楽しい楽しい父兄参観
イートン校時代の仲良し三兄弟とオリキャラの話。
ルイスがモブに告白されるけどウィリアムが容赦なく断って相手の心を折ってる。
オリキャラはリンク先のお話を読むと伝わるけど、読まんでも平気です。
イートン校の初等生であるルイスはとかく目立つ存在だ。
極力影に徹したい本人の意思とは裏腹に、良い意味でも悪い意味でもとにかく目立つ。
キングススカラーを所持している二人の兄を持つ名門伯爵家の三男にして、その実貴族ではなく元孤児の養子である彼。
だというのに頭脳は非常に優秀で、入試ではトップの成績を収めた挙句にキングススカラーの獲得は確実だろうと噂されるほどに品行方正だ。
小柄ではあるが整った顔立ちと端正なスタイルにそぐわない、痛ましい火傷痕が儚げな印象を倍増させている。
妬み嫉みといった疎ましい感情は勿論、好奇に晒されて目立つのも道理の存在だった。
「…」
「ルイス、何読んでんの?」
「リック」
今日も一番に講義室に入って予習がてら教本を開いていたはずのルイスに近付いたのは、このクラスで唯一ルイスを友人として認識している名門伯爵家第二子息、リック・ランドルフだった。
誰を貶すこともなく、ただ黙々と自分の為すべきことを完璧にこなしているルイスを、リックは友人として気に入っている。
今ではルイスの兄たるウィリアムとアルバートからも公認の友人なのだが、当のルイス自身はリックを友人とは認識していなかった。
せいぜい、珍しく自分によく声をかけてくる変わった同級生、くらいの存在でしかない。
けれど「リック」という名前を呼ぶ程度には警戒をなくしているし、リック本人も気にせずルイスの友人という立場を楽しんでいる。
そんなリックが教本を見ているはずのルイスに近付いてみれば、珍しく彼は教本ではなく何か別のものを読んでいた。
「手紙?誰から?」
「さぁ…差出人の名前が書かれていませんので」
「名前無し?そんなの、事務で受取拒否するだろ」
「事務から渡されたのではなく、机に入っていました」
普段と変わらず表情を乗せない淡々としたルイスは読んでいたはずの便箋を折り目に合わせて畳み込み、近くに置いてあった封筒の上に重ねていく。
そうしてリックが知る通り、いつもと変わらないピンと伸びた背筋で一限目の授業に向けて予習を始めてしまった。
寮生の郵便物を一括して受け取る事務を関与していないとなると、差し出したのはこのイートン校の人間なのだろう。
クラスメイトからも他のクラスの人間からも遠巻きにされることの多いルイスに、差出人不明の手紙が届く。
あまり良い印象を受けることはなくて、リックは嫌な予感に唇を尖らせながら節目がちに教本に目を通すルイスを見下ろした。
「なぁ、これ俺が読んでも平気なやつ?」
「ご自由に」
「じゃ、遠慮なく」
それを見越して封筒に戻さなかったのだろう。
リックはそう考えたが、普段見るルイスの様子からは単純に興味がなくて放置しただけとも受け取れる。
何せルイスは勉学に対し真面目で、係の仕事もきちんとこなしてはいるけれど、驚くほど物事に興味がないのだ。
常に冷静と言えば聞こえは良いが、ただただ何事にも冷めているだけのようにも見える。
これがウィリアムとアルバートのことになると途端にひだまりみたいな柔らかな熱を持つのにと、リックはそんなことを考えながら便箋を開いてさっと目を通す。
通した結果、尖らせていた唇を見事に引き攣らせた。
「何だよこれ…ら、ラブレター?」
「さぁ。よく分からないので、ずっと前から放っておいてます」
「ずっと前から!?これ初めてじゃないのか!?」
「二ヶ月くらい前から定期的に届きますね」
手紙以外に実害はないので放っておいてますけど。
さして珍しいことでもないと言わんばかりに、ルイスは読んでいた教本のページをめくった。
「陽に透ける髪が美しい、痛々しい傷を癒したい、きっと笑った顔は綺麗なんだろう、でも無表情の君もとても素敵です……いやこれ、ラブレターっていうより変態からのラブコールだろ」
「ラブレターというより、ファンレターのようなものだと思ってます」
