春から秋によく転がっている


三人で新しい家に住み始めて、仲良くなり始めた頃の日常。
ウィリアムは眠くなるとその辺で寝っ転がる習性があると良いなー
お互いに段々慣れていって、最終的には似たもの兄弟になる三兄弟かわいいね!

理想と才能を見出し大切に救いあげた幼い兄弟は、とても賢いけれどどこか少し変わっている。
聡明なアルバートは新しく家族になった弟達をそう認識していた。
この子らは生まれに見合わぬ頭脳と品の良さを持ち合わせているだけでなく、何よりもその魂こそが驚くほどに純粋で気高い人間だ。
アルバートはそんな弟を二人とも大事に思っているし、理想を重ねた同志というだけではなく弟として慈しんでいる。
不慣れながらも幼い弟達の兄として、長男らしく振る舞おうと心がけているのだ。
そのためにはまず弟達、つまりはウィリアムとルイス自身を理解することが重要になる。
他者を理解するのはとても難しい。
だが理解したいと願うほど大事な人なのだから、難しいからといって決して根を上げることはなかった。
むしろ難しいと感じる過程こそが興味深いとさえ思っていたのだが、アルバートが持つ向上心と前向きさを差し引いても、ウィリアムとルイスの兄弟はどこか変わっているように思うのだ。

「……」
「あ、アルバート、兄様」

扉を開けて廊下を歩いていると何やら声が聞こえてきて、視線をやれば少し先に小さな影が見えた。
さてなんだろうかと足を向けてみれば末のルイスがしゃがみ込んでいて、その手には中々の厚さの本がある。
何故そんなところで読書をしているのかは不明だとしても、それだけならばまだ理解の範疇だったけれど、すぐ隣でウィリアムが寝転んでいるのは完全に理解の範囲外だった。
ここは廊下で、寝る場所ではない。
まさか倒れたのかと瞬時に心臓が跳ねたけれど、それならばルイスがのんびり本のページを開いているはずもないのだから、おそらくウィリアムに問題はないのだろう。
そもそも、丁寧にウィリアムの体にタオルケットが掛けられているところこそ不可思議かつ不自然な光景だった。

「こんにちは。何か御用でしょうか?」
「いや…少し声が聞こえたものだから、気になってね」
「そうでしたか」

ルイスは言い慣れない様子でアルバートのことを兄と呼び、彼が近寄ってくるのに合わせて立ち上がる。
そうして言葉を続けたけれど、まだアルバートと話すことに気恥ずかしさがあるのか、視線はすぐに逸らされてしまった。
これでも慣れた方なのだ。
人見知りの気質が強いルイスは徐々にアルバートとの関係を築いている最中で、アルバートも彼のペースに合わせて歩み寄っている。
だから逸らされた視線に傷つくこともなく、アルバートの視線はすぐにそこで寝転んでいるウィリアムへと移った。
じっと見下ろせば穏やかな寝息が聞こえてくる。
驚いたことに、どうやら本当に眠っているらしい。

「…その、ウィリアムはどうしたんだい?こんなところで、ブランケットを掛けて」
「兄さんは今おやすみ中です」
「は?」
「今、おやすみ中なんです」

見ての通り、と言わんばかりにルイスは答えた。
確かにウィリアムはよく寝ているようで、その寝顔も苦痛なく安らかな限りである。
まだ陽の高い時間帯に眠るというのは異質だが、ウィリアムが持つ頭脳の疲労を考えれば昼夜関係なく回復のため眠るというのも理解しやすい。
だがアルバートが気にしているのはウィリアムが寝ているかどうかではなく、何故ウィリアムが廊下で寝ているのかということだ。
シンプルな問いのはずなのに、何故かルイスには伝わらなかったらしい。

「兄さん、眠たくなるとすぐに寝てしまうんです。たくさん考え事をすると疲れてしまうから、我慢出来ないみたいで。それでも危ないところでは寝たりしないんですけど、この家は僕とアルバート兄様しかいないから安心して眠れるようなんです」
「…ウィリアムが安心出来る環境というのは良かった。僕としても嬉しい限りだよ」
「ここは危ない場所ではないし危ない人もいないから、眠たくなったらすぐに寝てしまうのが癖になっているみたいです」
「廊下で?」
「頑張っているそうなんですが、どうしてもベッドまで辿り着けないんです」

