛する兄を慕うどこぞの令嬢に情けをかけたことを悔いている様は、まるで兄をとられたくない弟そのものだ。
ボンドにはアルバートの恋愛遍歴など知る由もないが、ともにしている目的から考えるに恋愛だの結婚だのとは無縁なのではないだろうか。

「アル君って結婚する予定あるのかい?」
「さる貴族の方からの申し込みは多数寄せられています。伯爵という地位だけではなく、あの通り兄様は見た目も良く頭も良いのでそれはもう人気なんです。ですが、僕らの目的のため結婚をするつもりはないと伺っております。ゆえに貴族間の関係を有効に保つ程度には関わりますが、一定のライン以上には踏み込ませないよう僕が注意しなくてはならなかったのに…!」
「ルイス君も大変なんだね」
「兄様に余計な虫をつけないためなら苦でもありません」

整った顔をきりりと引き締めて宣言するルイスの顔は、モリアーティ家の執務を担う身として、そして兄離れできていない弟としての姿が半分ずつボンドの目には映った。
この懸命な姿を見れば、弟たちを一際気に入っているアルバートはさぞ感激するのだろう。

「ボンドさん、覚えている限りの薔薇の本数が持つ意味を教えてくれますか?今後はもうこのような失態を犯すわけにはいきません」
「いいよ。でも僕もあやふやなところがあるし、近くの花屋に行って聞いてみようか」
「分かりました」

とうに冷めていた紅茶には見向きもせず、ルイスはすぐに店を出ようと促した。
兄のこととなると途端に精一杯になるルイスに苦笑しながら、せっかくならばこの三人の兄弟のためになる知識を仕込んでおこうかと、ボンドは表情を明るくしてルイスの跡を追う。
見目麗しい二人の男性に意識を取られていた店内のスタッフおよび客は、親密そうな様子から二人の関係を邪推することに忙しかったらしい。



ロンドンに位置するモリアーティ家本邸の二階。
ルイスは東側に自室を持つアルバートの部屋の扉を軽くノックする。
間髪入れずに自室に入るよう促す声が聞こえてきて、ルイスは手に持った薔薇を崩さないよう注意して中に入った。

「兄様、お疲れ様です。薔薇が綺麗に咲いたので、お部屋に飾ってもよろしいですか?」
「あぁ、いつもありがとう、ルイス」

穏やかに微笑むアルバートに笑みを返し、机に置かれている花瓶に薔薇の花を活けていく。
どの花も見栄え良く位置するように少しだけ茎を切って長さを調節し、合わせて持って来ていた水差しの水を足せば完成だ。
事前に棘を抜いていた薔薇は優しい印象もあり、鮮烈な赤が部屋に彩りを与えている。

「綺麗だね。フレッドにもそう伝えておいてくれるかい?」
「分かりました。フレッドもきっと喜びます」

アルバートは美しく咲き誇る薔薇を見て、綺麗な大輪に仕上げたであろう小柄な仲間を思い浮かべる。
庭師としての才覚だけでも食べていけるほどに、フレッドが手入れする薔薇は美しい。
ルイスだけでは手が回らなかった屋敷の庭は、フレッドが来てから随分と華やかになった。
それに嫉妬するでもなく適材適所だとルイスはフレッドの仕事ぶりを気に入っているし、アルバートも勿論そうだ。
だが、屋敷に飾る花や贈答用に準備する花はルイスが手ずから用意している。
きっと今日は屋敷の至るところに美しい薔薇たちが飾られるのだろう。
アルバートは花瓶に活けられた薔薇を改めて見て、何となく感じた違和感をそのままルイスに呟いた。

「今日の薔薇はいつもより本数が少ないな」
「…まだ開花の進んでいない薔薇がありますので、咲き次第またお持ちいたします」
「あぁいや、本数が少ないことを揶揄したわけじゃないんだ。ただ普段と違うなと思っただけだよ」
「すみません、兄様」

普段ならば花瓶に溢れんばかりの花が飾られているのだが、今は少し余裕のある本数だけが飾られている。
それでも小ぶりな薔薇ではなく大輪の花弁を咲かせているものを選んできているらしく、みすぼらしい印象はない。
数えて5本しかない薔薇は、たったそれだけでも十分すぎるほどに存在感があった。