「ファン…ファンレターってこういうものか…?」
「兄さんと兄様…いえ、ウィリアム先輩とアルバート先輩も貰っていたことがあります。読んだことはありませんが」
「えぇ〜…」
「でも僕にファンがいるとは思えないので、ただからかっているだけなんでしょうね」
そうじゃないだろ、という言葉を、リックはかろうじて飲み込んだ。
ルイスを嫌っている人間は多くいる。
このクラスにだってルイスを、いや、ルイスが持つ名門伯爵家が拾った孤児という肩書きを嫌っている人間がいることは確かだ。
それに加えて兄譲りの優秀な頭脳を妬む人間は多いし、醜い傷跡を揶揄しては蔑む人間も確かにいるけれど、そうだとしてもルイスを好いている人間が全くのゼロとは限らない。
幼くも整った顔立ちを気に入っている人間は間違いなく存在しており、愛玩動物のように屈服させて愛でたいと考える上級生がいたことも、ルイスはともかくリックは知っているのだ。
尚、その上級生はルイスが知らない間にこの学校を辞めていた。
何故リックが彼の動向を知っているかといえば、やたらルイスに声をかける人間がいるとウィリアムとアルバートに報告したのがリックだからだ。
二人が彼に何をしたのか、その詳細をリックは知らない。
けれど、彼がいつの間にかルイスの周りをうろつかなくなったかと思えば寮名簿から名前が消えているという不可思議な現象が起きたことに、真冬だと言うのに冷や汗が背筋を流れていったものである。
この手紙はもしやそういう類の人間から贈られたものではないだろうか。
ルイスの思惑通りからかっている可能性がないとは言わないが、熱烈な文章を見るにそれはおそらく限りなく低いだろう。
自覚はないけれど、ルイスは案外モテるのだ。
女人禁制であるはずのこのイートン校において、派手に目立つ兄達同様にモテている。
ウィリアムもアルバートも、友人という立ち位置のリックでさえも知っていると言うのに、ルイスだけがそれを知らなかった。
「なぁルイス。これ最後に場所と時間が書いてあるけど、待ち合わせのやつか?」
「いつも書いてありますよ。行ったことはありませんけど」
「へぇ…」
本当に興味がないんだなぁ。
聞こえる声で罵られたときも、偶然を装って肩をぶつけられたときも、あからさまに暴力を振るわれたときも、ルイスは一度だって弱音を吐かなかったし毅然として振る舞っていた。
動揺したことといえば、それら全てをルイスが敬愛する兄達に知られる可能性を危惧したときくらいだろうか。
ペンケースを無くして新しいものを用意しなければならなくなったとき、アルバートに頼むことへ異様に緊張していたし不安そうにもしていた。
怪我を負わされ医務室に行った後でウィリアムが見舞いに来た瞬間、心配かけてごめんなさい、とますます小さくなって謝る姿は居た堪れなかった。
ルイスにしてみれば、周りと馴染めなくて兄に心配をかけるのは嫌なのだろう。
その行動一つ一つにルイスではなく兄の評価が伴うことを考えればそうなるのも無理はないのかもしれないが、きっと二人は評価よりもルイスの方が大事なはずなのに。
心の底からルイスを大事にしているウィリアムとアルバートを思い浮かべ、自分の兄とは大違いだと、リックは乾いた息を吐いてしまう。
三人で隙間なく完成している兄弟は、リックが気に入っているものの一つだった。
ルイスが歪みとなって兄弟の関係が軋んでしまう場面など、リックは見たくない。
「この手紙、ウィリアム先輩とアルバート先輩は知ってるのか?」
「知りませんよ。どうしてですか?」
「どうしてって…先輩達、心配だろ、こんなのルイスが貰ってたら」
「何故?」
「……」
分かってねぇなーーー。
澄んだ赤い瞳で見上げてくるルイスを、リックは遠い目で見つめ返す。
当然のように視線が合うことはなく、早々に興味を無くしたルイスは再び教本に視線を落としてしまった。
「て、ことがありまして」
「……」
「……」
ルイスはクラスメイトに押し付けられたプリントの提出をするため、現在は職員室に行っている。
普段ならばリックも適当に喋りながら着いていくのだが、今日はルイスを置いて先に教室を出てくることにした。
