末っ子、お弁当を作る
転生現パロ年の差三兄弟、兄さん兄様のためにべびルくんがサンドイッチを作るお話。
屋敷に住まうオリキャラが出張るけどべびルくんは兄さん兄様のために一生懸命です、べびルくんは愛されてすくすく育ってほしい。
「じゃあルイス、行ってくるからね」
「今日も良い子でいるんだよ」
「はい!いってらっしゃい、にいさんにいさま」
はやくかえってきてくださいねー、と言いながら手を振る末っ子に手を振り返し、モリアーティ家の長男と次男は車に乗り込んだ。
運転手がドアを閉めてから緩やかに発進していくそれを見やり、末っ子たるルイスはもう片手に持っていたユニークなぬいぐるみの耳を握り締める。
車が門を出て見えなくなってから、ようやくルイスは屋敷の中に帰っていった。
「ばぁば、にいさんとにいさまはいつかえってきますか?」
「今日はお二人とも3時には帰ってくるそうですよ」
「さんじ…さんじですね」
ルイスのすぐそばで待っていた乳母が重たい扉を閉める。
つぶらな瞳の相棒を抱きしめふと近くの時計を見上げたルイスは、教えられた時間が示す針の形を思い出す。
時計はつい最近読めるようになったばかりだ。
まだ分からない時間もあるけれど、3時は自分の名前の文字と同じ形をしているから覚えやすい。
Lの字と同じ形をしているのが3時のはずだ。
朝ご飯を食べて兄達を見送ったばかりの今はまだ8時で、幼いルイスにとって午後の3時はまだまだ遠い。
おやつを食べて、お昼ご飯を食べて、おやつをもう一度食べる頃には帰ってきてくれるのだろうか。
「ねこさん、さんじまでいっしょにあそびましょうね」
ルイスはユニークなぬいぐるみたる猫を抱きしめ、しばし離れる兄達を想う。
幼い子どもにとっての7時間は長いのである。
今生の別れとならないよう気合いを入れて、ルイスはぬいぐるみとともに歩き出す。
まずは勉強をするのだと、お絵描きにもボールにも目を向けずにいると、向かいから白い服を着た大人が慌てた様子でやってくるのが目に入る。
思わず足を止めて立ち竦むルイスの隣で、乳母が走り寄ってきた料理長に声をかけた。
「どうしました、騒々しい」
「すみません、アルバート様とウィリアム様はもうお出になられましたか?」
「えぇ、つい先ほど」
「あぁ、そうですか…しまったなぁ」
「にいさんとにいさまがどうしたのですか?」
いつもルイスのおやつや食事を作ってくれる彼は、どうやら兄達に用があるらしい。
ルイスは聞こえてきた名前の方へと顔を上げ、首を傾げて問いかけた。
兄達のことはなんでも知っていたい年頃なのである。
すると彼はルイスと目線を合わせるためしゃがみ込み、先ほどまで慌てた様子を感じさせないようのんびり話しかけてくれた。
「これはルイス坊ちゃん。お兄様方のお見送りですかな?」
「はい。にいさんとにいさま、さんじにかえってきてくれるそうです」
「3時ですか。ではお二人と一緒におやつを食べられますな」
今日はいちごのゼリーを冷やしてありますよ、とメニューを教えてくれたところで、彼はハッと思い出したように持っていた袋へと目をやった。
ルイスもふいにその袋に目をやるが、見覚えのあるようなないようなそれに、大した興味はない。
だがウィリアムとアルバートに関係する何かなのだろうと、察しの良いルイスが反対側へ首を傾げることで問いかけてみれば、彼はすんなり教えてくれた。
「あぁ、これはウィリアム様とアルバート様のランチです」
「らんち」
「今朝うっかり渡すのを忘れてしまって…あぁ、失敗した」
「これ、にいさんとにいさまのおひるごはんがはいっているんですか?」
「そうですよ」
「じゃあ、にいさんとにいさま、おひるごはんたべられない…?」
ガーン、と分かりやすく白い顔を青くさせたルイスを見やり、料理長と乳母は言葉を尽くして励ました。
どうもこの末っ子は兄達への愛が海よりも深く、兄達に害を成すものや不利益を与えるものが大嫌いなのだ。