「兄さん、後でお部屋に薔薇を活けに伺っても良いですか?」
「うん、頼むよ」

書斎で情報誌に目を通すウィリアムに端的に声をかけ、了解を得たルイスはそれ以上関わることなく部屋を後にした。
ルイスはウィリアムが占有する部屋は全て自由な出入りを許されているが、最低限のマナーとして可能であれば事前に声をかけることにしている。
読書後はウィリアムでも疲労を感じるだろうし、なるべく気分を明るくできるよう寝室を彩っておこうと、ルイスは用意していた薔薇を手に廊下を歩いた。
用意した薔薇はアルバートに用意したものよりは小ぶりだが、綺麗に咲き誇った赤い薔薇が9本だ。
ウィリアムの部屋の花瓶に綺麗に活けてから、水差しでたっぷりの水をやる。
少しだけ花弁にかかった水が水滴となって、瑞々しく薔薇を演出している様が何とも目に鮮やかだ。
この部屋のベッドで休むことは少ないウィリアムだが、ソファに座って休息を取ることは多い。
そういったときにこの薔薇が目に入ることで、少しの癒しを感じてくれればそれで十分に薔薇は役目を果たしている。
出来れば薔薇の香りとともに眠ってくれれば一番なんですが、と心内でぼやきながら、ルイスはウィリアムの寝室を後にした。

ルイスは二人の兄の部屋に薔薇を飾った後、屋敷の至るところに彩りを与えるため薔薇を活けていく。
応接室に置かれたソファの隣にも薔薇を配置し、段々と漂ってくる気高い香りに心を癒される。
水を差した際に零れた水滴を拭っていると、後ろの扉からボンドがやってきて機嫌よく口笛を吹いた。

「へぇ、綺麗に飾られてるね」
「ボンドさん、こちらをどうぞお好きなだけお持ちください」
「うん?」

机に置かれた棘抜きが済んでいる薔薇の山を指差してルイスは言う。
見れば数十本と重なっており、これから至るところに飾るため用意されたのだろうことは簡単に察しが付く。
赤く存在感のある薔薇たちをじっと見て、次にいつも通り涼しげな顔をするルイスを見て、ボンドはその意図に嫌でも気が付いた。

「自分の部屋に飾るために持っていけってことかな?」
「はい。その方がお互い妙な勘繰りもせず平和かと思いまして」
「…」

この英国において、二人の兄にしか興味がないルイスらしいと言えばルイスらしい。
要は本数の意味を考えるのが面倒だから気に入った数だけ持っていけと、つまりそういうことなのだろう。
詳しくは知らないが、アルバートとウィリアムにはルイス自ら薔薇を飾りに行ったに違いない。
後で何本贈ったのかそれとなく探りを入れるとして、今はひとまず何とも寂しいこの状況をどうにかせねばなるまい。
ボンドは悲しさを前面に押し出して、過剰なまでに切なくため息を吐いた。

「はぁ…悲しいな、ルイス君。楽しくデートまでした仲だっていうのに、僕のことはしょせんその程度の扱いなんだね」
「デートではありません、ただお茶をともにしただけです」
「…薔薇の本数の意味、教えてあげたのは誰だったかな?」
「…はぁ」

元よりそのつもりだったのか、それともボンドの茶番に付き合うのが面倒になったのかは分からない。
だがルイスは山になった薔薇を数えながら、手早く一つの花束を作る。
部屋まで活けに行くつもりはないらしく、近くにあった新聞紙を巻いて作った薔薇の花束をボンドに手渡した。

「ルイス君、これって…」
「永遠ではありませんが、感謝はしています」
「…」

本数を数えてみれば、薔薇はきっちり13本。
色鮮やかな薔薇の花束がボンドの手元を彩った。
別段照れている様子もなくいつも通り淡々と、薔薇を手渡した後も平然としているルイスを見て、ボンドはにんまりと笑みを深めていく。

「ふぅ~ん」
「品もなく笑わないでいただけますか」
「だってルイス君からの貴重なプレゼントだし、思わずにやけちゃうのは仕方ないじゃない?」
「早く花瓶に挿して水をやらないとしおれますよ」
「あぁそうだね、じゃあ早速飾りに行こうかな。ルイス君ありがとう、大事にするよ」

