溶けるほどに甘やかす


ルイスの頭を撫でて癒されるウィリアム。
ウィリアムがルイスを溺愛してるのがすき。

新しく湯を沸かして、軽量した茶葉と氷の入ったグラス、そしてポットをトレイに乗せてからルイスは厨房を出た。
論文を書き上げるために資料の整理をしていたウィリアムに、休憩がてら紅茶を持っていったのがおよそ二時間前。
そろそろもう一度休憩を挟みがてら、水分を補給してもよい頃合いだ。

「兄さん、紅茶のおかわりはいかがです?」
「ありがとう、ルイス。もらおうかな」

ノックをしてから彼の部屋に入れば、丁度カップを手に持ったウィリアムが少しばかり残念そうな顔をしているところだった。
喉を潤そうと紅茶を飲もうとしたが、当に飲みきってしまっていたことを忘れていたのが今の一瞬でよく分かる。
ルイスは、もう少し早く来るべきだったという気持ちと不満気に佇む兄の姿に微笑ましく思う気持ちの半々で、苦笑しながらウィリアムの元へと足を向けた。

「すみません、遅くなりましたね」
「いや、気にしなくていいよ。ベストなタイミングだった」
「そろそろ気温も上がってきましたので、アイスティーを用意しますね」
「ありがとう。いい香りだね」

ソファにゆったりと座りこんだウィリアムに微笑み、ルイスはポットに茶葉と湯を入れて蓋をした。
時計を見て五分後の時間を確認してから、机に散らばっている不要であろう書類の束を一纏めにする。
集中すると周りが見えなくなるウィリアムは、あまり片付けることが得意ではない。
それでも元々の気質からか散らかし方にも一定の法則があるようで、目も当てられないくらいに酷い惨状というわけでもない。
今も必要のない書類の山が机を覆ってはいるが、大量にある紙の一切が床に落ちていないだけ優秀と言えるだろう。
だがルイスとしては、敬愛する兄を書類の山に佇ませたままでいさせるわけにもいかない。
綺麗にまとめてある書類とは別に、乱雑に置かれている書類を集めてからウィリアムの顔を見た。

「こちらはどうしますか?」
「あぁ、悪いねルイス。一応しばらくは取っておこうと思う」
「ではあちらに移動させておきますね」

ルイスの手により、あっという間に大きな二つの山になった書類。
そのうちの一つを抱え、ルイスは空いている棚の一つに目を付けてそちらに足を運んだ。
ウィリアムも弟を追いかけるように残りの書類を抱え、ルイスが書類を収めた棚の隣にそれを収めた。
ありがとうございます、と微笑むルイスに、元は僕がやることだよ、と伝えてから彼の持つさらりとした髪を撫でる。
艶々として触り心地の良い髪と形の良い頭を撫でるのは、昔からの癖だ。

「ふふ」

ありがとうの意味と愛おしいという気持ちを込めて、ウィリアムはルイスの頭を撫でるのが昔からすきだった。
言葉だけでは伝えきれない感情を手軽に伝えるためには最も良い方法だと、成長した今でも思う。
何より撫でた後、気恥ずかしそうに瞳を伏せて首を傾げて甘えるルイスは、昔と変わらず可愛らしい。
大人びた表情が幼くはにかむのを間近で見るのが、ウィリアムは何よりすきなのだ。

「そろそろ良い時間ですね」

少しだけ名残惜しそうにウィリアムを見上げたルイスは、当初の目的であるアイスティーを淹れるために机へと向かった。
嬉しそうにふわふわとした雰囲気を醸しながら紅茶の蒸らし具合を確認するルイスを、ウィリアムは瞳を細めて静かに見守る。
ルイスは昔から子ども扱いされることを嫌ってはいるが、頭を撫でられることは気に入っていた。
それを知っているのはウィリアムだけじゃなく、長兄のアルバートもだ。
だから二人の兄は何かあればすぐにルイスの頭を撫でるし、言葉と同じくらいに行動で感情を示すようにしている。
そうしないと、思い込みの強い末の弟は一人で全てを抱え込んでしまうから。
ルイスもそのことには気付いているが、穏やかな表情で甘やかしてくれる兄のことを「子ども扱いしないでほしい」と邪険にすることは出来なくて、そのままのじゃれ合いを受け入れていた。
弟はいつまで経ってもどこまでいっても弟で、兄に可愛がられる対象なのだ。
ウィリアムの視線を感じながら、ルイスは氷の入ったグラスに抽出したばかりの紅茶を静かに注いでいった。
カラン、と透き通るような氷の音が部屋に響く。

「はい、兄さん。どうぞ」
「ん、ありがとう」

少し汗をかいたグラスを受け取り、そのまま一気に中身を煽る。
程よく冷えたそれは、部屋に籠って体温が上がっていたウィリアムの気持ちを涼めてくれた。
ふぅ、と一息つく兄の姿を見たルイスはくすくす笑いながら、もう一つのグラスに紅茶を注いだ。
またもカラン、と鳴る氷の音もウィリアムの耳を楽しませてくれる。

