どっちもどっち、互いに弱い


ルイスにマッサージをしてあげるウィリアム。
モリミュの兄さんは弟の肩を揉んであげているそうですよ、仲が良い兄弟で何より!

「よし、これで終わった」

しばらく続いていた雨がやみ、待望していた束の間の晴れ間がやってきた。
まだ日照は足りないのだろうがどんよりした雨雲でないだけ十分だと、ルイスはここしばらく溜め込んでいたシーツや毛布の類を全て洗濯し直すことを決める。
普段から洗濯を頼んでいる業者もこの天候ゆえに注文が追いついていないらしく、追い討ちを掛けるように汚れ物を出すのは気が引けてしまう。
そう考えたルイスは寝具程度ならば自分で洗ってしまおうと、朝から屋敷に存在するベッドからシーツを全て剥ぎ取っては洗濯していたのだ。
しかしテキパキと大量の洗い物を済ませ、庭にそれら全てを干し終わった頃にはルイスの肩が悲鳴を上げていた。

「んっ…ぃたた」
「ルイス?どうかしたのかい?」
「あ、兄さん」

一仕事終えたばかりのベスト姿で体を伸ばしていたルイスの元にウィリアムがやってきた。
肩の辺りが重いけれど、おかげで今夜は洗い立てのシーツで皆が眠れると思えばその苦労も報われるというものである。
怪訝そうな表情を浮かべるウィリアムへ、今夜はしっかりベッドで休んでもらわなければ、と思いながらルイスは近寄ってくる彼に微笑み掛けた。

「何でもありません。洗濯を終えたばかりなので、少し肩が凝ってしまっただけですよ」
「そういえばここ最近、あまり天気が良くなかったね。これだけの量を君一人でやっていたのかい?僕にも声をかけてくれれば良かったのに」
「何を言うんですか。僕一人でも問題ありません」

庭を占領する真っ白いシーツと毛布カバーの数々は圧倒されてしまうほどに多い。
これだけの数を一人でこなしていれば肩や腰に負担がかかるのも無理ないだろうと、ウィリアムはルイスの細い肩を見て眉を顰める。
今は特別に急ぐ案件もないし、朝食を終えてからはのんびり読書に勤しんでいただけなのだから、ルイスを手伝うくらい何の負担にもならなかったのに。
だがそれを申し出たところでルイスが拒否していただろうことは明白で、そうだとしても無理矢理そばにいて手伝うことは出来たはずだった。
ウィリアムはうっかり読書に夢中になってしまった自分に反省し、皆のために頑張ってくれていた弟を労うように肩を抱き寄せる。
骨格が頼りないのか、成長しきった今でも肩が薄く細い。
鍛えているけれど筋肉が付きにくいその体を揉みほぐすように、ウィリアムはルイスの背後から骨の当たらない肩へと自分の指を押し当てた。

「いっ…」
「確かに随分と凝っているね。大変だっただろう?少し休憩しようか」
「は、はい。それより兄さんはどうしてここへ来たんですか?何か御用でしょうか?」
「用というほどのことじゃないから大丈夫だよ。行こう」

触れた部分はいつもの弾力とは違う硬さが目立つ。
ほぐすために触れていても真っ先に痛みが先立つのならば相当だ。
老化ゆえのものではないのだから放っておいても自然に治るだろうが、ルイスが不快感を覚えているのならばウィリアムがそれを放置する選択肢を取るはずもない。
きりの良いところで読書を終えて固まった体を動かしがてらルイスを構いに行こうとしていただけのウィリアムは、申し訳ない気持ちを隠さずルイスの背を押して屋敷の中へと向かっていった。

「ごめんね、もう少し早く来ていれば手伝えたんだけど」
「兄さん、これは僕の仕事です。兄さんが気に病む必要はありませんよ」
「じゃあせめて、頑張ったルイスの疲れを僕に取り除かせてくれるかな」
「はぁ…?」
「肩と背中、あとは腰もかな?」
「った…!ぃたた」
「あと水仕事のせいで手も荒れてる。僕がマッサージしてあげるからおいで」
「は、ぁ…」