おそらくは兄達に似たのだろうと、モリアーティ家に関わる人間全てが勘付いている。
何なら母よりも父よりも乳母よりも自分に過保護なウィリアムとアルバートに育てられているのだから、ルイスはなるべくしてなったブラコンだった。
「にいさんとにいさま、おなかすいちゃう…」
「大丈夫ですよ、坊っちゃま。すぐにばぁばがランチを届けに行きますからね」
「いえ私が届けに参ります!お手を煩わせるわけには…」
「…ランチ、とどけられるんですか?」
「え?えぇ、お二人の学校に行けば良いだけですから」
「がっこう…」
ルイスはウィリアムとアルバートが通う学校という場所に行ったことがない。
家では出来ない勉強をしているのだということは教えられているが、歩いて行くには少々遠いらしく、いつも車で向かっているのだ。
着いて行こうとしたこともあるが、正門のところまでしか車は入れないようで、中に入ったことはない。
瞬間、ルイスは名案を閃いた。
「ランチ、ぼくがとどけます」
「ぼ、坊ちゃんが?」
「にいさんとにいさまがうえじにしたらたいへんです。ぼくがごはんをとどけてあげなきゃ!」
「飢え死にって、どこでそんな言葉を覚えたのですか坊っちゃま…」
「で、でも坊ちゃん、お外は危ないですよ」
「へいきです、ねぇねこさん!」
突然の妙案に戸惑う大人二人をよそに、子ども一人と猫一匹は張り切った様子で小さな手を握り締めている。
どうやら溢れる気合いが握り拳となって現れているらしい。
やる気も気合いも十分なルイスを見て、兄達の教育方針としてなるべく末っ子を屋敷から出していないことを知る料理長はどう止めようか悩んでいたが、一度決めたら諦めないルイスの性質を重々承知している乳母はすぐさまどこかへ連絡をとり始めた。
「もしもしアルバート様ですか?私、乳母のダイアナでございます。お尋ねしたいのですが、アルバート様とウィリアム様お二人とも、ランチをお忘れでしょう。えぇ、えぇ、いえ学食はお止めください。今から届けに参ります。参ろうと思っているのですが、ルイス坊っちゃまがどうしても届けに行きたいと仰っておりまして…はい、それはもう、やる気に満ち満ちております。そこで確認なのですが、本日のランチを召し上がる場所はどちらのご予定で?ふむ、なるほど…かしこまりました、問題はなさそうでございますね。では12時にお伺いしますので、よろしくお願いします」
「?」
「ダイアナさん?」
まだ車内にいるであろうアルバートとの連絡を終えた乳母はルイスと目線を合わせ、持っていた端末で溢れる気合いにより拳を握るルイスの写真を数枚撮った。
兄達のおかげで写真を撮られることに慣れているルイスは抵抗なく、かといって笑みを作るでもポーズを取るでもなく、ただ自然体のまま撮られている。
そうして撮影した写真をそのままアルバート及びウィリアムの持つ端末へと送った後で、乳母はにっこりと皺を深めて笑った。
「坊っちゃま、今日はアルバート様とウィリアム様と学校でランチを食べましょう」
「!がっこうでですか?」
「えぇ。お二人には許可を貰いましたし、学校側からの許可も取ってくださるそうです。ランチを届けて、そのまま一緒に召し上がりましょうね」
「ねこさんもいっしょですか?」
「もちろん」
ルイスの差し出したぬいぐるみの頭を軽く撫でた乳母は、喜ぶ姿を見て胸を暖かくさせた。
普段からルイスは中々に頑固で融通が効かないのだが、ウィリアムとアルバートが絡むとそれがより一層の主張をする。
ルイスの希望通りランチを届けに行かせなかった場合、まず間違いなく屋敷を脱走して迷子になる。
常日頃から連れ歩いている猫のぬいぐるみにこっそりと仕込んでいるGPSで、ルイスの居場所はすぐに分かるだろう。
だが迷子のルイスを見つけたところで、「にいさんとにいさまがうえじにするー」と大騒ぎしてしまい、結果として兄達に会ってランチを届けなければ納得せず暴れるだけだろう。
