愛されているなぁ/愛しているよ
ウィルイスのいちゃ甘ハピネスな日常。
自分のことに無頓着なウィリアムだけど、ルイスのために爪の手入れだけは熱心に頑張っているだろうなという妄想!
ウィリアムは基本的に自分に関しては無頓着だ。
集中してしまうと食事も風呂も二の次で一気に作業を進めてしまうし(ルイスが休憩と称して食事と休息を促している)、せっかくの綺麗な髪は伸びたらそのまま伸ばしっぱなしにしてしまうし(頃合いを見てルイスがアルバートにカットを依頼している)、整ったその容姿を飾ることにも興味はないのでせっかくのオーダーメイド仕立ても似たようなものばかりを選んでしまう(ルイスがウィリアムに見合うよう己の好みを多分に入れてオーダーし直している)
贅沢に興味がないといえば聞こえは良いが、ウィリアムのこれは単に自分に興味がないがゆえの結果なのだろうとルイスは考えている。
伯爵家次男という立場にあるのだから相応に自分を魅せても良いだろうに、ウィリアムが持つ美貌は飾らずとも十分にその存在を映えさせているのだから都合の良いことだった。
ルイスとしては誰よりも格好良い兄、自慢の兄なのだから、周囲にそれをアピールする意味でももっと魅力的な姿を見せてほしいと思う。
けれどそうすれば今以上にたくさんの人が兄に魅了されてしまうかもしれないと思うと、中々複雑な気持ちがあるのも事実だった。
せめて体を壊すことのない程度にはその身を大切にしてほしいのだが、それを言ったところでウィリアムは苦笑しながら口先だけの「分かったよ」と言うのだからルイスにはどうしようもないのだ。
ウィリアムは自分に頓着はなく、ルイスに関してだけ人一倍の執着を持っている人なのだから。
「ルイス、目元に隈が出来ているよ。昨夜はよく眠れなかったのかい?」
「いえ、繕い物があったので遅くまで耽ってしまっただけです。眠れないわけではありませんよ」
「そう…お疲れ様、いつもありがとう。今日は早く休むんだよ」
「兄さんには言われたくないのですが…」
「ふふ、そうだったね」
昨夜遅くまで起きていたルイスの目元にはうっすらと暗い影が落ちていた。
元々あまり血色の良くないルイスは青いほどに色白で、少しでも疲労があると分かりやすく顔に出る。
それほど疲れを感じていなくてもまるで病人のように顔色が変わってしまうこの性質をルイスは嫌っているけれど、実際にその変化に気付くのはウィリアムとアルバートくらいのものだ。
他の人間は飄々としているように見えるルイスの変化に気付くことはない。
だが気付かれたくない二人に気付かれている時点で意味がないのだと、ルイスは軽く目元に指をやって軽く息を吐く。
ウィリアムはどれだけ徹夜を重ねようと表情に出ることはない。
だからこそ油断してふと見た瞬間には力尽きて寝落ちているのだが、無理がバレないのであれば羨ましい限りだとルイスは密かに羨ましく思っていた。
短時間であろうとベッドで浅く眠ったルイスとは違い、どうせウィリアムは昨夜も一切眠らず徹夜で本を読んでいたのだろう。
自分の体を大切にしないくせに、ルイスの体だけは大切にしようと目敏く注意してくるのはもう日常だ。
「あぁそうだ。ルイス、新しいやすりを頼んでおいてもらえるかい?今使っているものがそろそろ削れなくなりそうなんだ」
「爪やすりですね。分かりました、発注しておきます」
「ありがとう、よろしくね」
「はい」
青く染まったルイスの左右の目元にキスをして、ウィリアムは目当ての本を取るため書斎へと向かっていった。
その後ろ姿を見てルイスはふと考える。
自分に対して無頓着なウィリアムだが、いつもルイスが進言するよりも前に爪やすりの状態を把握しているのは何故だろうか。
モリアーティ家では爪切りと爪やすりの両方を置いているが、その中で爪切りを使うのはルイスだけだ。
ウィリアムもアルバートも爪やすりを使ってその爪を整えており、伯爵として自分を飾ることに慣れているアルバートはともかく、あのウィリアムも爪だけは自ら入念に手入れしている。
もう姿の見えないウィリアムの手先を思い浮かべるが、いつだって美しく整えられた指先はどこかウィリアムらしくないようにも思う。