簡易的な花束に艶めいたキスを落とし、ボンドは応接室を出て行こうと足を翻した。
すると扉が開き、廊下から屋敷の主であるアルバートとウィリアムが入ってきた。
用事がひと段落ついてルイスに紅茶でも淹れてもらおうとしたのだろうか。
ボンドは薔薇を片手に、やぁ、と機嫌よく挨拶をすると、その横からルイスの明るい声が聞こえてきた。

「アルバート兄様、ウィリアム兄さん、休憩ですか?」
「あぁ。忙しくしているところ悪いけど、紅茶を淹れてもらえるかな、ルイス」
「分かりました、兄さん」
「綺麗な薔薇だね、ボンド。君もルイスに活けてもらうのかい?」
「いや僕は自分で活けるように言われたんでね、これから部屋に行って飾るつもりだよ。でもルイス君がわざわざ僕のために選んでくれたから嬉しくてさ」
「ルイスが選んだ?どういう意味だい?」

ウィリアムがボンドの言葉に首を傾げる様子を見て、ボンドは少しの自慢を兼ねて言葉を紡ぐ。
幸い、ルイスは紅茶の準備をするために早々に部屋を出て行ったので好都合だ。

「ウィル君、薔薇の本数で贈る意味合いが変わるって知ってるかな?」
「知識として知ってはいるけど、あまり詳しくはないかな。兄さんはどうでしょう?」
「私もそういったことには明るくないな」
「そうなんだ。実はさ、13本の薔薇には永遠の友情って意味があるんだよ。永遠ではないけどって一言付け足されたけど、ルイス君からの贈り物って貴重だし伝え方も可愛いと思わないかい?」
「ふ、そうだな」
「…薔薇の本数…」

ソファに腰掛けて優雅に微笑むアルバートとは対照的に、ウィリアムは右手を顎に持っていって考え込むように目を伏せた。
その聡明な頭脳を持ってして何か思案しているのだろう。
ウィリアムの様子に気が付いたのか、アルバートも少しだけ考え込むように視線を彷徨わせる。

「どうかしたのかい、二人とも」
「ねぇボンド。僕が記憶している限りでは1本は一目惚れとか108本で結婚してほしいとかその程度なんだけど、もっと細かい本数にも意味があるのかい?」
「あるよ。ついこの間、ルイス君と花屋に行って調べてきたからね」
「そうか…」
「なるほど。ではボンド、5本の薔薇にはどういう意味があるのかな?」
「5本?確か、君に出会えて心から嬉しい、だったかな?」
「出会えて嬉しい、か」
「ボンド、9本の薔薇の意味はどうだい?」
「9本というと、いつも一緒にいたいとかいつも想ってるとか、そんな感じだったと思うよ」
「いつも一緒にいたい…なるほどね」

視線を上に向けて花屋で教唆されたことを思い出すようにしてボンドが答えれば、それぞれの兄は先ほどと変わらず目を伏せて俯いていた。

「どうしたんだい、二人とも。…あ、もしかして5本と9本ってまさか」
「…そのまさかだよ、ボンド」
「随分と可愛いことをしてくれるね、僕の弟は」

ボンドの問いかけにくつくつと笑いながら顔を上げたアルバートは、至極満足そうに口角を上げている。
口元に手を当てたまま、冷たい印象を与える目元を僅かに染めて淡く微笑むウィリアムも同様に満足気だ。
先ほどの会話から察するに、アルバートには5本の薔薇を、ウィリアムには9本の薔薇をルイスが贈ったのは明白だ。
恐らくは兄たちがその意味に気付いても気付かなくてもどちらでも良いと考え、敢えて自ら伝えるようなことはしていないのだろうことも分かる。
ボンドは自分の言葉を思い返しながらルイスの真意を考えると、確かに随分と可愛い真似をしているな、とウィリアムの言葉に深く同意する。

「普段よりも少ない本数に違和感を覚えていたが、まさかそんな意味があったとはな。君に出会えて心から嬉しい、か…ウィル、相変わらず私たちの弟は愛しいことをしてくれる」
「そうですね、兄さん」