目的はそのルイスの兄達である。
何せルイスはリックの言うことなど右から左に流し聞いているだけで、その実ほとんど聞いていない。
そういう奴だと分かってはいるが、そういう良い奴が危ない目に遭うのは友人としてもやりきれないのだ。
幸いルイスは誰の言うことも聞かないのではなく、兄の言うことならば素直に聞く性質だ。
ゆえにリックはルイスのために、今朝あった出来事を彼らに密告することにした。
するとウィリアムもアルバートも、額に手を当てては表現しずらい呻き声を出して頭を抱えてしまったのである。
想定内の行動だった。
「これがその手紙です。ルイスが興味なさそうだったんでこっそり持ってきました」
「ありがとう、リック」
「助かるよ」
優秀なスパイであるリックからの証拠品を受け取ったウィリアムはすぐさまその内容を把握し、続けてアルバートにそれを手渡した。
そうしてアルバートが目を通したことを横目で確認してから、ここにはいないルイスに呆れたような息を吐いていく。
「ルイスには危機感が足りないね」
「自分の魅力を知らないままでいることがこんなにも厄介だとは」
「そういう無垢な部分がルイスの美点でもあるのですが、こんなものを二ヶ月も放置するなんて…」
少々危ない印象のあるファンレター、もといラブレターを読んでは辟易したように赤い瞳を伏せていく。
ウィリアムはルイスのことならば何でも分かると自負している。
けれどそんなウィリアムの自負とは裏腹に、ルイスは己を隠すことに長けてしまった。
心配をかけないように、迷惑をかけないように、自分が我慢すれば済むのならそれが一番良い。
そう考えては自分の中にあらゆる感情を押し込めてしまうルイスに、ウィリアムもアルバートもある種の焦燥感を覚えている。
だからこそちゃんと見てあげたいのに、ルイスが本当に何も思っていないのならば気付く術がないのだ。
こんな手紙を受け取っても構わず放置してしまう豪胆な姿勢はいっそ男らしく格好良いのかもしれないが、到底許せることではない。
「ルイスは実害がないから放ってるって言ってました」
「これが実害だとは思ってないんだね」
「あの子は全く…はぁ」
二ヶ月も気味の悪い手紙を受け取っておきながら実害がないと言い切るルイスを見て、リックは自分の感覚がおかしいのかと疑わしくなった。
けれどウィリアムとアルバートの様子を見るに、やはり自分ではなくルイスがおかしいのだと安心する。
いや、ルイスの認識と現実に起こっている出来事のどこにも安心できる部分などないのだが。
遠い目をしたウィリアムは切り替えるように一度だけ頷いて、いつものように涼やかな瞳を覗かせて兄と弟の友人を見た。
「リック、一つ頼まれてくれるかい?」
「何ですか?」
「この手紙を書いた人に、ルイスを諦めてもらおうと思って」
「協力してくれるだろう?リック・ランドルフ」
「…はい、それは勿論」
ルイスは良い奴だし、大事な友人だ。
だからルイスのためならば一肌脱ぐくらいはリックにとって大した手間でもない。
端から断るつもりはなかったはずなのだが、断る可能性を始めから除外したような迫力を見せるモリアーティ家の長男と次男に、リックはあの日のように冷や汗が流れていくのを感じる。
ウィリアムとアルバートがルイスに賭ける想いの全てを、リックが知り得ることなど到底出来ないのだ。
「ルイス、今日ってあの手紙に書かれてた日だよな?」
「よく覚えてますね」
「そりゃあんなインパクトある手紙読んだら忘れないって。で、待ち合わせ場所行くのか?」
「行きません」
リックの言葉を聞いて少しだけ驚いたように目を丸くさせていたというのに、すぐに興味を無くしたのか、プイと顔を背けて鞄にノートを詰めている。
ルイスらしい返答に呆れつつ、今日も今日とて兄達の元へ行こうと教室を出るモリアーティ家の末弟を引きずっては講義棟裏へと連れていく。
「ちょっとリック!僕、ウィリアム先輩とアルバート先輩のところに行かなきゃいけないんですが!」
「良いから良いから。今日先輩達がどこにいるのか知ってんの?」