いや、その外見から考えれば美しい指先はウィリアムによく似合っているのだ。
ただ彼が持つ存外に横着な性質からは少しばかり違和感を覚える。
ルイスは少しの疑問を覚えつつ、新しい爪やすりを頼むため早々に注文書を記入していった。
「配達ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
ルイスが爪やすりを発注してから数日後。
顔馴染みの配達員が目的のものを届けてくれた姿を見送り、ルイスは屋敷の中でその中身を確認していた。
目の細かい新品の爪やすりは確かにウィリアムが愛用しているものに間違いない。
すぐ使い倒してしまっても良いように多めに頼んでみたのだが、もしかするとアルバートも入り用だろうか。
ウィリアムに届けにいく前にアルバートにも声をかけてみようと、ルイスは小さな箱を手に持ったまま私室で持ち帰りの仕事をこなしている兄を訪ねることにした。
「アルバート兄様。ルイスです、お時間よろしいでしょうか?」
「お入り、ルイス」
「失礼します」
ノックを三回、外から声をかけて許可を得てからその扉を開けて中へと入る。
作業の邪魔をしてしまわないか心配だったのだが、それは杞憂だったらしい。
アルバートは穏やかな表情で席を立っている最中で、気分転換をしているのか窓の外を見ているようだった。
「休憩を取られていたのですね。紅茶とお茶菓子を用意しましょうか?」
「いや、少し煮詰まってしまっただけさ。こうして今ルイスが来てくれたことで十分気が休まった、ありがとう」
暗に、紅茶はもう少し後で良い、と拒否されてしまったけれど、言い渡された言葉は至極優しいものだったからルイスの気分こそ上がってしまう。
この兄が煮詰まってしまうような事案など相当厄介なのだろう。
何か手伝えることがあれば良いのだが、あるのならとうに声を掛けられているのだからルイスに出来ることは何もない。
少しだけ気落ちするがルイスは努めて穏やかな表情を意識して、ならば手早く要件を済ませてしまおうと彼に近寄り箱の中を見せていく。
「ウィリアム兄さんの希望で爪やすりを頼みました。必要であればアルバート兄様が使用している分と交換しようと思ったのですが」
「そうだったのか。けれど私が使っているものはまだ問題なく使えるから、その一つだけ貰っておくとしようか」
「分かりました」
ルイスは新しい爪やすりを一つ手に取り、アルバートへと渡していく。
ウィリアムほどではないにしろ彼もそれなりにやすりを使い込んでいるようだ。
見れば確かにアルバートの爪先は丁寧に整えられており、ささくれの一つもなければ過度に爪が伸びていることもない。
こまめに爪を磨いて適度な長さを保っているのだろう。
その容姿に見合った身嗜みに気を配る彼はルイスの自慢である。
「兄様は指先にも気を配られているのですね、さすがです」
「ありがとう。だが、ルイスもまめに切っているだろう?」
「僕は兄様達ほどではありませんよ」
爪が長ければ調理や暗器の扱いに支障が出るため適当に切ってはいるが、やすりで丁寧に揃えることもないし、伸びていると気付いたときに切る程度でしかない。
指先など気を配る優先順位としては低いのだから、ルイスの指先は水仕事で荒れないようたまにオイルを塗っているくらいだ。
だからこそ指先という繊細で敏感な部分に意識を配る兄達はとても凄いと思っている。
アルバートやウィリアムのように伸びる前から整える必要がある爪やすりは、見た目に反して豪胆な一面のあるルイスの性分には合わないのだ。
「まぁウィリアムは特に注意しなければならないだろうからね」
「そうなのですか?」
「ふいに傷を作ってしまってはいけないだろう?」
「…なるほど」
納得したように返事をするが、やすりでこまめに整えなければならないほど傷を作る場面がウィリアムにあっただろうか。
数学を教えている身でありながら犯罪相談役の一面を持つ人ではあるけれど、爪の長さで影響が出るような役割でもないはずだ。
だがアルバートは至極当然のようにウィリアムの行動を理解しているようで、それを理解出来ないというのはなんとなくウィリアムへの理解が足りないようにも思えてくる。
