ベゴニアの種
ルイスが花を育ててウィリアムに贈るウィルイスのお話。
誰かに想われていても気付かないルイスと、気付いているからこそ容赦なく諦めさせるウィリアムが性癖。
「いつもお世話になっているお礼です。どうぞ受け取ってください」
そう言ってルイスが手渡されたのは何の変哲もない茶封筒で、中には胡麻のように小さく黒いつぶつぶしたものがいくつも入っている。
敵意のない、むしろこの空間に相応しい柔和な笑みを見て反射的に受け取ってしまったそれを、ルイスは度の入っていない眼鏡の奥から見つめていた。
その日は特に変わり映えのしない、よくある日常のワンシーンだった。
ウィリアムの意向であまり屋敷から出ることのないルイスだが、誰かが付き添うのであれば街へ赴くこともある。
食材や日用品の類は定期的に配達を依頼しているし、急遽足りないものがあった場合にはモランに使いを頼むことが多い。
ゆえにルイスは屋敷を出る必要性そのものが少ないのだが、今日はフレッドが贔屓にしている生花店に行くというので付いていくことにしたのだ。
急ぎの仕事があるわけでもないし、たまにはのんびり外の空気を吸って歩くのも気分転換になって良いだろう。
そう考えたルイスはフレッドとともに、何度か訪れたことのある個人経営の生花店を訪ねていた。
店を切り盛りするのは店主夫婦とその息子の三人だ。
ルイスはあまり顔馴染みではないけれど、フレッドは当然のように常連であるため、軽い挨拶を交わしながら一緒になって苗や土を吟味している。
それに倣うようにルイスも小さく束になっている花達を見ていたのだが、ふいに意識を向けられたと気付いた瞬間に振り返れば、この店の跡取り息子に声をかけられていた。
同時に手渡されたのが、おそらくは植物の種だろう小さな粒が入った封筒である。
「…これは、花の種でしょうか」
「はい。育てるのは難しくありませんし、フレッドさんなら知っているはずです。是非育ててみてください」
「どんな花が咲くのですか?」
「それは咲いてからの楽しみにしてください。とても綺麗な花が咲きますよ」
見るからに危険物ではないし、お礼だというのであれば断るのも角が立つ。
ルイスがこの店で何かを買うことはないけれど、フレッドはモリアーティ家の人間としてこの店を頻繁に訪ねているからだ。
フレッドが贔屓にしているということはモリアーティが贔屓にしていることと同義である。
ならば、モリアーティ家の人間であるルイスに礼をするのも不思議ではないだろう。
そう判断してはいるけれど、すぐ近くで店主と土について談義しているフレッドにこそ礼をすべきだという違和感は拭えない。
年の頃はルイスよりも年上の、これと言った特徴のない青年だ。
強いて言うならば花屋という空間に相応しい柔和な笑みが特徴と言える程度の、平凡な人間でしかない。
悪意がなく、危険物の可能性もない贈り物ならば受け取っておくべきなのだろう。
「ありがとうございます。早速今日にでも、屋敷の庭に植えてみます」
ルイスが義務的にそう返せば、青年は綻んだようにますます笑みを深めていた。
「あれ。それ、どうしたんですか?お買いになったので?」
「いえ、あの店の跡取り息子からお礼だと言って渡されました。いつも世話になっているからと」
「へぇ」
必要なものを一通り注文しては配達を依頼し、来たときと同様に身軽なフレッドはルイスの手元を覗き込む。
そうして渡された封筒に入っている小さな種とルイスの顔を交互に見ては、息子の顔を思い出す。
「ルイスさん、あの人と知り合いでしたか?」
「いえ、今日初めて会話をしました」
「そうですよね…」
ルイスが一人であの店を訪ねることはないし、フレッドがあの店から何かを贈られたこともない。
常連なだけあって苗床や雑品などをサービスされたことはあるけれど、咲き誇った花束ではなくその種子とは、貴族家への贈り物にしては随分と違和感が強い代物である。
フレッドはそう疑問に思うけれど、それはルイスも同様だ。
けれど考えたところでこの種は危険物ではないし、好意からくるものであるならば受け取ってまずいものではないだろう。
そう思考を切り替えたフレッドは、張り切ったように黒い瞳を輝かせた。
