番犬ルイス
三兄弟を動物に例えたら何かな〜という三兄弟+モランとフレッドの話。
ルイスは猫に見せかけた犬だと思う(可愛い)
気まぐれに愛想を振り撒き、飽きたらすぐにそっぽを向く。
懐いた人間には甘く鳴き、そうでない人間には激しく厳しく威嚇する。
マイペースで手厳しいのに、その見た目が愛くるしいから全てが許されてしまう。
そんな生き物が、猫である。
飼い主である主人にだけ忠実で、主人に害を成す存在は徹底的に追い払う。
縦社会ゆえの序列に厳しいけれど、一度相手を認めればいつ何時でも懐き従う。
社交的でありながらも警戒は決して解かない、唯一の主人にのみ心を許す。
そんな生き物が、犬である。
動物に例えるなら何に似ているか、という時間潰しの話題はいつの時代も定番だった。
犬に似ている、猫のようだ、馬みたいだ、羊らしい。
外見だけでなく特徴まで知っている動物に限られてしまうけれど、他人の目から見た自分がどのように見えるのかを知るのは興味深いだろう。
今日という日、モリアーティ邸では暇を持て余した三兄弟が集い実にならない話題に花を咲かしていた。
「兄さんはライオンのイメージですね」
「分かります。アルバート兄様は誇り高く気高い動物がお似合いですから、ライオンはピッタリです」
「そうだろうか。ありがとう」
弟達から百獣の王に例えられたアルバートは思いがけず褒められたことに照れ臭さを滲ませつつ、それでも否定せず素直に礼を返した。
屋敷内で世話をしている動物がいない以上、犬や猫などの身近な動物を除けば一番イメージしやすいのがライオンだろう。
チープな印象はない。
有名であるからこそライオンの印象は固まっているし、その中でも誇り高さと気高さを声に出されては勘違いしようもないのだ。
弟達からの賞賛を快く受け取って、アルバートは羞恥を隠すように組んでいた足を組み直した。
「私はライオンだとして、ではウィリアムはどんな動物が似合うだろうね」
「ねぇルイス、僕はどんな動物に似てるかな」
「兄さんに似合う動物…うぅむ…うーん、うぅん……?」
自分から注目を逸らしつつ話題を進めたアルバートの言葉に、ウィリアムはワクワクと、ルイスは両腕を組んで首を傾げて悩みこむ。
頭が良くて優しくて頼りになって包容力があって冷静で判断が的確で綺麗で格好良くて素敵な動物、とはいかに。
慣れた兄達はルイスの口から呪文のようにブツブツ続けられている言葉を右から左へ聞き流した。
「ルイス、そんなに真剣に考えずもっと気楽に考えようよ」
「いけません兄さん!兄さんにぴったりな動物じゃないと僕が許せません!!」
「えー…」
ルイスが持つキリッとしたつり目で射抜かれたウィリアムは、その迫力に肩を震わせてから落ち込んだように下げてしまった。
これですぐに決まるのなら良いのだが、ルイスは兄に相応しい動物をひたすらに考え込んでいるのだから時間がかかる。
たっぷり15分経ってから、アルバートはウィリアムへと声をかけた。
「長いな」
「えぇ、本当に。僕が兄さんにはライオンが似合うとすぐ考えついたのが、まるでさも雑だったように思えてきます」
「そんなことはないさ、私は嬉しかったよ」
「ありがとうございます。…でも流石に長すぎますね」
「紅茶もすっかり冷めてしまったな」
冷め切った紅茶で喉を潤し、未だ思考の海で溺れているルイスを呆れつつも微笑ましく見守る。
懸命かつ必死に考えてウンウン唸っているルイスは可愛い限りだが、そろそろ頃合いだろう。
困ったようにルイスを見守っているウィリアムをよそに、アルバートはよく通る声で考えていた答えを口にした。
「ウィリアムには梟が似合うのではないかな」
「梟ですか?」
「フクロウと言いますと、あの、鳥の?」
ぱちりと目を開けたウィリアムだけでなく、唸っていたはずのルイスもアルバートの声に意識を取り戻してくれた。
あまり馴染みはないけれど愛好家も多数いる、梟という動物。
ウィリアムもルイスも実際に本物を見たことはなかった。
「あぁ、その梟さ。夜行性の鳥類のことだよ」
「どうして兄さんに似ている動物が梟なのですか?」
ひたすら思い悩んでいたルイスが食いつくようにアルバートに問いかける。
ウィリアムは梟の特性を思い浮かべているのだろう、指を顎にやって考え込んでいた。