そんなことがあるはずもないと頭では分かっているのに、ルイスは小さな見栄を張ったように言葉を返してしまった。
届く声とは裏腹に疑問符が浮かんでいる弟を見て大方察してしまったアルバートは、軽く笑いながら手元のやすりを指で弄び、もう片手でルイスの指に触れていく。
肌の感触と爪の長さを確かめるように優しく触れられ、ルイスの手がピクリと跳ねた。
「少し伸びてきているね」
「…僕はあまり気になりませんが、もう整えた方が良いでしょうか?」
「いや、ルイスが良いのであれば構わないだろう。今まで何の支障も出ていないのだから」
「はぁ…」
確かに今のルイスの爪は少しばかり伸びている。
ルイスが見ればまだ問題のない長さだが、アルバートから見れば少し気になる長さなのだろう。
彼が気にするのであれば切ってしまった方が良いけれど、不要と言われてしまってはどう行動すれば正解なのか悩んでしまう。
自分のため何かを選ぶことに慣れていないルイスにとって、進む道は誰かに決めてもらった方が悩まず迷わず進んでいける。
この長さになるたび整えるのは面倒だが、アルバートが見苦しく思うのなら話は別だ。
ウィリアムに断ってやすりを一つ拝借して整えるとしよう。
ルイスがそう考えていると、楽しげに微笑んだアルバートが触れていた指の爪先ひとつひとつを温めるように親指で覆っていった。
真っ白い指先は少しばかり荒れていて、少しばかり勿体無いように思う。
「ウィリアムにやすりを届けるんだろう?詳しいことはウィリアムに聞いておいで」
「はい…?」
「良い具合に気分もほぐれたから、私はまたしばらくこもることにする。もう少ししたら紅茶の用意をお願い出来るかい?」
「勿論です。またお伺いしますね」
窓の外を見るよりもよほどアルバートの気持ちは楽になった。
仕事の邪魔をしてしまったとルイスが萎縮することのないよう、アルバートは穏やかな雰囲気のままルイスを扉近くまで見送り、受け取ったばかりのやすりを見せつけるように軽く振っていく。
指先、特に爪を整えておくことは愛しい人間がいる人間にとってのマナーだろう。
ルイスを傷付けないため、見た目に反して存外面倒くさがりなウィリアムが指先にこだわっていることなど、アルバートにはすぐ分かる。
可愛い末の弟がその意図に気付くかどうかはウィリアムの気分次第だ。
けれどどう転んでも悪いようにはなるまいと、アルバートは目に入る位置にやすりを置いて愛用の羽ペンを手に取った。
「ウィリアム兄さん、頼んでいた爪やすりが届きました。入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
「失礼します」
ウィリアムは今朝の新聞を読んでいたようで、ルイスの姿を目に収めるとすぐにそれを机に置いて腰を上げる。
待ち望んでいたものを待ち望んでいた人が持ってきてくれたのだからウィリアムの気分はこの上なく良い。
ルイスの腰を抱いてそのまま二人並んでソファに腰掛け、持っていた箱を受け取るように手に持った。
中を見れば愛用している爪やすりの新品が数点収まっている。
「ありがとう。そろそろ整えたいと思っていたんだ」
「そうでしたか、間に合って何よりです」
爪やすりを手に微笑む兄を見て、ルイスはその指先を注視する。
アルバートと同じく荒れている様子のない指先と、短く整えられている形の良い桜色の爪。
言われてみれば確かに多少爪が伸びているだろうか。
「もう整えるんですね」
「あぁ。あまり伸ばしていたくないからね」
「…触っても良いですか?」
「ん?どうぞ」
ルイスはウィリアムの手を両手に取り、五本の指先をそれぞれじっと見つめていく。
触れて確認してみるが爪はとても滑らかで、引っ掻いてしまったとしても大して痛みは感じないだろう短さだ。
深爪しているわけではなく、爪の形によく合った長さに整えられている。
温かい指先をふにふにといじりながら、ルイスは僅かに首を傾げて上目に彼を見る。
「整えるほどの長さでしょうか?まだ大丈夫だと思うのですが」
「そうかな。ルイスの指も見せてみて」
「僕はあまり伸びていると思わないのですが、兄様は伸びていると言っていました。兄さんもそう思いますか?」
「そうだね、少し伸びていると思うよ」