子どもの姿をしてやたら力強いルイスが全力で暴れれば、老体である乳母にはとても止められない。
ならば、と懐柔する意味でアルバートに連絡を取ってみたのだが、結果としては上々だ。
知らない場所に行くことはルイスに良い刺激を与えるだろうし、そこが普段兄達が通っている学校ならばますます興味を引くことだろう。
現にルイスはやる気を滲ませていた拳を解き、嬉しさのあまりぬいぐるみを掲げてくるくる回り踊っていた。
「わーい、がっこうでランチー!ねこさん、にいさんとにいさまのがっこうへいけるって!うれしいですね、ねこさん!」
物言わぬ猫のぬいぐるみを抱きしめ、その場でぴょんと飛び跳ねているルイスはとても可愛らしい。
麗しい兄弟愛を垣間見て涙腺を緩ませた料理長は、ルイスの妙案に続く乳母の名案にハッと己の頭を閃かせた。
「ではルイス坊ちゃん、これから兄さん方のランチを一緒に作りませんか?」
「つくる?これ、ランチでは?」
「ランチを食べるまで時間もあるし、せっかくだから坊ちゃんが作ってあげましょう。きっとその方がアルバート様もウィリアム様も喜びます。良いでしょう?ダイアナさん」
「まぁ良いでしょう。今日の勉強はお休みですね」
「…ぼく、つくります!」
にいさんとにいさまのごはん、がんばってつくります!とルイスはまたも気合いを入れた拳を握る。
料理長の名案中の名案は、健気なルイスの琴線にしっかり触れたようだ。
ならば善は急げと、料理長はルイスの小さな背中を押して調理場まで案内してあげた。
「ルイス坊ちゃん、今日のランチメニューはサンドイッチです」
「ぼく、サンドイッチすきです。たまごのサンドイッチ、おいしいです」
「それはありがとうございます」
ルイスがたまにしか足を踏み入れないモリアーティ家の調理場は広く清潔な空間だ。
ここには多くの食材が揃っており、いついかなるメニューを指示されようとすぐ調理できるだけの設備も整っている。
だが主人夫妻をはじめアルバートもウィリアムもルイスも食にはさほど貪欲ではないようで、出されたものを食べるというスタイルで落ち着いてしまっているため、突然のメニュー変更はほとんどない。
味とバランスに優れた本日の予定ランチメニューは料理長が自ら作ったオムライスだった。
渡されることのなかった手提げ袋の中にはオムライスとサラダの入った容器が二人分入っているのだが、幼いルイスとともにオムライスを作るのは流石のベテラン料理長といえどもハードルが高い。
ゆえに今日は珍しく、メニューが変更されたのだ。
「では坊ちゃんの好きなたまごサンドから作っていきましょう。坊ちゃん、この鍋に卵を入れてください」
「はい」
手を洗い、小さなエプロンを身に付け、子ども用の踏み台に乗ったルイスは、両手に卵を持ってそっと鍋の中に入れていく。
一つ、二つ、三つ、四つ、と順に入れていったところで料理長からストップが入り、ルイスは手をとめた。
料理長はそれをコンロに乗せていき、電源ボタンを押していく。
「ひはでないんですか?」
「今日はガスコンロなしで作るので火はないですよ」
「へぇ…」
仕組みは分からないが、ボタンひとつで熱が出て水がお湯になるらしい。
幼いルイスを火に近づけるのは危険と判断した料理長の思惑など知らず、ルイスはそばに置いていたぬいぐるみの耳を握りしめた。
何となく、本当に何となくなのだが、火を見たかったような気がしたのだ。
テレビや本の中でしか見たことのない火が、本物ではどのようなものか知りたかった。
だがそれは叶わないらしい。
まぁいいかとルイスが火から意識を逸らそうとした瞬間、ちくん、と頬の痣が傷んだような気がして、思わずぬいぐるみを抱き寄せて頬を寄せた。
「では、ゆでたまごを作っている間にハムサンドを作りましょう」
「ぼく、ハムサンドもすきです」
「それは嬉しいですな。ではまずパンにバターを塗りましょう」
「はい」
ルイスは用意されていた薄切りの食パンに、不器用ながらもバターを塗り広げていく。