「梟は森の賢者とも言われるほど賢い鳥だからね。物静かで獲物を捉えるときは音も立てずに羽ばたいて、気付かれないほど瞬時に刈り取るほど優秀だそうだから」
「あまり詳しくなかったのですが、梟にそんな特徴があったとは…頭が良くて優れた技術を持つ兄さんにピッタリな動物ですね!」
「梟ですか…なんだか照れますね」
「よく似合っているよ、ウィリアム」
「兄様もよく梟のことをご存知でしたね、さすが兄様です!」
ルイスは凄い凄いと真っ向から尊敬を混ぜた視線を向けて兄達を見た。
赤い瞳は薄いガラスに遮られているとはいえ、幼い頃から少しも変わらずにウィリアムとアルバートへの好意と敬意がダダ漏れている。
今はウィリアムにぴったりな動物が見つかった喜びと、それを見つけたアルバートの博識さと理解の深さに感動しているようだ。
本人にその自覚はないのだろうが、その背後にしっぽが見えてきてしまう。
はち切れんばかりに左右に振っている、短くも愛嬌のある犬のしっぽが。
「ルイスに似ているのは犬かな」
「犬、ですか?」
「いつもそばにいて支えてくれるところとか、思いやりがあって頼りになるところとかが似ていると思うよ」
「ふむ。言われてみれば似ているように思うな。特に家族思いなところなんかはルイスとよく似通っている」
「そ、そうですか?」
嬉しいです、と照れたように小さく笑ったルイスの脳内には、主人を守るため勇敢に敵へと立ち向かう大型の番犬がいた。
ウィリアムとアルバートの脳内には、主人に構ってもらえて嬉しそうに足元をくるくる走り回る小型から中型程度の飼い犬がいた。
兄と弟が思い描く犬という想像図は大きくかけ離れていたけれど、それに気付いているのは兄のみである。
「これからも本物の犬に負けないよう、お二人の盾となり守るため精進します」
ウィリアムは敢えてルイスが持つ犬のイメージを正すことはしなかった。
アルバートも訂正は面倒かつ必要性を感じなかったために、そのまま話を終わらせた。
ルイスは頼りになる強い番犬を目指していたけれど、まさか兄達が己のことを可愛がられるだけの愛玩動物に例えているとは想像すらしていなかった。
こうして三兄弟による時間潰しの話題は、アルバートが誇り高く気高い狼、ウィリアムが森の賢者たる梟、ルイスが家族思いで主人に忠実な犬、という結論に至る。
「モランさんは狼みたいですね」
「あ?なんだ突然」
「フレッドはカメレオン」
「カメレオン…?」
ウィリアムとアルバートが所用で出かけている日。
ルイスは居候のモランと庭師のフレッドとともにお茶を楽しんでいた。
この三人が揃ういつもであればモランが喋り、ルイスが反応し、フレッドが結論を出してくれる。
けれど今日だけは珍しくルイス本人が話題を提供した。
つい最近兄達と交わした話題が心に残っていて、ふとこの二人はどんな動物が似合うだろうと考えたのだ。
「先日、ウィリアム兄さんとアルバート兄様と自分達を動物に例えると何かということを話したんです。兄さんは梟で、兄様はライオンがよく似合うという結論になりました。梟は森の賢者と呼ばれるほど賢くて、誇り高いライオンは兄様にぴったりです」
まるで自分のことのように自慢げに言うルイスを見て、彼らしいことだとモランとフレッドは目を見合わせて頷き合う。
ルイスは兄達を梟とライオンに例えられることを気に入っているらしい。
「へぇ。俺が狼ってのは一匹狼ってことか?」
「はい」
「僕がカメレオンというのは?」
「変装が上手で誰にでもなれるからです」
「なるほど」
モランの狼はまずまずの説得力及び理解しやすさがあった。
けれどフレッドのカメレオンという例えには驚いたのだが、一応ルイスなりの理由があったようだ。
この場の誰も実物を見たことはないが、周囲の環境に合わせて皮膚色を変えるというカメレオン。
環境に合わせてその姿形を変えてしまうフレッドにはぴったりだと言えなくもない。
「カメレオン、生で見てみたいですね」
「それを言うなら俺だって狼を見てみてぇな。強いって聞くし、手懐けられたら良いのによ」
「僕も梟とライオンをこの目で見たいものです。昔、動物園でライオンを見たときとは違う印象を抱きそうです」
それぞれ思うことを紅茶とともに飲み込んで一息をつく。
麗かな日和の今日は何気ない雑談すらも楽しむ余裕があった。