「では、僕もこのくらいの長さで整えておいた方が良いのでしょうか?」
ウィリアムよりも僅かに白い先端が目立つルイスの爪。
拳を握ったときに爪が当たるわけでもないし、日常においても暗殺においても気にならない長さだ。
普段見るウィリアムの姿から考えるに、この程度でまめにやすりをかけるというのは中々の手間になるのではないだろうか。
そんな手間をかけるのであればもっと早く眠るなり衣服にこだわるなりした方が良いのではないだろうかと、ルイスはついつい要らぬことを考えてしまうけれど、ウィリアムが気を配っているのであればそれを否定することはない。
彼に合わせてルイスが変わる方が良いのだろう。
だがそう考えるルイスを肯定することなく、ウィリアムは左右に首を振っていた。
「いや、ルイスが困らないのなら別に構わないんじゃないかな。僕も困ることはないから」
「はぁ…?僕は良くて、兄さんの爪はこれ以上の長さだと困るのですか?」
「そうだね。万一にでも傷を作ってしまってはいけないから」
「兄様も同じことを言っていました。引っ掻いてしまうことがあるのでしょうか?」
「そういうわけではないけれど」
「ではどういうわけなのですか?」
ウィリアムの手を握り真剣に尋ねるルイスの瞳は、一片のくもりも歪みもない純粋な色をしている。
傷を作ってしまうような場面があるのであれば自分も注意しなければ、などと考えているのだろう。
ルイスはウィリアムに傷が出来ることを嫌う。
ウィリアムも同じように考えているからよくよく理解出来るのだが、最愛の人には一切の苦痛をも与えることのないようにしたいのだ。
だから万一にでもウィリアム自身に傷が出来てしまう可能性があるから爪を整えているのだと分かれば、ひょっとするとウィリアム以上にルイスが過敏になって爪磨きに精を出してしまうのかもしれない。
それはそれで良いのだけれど、別にウィリアムは自分に傷が出来ようがどうなろうがどうでも良いのだ。
元より自分の体に頓着はないし、自分に傷を作らないために時間を作って爪をやすりで削るなどという面倒な真似を、あのウィリアムがするはずもない。
そんな時間があれば本を読んでいたいし、論文を書いていたいし、ルイスとの時間を大切にしたい。
そのいずれの時間を差し置いてでもウィリアムが爪を整えなければならない理由など、たった一つしかないのだ。
「ねぇルイス。僕が君に触れていて痛いと思ったことはあるかい?」
「一度もありません」
「良かった。僕はルイスによく触れているから、万一にでも傷を作ってしまったらと思うと気が気じゃないんだ」
「…それほどヤワな肌ではないのですが」
「それでも僕は心配なんだよ、ルイス」
そう言ってウィリアムは露わになっているルイスの左頬に指を当て、少しだけ角度を付けて爪が当たるような触れ方をした。
削る前でも十分に短く整っているその指先はルイスの肌に固い感触を与えることはない。
ウィリアムもそれを承知の上で改めて手のひら全体でルイスの頬を覆い、柔らかな感触のする真っ白い頬を撫でていく。
むにむにと揉むように触れていけば口角が上がったようにその口元に笑みが浮かんだ。
過保護な兄に呆れたような声を出していると見せかけて、その実嬉しいのだという様子が見て取れる。
今のルイスはまるで猫が喉を鳴らしそうなほど機嫌の良い雰囲気を醸し出していた。
それもそうだろう。
自分に対して無頓着なウィリアムが、ルイスに関しては面倒を厭わず丁寧に爪を整えていることが分かってしまったのだから、彼を愛しく想うルイスが嬉しさを隠せないのも無理はないのだ。
「ご自分のことになると完璧主義がどこかへ行ってしまう兄さんが、たったそれだけのことで熱心に爪の手入れをしているとは思いませんでした」
「それだけのことではないよ、ルイス。僕にとってはとても大事なことなんだから」
「ふふ」
頬に触れるウィリアムの手を取り、ルイスは温かいその手にますます懐くように頬を擦り付ける。
爪の感触など感じないのだから少しも痛くないし、たとえ爪を立てられようとそれがウィリアムから与えられた痛みであるならば、ルイスはむしろ嬉しく思うだろう。
けれど今はウィリアムからの気遣いがとても嬉しい。