「兄さんも兄様もご自分の教室にいるはずです、離してください!」
「ルイスお前、案外力強いな」
見た目は白くて細いくせに、思っていた以上に抵抗が強い。
リックは驚きつつも嫌がるルイスを強引に引きずり、のろのろと目的の場所へと向かっていった。
その間もずっとルイスはリックから逃げ出そうとしていたけれど、伝えられた言葉を認識した瞬間にぴたりと抵抗を止めてくれる。
「先輩達、そこで待ってるよ」
「は?どうしてですか?」
「それは自分で聞きな。ほら行くぞー先輩待たせるわけにはいかないだろ」
それはそうだと、ルイスはリックを置いていかんばかりの勢いで歩き出す。
格段に連れて行きやすくなったと驚いたのも束の間、「お二人が待っているなら先に言ってください!」と睨みつけられてしまった。
実に分かりやすい奴であり、コツさえ掴めば扱いやすい限りである。
「ウィリアム兄さん、アルバート兄様!」
「やぁルイス。待っていたよ」
「授業お疲れ様。疲れは大丈夫かい?」
「問題ありません。お待たせしてすみません、お二人とも」
指定された講義棟裏に行くまでの道中、ルイスは目的の人物を前にして思わず駆け寄っていく。
穏やかで優しい二人はルイスを見ては笑みを深めている。
置いていかれたリックは後から三人と合流し、軽く頭を下げていた。
「リックもありがとう。ルイスを連れてきてくれて」
「いや、大したことはしてないです」
「兄さん、どうしてこんな所にいるんですか?ここに何か用があるのですか?」
「そうだね、とても大事な用があるんだ」
ウィリアムの言葉に同意するようにアルバートが頷き、そうなのかとルイスも釣られて頷いた。
その様子があまりにも平和な兄弟そのもので、リックは思わず笑ってしまった。
「仲良いですね、三人とも」
「ふふ、ありがとう。リックはどうする?もう帰ってゆっくりしてもらっても良いけど」
「ここまで連れてきたんだし、最後まで見てますよ。面白そうなんで」
「…そういえば、リックはどうして二人がここにいると知っていたんですか?まさか、兄さんと兄様に取り入ろうとしているんじゃ」
「んな訳ないだろ」
ジロリと睨みつけるルイスに向けて白旗を掲げるように両手を挙げ、リックは三人から一歩分だけ距離を取る。
人形みたいに表情が変わらないことを気味悪がる学生もいるくらいなのに、兄が絡むとルイスが良くも悪くも表情が分かりやすい。
それだけルイスの中心にいるのがこの二人の兄なのだろう。
今更そんな二人に取り入るつもりもないし、まるでスパイのような役割を担っているけれど、そもそもリックはルイスの友人なのだ。
余計な誤解はやめてくれと、悪戯めいた笑みを浮かべてルイスを見た。
「俺はルイスの父兄参観を見ようと思ってここにいるんだよ」
「父兄参観?何ですか、それ」
「まぁまぁ良いから」
訝しげに眉を寄せるルイスの頬には伸びた前髪が掛かっている。
アシンメトリーを意識した髪型は鬱陶しそうだなと思う反面、憂いを助長させて似合っているようにも見えるから不思議なものだ。
リックから距離を取ったルイスはそのままウィリアムに背中を押され、行く予定だった講義棟の裏へと足を進めていく。
横を見ればアルバートも堂々とした足取りで向かっているのだから立ち止まる選択肢はない。
だが、ルイスはこの先に用などない。
何故自分が先頭切って歩いているのかよく分からなかった。
「兄さん、どこに行くんですか?」
「講義棟の裏だよ。あぁ、そろそろ時間だ。急がないと」
「時間?誰かと待ち合わせをしているのですか?」
「あぁ。ルイスを待っているようだからな、モリアーティ家の人間として遅刻はいけないだろう」
「僕を待っている?」
誰が、と尋ねようとした瞬間、曲がり角を歩いた先に一人の学生がいることに気が付いた。
おそらくは同じ学年、しかし違うクラスの人間だろう。
何度かすれ違ったことがあるのか、その顔には見覚えがある。
無論、喋ったことなど一度もないけれど。
「あ…と、ルイス、くん。こんにちは」
「…どうも、こんにちは」
ふと後ろを見れば建物に隠れる位置でウィリアムとアルバートと、その後ろにリックがいた。
