バースデーケーキ


みよし先生のツイートより。
バースデースターゲイジーケーキを作るまでのルイスと兄様。

重厚な扉を二回ほどノックして、中からの返事を確認してルイスは部屋へと入る。
優雅に脚を組んで仕事の書類に目を通していたアルバートは、部屋に入ってきた弟の姿を見て一息つこうと手に持っていたそれを机に置いて微笑みかけた。

「兄様、今お時間よろしいでしょうか?」
「あぁ、ルイス。大丈夫だよ、何か用かい?」
「ウィリアム兄さんのバースデーについて相談なんですが…」

アルバートの手元にある書類を見て少しだけ申し訳なさそうに話を切り出したルイスだが、気にさせないよう穏やかに微笑むアルバートを見て話を切り出した。
もうすぐウィリアムのバースデーである四月一日がやってくる。
あくまでも便宜上のバースデーではあるが、それでもめでたい日には変わりない。
大事な家族のバースデーだ、祝うのは当然だろう。
ウィリアムの意向もあり、貴族たちを招いた盛大なパーティーをするわけではないが、身内だけでささやかな祝いの席を設けるくらいのことはしていた。
ルイスが気合いを入れて食事の用意して、アルバートがプレゼントを用意するのがここ数年の流れだ。
今年もそうしようと、アルバートは既にバースデー当日に仕事は入れないよう根回ししていたし、プレゼントも目星をつけている。
だからルイスの相談も、当日のメニューについてだろう。
そう考えていたアルバートは、ルイスの言葉に思わず目を見開いた。

「今年はイースターとも重なりますし、今までよりも盛大に祝うべきかと思います。ですから、今年は趣向を変えて名高いシェフを呼ぼうかと思うのですが、いかがでしょう?」

もう既に何名か調べているんですよ。
デザート専門の職人もいるようで、バースデーケーキも豪華になりそうです。
兄様はどなたか呼びたいシェフはおりますか?
ルイスが少しだけ楽しそうにそう話しているのを、アルバートはどこか遠くから話しているように聞こえた。
ウィリアムのバースデーに、ルイスではない人間の作ったケーキをウィリアムが食べるということだろうか。
例えばこれがアルバート自身のバースデーなら、モリアーティ家当主として貴族を招いたパーティーを催さなければならない立場ゆえ、ルイスの作ったケーキを食べられない年もあった。
伯爵という立場上は仕方のないことだし、ルイスからは気持ちの入った贈り物をもらっているのだからあまり気にかけたことはない。
だがウィリアムは違う。
盛大なパーティーがない分、毎年ルイスが手を込めて作った夕食とケーキを食べて歳を重ねているのだ。
去年はココアを練りこんだクリームをメインにしたケーキだった。
いちごの酸味とカカオバターのほろ苦い甘さが絶妙にマッチしていて、申し分ない味をしていたとアルバートは記憶している。
そのケーキを前にルイスから「兄さん、誕生日おめでとうございます」と祝福され、ウィリアムが本当に嬉しそうに微笑んでいたのを昨日のことのように思い出される。
それなのに、今年はルイスが食事の用意をしないらしい。
ルイスに対して過保護なまでに溺愛しているウィリアムがそんなことを許すとは思えないが、当の本人はそれを理解していない。
兄様?という声と不思議そうな顔をしたルイスが眼に入った瞬間、ようやくルイスの言葉の意味が理解できた。

「…呼ぶのは構わないが、ウィリアムはどう思うだろうな」
「と、言いますと…?」
「事前にウィリアムに聞いておくべきじゃないか?ウィリアムの希望に沿うのが一番だろう」
「それもそうですね。では兄さんにリクエストを聞いて、それに見合ったシェフを手配します」
「あぁ、それがいいだろう」

おそらくは手配する必要などないだろうが。
アルバートはそう確信していたが、ありがとうございました兄様、とすっきりしたように礼を言うルイスが可愛かったので、肩をぽんと叩くだけにしておいた。



「兄さん、少し相談したいことがあるのですが」
「何かな?」
「兄さんのバースデーについてなんですが…」

ルイスはアルバートのアドバイスを聞き入れ、すぐにウィリアムの元へと足を運べば、都合よくウィリアムが手持ち無沙汰に本を閉じたところだった。
本を膝に乗せて腕を組み、隣に腰かけたルイスを見やる。