兄は手間をかけてでも心置きなくルイスに触れるため、忙しい日々の合間を過ごしてくれているのだ。
まるでその爪の手入れを通して、ルイス本人が他の何よりも優先されているように感じられる。
それほどヤワな肌ではないし、多少の傷が出来ても恨むことなどないというのに、全く持って過保護なことだ。
けれどその過保護の中には確かな愛情が存在しており、たちまちルイスの心は歓喜に満ちていく。
愛されているなぁと思う。
何気ない日常で感じられるこの瞬間が、ルイスにとって何よりの支えになっていることをウィリアムは知らないのだろう。
「ありがとうございます、兄さん。兄さんのお気持ちが嬉しいです」
「当然のことだよ、ルイス」
「僕も兄さんに倣ってこまめに爪を削ってみようと思います」
「ルイスの手間にならないなら良いけど、僕はルイスに触れられて痛いと思ったことは一度もないから、それほど構わなくても良いと思うよ」
「でもやりたいんです」
僕も兄さんのために、兄さんを想いながら手入れしたいです。
ルイスは少しだけ荒れた自分の指先と僅かに伸びた爪を気にしてそう言った。
ウィリアムは気にしないというが、今のルイスは気になるのだ。
痛くないとはいえ、どうせなら触れていて気持ちが良いと思ってもらいたいではないか。
使い慣れない爪やすりだが、それはウィリアムにコツを教えてもらえばきっとすぐに覚えられるだろう。
「爪やすり、使い方を教えてもらえますか?」
「もちろん。手を貸して、ルイス」
「お願いします」
そうしてウィリアムの手により、ルイスの爪は丁寧に削られ整えられていく。
爪切りとは違いただ切るだけではなくやすりで滑らかに整えているだけあって、触れた感触はツルツルとしてとても気持ちが良かった。
あとはこまめオイルを塗って、荒れた肌を改善していけば触れてもきっと心地良いだろう。
一本、二本、三本と丁寧にやすりをかけられていくルイスの爪。
ウィリアムは楽しそうに手を動かしており、ルイスもその様子をしかと記憶するように見つめている。
しばらく何の会話もない静かな空間が続いた後で、気が緩んだウィリアムの口から隠していた本音がこぼれ出ていった。
「肌よりも中の方を傷付けないための手入れだから、ルイスが整えてもあまり意味はないかもしれないな」
「兄さん?」
「何でもないよ、ルイス。はい、右手はもう出来たよ。左手は自分でやってみようか」
「分かりました」
何の脈絡もない状態で呟いたせいか、ルイスには言葉の真意が伝わらなかったらしい。
けれどあまりルイスの琴線には触れなかったようで、本人はウィリアムから受け取ったやすりで見様見真似に己の爪を整えようと指を動かしている。
ただ肌に触れるだけで傷を付けるような乱暴な触れ方を、ルイスを溺愛しているウィリアムがするはずもない。
けれどそれが敏感な部分であるならば話は別だ。
どれほど注意していても意図せず小さな傷を作ってしまう可能性は十分にある。
普段触れるときのために気を遣っているのではなく、どちらかといえば二人が繋がるときに少しの苦痛も与えないよう指先を整えていると言った方が正解である。
伸びた爪は論外、荒れた指先でルイスの内側に触れてしまっては、きっと僅かにでも痛みを与えてしまうだろう。
ウィリアムはそれを嫌い、日々手間をかけてでも己の指先を美しく整えているのだ。
いついかなるときでもルイスに苦痛を与えないよう、ウィリアムが地道な努力をしていることを知るのはアルバートくらいだろう。
ルイスはこの通り、無垢な様子で表向きの理由を知って大層喜んではウィリアムの真似をし始めた。
ならばこれで良いと、ウィリアムは整えられたルイスの指先を見て「上手に出来ているね」と優しく褒めては特別甘いキスを与えていった。
(兄さんや兄様のようなぴかぴかした爪は少し気恥ずかしいものですね)
(そうかい?でもルイスにはよく似合っていると思うよ)
(こまめにオイルを塗るようにしたので肌荒れも良くなってきました。これなら兄さんに触れても安心ですね)
(僕のためにありがとう、ルイス)
(もっと早く気付けば良かったです。そうしたら兄さんのいない時間を有意義に過ごせていたのに)
(ふふ、可愛いことを言うね、ルイスは)
0コメント