この前は花壇の前で寝てしまいました、と話すルイスはアルバートが理解しやすいよう懸命に説明してくれる。
その様子はとても微笑ましいのだけれど、話している内容はどうにも理解できなかった。
だがそれをここでルイスに伝えたところでルイスも困ってしまうだろうし、ウィリアムに至っては何も気付かないまま呑気に寝顔を晒している。
アルバートは理解を諦め、まずは現状を把握することにした。

「そうか。ウィリアムも大変だな。このブランケットはルイスが掛けたのかい?」
「はい。廊下はまだ冷えるので風邪を引かないようにと持ってきました。本当はベッドに連れて行きたいんですけど、僕では兄さんを運べなくて」
「なるほど。ルイスは優しいね」

アルバートに褒められてルイスは照れたように口を引き結ぶ。
うっすら緩んだ口元と僅かに垂れた目元に嬉しさを滲ませているのが、年相応に可愛らしかった。

「それで、せめて兄さんがよく眠れるように本を読んでいました」
「…本を?」
「この本、最近兄さんが読み進めている本なんです。睡眠は深いときと浅いときを繰り返すと聞いたので、浅い眠りのときに音読が聞こえたら兄さんも楽しく眠れると思ったんです」
「つまり、ルイスはウィリアムの良い眠りのために読み聞かせをしていたという訳か」
「はい。この本、僕には少し難しくて読むのも大変なんですけど、兄さんがよく眠れたら良いなと思って、頑張って読んでいました」
「そうか、僕が聞いた声はルイスの読み聞かせの声だったんだね」
「…あ、うるさかったですか?」
「いや、そんなことはないよ」

ハッとしたように本を抱きしめて申し訳なさそうな顔をするルイスを見やり、慌てて首を振りながら否定する。
決して大きな声ではなかったし、言葉の内容がよく聞こえなかったからこそ気になってこの場所にやってきたのだ。
ルイスの行動がアルバートに不利益を与えたことは一切ない。
それと同時に、ルイスの行動がアルバートに理解出来たということも一切なかった。

「…危険がないからといって、廊下や花壇で寝てしまうのはウィリアムの悪い癖だな」
「僕もそう思います。でも中々直してくれなくて…兄さんはたくさん頭を使うから、仕方ないことなのかもしれません」
「それにしても限度があるさ。起きたらウィリアムに注意しなければな」

身の危険がないからといってどこでも寝落ちるウィリアムも、それを心配しつつも何故か快適な眠りを提供するためブランケットと読み聞かせを用意するルイスも、アルバートにしてみればおよそ理解に苦しむ。
アルバートの常識から考えれば少し、いや大分変わっているのだが、それを指摘したところできっと二人は首を傾げるだけだろう。
もしかすると貴族と貧民、育ちの差ゆえの違いなのだろうか。
おそらくそうではないと検討を付けつつ、アルバートはブランケットをルイスに渡してからウィリアムの腕を持ち上げ、自らの肩に掛けて引っ張り上げた。
アルバートとウィリアムの体格差であれば運ぶのは難しくないし、少し反動を付けてやれば余裕で抱えられる。
言う通り、確かにルイスではウィリアムを運ぶのは困難だろう。

「兄様すごい…こんなに簡単に抱えられるなんて」
「僕はルイスよりもウィリアムよりも背が高いからね。いずれルイスも背が伸びたら出来るようになるさ」
「僕だとどうしても持ち上げられなくて、引き摺ろうと思っても僕の力じゃ出来なくて…」
「まだ小さいのだから仕方ないさ。焦らず、まずはしっかり食事を食べてよく眠ることだよ」
「はい」

感動したように尊敬の眼差しを向けてくる、大きな猫目がアルバートの心を擽ってくる。
腕力のあるアルバート自身に敬意を向けているのではなく、自分では抱えられなかったウィリアムを運んでいる、というのがルイスの気持ちを引いたのだろう。
ルイスの最優先はウィリアムという兄であることに気落ちすることはないけれど、まるでウィリアムを利用して興味を引いているようで少しだけ気が引けてしまう。
十分な栄養を取れず病弱であったために小柄なルイスだが、きっといつか大きく成長するはずだ。
ルイスがそれを望んでいるのだからアルバートも応援しようと笑いかけながら、そう遠くない場所にあるウィリアムの寝室へと移動した。

