僕、誕生日なんです


ハッピーバースデールイス!

兄さん兄様にたくさんお祝いされて、幸せだなぁと思う一日を過ごしていてね。


年初め、兄達はルイスにこう聞いた。

ルイスの誕生日にはケーキを作ろうと思うんだけど、どんなケーキが良い?

そんな問いかけに、ルイスはこう答えた。

赤い苺が乗ったケーキが良いです。

最愛の弟がそう答えたのだから、二人の兄は大きなショートケーキを作ることにしたのだ。


モリアーティ家の長男であるアルバートは自宅から大学へ通っており、次男であるウィリアムも飛び級をして昨年大学へ入学したため自宅に住んでいる。

末のルイスだけがイートン校の寮におり、三兄弟はそれぞれの勉学に励む日々を送っていた。

三人が揃うのは長期休暇のとき、各々の誕生日、そして耐えきれなくなったルイスが課題をやりくりして作った時間を使って帰宅したときだ。

決して回数は多くないし、勉学との兼ね合いを考えるとこのくらいがちょうど良いのだろう。

去年のルイスの誕生日では、ウィリアムと一緒に寮から帰宅してアルバートとともに二人でルイスの誕生日を祝ってくれた。

今年もそうだろうかと予想はしていたが、やはり二人で祝ってくれるらしい。

ならば2月6日にはなんとしても帰ってこなければ。

誕生日にさほど思い入れはないけれど、自分が生まれたことを二人が喜んでくれるのは嬉しいと思う。

ルイスは穏やかに笑みを浮かべている兄達を見て、早々に課題を終わらせようと小さな手に決意を固めた。


そうして誕生日当日。

ルイスは張り切って朝一番の列車に乗り、昼過ぎにはダラムに到着した。

ケーキを作ると言っていたので迎えは要らないと事前に伝えていたため、駅に兄達はいなかった。

それでも習慣のように兄達の姿を探してしまって、何となしに肩を落としてしまう。

聞き分けの良い弟でありたい一面と兄達に構われたいという末っ子の一面が、自覚なく交互に出てきているようだった。

ルイスは落とした肩を戻し、早く帰らねば、と辻馬車の列に並ぶ。

逸る気持ちを抑えて帰宅したルイスを出迎えたのは、当然ウィリアムとアルバートの二人だった。


「ただいま帰りました、ウィリアム兄さん、アルバート兄様」

「おかえり、ルイス」

「よく帰ってきてくれたね」


ルイスはコートと帽子を被ったまま、普段であればすぐに二人の元へ駆け寄るのだが、よくよく見ればウィリアムもアルバートもエプロンを付けている。

隠れていない袖にも白や薄黄色い汚れが付いていて、何やら甘い匂いが部屋の奥から漂ってくる。

すん、と鼻を鳴らしたルイスを見て、理解したようにウィリアムが口を開いた。


「ちょうど今、ルイスのバースデーケーキを作っているんだ。慣れていなくてもう少し時間がかかるから、お祝いの言葉は後で伝えさせてね」

「すまないな。予定なら完成しているはずだったんだが、思ったように生地が膨らまなくて作り直しているんだ」

「そうなんですか…あの、僕も手伝いましょうか」


僕も上手くはないですが、多少慣れてはいるので。

そう提案するが、二人からは大袈裟なほど首を振って拒否を示した。


「何を言っているんだい、ルイス。君のバースデーケーキなんだから、僕とアルバート兄さんだけで作りたいんだよ」

「長旅で疲れただろう。ルイスはお茶でも飲んでゆっくり待っていてくれ」

「はぁ…」


この時点で、あれ、とは思ったのだ。

去年はウィリアムと帰ってきたからそのまま一緒にいたし、アルバートに会ってからは三人で過ごしていた。

誕生日という特権ゆえ、ルイスが一人で過ごす時間はほぼなかったことを覚えている。

それなのに、今年は昼過ぎというルイスにしてみれば遅い時間に帰ってきたというのに、ルイスは今一人リビングで紅茶を飲んでいる。

ルイス専用のカップに入った綺麗な飴色の紅茶。

二人も休憩して飲みにくるかと期待して多めに淹れたというのに、ぬるくなってきた今も二人は向こうの厨房に篭りきりだ。

お気に入りの茶葉のはずが、どうにも味気なく感じてしまう。


「…ケーキ、まだかな」


ケーキというより、ケーキを作っている二人はいつ来るのだろうか。