「フレッド、これが何の花の種か分かりますか?」
「いえ、さすがに種の状態では分かりませんね。でも苗ではなく種のまま渡してきたということは、そう難しい育て方ではないと思います」
「そうですね。フレッドなら知っているはずだと言っていました」
「なら特別な育て方をしない、一般的な種蒔きと栽培をすれば大丈夫なはずです。帰ったら早速植えてみましょう」
「えぇ」
過ごしやすい気候の中、ルイスとフレッドは思わぬ土産を手にして足取り軽く帰っていく。
見慣れた屋敷に着くとすぐに作業着へと着替え、空いたスペースを掘り起こしては土を柔らかく整える。
そうして保管してある腐葉土を混ぜてから、ルイスは封筒の中から小さな種を振り撒くように植えていった。
「後は少しだけ土をかけてあげればおしまいです」
「随分簡単なんですね。もっと深くまで植えるのかと思っていました」
「これだけ小さな種だから、深く植えると芽が出ないんです。後はしっかり水をやっておきましょう」
「分かりました」
ルイスは花を育てたことがない。
嫌いではないけれど、昔も今も育てるだけの余裕がなかったからだ。
アルバートに拾われる前は道端の花を愛でる程度だったし、屋敷を管理するようになってからは庭の手入れにまで気が回らなかった。
フレッドが庭師として働いてくれる前は専門の業者に手入れを依頼していたから、正真正銘、ルイスが花を育てるのはこれが初めてである。
どこか懐かしい土の匂いを感じながら、ルイスはそわそわしたように水差しでたっぷりと水をあげていく。
「いつ頃咲くでしょうか?」
「一般的なものであれば三ヶ月から半年もあれば咲くと思います。この時期に渡してきたのだから、夏の花なんじゃないでしょうか」
「夏の花…楽しみですね。綺麗に咲いたら兄さんにも見せてあげたいです」
水々しく湿った土を見てルイスはほんの少しだけ表情を緩める。
初めて種を蒔き、初めて育てる花だ。
咲いた花は是非とも最愛の兄、ウィリアムにこそ見せてあげたい。
可能であれば花を摘んで彼の部屋に飾りたいと、ルイスはそんな未来を夢見て夏へと思いを馳せていく。
何事にも淡々としているルイスが唯一執着しているウィリアムへ向ける想いを、フレッドはさりげなく気に入っていた。
こう表現しては無礼だろうが、ルイスはあまり人間味がない。
元々そういう人間なのか、それとも敢えてそういう人間を取り繕っているのかは分からないけれど、そんなルイスの仮面はウィリアムが関わると途端に彼らしさでいっぱいになるのだ。
このときようやくルイスという人間に触れられるようで、フレッドは今の彼の表情をとても好ましく思っている。
大切な人を想って花を育てようとする彼の顔こそ、ルイスという人間の素に近いことは間違いない。
「ルイスさんならきっと綺麗に咲かせられるはずです。僕も協力します」
「ありがとうございます、フレッド」
今はまだ何の花が咲くか見当もつかないけれど、ルイスが丁寧に世話をすればきっと綺麗に咲くはずだ。
始めは乗り気でなかったはずなのにいざ植えてみると途端に情が芽生えたらしく、張り切った様子でルイスはもう一度水を汲みに行った。
それからのルイスには一日も欠かすことなく水遣りをしては害虫を駆除し、せっせと肥料をやって土を整える日々が始まった。
焦茶色の土から緑色の芽が出たときはとても嬉しくて、フレッドに報告するだけでは収まらなかったルイスは、思わず読書を終えて体をほぐしていたウィリアムの腕を引いて見てもらったほどだ。
「やっと芽が出たんですよ、兄さん!」
「本当だ。どんな花が咲くんだろうね」
「咲いたら兄さんに一番に知らせますね。楽しみにしていてください」
「ありがとう、ルイス」
ウィリアムは張り切りはしゃぐルイスを兄らしく見守り、毎夜の如く土で汚れた爪先を丁寧に洗い流すのが習慣になった。
何かに夢中になるルイスはとても珍しい。
けれどその理由が自分にあるというのはウィリアムの気分を良くしてくれるのだ。
綺麗な花が咲こうと咲くまいと、こうして一緒にしゃがみ込んで小さな芽を喜ぶ時間はとても尊いものだった。
「少しずつ芽が伸びてきました」
「段々葉が増えたように思います」
「あちこちに広がってしまったので、フレッドに相談しながら少しだけ間引いてみました」
