末っ子、仕上がる
転生現パロ年の差三兄弟、べびルがルイスに近付いていく話。
幼児言葉を話すべびルめちゃめちゃ可愛いけど、ルイスは早熟だからすぐ卒業してしまうんだろうなぁ…兄さん兄様はそれを嘆いていてほしい。
子どもの成長とは常々尊いもので、喜ぶことこそあれど嘆くことなどあってはならない。
何しろ退化ではなく進化、より良い人生を歩むための手段が増えたのだから、成長と喜ぶのは当然のことだからだ。
モリアーティ家の長男と次男は年の離れた末の弟を前に、視線も交わさず全く同じことを考えながら、得意のポーカーフェイスで悲哀を隠しながら柔らかな笑みを浮かべていた。
「にいさん、にいさま、あさですよーおきてくださいー」
そう言いながら兄の腹に乗って顔をぺちぺち叩いているのは起き抜けでも元気なモリアーティ家の末っ子、ルイスである。
少し前に二度目の誕生日を盛大に祝ったばかりの可愛い盛りの可愛い可愛い弟だ。
「……」
「……」
モリアーティ家の三兄弟は昨夜、プレイルームという名のルイスの部屋で兄弟三人仲良く並んで就寝した。
成長期真っ只中のアルバートとウィリアムに合わせて新調した日本式寝具の布団が届いたのだが、真新しいふかふかに思いのほかルイスが浮かれていたため、寝心地を確かめることを兼ねて早めに寝たのだ。
ルイスは自分の布団そっちのけで兄達の布団に入り込むと、予想通りの寝心地を気に入ったせいか早々にぐっすり眠ってしまった。
それゆえか、今朝のルイスはいつも以上に笑顔が眩しい。
たくさん寝て元気が満タンにチャージされたのだろうか。
ウィリアムはそんなことを考えながら、お腹の上に乗って顔をぺちぺち叩いてくるルイスを見上げていた。
日々の忙しさにかまけて優先度が低くなっているけれど、ウィリアムは元々睡眠には貪欲である。
一度寝たら中々起きないし、眠いと感じたらどこでも寝落ちる悪癖は前世から引き継いでしまっている。
けれどすぐ隣で寝ていたルイスが起き出してすぐによじよじと自分に登る気配には気付いており、起こしてくる声にもぺちぺちと顔を叩いていることにも気付いていた。
返事が遅くなったのは起きられなかったからではない。
ルイスも随分重たくなったね、と思いながら、聞こえてきた見事な言葉に戸惑いを隠せないだけなのだ。
「ウィリアムにいさん、アルバートにいさま、おはようごじゃいます」
「、おはようルイス」
「…おはよう。起こしてくれてありがとう」
「どういたしまして」
にぱ、と笑うルイスに笑顔を見せつつ、ウィリアムは堪えきれない動揺で全身が震えてしまった。
けれどルイスには伝わらなかったようで、ころんとおしりから布団に降りたかと思えばアルバートの顔にぺちぺちと挨拶している。
アルバートが起き上がって小さな体を抱いてあげれば、ルイスはますます嬉しそうに頬を染めていた。
足をぱたぱた動かしており、まるで小さなその全身で嬉しいと表現しているようにも見える。
「にいさま、ありがとうごじゃいます」
「…どういたしまして、ルイス」
抱っこされて感じた嬉しさのお礼として、拙いながらもしっかりした発音で声を出す。
全身どころかきちんと言葉で嬉しさを表現する弟の姿に、アルバートだけでなくウィリアムもますますの衝撃を受けていた。
「…昨日、つい昨日寝る前まで、僕のことをにぃにと呼んでくれていたのに…!」
「ありがとうございますではなく、ありあとうと辿々しく言っていたというのに…いや、まだ舌足らずなところはあった、大丈夫だウィリアム」
「ですが、それももう時間の問題では?」
「…そうだな」
ルイスを連れて洗面所で身支度を整えた二人は早々に食事を終えて、まだ食べているルイスに気付かれないよう小さな声で言葉を交わす。
身長差ゆえにルイスのところまで声が届いていなかったとはいえ、ポツポツと声は聞こえていたのだろう、ルイスはふっくらした頬のまま上を見上げる。
「ん、んぐ。なんですか?」
「何でもないよ。たくさんお食べ、ルイス」