厨房からは甘い匂いとともに焦げ臭いような匂いもするし、クリームを立てているのかミキサーの音がする。

スポンジが焦げてしまった、また作り直そう、クリームが飛び散って量が足りなくなってしまった、追加で作らなければ、などという不穏な声が小さく聞こえてくるのも心配だ。

きっと朝からルイスのためにケーキを作り、納得いくものが出来ずに何度も作り直しているのだろう。

兄達の気持ちと行動がとても嬉しい。

けれどやっぱり、想像していた誕生日とは違う気がしてしまうのだ。


「苺のケーキが食べたいなんて、言わなければ良かった」


そうすれば今頃、ウィリアムともアルバートとも一緒にお茶を飲んでいたはずなのに。

元々ルイスは誕生日にケーキを食べる習慣がない。

孤児だった頃は誕生日など気にしている余裕もなかったし、振り返ってみると、そもそもこの時期は毎年風邪を引いていたような気がする。

雪も珍しくない寒い時期に生まれたから体が弱いのだろうかと、一人思い悩んだこともあった。

いつもウィリアムが懸命に看病してくれて、ケーキどころか何かを口にする余力さえなくて、それでも何とか薬だけは飲んでいたのだ。

気付いたときには誕生日なんて終わっていたし、最愛の兄なんて自分の誕生日すら捨ててしまっている。

だからルイスには誕生日が特別という感情がない。

けれど、今では病弱な体質が改善してここ数年はこの時期に体調を崩さなくなった。

それからはウィリアムとアルバートが楽しそうにルイスの誕生日を祝ってくれるようになったのだ。

二人の気持ちが嬉しくて、自分は二人に必要とされているのだという事実に高揚感を覚えて、気まぐれに世間一般の真似事としてバースデーケーキをねだってみただけなのだ。

本当にケーキを食べたかったわけじゃない。

ルイスはただ、自分の誕生日にウィリアムとアルバートと一緒に過ごしたかっただけだ。

風邪も引いていないし、勉強を教えてほしいし、二人の大学での出来事も聞いてみたい。

甘い物はすきだから、苺のケーキは魅力的だ。

けれど苺のケーキは、ウィリアムとアルバートと一緒に過ごす誕生日と比べることすら出来ないのである。

それなのに今、誕生日を迎えているルイスはひとりぼっちで紅茶を飲んでいる。

このままで良いのだろうか。


「やっぱり、思っていたのと違う」


いや、このままで良いはずがない。

ルイスはカップの中の冷めかけた紅茶を一気に飲んで、そのまま二人がいるだろう厨房に突撃した。


「ウィリアム兄さん、アルバート兄様!」

「あれ、ルイス。ごめんね、まだケーキは出来ていないんだ」

「次こそ成功させるからもう少し待てるかい」


厨房の中にいる兄達は体のあらゆるところに粉やクリームが付いており、辺り一面にバニラの甘い香りが充満していた。

事前に取り分けていたらしい苺はツヤツヤと真っ赤で、その近くに用意されていたチョコレートのプレートにはルイスの名前が書かれている。

ルイスが列車に乗っている間もずっと、ウィリアムとアルバートはケーキを作ろうと頑張っていたようだ。

お菓子作りなどほとんどしたことがないのに、それでもルイスが食べたいと言ったから、苺のケーキを作ってくれている。

二人の行為こそが間違いのない愛で、立派なプレゼントだ。

ルイスは厨房で一生懸命に頑張っているウィリアムとアルバートを見て、生まれてきて良かったと心の底から感じている。

二人に必要とされて、大事にされていることが十分に伝わってくるのだから、これ以上ひとりぼっちで過ごすのは嫌だった。


「僕、今日、誕生日なんです」

「そうだね。ケーキが完成したらたくさんお祝いしてあげるからね」

「プレゼントも用意してあるから楽しみにしておいで」

「ありがとうございます、嬉しいです。でも、僕、今日、誕生日なんですよ」

「?うん。お祝いの言葉はまた後で…」

「そうじゃなくて」

「ではどういうことだろうか」

「…僕、今日、誕生日だから」


ひとりぼっちは嫌です。僕もケーキ作ります。


無駄な肉は付いていないけれど、子ども特有にふっくらしている頬は更に丸くなる。

むすりと眉を顰めながらむくれたルイスは、近くにあった自分のエプロンを手に取った。