アルバートは先ほど薔薇を飾りに来たときのルイスを思い浮かべる。
何かを誤魔化しているような印象はあったが、後ろ暗い様子はないのでそのまま放置した。
だがその裏には身に付けたばかりの知識を駆使して、アルバートへの感謝を伝えたいという意図があったのだ。
あのやりとりでアルバートにはそういった知識がないことを確信しただろうに、それについて言及するでもなく、秘めたまま終えても良いと考えたのだろう。
枯れゆく花に想いを託すというのはさぞ儚くて、そして同じくらいに美しく気高い。
出会えて心から嬉しいのはルイスだけではないのだ。

「いつも一緒にいたい、か…今までもいつも一緒にいたのに、これからもそうありたいなんて僕の弟は欲張りだね」

ウィリアムは今ここにはいない彼を思っているのであろう、優しく綺麗な笑みを浮かべて扉の方を見る。
欲張りと言ってはいるが不快な思いをしている印象は一切なく、むしろその声は弾むように響いていた。

「よっぽど作戦に関われなかった時期を惜しんでいるのかな…申し訳ないことをしてしまった」

かつてウィリアムの書斎で話した言葉をそのまま薔薇に託したルイスの真意がどこにあるのかは分からない。
だが間違いなくあの夜のことを意識した上で、数えて9本の薔薇をウィリアムに贈ったのだろう。
良かれと思い、そして何よりウィリアムにとって唯一の希望でもあったルイスに、美しく浄化された英国を託したかったのはウィリアムの本心だ。
ルイスからの忠告がなければ、今でも作戦実行の際にはルイスを省いていたことだろう。
いつも一緒だったはずの道が分かれていることを悲しんでいたルイスの心に、あの夜気付くことが出来て良かった。
今では名実ともにいつも一緒にいることが出来る。
寝室に飾られた9本の薔薇に託された思いを裏切ることなく、彼ごと受け止めることが出来るのだ。
ウィリアムにはそれがただ純粋に嬉しく思える。

「詳しいことはよく分からないけど、ルイス君も中々洒落たメッセージを贈ったみたいだね」
「あぁ。君がルイスに色々教えてくれたのかな?私からも感謝を伝えよう」
「いやいや、礼を言われるほどのことはしてないさ。僕もほらこの通り、ルイス君から友情の薔薇を貰っているしね」
「これからもよろしく頼むよ、ボンド」
「皆さん、お茶の用意が出来ました」

三人がある程度の会話を終えた頃、タイミングよくルイスが人数分のカップとポットを持って部屋に入ってきた。
盗み聞きをするような無粋な人間ではないため、先ほどまで自分が話題に上がっていたことなど気付くはずもない。
生真面目な顔をしているモリアーティ家末弟を見て二人の兄と一人の仲間は分かりやすく笑みを深め、そして己に贈られた美しい薔薇に想いを馳せていた。


(ルイス、部屋まで一緒にいいかな)
(兄さん。凄い量の薔薇ですね、運ぶの手伝いますよ)
(あぁいいんだ、これは僕が運ぶから。ルイスの部屋に飾らせてもらうよ)
(僕の部屋にですか?)
(うん。花屋に頼んだ薔薇だからフレッドが手入れしたものには劣るけど、綺麗だろう?)
(そうですね。とても綺麗な赤です)
(僕からルイスへのプレゼントだよ。受け取ってくれるかな?)
(兄さんから僕に?あ、ありがとうございます。嬉しいです)
(この間は僕と兄さんに薔薇を贈ってくれてありがとう。これは僕からの返事として受け取ってほしい)
(返事、って…ボンドさんが何か言いましたか?)
(ふふ、とても嬉しい雑学を教えてくれたよ)
(…!あの人は…!)
(まぁまぁそんなに怒らないで、ルイス。ところでこの薔薇は99本あるんだけど、意味は分かるかな?)
(99本ですか?どおりでたくさんの薔薇だと思いました…99本?)
(9本の薔薇へのお返しにぴったりの意味だよ)
(ど、どういう意味でしょうか?すみません、覚えていなくて)
(じゃあ内緒だね。薔薇は全て飾りきれないし、余った分はお風呂に浮かべてもいいかな)
(え、兄さん待ってください!)
(せっかくだし今晩は一緒にお風呂に入ろうか、ルイス)
(それは構いませんけど、先に薔薇の意味を教えてください!)
(駄目だよ、内緒だって言ったじゃないか)
(に、兄さん!)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

0コメント

  • 1000 / 1000