「ちゃんと飲み込んでから話せて偉いな」
何もない、と言われてしまえばルイスの興味は食べている最中の朝食に向かう。
たっぷりのジャムが入っている小さなパンはモリアーティ家お抱えの料理長が手ずから焼いている手作りパンだ。
いちごのジャムはこの前ルイスがナニーと一緒にヘタ取りしたときのものだと言っていた。
だからますます美味しいのだろうと、ルイスは血色の良い唇にジャムをつけながらもぐもぐと口を動かしている。
「パン、おいしいです」
パンだけではない。
ふわふわのオムレツとカニの形をしたソーセージ、角切りされたトマトのドレッシングがかかったポテトもきのこのスープも全部美味しい。
食わず嫌いがないどころか、ウィリアムとアルバートと同じものを食べたがるルイスは嫌がることなく食事をする。
もっとたくさん食べてほしい、というのはウィリアムの希望ではあるが、幼児の食事量はこのくらいで十分だとアルバートはよく知っていた。
まだ食べ散らかすことがあるとはいえ、段々それも無くなっていくのかと思うと寂しい限りだ。
だがまだ来ない未来を嘆くよりも、来てしまった現実を嘆く方が先である。
「…まさかこの年で敬語を使うようになるなんて」
「ナニーに教わったのだろうか」
子どもの成長は早いとはいえ、いくら優秀かつ有能なルイスとはいえ、まだ片手にも満たない年で敬語を使うのはさすがに育ちすぎではないだろうか。
自分達は知らないままルイスの可愛い幼児言葉に癒されていたのだと、ウィリアムとアルバートは失ってから気付くのだった。
「ルイス坊っちゃまの言葉、ですか」
「はい。昨日まではにぃにと呼んでいたはずなのに、今日になっていきなり兄さんと呼ぶようになってしまって」
「会話自体も随分と大人びているように感じるのですが」
「そうですねぇ…」
朝食を食べてから庭で遊んだり本を読んで過ごした後、午後になってルイスは電池が切れたようにこてんと眠りについてしまった。
お昼寝の時間である。
その時間を利用して、ウィリアムとアルバートは平日の昼間にルイスの世話を一任されているナニーに事情を聞いていた。
確かに、つい昨日までは確かに二語分に少しおまけがついてくるような会話力だったのだ。
それがどうして一晩でこうなってしまったというのだろうか。
「言葉の勉強として色々指導していましたけれど、こちらから強制してはおりませんよ。強いて言うのなら、私の言葉遣いとウィリアム様とアルバート様の言葉遣いの違いについて尋ねられたので、それに答えたのが原因でしょうか」
ナニーも自信なさげに、だが要因になる可能性が僅かでもあるのならばこれしか思い浮かばないのだと教えていく。
モリアーティ家の教育方針として、早くからの英才教育は欠かせない。
いずれは幼稚舎に入ることになるのだろうが、現在は兄達が家からルイスを出したがらないために、基本的にはナニーが家庭教師も兼ねて頭と体の使い方を教えていた。
絵本に書かれた文字の読み方を尋ねられたこともあれば、かくれんぼをしていて数十分もの時間を見つけられなかったこともある。
名門たるモリアーティ家に相応しい、とても優れた子息なのだとナニーは常々感じていたほどである。
幼児教育ならば十分に指導できるが、思いのほかルイスの学習能力が高いため、早くに専属の家庭教師を迎えるべきかと検討している最中でもあった。
そんなルイスだが、ここ最近は確かに目覚ましく会話が上手になっていた。
元々早くに言葉が出ており、幼児の平均的な会話レベルよりも遥かに上手ではあったのだが、アルバートもウィリアムも言葉が早く上手であったから、屋敷の人間の誰もが気に止めていなかったのだ。
だが言われてみれば、二歳と少しの幼児が敬語を使うというのは違和感がある。
ばぁば、にぃにとしゃべるのちがうの。
うぃりあむさま、あるばーとさま、ルイもそうよぶ?
にぃに、にいさん?にぃも、にいさん?
ありあとう、ごじゃます?それのがいい、です?