「で、ルイスはどんな動物なんだ?」
「僕ですか?僕は…犬です」
「犬?」
「はい。犬です」
梟とライオンを話題に上げたとき以上に自慢げなドヤ顔を披露するルイスを他所に、モランもフレッドも想定外の動物を挙げられて首を傾げた。
ルイスは自分を犬に例えられたことに満足げだが、少なくともモランとフレッドが知っているルイスは犬らしくない。
犬とはもっと社交的で、温もりのある存在ではなかっただろうか。
「兄さんと兄様から直々に、僕は家族思いの番犬のようだと言われました」
またもドヤ顔を見せたルイスだが、その言葉を聞いてまぁ納得はできなくもない、と傾けていた首を戻すモランとフレッド。
あからさまにウィリアムとアルバートに匿われ、前線に出てくることのない末弟に番犬の仕事が出来ているかはともかく、その心持ちだけは番犬のように忠実なのだろう。
兄を守るために必死な番犬、弟ルイス。
その役目が果たされるのはいつだろうか、などとは決して口にしなかったモランとフレッドは賢明である。
「そうですか。ルイスさんはどちらかというと猫みたいだと思ってましたけど、そういう理由なら納得ですね」
「あぁ、俺もルイスは犬より猫っぽいと思ってたぜ。ま、犬でも合わないことはないけどな」
「そうでしょう。僕は兄さんと兄様を守る番犬なんです」
ふふん、と口角を上げるルイスは、決められた人間としか話さない。
そもそも兄の方針として他人と接する機会が極端に少ないのだが、そうだとしても他人に愛想を振り撒くような気質を持ち合わせていないし、基本的に誰かを信用していないのだ。
警戒心が強く、心を開いた人間にしか懐かない様子は猫のように見える。
だが犬に例えられて満足しているのなら水を差すこともないと、そう考えていたときだった。
「ただいま、ルイス。みんな」
「遅くなってすまないな」
「!お帰りなさい、兄さん、兄様」
リビングにやってきたのは外出していたルイスの兄達だった。
帰宅に気付かず出迎え出来なかったことに眉を下げたのも一瞬、ルイスはすぐさま二人に駆け寄ってその手に持つ上着を受け取っている。
「お疲れ様でした、お二人とも。お疲れではないですか?すぐに飲み物と甘いものを用意しましょう」
「ありがとう、助かるよ」
「ルイス、急がなくて良い。のんびり待っているから」
「はい」
扉の近くで話し込む三兄弟はこの屋敷では珍しい姿でもない。
だが、先程の話を聞いてからでは何となしに印象が変わってきてしまう。
兄達の帰宅に一目散で駆け寄るルイスの姿が、まるで主人の帰宅を待ちかねていた飼い犬と被るのだ。
ルイスの背後に、機嫌良く左右に振られている尻尾が見えるようだった。
「…ねぇ、モラン」
「あぁ、見えるな」
「もしかしてウィリアムさんとアルバート様が言っていた犬って」
「あいつらの目には、自分に懐いて構ってほしがる犬にルイスが似てるってことなんだろうな」
「……でもルイスさん、番犬って」
「……ルイスがそう思ってるんならそれで良いだろ。番犬としての心構えは十分にあるんだからな」
「…うん」
こそこそ話すモランとフレッドの会話は三人には届かなかったようで、ルイスは上機嫌で兄達のために紅茶を淹れるため部屋を出ていった。
兄に忠実で、抑えきれていない敬愛を滲ませている様子は正しく犬のようだと思う。
だがそれはウィリアムとアルバートにだけ感じるルイスの特徴で、そこそこ気を許されているとはいえ彼らの登場によりあっという間に興味を無くされたモランとフレッドからすれば、やはりルイスはマイペースな猫に近いと思うのだった。
(おいウィリアム、あいつのどこが番犬なんだよ)
(ルイスから聞いたのかい?)
(はい。ルイスさんは番犬に例えられて喜んでましたけど、あまり番犬らしくはないですよね…?)
(そもそも番犬に例えたつもりはないからな。ルイスが勝手に勘違いしていて、私とウィリアムはそれを訂正していないだけのことだよ)
(訂正してないだけって…おい、良い性格してるなお前ら)
(嫌だなぁ、今更だよモラン)
(僕は兄さんと兄様を守る番犬…ふふ、良い響きですね。お二人は僕が守らなくては)
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