たくさんのパンにバターを塗っていくと、いつの間にか切られていたらしいレタスとトマトがやってくる。
メインのハムは丸いままだった。
「坊ちゃん、レタス・トマト・ハムの順番で乗せていってください」
「レタス、トマト、ハム…レタス、トマト、ハム…」
「そう、お上手ですな」
小さい手でゆっくりと丁寧に具材を乗せていく。
パンからはみ出ない方が良いだろうかと、ルイスが神経質にレタスを乗せていると「はみ出ても良いですよ。お気になさらず」と料理長が言ってくれたので少しだけ気楽になれる。
用意された具材を全て乗せ終われば、これまたいつの間にか作られていた料理長特製のソースがあった。
それを慣れた様子で彼がハムの上にかけていった後、ルイスがパンでサンドする。
上から軽く押して馴染ませていけばハムサンドの完成である。
「これがハムサンド…!おいしそうです」
「ふっふっふ…まだ完成じゃありませんよ、坊ちゃん。さぁこれで型を抜いていきましょう」
「かたぬき?」
かたぬきとはなんだろうかと思い、渡されたそれを見る。
小さなそれはルイスの両手に乗るくらいのサイズ感で、形は見覚えがあるどころではないほど見慣れていた。
「ねこさん!」
ルイスは手に乗せられた型と作業台に座っているぬいぐるみを交互に見る。
特徴的な細長い耳、面長な顔、つぶらな瞳とキュートな口元。
初めて見るサンドイッチ型は、ルイスの友達であるねこさん型をしていたのだ。
それは平たい器のような形をしており、底の部分には目と口がぷっくりと浮き出ている。
「ねこさんのサンドイッチですか?」
「えぇ。坊ちゃんは猫がお好きでしょう?喜んでくださるかと思って作ってもらっていたんですよ」
「これ、どうやってつかうんですか?ねこさんのサンドイッチ」
「よく見ていてくださいよ」
料理長はルイスから型を取り、作ったばかりのハムサンドの上に押し当ててグッと力を入れていった。
そうして型の外側にあったパンと具材が切り離される。
続けて型を持ち上げれば、中にはねこさん型のサンドイッチが入っていた。
形を崩さないよう丁寧に取り出して皿に置けば、ルイスも感心するほどの可愛いねこさん型サンドイッチの完成である。
「すごいですねぇ…ねこさんのサンドイッチなんて、ぼくはじめてみました」
キラキラした瞳で嬉しそうにサンドイッチを見るルイスとそばに置かれているぬいぐるみを見下ろし、それはそうだろうな、と料理長は心の中で同意した。
アルバートがデザインしたというこの不思議なぬいぐるみ、猫だと教えられても猫には見えないのだ。
ルイスが猫だと信じきっているため話を合わせているが、噂に聞けば、ルイスはむしろ本物の猫を見てショックを受けたこともあるという。
この末っ子の中での猫は、もう既にこの不可思議な形をしているのが普通になってしまっているのだ。
ならば夢を壊してはならないと、ルイスにとって唯一の友達と言っていいこの「ねこさん」は、モリアーティ家に住まう人間にとって特別な存在なのである。
特注のサンドイッチ型を作るなど、モリアーティ家の人間にとってはさも簡単なことなのだ。
「さぁ坊ちゃんもやってみましょう」
「はい!」
サンドイッチに型を被せ、両手で思い切り体重を乗せる。
小柄なルイスでは多少時間がかかってしまうが構うことなく、順番で部分的に力を込めてねこ型からサンドイッチを切り離せば、可愛らしいねこさんサンドイッチの完成だ。
「にいさんとにいさま、きっとうれしくなりますね」
今完成したばかりのサンドイッチを見て、ルイスは得意気に笑っている。
機嫌の良い子どもというのは無条件に可愛らしいもので、特に兄達の愛情をたくさん受け止めているルイスはますます可愛い存在だ。
料理長は次々にねこさんサンドイッチを作り出していくルイスを微笑ましく見守りながら、片手間でキュウリのサラダを作りゆでたまごの殻を剥いていた。