少し前のルイスは色々考えながらナニーに質問しては、自分の面倒を見てくれる使用人のことをよく見ていた。
今思えば、あれはその言葉遣いを観察していたのだろう。
ウィリアム様とアルバート様を尊敬しているから、丁寧にお喋りしているんですよ。
ルイス坊っちゃまはお二人の弟だから、ウィリアム様だなんて呼ばなくて大丈夫ですよ。
そう、坊っちゃまは弟ですから、ウィリアム兄さんやアルバート兄さんの方が良いかもしれませんね。
ありがとう、で良いのですよ。でも、ありがとうございますも丁寧で良いですね。
ナニーがルイスの拙い言葉を汲み取って返事をすれば、納得したように頷きながら一生懸命にたくさんの言葉を発声していた。
その成果がポンと昨日出たのだろう。
幼い末っ子の成長を聞いて微笑ましく思いながら、それを悲しんでいる兄達を諭すように歴戦のナニーは微笑んだ。
「ルイス坊っちゃまがそうお喋りしたいのでしょう。お二人を思ってのことですよ。お兄さん思いの優しい子ですね」
「それは、知っているんですけど…」
「頭では分かっているのだけれど…」
ルイスの言葉が上手になったのなら、それはウィリアムとアルバートのためだ。
二人がいないときでもルイスはいつだってウィリアムとアルバートのことを考えているし、いつ帰るのか早く会いたいお絵描きしたから見てほしい、とお話ししながら二人の似顔絵を描いている。
仲の良い兄弟で微笑ましい限りだと、ナニーがその顔に一層の皺を寄せて笑んでいると、話の中心たる末っ子が起き出してきた。
「にいさん、にいさま、おはようごじゃいます…」
「ルイス、もう起きたんだね」
「もうお昼寝は良いのかい?」
「たくさんねたので、もうだいじょうぶです。それより、このごほんのつづきがよみたいです」
「良いよ、読んであげようか」
とてとてと寄ってきたルイスと目線を合わせるため三人がしゃがみ込んでいると、ルイスのぼんやりした瞳は次第にぱっちり見開かれる。
ルイスの今のお気に入りの絵本は世界的に名作と言われている、とある星の王子が旅に出てたくさんの発見をする話だ。
絵本用に編集されているとはいえ、チョイスが中々に二歳児らしくない。
けれどそれを指摘する人間はこのモリアーティ家にはいなかった。
むしろそんなこと以上に、ナニーは昨日よりも遥かにルイスの言葉遣いが達者になっていることに衝撃を受けていた。
「あ、ばぁば。いっしょにはっぱをとったいちご、あさごはんのジャムパンになっていました」
「え、あ、そうでしたね。美味しかったですか?」
「おいしかったです。いちごジャム、たくさんはいっててうれしかったです」
「それは良かった。料理長に伝えておきますね」
「はい」
ウィリアムとアルバートの奥にナニーがいることに気付いたルイスは、今朝食べた食事で気付いたことを教えてあげる。
そうして話された淀みないスムーズは言葉と会話に、ナニーはますます衝撃を受けてしまった。
「…仕上がっている…」
思わず呟いた言葉の意味がルイスには伝わらなかったようで、しあがる?と首を傾げていた。
「一晩でこうなるものですか?」
「いえ…アルバート様もウィリアム様も言葉は早く上手でしたけれど、流石にここまででは」
神妙な顔でウィリアムとナニーが言葉を交わす。
アルバートも同意すべく混ざろうとしたけれど、すぐ近くにやってきたルイスに袖を引かれて意識を切り離した。
「しあがるってどういういみですか、アルバートにいさま」
「ルイスは凄いという意味だよ。凄いな、ルイスは」
「ぼく、しあがってますか?すごいです?」
「…凄いさ、凄く仕上がっているよ」
「わぁ」
つい昨日までは自分のことを「ルイ」と呼んでいたのに、今は「ぼく」と言っている。
新しい衝撃に肩を震わせたけれど、褒められて嬉しそうにするルイスは可愛いので罪はない。
元よりルイスには何の罪もないどころか、ただただウィリアムとアルバートが勝手にその成長を嘆いているだけなのだが。
「ルイス、上手にお喋りできるようになったんだな。凄いじゃないか、とても偉いね」
「えへへ。にいさまとにいさんとたくさんおはなししたくて、ばぁばとれんしゅうしたんです」