毎日のようにルイスが報告してくれるものだから、すっかりウィリアムも庭の一角を陣取っている花事情に詳しくなってしまった。
実際には見ていないはずなのに、手に取るように庭の様子が目に浮かぶ。
ルイスによる観察日記はウィリアムにとっても癒しになっていて、張り切るルイスに釣られて咲き誇る日が待ち遠しくなっていた。
今日も今日とて、ルイスは朝一番に水をやってからウィリアムを起こしにきては、実に微笑ましい報告をしてくれる。
「蕾のようなものが出てきました。きっともうすぐ咲くと思います」
「そう、楽しみだね。どんな花が咲くんだろう」
「フレッドが言うには、どうやらベゴニアの葉に似ているらしいと」
「ベゴニア?それは夏にぴったりの花だね」
「はい」
赤や白、ピンクやオレンジといった様々な色を持つ花は、さぞかし夏空に映えることだろう。
フレッドの気配りによる采配なのか、ルイスの花壇周りには色の強い植物は植えられていない。
これならきっとベゴニアの花が美しく咲き誇るだろうと、ウィリアムは確信にも似た感想を抱きつつも、ふと過ぎる疑問をそのまま口にする。
「そういえば、花の種は贈られたものだったんだっけ」
「えぇ。生花店の跡取り息子から、是非育ててほしいと譲っていただきました」
「優しい人なんだね」
「綺麗に咲いたら知らせに行くつもりです」
ルイスが突然ガーデニングを始めたきっかけは、花の種子を譲られたから。
綺麗に咲いた花をウィリアムに見せたいと健気に水をやるルイスは可愛らしいが、そのきっかけを作ったのはウィリアムではない。
フレッド、引いてはモリアーティが贔屓にしている生花店の息子がきっかけである。
ルイスが彼について語らないということは、それだけ印象の薄い人間なのだろう。
取るに足らない人間ではあるし、たかだか花の種なのだから何を警戒することもない。
けれど、ルイスに花を育てるよう仕向けたその不自然さから目を背けるわけにはいかなかった。
「ねぇルイス。その店、どこにあるか教えてくれるかい?」
ベゴニアの花の種を贈り、育てるよう勧めたその理由に後ろ暗いものはないのだろう。
だがその真意は知っておくべきだと、ウィリアムはにっこりと笑みを深めてはモリアーティ家御用達の生花店について調べることを決めていた。
それからしばらくしてからのこと。
ルイスが懸命に育てていた花は、ついに小さな蕾から鮮やかな赤い花弁を咲かせていた。
一つ二つではなく、もっとたくさんの花、花、花。
満開ではないけれど確かに咲いている花を見たルイスは、そのまま水をやることなくウィリアムを起こしに屋敷の中へ戻っていった。
「わぁ、綺麗だね」
「そうでしょう!?」
どうやら昨夜も徹夜していたらしいウィリアムは起こすまでもなく既に覚醒しており、しかしルイスは叱りつけるよりも先に丹精込めて育てたベゴニアの花を見てもらうべく庭へと連れ出した。
全ての蕾が咲いていないので少しだけ寂しい心地もするが、明日も明後日もこうしてウィリアムとともに満開を見届けるまでを楽しむのもきっと素敵な時間になる。
ルイスはそう考えて、小さな花弁に触れてからウィリアムを振り返った。
「ようやく咲きました。やっぱりベゴニアの花だったんですね」
「ルイスが一生懸命育ててくれたおかげだね。とても綺麗だ」
「気に入ってくれましたか?」
「勿論。ルイスが初めて育ててくれた花だからね」
その言葉を聞いた後、ルイスは一瞬だけ躊躇いつつも形の良い花を一輪だけ摘んで立ち上がる。
四ヶ月間、毎日欠かさず手入れしてきた結果がこの花だ。
初めて育てた花は期待を裏切らず、とても綺麗に咲いてくれた。
ルイスはそれが嬉しくて、ウィリアムにその結果を受け取って欲しい気持ちのままに赤い花を彼へと差し出す。
「兄さん、受け取ってください」
「良いのかい?ルイスが初めて育てた花だろう?」
「僕が初めて育てた花だから、兄さんに受け取ってほしいんです」
誇らしげに瞳を輝かせるルイスを見て、ウィリアムは差し出されたその花を手に取った。
赤く可憐なベゴニアの花が一輪。
ルイスの初めてが詰まった貴重な花だ。
「…ありがとう。嬉しいよ、ルイス」