「さぁ坊ちゃん、他のサンドイッチも作りましょうか」
「あ、ゆでたまご。たまごのサンドイッチですか?」
「えぇ。たまごのサンドイッチにキュウリのサンドイッチと、ホイップクリームのサンドイッチも作りますよ」
「たくさんですねぇ」
「ウィリアム様とアルバート様は成長期ですからな。もちろん、ルイス坊っちゃまもたくさん食べなければいけませんよ」
「はい」
ルイスは促されるままゆでたまごをマッシャーで潰し、その合間に料理長が調味料を加えて味を整えていく。
そうして縦に切り込みを入れたコッペパンにたまごサラダを挟めば、ルイスお気に入りのたまごサンドの完成である。
続けてキュウリのサラダを同じくコッペパンに挟んでいくルイスを見守りながら、料理長がホイップクリームを混ぜて作り上げていく。
ホイップクリームのサンドイッチは食パンを使うため、ルイスは楽しそうにねこさん型を使って型抜きをしていった。
「サンドイッチ、たくさんできました!」
「ルイス坊ちゃんのおかげで美味しそうに作れましたね。ありがとうございます」
「にいさんとにいさま、おいしくたべてくれますか?」
「それはもう。絶対に喜んで食べてくれますよ」
ルイスは既に嬉しそうに頬を染め、ランチボックスに綺麗に入れられた四種類のサンドイッチを見る。
大きいサイズの二つはウィリアムとアルバートのもの、小さいサイズのものはルイスのものだ。
ルイスはたまごサンドがすきだが、ウィリアムはハムサンドがすきで、アルバートはキュウリのサンドイッチがすきだ。
それを見越した上でサンドイッチの具材を決めた料理長の心遣いにぼんやり気付きながら、みんなの好物のサンドイッチを作ることが出来たのがルイスは嬉しかった。
えへへ、と幼い笑い声をあげたルイスは置いていたぬいぐるみを手に取り抱きしめる。
「あれはなんですか?」
ふとランチボックスの周りにも目をやれば、サンドイッチ作りには使わなかった茶色く細長いものがボウルに入っていた。
もう作り終わったはずなのに、もしや材料が余っているのだろうか。
「あぁ、あれはパンの耳ですよ」
「みみ?」
「サンドイッチを作ったときの食パンは周りにあの耳が付いているんです。今日は必要ないので切ったんですよ」
「パンにはみみがついてるんですね」
ルイスは腕の中にあるぬいぐるみの細長い耳に目をやった。
どうやらサンドイッチには耳がいらないらしい。
確かにルイスが今まで食べたサンドイッチにあの茶色い部分はなかったから、毎度わざわざ彼が切り取っていたのだろう。
「たべられないところなんですね」
「たべられますよ。ただ、サンドイッチには必要ないんですよ」
「たべられるんですか」
「坊ちゃんの口には合わないでしょうけどね。ねこさんなら良いかな」
はい、ねこさんにどうぞ。
そう言った料理長から差し出された細長いパンの耳を、ルイスはお礼を言ってから受け取った。
ぬいぐるみの口元に持っていってみれば、今日もまだねこさんは食べてくれない日だったようだ。
ルイスは少しだけしょんぼりと肩を落とし、いつものように自分の口にパンの耳を持っていってパクリと食べた。
「…かたいですねぇ」
「坊ちゃん!?それは坊ちゃんの口には合わないと言ったでしょうに…!」
「ねこさん、まだたべられないんです。ねこさんがたべないときはぼくがたべないと」
「そ、そんなルールがあったなんて…」
もきゅもきゅと口を動かしては美味しいとも不味いとも判断の付かないルイスを見下ろし、料理長はおろおろと手を上下左右に動かしている。
抜群に美味しい状態の素材で作った料理ばかりを食べているルイスなのだから、当然のように舌が肥えている。
ルイスが生まれた次の年から料理長を担っている彼は、ルイスが口にするほとんどの食事を作っているため、当然それを理解していた。
いくら手ずから焼いた美味しい特製食パンといえど、所詮サンドイッチ用に焼いた食パンの耳は、幼児であるルイスの口には合わないだろう。