細い両肩を後ろから支えつつ、ウィリアムはルイスの後を付いていくように足を進める。
大きなシーツを洗い、皺にならないよう伸ばしながら干していくという重労働はいくら体を鍛えていても負担になるだろう。
背が高い分だけ前屈みの作業はつらいだろうし、その影響で肩から腰にかけてルイスの体は凝り固まっている。
手伝えなかった分だけ十分に労ってあげようと、ウィリアムは自室へと誘導するようにルイスの歩みを指示していった。
ルイスの疲労を軽減出来るし、ルイスを構うという本来の目的も達成できるのだから一石二鳥だ。
兄さんの手を煩わせずとも僕は別に大丈夫なのですが、と辞退を申し出るルイスの言葉に対して、ウィリアムは華麗なる無視をしておいた。

「さぁルイス、うつ伏せで横になって」
「…分かりました。失礼します」

シーツがないため大きめのタオルを敷いたベッドの上、ルイスは言われるままに背中を向けて寝転んだ。
もう何度も一緒に寝ているくせに、失礼しますとは他人行儀にも程がある。
確かにこのベッドはウィリアムのものとはいえ、ほとんど同じくらいにルイスのものでもあるというのに。
組んだ腕に頭を乗せてそわそわしているルイスを見下ろし、ウィリアムは小さくため息を吐いてからその細い体を跨ぐように覆いかぶさっていく。
上に乗っては重いだろうから、ちゃんと足で踏ん張りながら体重をかけないよう注意を怠らない。
そうして肩から順に、疲労しているルイスの体を揉みほぐすために指に圧を込めて触れていった。

「ん…ふ、んん…」
「痛いかい?」
「…ぃえ、気持ちいぃです…あ、そこ」
「ここかい?…あぁ、大分硬いね。少し痛いよ」
「ぃ、たっ…ん、ー…」

ベストとシャツ越しでもルイスの体は線の細さが良く分かる。
懸命に鍛えているだろうに筋肉が付きにくいのも可哀想だなと思うけれど、ウィリアムはこの細い体にこそ何よりも欲を唆られている。
変わらないままでいて欲しいものだと期待を込めながら、ルイス本人よりも詳しいその体に触れては丁寧に凝りをほぐしていく。
体へのマッサージは間違えて触れると逆に筋を痛めてしまうし、妙な癖が残ってしまうことがある。
だが暗殺術を通して人体への理解が深いウィリアムにそんな心配は無用なことで、そもそもルイスの体に無理を強いることなど有り得ない。
ウィリアムは己の知識と培った感覚を頼りに、薄い体の疲労を揉みほぐしていった。

「ん…兄さん、マッサージお上手ですね…ん、ぅ」
「ふふ。ルイスの体で知らないところはないからね、大して難しいことでもないんだよ」
「そう、ですか。ふ、ん…」
「…本当は、直接素肌に触れた方が効果的なんだろうけど」
「っ…!」

指先と手のひらにだけ力を込めて、その体全体には体重をかけずにいたウィリアムだが、タイミングを見計らい上半身を倒していく。
そうしてうつ伏せているルイスの耳元へと自らの声を流し込んだ。
とろりと甘いその声は、普段の穏やかさにプラスして鮮やかな色気が際立っている。
触れる手指の心地良さにうっとりと癒されていたルイスだが、温かい吐息とともに聞こえてきたその声に、閉じていた瞳をはっと見開いてしまった。

「直接触れたら、我慢が効かなくなりそうだから」
「に、兄さん…?」
「今日は服を着たまま、ね」

ちゅ、と音を立てて耳へとキスをされた。
その音と言葉の意味に気付いた瞬間、ルイスの頬は瑞々しい桃色へと染まっていく。
このままベッドの上で絡み合うような雰囲気を匂わせているのに、そうならないよう注意しているのだと突きつけられている。
まだ陽も高い中、そうなってしまっては確かにまずいだろう。
ルイスが上下の唇をしっかり合わせて過ぎる衝撃を堪えていると、後ろからはくすくすと実に楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
機嫌良く笑うその声はとても愉快そうな音としてルイスの耳に届く。
からかわれたのだと、ルイスがそう気付いて後ろを振り返ろうとすれば、そこには待ち構えていたようにウィリアムの顔があった。
ルイスはまたも目を見開くが、何か言葉を出そうと僅かに開けた唇はそのままウィリアムに食べられてしまった。
合わさった隙間からぬるりと舌が這わされて、軽く唇を濡らされたかと思えばすぐに離れて見下ろされる。
ルイスが上目で彼を見上げれば、赤い舌で自らの唇をなぞるウィリアムの姿が目に入った。