「今年の兄さんのバースデーにはシェフを呼ぼうと思います。何か食事のリクエストはありますか?」

愛しい弟からの相談ごとに、ウィリアムは先ほどのアルバート同様に目を見開いた。
今まではルイスが手を込めてウィリアムの好物ばかりを用意して、バースデーケーキも手作りしてくれていたと言うのに、どうしたことだろう。
ウィリアムは怪訝な顔をしてルイスを見た。

「どうして?去年まではルイスが用意してくれてたと思うけど」
「今年はイースターとも重なりますし、盛大にお祝いしたいんです。毎年僕の料理じゃ変わり映えしませんし、今年はシェフを呼ぶのもいいかと思いまして。…兄さん?」

どうやら純粋に兄を祝いたい気持ちからきた発想らしい。
盛大に祝いたい、というルイスの気持ちは有難く受け取りたいが、見ず知らずの人間が作った料理とケーキで満たされるほどウィリアムは心が広くない。
せっかくのバースデーなのだから、誰よりも愛しい人間が心を込めて作ってくれた料理を自らの血肉としたいのだ。
愛しい弟が自分のことだけを考えて作ってくれたケーキという、これ以上にウィリアムを満たすものはない。
ウィリアムは自分よりも少しだけふわりとした髪質のそれを撫でて、言い聞かせるように話しかけた。

「ルイス。僕はせっかくの誕生日に、ルイス以外が作った料理を食べたいとは思わないな」
「でも、僕の料理はいつでも食べられますし」
「それをいうなら、シェフの作った料理こそいつだって食べられるじゃないか。特別な日に食べたいと思うのは、ルイスが作った料理だけだよ」
「…そうなんですか?」
「特別な日だからこそ、ルイスが手を込めて作ってくれたものを食べて、新しい自分を迎えたいんだ」
「兄さん…」
「毎年楽しみにしているんだよ、ルイスが作るバースデーケーキ。それなのに、今年は食べられないなんて悲しいじゃないか」

髪を撫でていた手をゆっくりと下ろし、白い頬に優しく添えた。
シャープに見えてふっくらした感触の頬を楽しみながら、ウィリアムは顔を近づけて額を合わせる。
間近で覗き込んだ赤褐色の瞳に自分が映るのを見て、囁くように小さく声を出した。

「僕は他の誰でもない、ルイスが作るケーキを食べたいよ」

揺らめく水面のように、ルイスの瞳が煌めいた。
途端に染まる頬に気を良くしたウィリアムは、ツンと上を向いた形の良い鼻先にちゅうと唇を落とす。
思っていた以上にリップ音が響いて、それにもまた頬を染める弟が可愛いと思う。
ルイスとしては敬愛する兄をより良い形で祝いたいと思ったが故の提案なのだろうが、ウィリアムとしては余計な提案に他ならない。
ルイスが作るバースデーケーキで、ウィリアムがどれだけ満たされているかをこの弟が理解することはないのだろう。
それでもいいが、少なくとも他人が作るケーキを誕生日に食べることがないようにしてほしいものだ。

「今年も楽しみにしてるよ、ルイス」
「は、はい…頑張ります」

良い返事だ、とばかりに艶めいた髪を一撫でしてから、ウィリアムはルイスの体をそっと抱きしめた。
細い肩と体を思うままに抱いていると、おずおずと背中に腕が回されるのに気付いて、ウィリアムはより一層力強く彼を抱きしめる。
今年もルイスお手製のバースデーケーキが食べられることを幸せに感じながら、ウィリアムはまだ少し先のバースデーに思いを馳せた。


(兄さん、誕生日おめでとうございます!)
(ありがとう、ルイス)
(こちら、兄さんのバースデーケーキです。どうぞ美味しくお召し上がりください)
(わぁ、凄いね。僕の好物をあしらえてくれたのかな?)
(特製のスターゲイジーケーキです!兄さんの口に合うと良いのですが…)
(いただきます。…うん、美味しい。今年もありがとう、ルイス)
(いえ、美味しいのなら何よりです。あ、アルバート兄様もどうぞ召し上がってくださいね!)
(器用だね、ルイスは。私はいいから存分に食べるといい、ウィリアム)
(そうですか?では遠慮なく)
(たくさんありますから、たくさん召し上がってくださいね、兄さん)


敬愛する兄の誕生日をプロによる豪華な食事とバースデーケーキで祝おうとしていたけどその兄に諭されて祝う気持ちが突き抜けた結果→特製スターゲイジーバースデーケーキ

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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