「さて、これでいい。ルイス、こうなったウィリアムはどのくらい眠るんだい?」
「多分、あと30分くらいで起きると思います」

アルバートは運ばれている最中も寝入っていたウィリアムをベッドに寝かせ、ルイスはタオルケットと毛布をその体に掛けていく。
途中で起きると思いきや完全に寝入っているのだから驚いてしまった。
ルイスの言葉とウィリアムの気質を考えれば、ここは熟睡出来てしまう環境かつアルバートは信頼に値する人間だと認定されているようだ。
ありがたいことだが、果たしてそれで良いのだろうかとも考えてしまう。

「そうか、ならばこのまま起きるまで寝かせてあげよう。ウィリアムは昔からこうなのかい?」
「長くいた孤児院では、よくベッドに辿り着けず部屋の隅で寝転んでいました。慣れないところだとベッドまで行けていたんですけど」
「…なるほどな」

振り返れば、かつてのモリアーティ邸での彼はきちんとベッドで休んでいた。
しかもアルバートが訪ねればすぐに目を覚ましていたのだから、ちゃんと環境に応じた対応を取っているつもりなのだろう。
いつでもどこでも、というわけではないにしろ、危険がないと判断したらすぐに眠ってしまうのは今に始まったことではないようだ。
困った悪癖だが、すぐに直すのは無理かもしれない。
アルバートはため息を吐いて、それでも起きたらしっかり言い聞かせなければ、と心に決めた。

「では僕は部屋に戻るよ。ルイスはどうする?」
「僕は本の続きを読んであげます。もう少しでキリのいいところまで読み終わるので」
「…そうか。睡眠学習の手伝い、頑張って」
「はい」

張り切って本を掲げるルイスを否定することなく、アルバートは疑問を隠して笑みを向ける。
応援されたことで張り切ったらしいルイスは大きく頷き、ベッドの側に椅子を持ってきてからコホンと息を整え、小さな声で音読を始めた。
鳥が囀るような高い声で届く言葉は確かに難しく、所々でつかえながら読む姿はますます応援したくなる出来である。
部屋から出ていく途中、「頑張れ、ルイス」と応援を追加してアルバートは去った。

そうしてきっちり30分後、ウィリアムはルイスの音読を聞きながら目を覚ます。
何故かベッドで寝ていることを驚いているとルイスから説明を受け、慌ててアルバートに礼を言いに行ったところで怒られてしまった。

「いくら疲れているとはいえ廊下や庭で眠るのは危ないだろう。自分の限界を知り、事前に休息を取るようにしないといけないよ」

最もな正論をぶつけられて頷く他ないウィリアムは、反省した様子で「分かりました」と返事をしたのだが、結局その悪癖が治ることはなかった。
よって、それから先のモリアーティ邸では至るところで次男が転がっているのが日常となってしまう。
勿論ルイスの読み聞かせも定番となっていて、それが普通になってしまったアルバートも段々と慣れていく。
ウィリアムとルイスのことを少し変わった兄弟だと認識していたはずのアルバートは、自分もその「少し変わった兄弟」となっていることに、後に出会うモランに指摘されてようやく気付くのだった。



(お前ら兄弟、変わってんな)
(…変わっているとは?生い立ちはともかく、私達は至って普通の兄弟のつもりですが)
(普通の兄弟は眠くなったらその辺で転がって寝たりしねぇし、それを快適な睡眠にするため読み聞かせもしねぇし、そんな弟を微笑ましく見守りながらわざわざベッドまで運んだりもしねぇんだよ)
(……)
(え、そうなんですか?兄さん、兄様、僕達おかしいんですか?)
(おかしいつもりはないんだけど…モランから見ると少し変わっているみたいだね)
(モランさんが変わっているのではなく?)
(ふふ、そうかもしれないね)
(おいこら、そこのチビ二人、聞こえてんぞ)
(……)
(兄様?どうされました?)
(兄さん?)
(あぁいや…なんでもないよ、ルイス、ウィリアム)

(言われてみれば、大佐の言葉は確かにその通りだ…いつの間にか二人に染まっていたのか、私は)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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