少し離れた距離にいる男子学生からは三人とも見えていないことだろう。
自分に声をかけてきたのだから彼の目的は自分であるはずだが、ルイスは誰とも待ち合わせた覚えなどなかった。
どうやら悪目立ちしているようだから名前を知られていることには驚かないけれど、知らない人間を前にして警戒するなという方が難しい。
ルイスは少しだけ眉を上げて、口元を引き結んでは真っ赤な瞳で目の前の彼をじっと睨みつける。
「良かった、来てくれたんだ。手紙、読んでくれたんだね」
「手紙?…あぁ、あの手紙…あなたが書いたんですか」
「うん、そうなんだ」
ここしばらく届いていた手紙の主が分かったのは、きっと良いことだ。
だが大して興味もなかったのだから分かったところでどうでも良い。
随分と熱心にからかってきたものだと思いながら、もしかすると手紙の返事を聞きたいのかもしれないとルイスは考えた。
返事も何もないが、後ろには兄が控えているのだから、モリアーティ家の一員としてきちんと行動するのがルイスの使命である。
「手紙、ありがとうございました」
「え」
「意図は掴みかねますが、きっと応援してくれているのだろうと解釈しました。ありがとうございます」
「ルイスくん…!じゃあ、僕と付き合ってくれるんだね!」
「は?」
「僕、ずっと前から綺麗で可愛いルイスくんがすきだったんだ!僕の気持ちが届いて嬉しいよ!」
「は…?」
いきなり満面の笑みを向けられ、しかしその笑みがどこか薄気味悪く見える。
突然距離を詰めてきた学生から距離を取るように後ずさったルイスは、今しがた告げられた言葉を脳内で何度か反芻するが、おそらく愛を告白されているのだろうことは分かった。
だが何もかもが唐突ゆえに理解は難しく、自分に向けられた笑みがどこか怖かった。
「君のことがすきなんだ、ルイスくん。僕と付き合ってくれるよね」
「え…いや、あの」
「だいすきだよ、ルイスくん!、ぅわっ」
伸ばされた腕を反射的に叩き落としてしまった。
気持ちが悪いあまりに加減を忘れてしまったが、折れてはいないだろう。
だが痣くらいは出来ているかもしれないし、そうなるとこれはルイスによる加害になってしまう。
そうなっては兄達に迷惑がかかると、ルイスは青褪めた顔で自ら叩き落とした腕を取っては袖を捲り上げて怪我の有無を確認する。
「っすみません、つい…怪我は、」
「大丈夫大丈夫。ルイスくんも照れてるんだね、平気だよこのくらい」
「照れているわけじゃ、」
「ルイスくんも僕のことがすきなんだね、嬉しいよ。照れてくれて嬉しい」
「ちが」
確認した限りは怪我をしていないようだが、逆に腕を取られてしまった。
自分よりも高い、妙に熱い体温を感じて寒気を覚える。
満面の笑みを浮かべた学生の淀んだ目に戸惑い以上の嫌悪を抱いたが、安易に振り払って怪我をさせてしまっては、今度こそまずいことになるだろう。
思わず肩を跳ね上がらせたルイスの緊張に気付かないのか、学生はそっとルイスへと片方の腕を伸ばした。
「綺麗な顔をしているね。この傷跡もとてもよく似合っている、綺麗だ。綺麗だよ、ルイスくん。ルイスくん、ルイスくん、ルイス」
気持ち悪い、と声が出そうになったルイスを学生から引き離したのはアルバートで、そのルイスを後ろに前へ出てきたのはウィリアムだった。
抜け出すために強く掴まれた腕の痛みよりも安堵の方がよほど大きかった。
ルイスはアルバートに庇われるように腕を引かれ、前に立つウィリアムの後ろ姿を見た。
あまり背は変わらないはずなのに自分よりもずっと大きく見える、だいすきなウィリアムの背中だ。
「ルイスに気安く触れないでくれるかな、ケント・ハリス」
「えっ、も、モリアーティ先輩!?どうしてここに」
「弟がいる場所に兄である僕がいて何かおかしいかい?別におかしくないだろう?」
ウィリアムが発する冷たい声を、ルイスは何度も聞いたことがある。
自分に向けられたことがないから他人事にはなってしまうけれど、今のウィリアムはとても機嫌が悪いようだ。
ぞくりとするほど冷徹な声なのに恐怖は感じなくて、それどころか頼もしささえ感じられた。