それを見越してパフォーマンスとしてぬいぐるみに耳をあげただけなのに、兄達にきちんと躾けられているルイスは食べ物を粗末にする習慣がなかったらしい。
狼狽えている間に、ルイスはきちんと一本まるまる食パンの耳を食べてしまった。
「パンのみみ、はじめてたべました。かたかったです」
「そ、それはそうでしょう…」
料理長の戸惑いなどいざ知らず、ルイスは淡々と感想を述べる。
美味しくはなかっただろうに、それを言うこともない。
ウィリアムとアルバートの育て方はなんとも立派なことだと料理長が密かに感動していたが、モリアーティ家の炊事を任されている身としてはプライドに障る。
時計を見れば、ちょうど午前中のおやつの時間にぴったりだ。
ルイスも少しばかりお腹が空いているに違いない。
「ルイス坊ちゃん、今からこのパンの耳でおやつを作るので待っていてください。この椅子に座って、自分が合図するまで椅子から降りてはいけませんよ」
「?はい」
彼はルイスを踏み台から下ろし、十分に距離をとったところに椅子を置いてそこに座らせた。
大人しくしているルイスを他所に、料理長は素早く準備を整えて短く切ったパンの耳を焼いていく。
多めの油で揚げ焼きにすると、香ばしい匂いと心地よい音が鳴る。
その二つにルイスの興味も唆られたのか、身を乗り出そうと動こうとしていたが、それでも言いつけ通りに椅子を降りることはしなかった。
焼き終わった耳を冷ましている間に、余っていたホイップクリームにチョコレートを混ぜてチョコレートクリームを用意し、真っ白い粉砂糖を取り出した。
そうしてルイスが愛用している小さな皿に焼き上げた耳を盛り付け、半分に粉砂糖、もう半分には何もかけずにチョコレートクリームを添えて、ルイスの前へと差し出していく。
あっという間に出来たそれは、パンの耳だったはずのラスクのおやつだった。
「わぁ…これもパンのみみなんですか?」
「そうです。坊ちゃんでも美味しく食べやすいようラスクにしてみました。さっき食べたものとは違って、これは硬いのではなくサクサクしていますよ」
「さくさく」
いつもならきちんと席についておやつを食べるのだが、急かされるままルイスはまだほのかに温かいパンの耳ラスクを手に取った。
粉砂糖のかかったそれはとても美味しそうで、先程食べた物とは全然違うのがよく分かる。
美味しそうだと思いながらパクリと口にすれば、やっぱりそれはとても美味しかった。
「さくさくしてます。さっきは、こう、もぎゅもぎゅしてかたかったのに、これはかみやすいです」
「そうでしょうそうでしょう。坊ちゃんには常に美味しいものを食べていてもらわねば、モリアーティ家の料理長たるこの私の名が泣きますからな。パンの耳とて、私の手にかかれば美味しいおやつに変身するのです」
「おいしいですねぇ」
サクサクもぐもぐと口を動かすルイスは満足そうで、ようやく料理長もプライドも保たれる。
二本目を手に取ろうとしたルイスを制し、きちんと食堂へと案内しておやつの時間を堪能させるべく、二人と一匹はすぐ隣の部屋まで歩き出していった。
(にいさん、にいさま!ランチもってきました!)
(ルイス、よく来てくれたね!)
(わざわざありがとう、ルイス!)
(きょうのランチ、ぼくがつくったんですよ。がんばりました)
(ルイスが作ったのかい?本当に?)
(どんなサンドイッチかな…おぉ、これは)
(ねこさんのサンドイッチです!すごいでしょう)
(凄いね、ルイス。これをルイスが作ったなんて)
(ぼくがハムをはさんで、ねこさんのかたちにかたぬきしたんです)
(そうかそうか、ルイスは料理が上手だな。さすが私の弟だ)
(んふふ。おいしくたべてくださいね)
(勿論だよ。早速食べようか)
(ルイス、ねこさんはここに座らせてあげなさい。ルイスはこっちだ)
(はぁい)
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