そして何より、ベゴニアの花が持つ言葉の意味こそがウィリアムの優越感を隙間なく満たしてくれた。
「満開に咲くのはもう少し先なので、明日もまた一緒に見にきましょうね」
「ふふ、明日からの楽しみが出来てしまったね。寝過ごさないようにしないと」
「僕が起こしに行くので安心してください。徹夜はいけませんよ」
他愛もない会話を交わしながら、視界の隅には色鮮やかなベゴニアの花がいる。
けれど視界の中心にいるのは花ではなくお互いで、澄んだ空気がとても心地良かった。
「兄さんに喜んでもらえて嬉しいです」
そう言ってはにかむルイスを愛おしげに見つめ、ウィリアムは手渡された花に唇を寄せた。
ルイスはいつだってウィリアムしか見ていないし、それをウィリアムも理解している。
この花が持つ言葉の意味を、きっとルイスは今も知らないままなのだろう。
しかしルイスの本心がベゴニアの花言葉と同じであることをウィリアムは知っていて、ゆえにこの花の種を渡してきた青年の真意すらも分かってしまうのだ。
ベゴニアの花を見ては達成感に溢れた横顔を見せているルイスの目に入らないよう、ウィリアムは器用に片方の口角を上げて薄ら笑っていた。
「ごめんください」
「これはこれは、モリアーティ様!」
花が咲いた次の週末、ルイスはウィリアムとともにあの生花店を訪ねていた。
常連であるフレッドはおらず、二人だけの訪問だ。
その理由の一つは当然、贈られた種から綺麗な花が咲いたことの報告である。
すぐさま駆け寄ってきた店主に軽く頭を下げ、目当ての人物を見つけるとその息子もすぐに駆け寄ってきた。
ルイスはあくまでも淡々と、ウィリアムに見せた無垢な様子をかけらも見せない対応で、先日頂いた種から花が咲いたのだと伝えていく。
「あなたが種を分けてくださったのですね。ありがとうございます。おかげさまで、弟はとても綺麗な花を咲かせてくれました」
「それは良かった。ベゴニアの花は育てるのが簡単な割に見事に咲いてくれるんですよ」
「えぇ。とても華やかな花壇になりました」
彼は初めて会うウィリアムに幾分か緊張した様子だったけれど、ルイスが声を出せばすぐに意識は逸れてしまう。
素敵なものをありがとうございました、と続けるルイスを見る青年の表情は柔和であるはずなのに、ウィリアムの目には何かを含んでいるようにも見えた。
「綺麗に咲かせてくれたんですね…ありがとうございます、…ルイス、さん」
ウィリアムもルイスもモリアーティなのだから、区別する意味でルイスの名前を呼んだのだろう。
そんな意図が分かるからこそルイスは僅かに見開いた目をすぐに元通りの大きさに戻し、ウィリアムは考えていた可能性が現実であると確信した。
「それで、その…ベゴニアの花は?」
「あぁ、一番に兄さんへ見せましたよ。とても喜んでくれました」
「え?ウィリアムさん、に?」
「えぇ。花が咲いてすぐに弟が呼んできてくれて、しばらく二人一緒に花を眺めていました。そのときに弟が摘んでくれた花はほら、栞にして持ち歩いているんです」
「え…?」
「綺麗でしょう?」
ウィリアムは押し花で飾られた栞を見せつけるようにチラつかせ、くすんでいるけれど赤く綺麗なベゴニアの花を指に乗せる。
この青年から贈られた種を、ルイスは素直に育てていった。
そうして咲き誇った花を、ルイスは最愛たるウィリアムに贈ったのだ。
それがどういう意味を持つのかをルイスは知らないし、けれどウィリアムと青年はきちんと意味を把握している。
「実は、ベゴニアの花壇に別の花も植えようと考えていまして。今日は他の種を探しに来たんです」
「なるほど、そうでしたか。ベゴニアとの相性を考えると、いくつか心当たりがありましてな」
「今咲いているベゴニアは赤やピンクが多いので、暖色の花がいいかと思うのですが」
「それは良い考えでございます!ならば、こちらの花はいかがでしょう?」
ルイスはウィリアムと彼のやりとりに興味がないようで、今日の目的である花壇に植える新しい花の種を店主とともに探していく。
それを微笑ましく見送ったウィリアムは、改めて息子へと顔を向けていった。
「すみません。ルイスは少々鈍い性分がありまして」
「…それは、どういう意味でしょうか」