それにも粉っぽい汚れが付いていて、二人がケーキを作るのにどれだけ格闘していたかが窺い知れてしまう。

ケーキなんて要らないと言えば二人の気持ちを踏み躙ることになるし、かと言ってこのまま二人だけでケーキが完成するとは思えない。

夜になってもこの家の中でひとりぼっちなど、ルイスは絶対に嫌だった。


「一緒にケーキを作りながらお祝いしてほしいです」

「ルイス、ごめんね。一人きりにするつもりはなかったんだ」

「まさかケーキを作るのがこんなに難しいとは思わなくてな、予定ではルイスが帰ってくる頃には完成しているはずだったんだが…」

「せっかくの誕生日なのに寂しい思いをさせてごめん」

「手際が悪くて本当にすまない」

「謝らなくて良いです。兄さんと兄様が僕のために頑張ってくれていたのはとても嬉しいんです」


エプロンを身に着け、顔にも髪にも粉やクリームが飛んでいる二人の顔を見上げる。

せめて顔の汚れは取ってあげようとハンカチで拭ってみれば、落ち込んだ様子の二人が持つ赤と緑の瞳がルイスを見下ろした。

だいすきな兄達のそんな顔は見たくない。

だって今日は、ルイスの誕生日なのだから。


「あの、ウィリアム兄さん、アルバート兄様」

「何だい?」

「ん?」

「僕、今日、誕生日なんですよ」


エプロンを握り、落ち込んだ二人を励ますためではなく、ただ純粋に今日は自分にとって特別な日なのだと主張するように、苺よりもより濃い赤で二人を見た。

欲しいものは、謝罪でもなければケーキでもない。

ルイスの思いにようやく気付き、受け止めたウィリアムとアルバートは表情を変えて穏やかに笑った。


「ルイス、誕生日おめでとう。君が僕の弟として生まれてくれて、本当に嬉しいよ」

「今年もルイスの誕生日を祝うことが出来て私は嬉しい。生まれてきてくれてありがとう」

「新しい一年がルイスにとって良い一年でありますように」

「これからも三人で生きていこう」


ようやく欲しかった言葉を大切な人達に貰うことが出来て、ルイスは満足だ。


「はい!ありがとうございます!」


ルイスの誕生日が終わるまでもう半日もないけれど、残りの時間を一緒に過ごせるのなら十分だ。

何せこれから三人で、ルイスのバースデーケーキを作るのだ。

こんなことは初めてだし、きっと特別で楽しい時間を過ごせるに違いない。

あぁ、なんと素晴らしい誕生日なのだろう。


「僕、スポンジケーキを作るコツを知っていますよ。卵をたくさん泡立てるのが大事なんです」

「そうなのかい?あまり意識していなかったけど、卵がポイントなんだね」

「あと、生クリームはゆっくり優しくミキサーで立てると飛び散らないんですよ」

「なるほど。少々使い方が荒っぽいのが飛んでしまう原因だったのか」

「ルイスは物知りだね、凄いよ」

「さすが誕生日を迎えた人間は一味違うな」

「ふふふ」


ルイスは以前ロックウェル家の料理長から教わった知識を披露し、三人協力してケーキを作り始める。

ケーキ作りは案外力作業であり、知識があるルイスよりも、コツを掴んだウィリアムとアルバートの方が効率的な作業が出来るようになった。

そうして手際よくケーキを作っている合間、不意に目に入るチョコレートのプレートに書かれた自分の名前を見てはルイスは笑う。

そんな末っ子を見るたびに、ウィリアムとアルバートは、誕生日おめでとう、と祝いの言葉を贈るのだった。




(ルイス、苺の味見をしてみるかい?)

(良いんですか?でも、ケーキの飾りがなくなってしまうのでは)

(たくさんあるから気にしなくて良い。我慢させたお詫びだ)

(気にしなくて良いのですが…でも、せっかくなので)

(この苺、ルイスの瞳みたいに濃い色をしているだろう?どうしてもこの苺が良かったから、取り寄せるのに苦労したんだ)

(何とか今日に間に合って良かったよ)

(そうだったんですか。この苺、とても美味しいです。ありがとうございます)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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