「さぁ、続きをしようか」
「え、んっ…ん、ぅ」

随分頑張ったんだね、しっかり疲れを取らないと明日に響くよ。
そう言って肩から腰までのマッサージを再開したウィリアムの手に、ルイスはいとも簡単に絆されて翻弄されてしまう。
固まった筋肉がほぐれていく感覚はとても気持ちが良い。
けれど閉じた瞼に浮かぶのは見せつけるように唇を舐めていたウィリアムの姿で、触れられている背中が別の意味でぞくりと快感を拾ってしまった。
せっかく疲労を和らげてくれているのに不埒だろうかと気落ちしそうになるが、そうなるように仕向けたのは他ならぬウィリアムだ。
ずるい。
兄さんはずるいと、ルイスがそう考えているだろうことに気付いているのかいないのか、ウィリアムは至極丁寧にルイスの体を揉みほぐしては溜まった疲労を癒していく。
その手付きが優しくて、厭らしさなど少しも感じさせないものだったから、からかわれたことを根に持っていても仕方がないとルイスは考えた。
ひとまずこの心地良い兄の揉みほぐしを堪能しようと、ふにゃりと緩んだ表情で腕に顔を押し付ける。
全く持ってこの兄は、本当に自分を魅了するのが上手いのだ。

「んー…兄さん、そこもっと…」
「…分かった。ここだね?」
「は、ぃ。ん、ふ」
「…………」
「ん、気持ちいぃ…」
「……そう、良かった」

ウィリアムがぐい、と的確にツボを圧迫していけば、その都度漏れ出る声が艶かしい。
素肌に触れた上でそれを聞いては我慢が効かないと考えて服を着せたままにしているというのに、その意図を理解しながら無防備に体を任せてくる様子に全幅の信頼を感じてしまう。
潤って柔らかい唇を楽しむことでほんの少しだけ欲を発散させたつもりだったけれど、どうやらそれだけでは足りなかったらしい。
ウィリアムは自分の下で安心したように寝そべっているルイスを見て、思わず喉を鳴らして指を動かした。
このまま襲ってしまいたいと考えていることが知れたら、ルイスは驚いて逃げてしまうだろうか。
いや、それはないだろう。
ルイスならば恥じらいながらも受け入れてくれるという自信がある。
だがつい先程ルイスをからかって遊んだ手前、すぐにそれを反故にするのはあまりに格好が付かないだろう。
そもそも今のルイスは疲れているのだから、更に体を酷使させるわけにもいかないのだ。
ウィリアムは触れた体温と聞こえてくる甘ったるい声で呼び起こされた熱を鎮めるため、深く深く息を吐く。
余計な邪念を捨て、熱心に執務を頑張っていたルイスをしかと癒すため、ウィリアムは無心になって細い体に触れていった。
全く持ってこの弟は、その無防備な姿がどれほど自分を煽るのかを少しも理解していないのだ。

「ルイス」
「ん、ふふ…兄さん…」

ただ互いを呼び合うだけでも癒されるし心地良い。
思いがけず生じた兄弟の触れ合いは、いつの間にか雲がなくなりしっかり現れた太陽が部屋を照らすまで続いていた。



(体が凄く軽いです!さすが兄さんですね、ありがとうございます)
(どういたしまして。あまり無理はしないようにね)
(大丈夫です。兄さんのおかげでもっと頑張れるくらいですよ)
(いつでもマッサージしてあげるから、気になったときは声をかけるんだよ)
(ありがとうございます。また是非お願いしますね)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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