「例えば、お洒落で凝った愛の告白を受けたとして、あの子はそれに気付かないんですよ」
「っ、ウィリアムさん、まさか」
一気に青褪めた彼の顔色を愉快そうに見下ろしつつ、ウィリアムは笑みを崩さず優越感を帯びた威圧を向けた。
「あの子は気付かないまま、丁寧に育てた初めての花を僕に贈ってしまう」
「…」
「あの子があの花をあなたに見せることはない。何故なら、あの子の目には僕しか映っていないから」
「…!」
「弟への素敵な贈り物、本当にありがとうございました」
おかげさまで、可愛らしい"愛の告白"を貰うことが出来ました。
にっこりと笑みを深めているはずなのに、緋色の瞳は少しも笑ってはいない。
目の前にちらつかせているベゴニアの押し花が、青年の目にはとても不気味で不吉なものに見えてしまった。
「…ルイスがあなたの真意に気付くことはありません。何も知らないまま、あなたの愛を放り捨てる」
あの子の愛は僕のもので、あの子に愛を与えるのも僕の役目だ。
言葉ではなく緋色で語り、ウィリアムはもう一度にっこりと笑みを深めてからベゴニアの押し花をゆっくり己の胸ポケットに仕舞い込む。
花屋の息子らしく洒落たアプローチだったけれど、伝わらなければ何の意味もないのだ。
彼の愛は他の誰でもないルイスの手で、いとも簡単にウィリアムへの愛を送るための手段にされてしまった。
なんと惨めなことだろうかと、ウィリアムは最後に哀れみを浮かべて声を出す。
「ベゴニアの種、ありがとうございました」
種から大きく育った愛は、ルイスの手によりウィリアムへと届けられた。
そこに彼の想いが少しもないことを承知で、ウィリアムは純度100%、ルイスからだけの愛を受け取っては恍惚な笑みを浮かべていく。
君が抱いたルイスへの想いはこうして今、ルイスではなく自分が握っている。
そう圧倒することでようやく気が晴れたようで、ウィリアムは店主から幾つかの種を買い取っていたルイスを振り返る。
「ルイス、目当てのものは手に入ったのかい?」
「兄さん。ベゴニアとの相性だけではなく、冬の間に楽しめる花も教えていただきました」
「へぇ、温室だけじゃなく外でも花が楽しめるのかい?」
「育てるのは難しいようなんですが、フレッドと頑張りますね」
「楽しみにしているよ」
「今度はアルバート兄様にも見ていただきたいです」
「それは良い考えだね。きっと兄さんも喜ぶよ」
仲睦まじい兄弟の会話を交わしながら二人は店の外へと歩き出し、外へ出たタイミングで軽く頭を下げては礼をする。
店主はその様子に深々腰を下げていたけれど、その息子は呆然と立ち竦むだけだった。
けれどそれを気にするルイスではなくて、一瞥することもなくそのままウィリアムへと顔を向けて歩き出していく。
極々たまに見つめるだけで膨らんでいった恋心。
堪らず種子に託したのは勢いに任せた愚行だったかもしれないけれど、定期的にやってくるフレッドからルイスが懸命に種を育てていると知ってからは、きっと自分の想いが届いたのだと錯覚してしまった。
そうでなくとも、咲いたらきっと見せてくれるはずだと信じていたのに、それなのに。
「ありがとうございました」
去り際に流し目で息子を見やって声をかけるウィリアムに、噂に聞く慈愛も優しさも感じられなかった。
あるのは的確に自分の気持ちを排除しようとする容赦のなさと、圧倒的強者から漂う優越感だけだ。
ルイスではなくウィリアムから見せられたベゴニアの花に、青年が込めた想いなどどこにも残っていなかった。
(ねぇルイス。ベゴニアの花言葉は知っているかい?)
(花言葉ですか?いえ…知りませんが)
(そう)
(…まさか、何か良くない意味があるのですか?兄さん誤解です、僕は純粋に綺麗に咲いた花を兄さんに見てほしかっただけなんです。悪い意味合いなんて少しも込めていません!)
(ふふ、そんな心配していないよ。大丈夫、ルイスの気持ちは僕が一番理解しているから)
(ほ、本当ですか…?それなら良いのですが…ところで、ベゴニアの花言葉にはどんな意味があるので?)
(んー、…内緒)
(え?)
(とても素敵な意味だから、ルイスには内緒だよ)
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