大丈夫だよ、と声をかけてくれるアルバートの腕の中で、確約された安心を実感しながら彼を見る。
アルバートの高い体温も、あの学生とは比べ物にならないほどルイスの心を落ち着かせてくれた。
「君がルイスをすきでいてくれるのはよく分かったよ。弟に代わって僕がお礼を言おう」
「え、いや、」
「でも、ルイスは絶対に誰にも渡さない。ましてルイスに恐怖を与える人間なんて、近くにいることすら僕が許さない。ルイスを大切に出来ない人間にルイスを想う資格なんてないんだよ、ケント・ハリス」
「こ、怖がらせてなんかいません、ルイスくんは照れているだけで」
「今のルイスがそう見えるのなら、君は病気だ。僕が知りうる限りの良い医者を紹介しよう。治療をすればきっと君は良くなる」
冷徹な空気を携えて有無を言わさず言葉をぶつけていたはずなのに、途端に哀れみを感じさせる悲しげな表情を浮かべた。
ウィリアムの姿に狼狽えた学生はアルバートへと庇われたルイスへと視線を向けるが、それすらも許さないとばかりにタイを引かれ無理矢理に視線を固定される。
燃えるように赤い緋色の瞳には怒りが滲んでいるようで、ただただ怖かった。
「ねぇケント・ハリス。ルイスを怖がらせておいて、まだルイスを見るつもりなのかい?誰がそれを許したの?僕は許していないよ、君の視界にルイスがいることを僕は許していない。許していないのに、どうして君はルイスを見ようとしているんだろうね」
見開かれた緋色に見据えられ、引かれたタイが首を絞める。
視界いっぱいにルイスとよく似た顔が笑って映っているというのに、少しも気持ちが満たされない。
よく似ていようとやはり別人なのだと、逃避するように事実を認識した一人の学生は口を噤んでしまった。
「誰に恋をしようが誰を愛そうが君の自由だ、すきにすればいい。けれどそれがルイスであるならば、僕は君を放っておけないんだよ。分かるかい?」
「は、は、い」
「ルイスをすきになった君は見る目があるね。とても良い目だ。ねぇケント・ハリス、その目にルイスを映さなくするにはどうしたら良いんだろう。君の視界にルイスが入ることを、僕はとても許せそうにないんだ。ルイスを怖がらせた君を僕は絶対に許せないし、許さない」
「す、すみませ」
「ねぇ、ケント・ハリス」
ルイスを諦めてくれるかな。
顔は美しく笑っているのに、その瞳は地獄の業火のように怒り狂っているようだ。
今のウィリアムを唯一見ている彼はそう判断し、自分が手を出してはいけない人間に手を出そうとしていることにようやく気が付いた。
兄弟仲が良いとは噂で知っていたけれど、ここまでとは思っていなかったのだ。
仲が良いどころではない、凄まじい執着と執念。
震える声で望むままに返事をすれば、ようやく絞められていたタイから手を離された。
抜けた腰を庇うことなくその場に座り込んで上を見上げると、沈みかけた夕日が逆光でウィリアムを照らしている。
「他に良い人が見つかりますように」
祈りのように捧げられた言葉に中身は伴っていないのだろう。
最後に一目ルイスを見ようとすればウィリアムとアルバートにより隠されており、その姿を見ることは叶わなかった。
もう二度と見てはいけない人なのだと知らしめられたようで恐ろしい。
代わりにその背後にいた同級であるリックに目をやった学生は、「相手が悪い」と音には出さず唇を動かしている姿を見る。
にんまり笑っている姿がそれはそれは不気味だった。
(いや〜父兄参観めっちゃ怖かったですね!さすがウィリアム先輩!)
(これでもソフトに抑えたつもりだよ。聞き分けの良い学生で良かったよ)
(そうだな。あれだけ心を折っておけばもうルイスを見ることはないだろう)
(万一のことがあったときは、兄さん頼みますね)
(あぁ、任せなさい)
(あ、なんか怖い気配がしますね。ルイスってお二人のこういう部分知ってるんですか?)
(さぁどうだろうね)
(君には関係ないだろう、リック・ランドルフ)
(はーい、詮索すみません)
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