「そうだったのか。ありがとう、ルイス」
たくさん頑張ったのだと、両手を大きく広げてアピールするルイスは無邪気かつ健気そのものだ。
今までも上手に話せていたというのに、それに満足せず懸命になれる性質は間違いなくウィリアムとアルバートが知っているルイスらしさだ。
ただでさえ敬語を使われて以前ともに生きていた頃のルイスが過ぎっていたというのに、誰に教えられたわけでもなく兄さん兄様と呼び分けているところにも彼を感じてしまう。
「きっと、ウィリアム様とアルバート様のためにルイス坊っちゃまは頑張ったのですね。素晴らしいことではありませんか」
「…そうですね。上手にお喋りできるようになったのに悲しいなんて、単なる僕のわがままだ」
「あら、子どもの成長は嬉しくもあり寂しくもなるものなんですよ」
親と同じく、年の離れた弟の成長は兄として喜ばしくも悲しいものなのだろう。
ウィリアムはナニーにそう諭されてから、納得したように頷いてからアルバートとルイスへと向き合った。
「ルイス、お喋りがとても上手になったんだね。もっとたくさんお喋りして、たくさん楽しいことをしようね」
「はい!」
昨日までは上手く発音出来ずに「あい」と言っていたはずの返事が正しく返ってくる。
微笑ましく成長を感じられるシーンはとても嬉しいし、これから先の成長が楽しみなのも間違いない。
けれど、もう少しだけペースを落ち着けてほしいのも間違いのない本音だった。
何よりも求めてやまないあの頃のルイスへと近付いていく過程は貴重だけれど、まだまだ幼さが際立つ今のルイスも愛おしくて尊い存在なのだ。
いずれはあのルイスに会いたいけれど、それはすぐでなくても良い。
「ねぇルイス、仕上がるのはもう少しゆっくりにしようか」
「え?」
「そうだな。僕からも頼むよ、ルイス」
「え?」
兄達から言われたことの意味がよく分からず、ルイスは素直に首を傾げた。
神妙な顔をして言い聞かせてくるウィリアムとアルバートがそう言うのならばそれが正しいのだと、ルイスは本能的に理解している。
けれど今の言葉はよく分からなかった。
仕上がるのをゆっくりにするというのは、凄いのはゆっくりにするということだろうか。
新しい言葉の意味がまだ噛み砕けないまま、ひとまずルイスは持っていた本を掲げてもう一度二人へねだってみる。
「ぼく、このほんがすきなんです。よんでください」
「す、すき…!?」
「すちではなく、すき!?そんな、ルイス…!」
「え、え」
「ウィリアム様、アルバート様、気をしっかり!」
「にいさん、にいさま?どうしました…?」
段階を踏むことなく幼児言葉を卒業したどころか敬語を使いこなしてしまうルイスに、ウィリアムとアルバートはついに膝を付いた。
昨日までは可愛らしく「すち」と愛情表現をしてくれた末っ子が、発音正しく「すき」と言うようになってしまうなんてショックが大きすぎる。
どうしたのだろうかとますます首を傾げるルイスをよそに、ナニーは育児の先輩者として二人を励ましていた。
そうしてしばらくの間、ルイスが話すたびに衝撃を受けて動揺するウィリアムとアルバートがモリアーティ家で見られるようになる。
それに加え、拙い幼児言葉を懐かしむため夜な夜なルイスの動画を見ては寝不足が加速していく兄達に、「ちゃんとねてください」と怒ったように言うルイスもいるのだった。
(どんどんルイスが仕上がっていく…これが育児というものなんですね、アルバート兄さん)
(ルイスがこんなにも成長早い子だとは思っていなかったな…いや、私達の覚悟が足りなかったのかもしれない。ルイスを育てているという自覚と覚悟がなかったんだ)
(…そうですね。今のルイスがあの頃のルイスと同じ人間になるとは限らないけれど、ルイスはルイスなのだからそうなる可能性が高いのは確かでした。また会えるんだと思えば嬉しい限りです)
(あぁ…だが、そうとはいえ)
(…うぅ…もう少し、子ども時代のルイスを堪能したい)
(いずれ仕上がるにしてももう少し時間をかけてくれ、ルイス…)
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