「ルイスもおいで。一緒に休憩しよう」
「はい」

ソファに座ってグラスを傾けるウィリアムは、机の傍に立ったままのルイスを呼び寄せる。
先ほど入れたもう一杯のアイスティーを片手に、ルイスはウィリアムの横に腰を下ろした。
そうして冷えたグラスを煽り、乾いていた喉を潤した。

「段々暑くなってきましたね」
「あぁ。過ごしづらい季節になってくる」
「お仕事、無理しないでくださいね」
「分かってるよ、大丈夫」

サイドテーブルにグラスを置いて、隣にいるルイスの体を抱き寄せる。
まだ中身がしっかりと入っているルイスのグラスを溢さないように取り上げて、自らのグラスの隣に置いておく。
驚いたように目を丸くするルイスににっこりと笑いかけたウィリアムは、汗をかくほどではないが普段よりも温かいその体を抱きしめてその首に顔を埋めた。
兄弟でよく似た髪がルイスの首元を擽っている。

「…兄さん?」
「暑くなってきたね」
「え、はい…あの、暑いのなら離れた方がいいのでは?」
「んー、でもせっかくの休憩だしね」

癒しは十分に活用しないと、と耳元で囁くその声に、ルイスは目元を赤らめる。
直接見なくてもルイスの反応などすぐに想像できるウィリアムはそっとほくそ笑み、弟の背中を抱く力を強くした。
昔から何度となくその体を抱きしめているが、今もその習慣があるせいか、下手にベッドで休むよりも気持ちが落ち着く。
ふふ、と静かに笑うウィリアムの声を聞き、ルイスも兄の意図を理解したのかその背中に腕を回した。
隙間なく体を密着させ、それこそぎゅう、という音がしそうなほど抱きしめ合っていると、ふと髪の毛を撫でられる気配がする。
髪を梳くように撫でられるそれは、ひたすらに優しいだけの甘やかしだった。

「兄さんは僕の頭を撫でるのがすきですね」
「ルイスは嫌いかい?僕に撫でられるのは」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、兄さんは僕に甘いな、と」
「だって、僕の大事な弟だからね」

くしゃりと髪を混ぜて、顔に掛かっていた金色を持ち上げて現れた真っ白い額に、ウィリアムは音もなく唇を落とす。
世界で誰より大事な人が自分の腕の中に居て、ひたすらに愛しく想えることがどれほど尊い時間か、この英国を知るものなら理解できるだろう。
嬉しそうに目元を赤らめる可愛い弟の姿に、ウィリアムは日々の疲れが癒えていくのを感じる。
ルイスのためなら何を厭わず行動できる。
ウィリアムにとって、ルイスとはそういう人物だ。

「大事な弟に甘くなるのも構いたくなるのも、自然なことだろう?」
「…僕には弟がいないので分かりませんけど」
「あぁそうだったね。でもアルバート兄さんも僕と同じようにルイスを構うだろう?兄とはそういうものなんだよ」

強く気高い二人の兄は、ルイスにとって憧れであり絶対的な存在だ。
二人が是といえば是であり、否といえば間違いなく否である。
その兄の一人がそう言うのならば、兄とはいつになっても弟を甘やかすものなのだろう。
納得したように頷くルイスの頭を、ウィリアムはそれこそ猫の子を可愛がるように優しく撫でている。

「それに、撫でるとルイスが嬉しそうに笑ってくれるから。可愛くて、つい撫でてしまうんだ」

片手でルイスの腰を抱き、片手でルイスの頭を撫でてそう言った兄の顔はとても満足げで愛しげに微笑んでいて。
惜しみない愛を一身に受けたルイスは、その整った綺麗な顔が自分だけを見ていることにどうしようもなく心が満たされるのを感じた。
カラン、と気温だけではない熱で溶けた氷が、空気を冷やすように涼しげな音を立てて溶けていく。
ウィリアムはその音を聞きながら、自分のものよりも色濃く赤を映しているルイスの瞳を覗き込むようにキスをした。


(ウィリアム兄さんは、まるで口癖のように可愛いと言います)
(ルイスのことをかい?仕方ないんじゃないかな)
(ですがアルバート兄様。僕ももう大人なので、あぁもあからさまに可愛がられても困ります)
(だが、兄弟の仲が良いのは麗しいことだろう?)
(…兄様も、そうやって僕を甘やかしますね)
(そうかな?)
(…僕の頭を撫でる手を離してください)
(おっと。これは悪かった)
(…)
(いかんな、ほとんど無意識だった。なるほど、これは少し気を付けなければならないな…)
(そうです。モリアーティ家当主、アルバート・ジェームズ・モリアーティとしての示しがつきません)
(撫でられて嬉しそうにするルイスを誰とも知れない人間に見られるのは癪だ)
(兄様?え?)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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