三人一緒、川の字で


三兄弟が一緒に眠る話。
愛されルイスは可愛い。

モリアーティ家当主であるアルバートの寝室に置かれたベッドは、身長の高い彼に合わせてとても大きい。
むしろ、兄様が十分に手足を伸ばして休めるように、という末弟の配慮ゆえに些か大きすぎるほどだった。
大人三人並んで寝てもまだ余裕がある。
この大きなベッドも伯爵家ともなればおかしいことではなく、寝心地抜群のマットレスに管理の行き届いた清潔なシーツに包まれて休むのはアルバートにとっても至福の時間だった。
今その大きなベッドには、アルバート含めたモリアーティ家の兄弟三人が横になって休んでいる。

「…いつも思うんだが、ルイスは狭いと思わないのか?」

アルバートは自分の腕の中で瞳を閉じて寝息を立てている四つ下の弟を見て、小さく疑問を声に出した。
その言葉は既に寝入っている末弟ではなく、その彼を背後から抱きしめている次男のウィリアムに向けてのものである。

「この体勢のことですか?」
「あぁ」

特に肌を重ねた訳でもないが、モリアーティ家の兄弟は時折三人ともに寝ることがある。
勿論三人での情事後にそのまま寝落ちることもあるが、今日はその限りではなかった。
ただその場の流れでアルバートの部屋で過ごし、明日も朝の早いルイスが小さなあくびをしたのをきっかけにそのまま広いベッドでともに休むことになったのだ。
兄弟が三人揃って眠る場合、大抵はルイスが二人の兄の間に挟まれる。
誰かがそう声に出して決めた訳ではない。
ただ昔からルイスを抱きしめて寝ていたウィリアムと、ルイスに対してウィリアムとは違った感情を向けているアルバートの中で暗黙の了解といったように決められたのだ。
大事なものは周りから隠したくなる精神理論に似ているかもしれない。
ルイスも不満を感じているわけではないし、むしろ左右に敬愛する兄がいる状態は気持ちが落ち着く。
三者三様それぞれの理由があるにしろ、ルイスを中心にして三人並んで休むのは自然な流れだった。
今日のルイスはアルバートの腕を枕にした状態で彼の方を向き、抱きしめられた状態で寝入っている。
そんなルイスを背後から抱きしめているのがウィリアムだった。

「私に抱きしめられて、後ろからウィルに抱きしめられて、寝返りすら打つスペースもないだろう。窮屈だとは思わないのか?」

窮屈どころか至極気持ちよさそうに寝息を立てているルイスの髪を撫でて、アルバートはウィリアムの顔を見る。
少し顔を乗り出せばそれこそキスの一つや二つ出来るほど近い距離にいる彼の瞳は、暗闇でも分かるほどに怪しく紅い。
ルイスを挟んでおきながらこの距離なのだから、当の末弟は寝返りどころか身動き一つ取れないだろうとアルバートは疑問なのだ。
華奢ではあるが上背のある成人男性ならばなおさらだろう。
だからといって今更ルイスを抱く腕の力を緩めることはないのだが、今までひそかに疑問に思っていた。
もし窮屈であったとしてもルイス自らが言うはずもないし、そうであるならばウィリアムに聞くのが一番早いだろう。
アルバートは寝ているルイスを起こさないよう小さな声でウィリアムに問いかけた。

「窮屈だとは思っていないと思いますよ」
「そうなのか?」
「えぇ」

ウィリアムは兄が持つ濃い翡翠色をした瞳を見て甘く微笑んだ。
吐息すら感じられる親密な距離ではあるが、互いにときめくことはない。
双方ともに整った顔立ちをしていることは認めているが、この二人の間にそんな感情は一切存在しないのだ。
ウィリアムもアルバートも、互いの腕の中にいる弟だけが欲の対象になるのだから人間とは不思議なものである。
ルイスが持つふわりと空気を含んでいる髪の毛に顔を埋めて、ウィリアムは彼の腹に回した腕に力を込めた。
昔と変わらず薄い腹はどこか心許なく、だからこそルイスが持つ危うげな雰囲気とよく似合っている。
小さな声量で交わされる会話で起きるほど浅い眠りではないようで、ルイスは変わらず穏やかな寝息を立てていた。

「僕たちは兄さんに拾われるまでろくな寝床がありませんでしたから。手足を伸ばして眠ることもなければ、そもそも横になれることも少なかったので」
「…そうだったのか」
「大抵は壁に凭れて、僕がルイスを抱きしめて暖を取りながら眠ることがほとんどでしたね」

ウィリアムはアルバートに拾われたあの教会で過ごすまでの間を懐かしく思い出した。
貸本屋にベッドなどという上等なものはなく、使い込まれた毛布を二人分け合って夜を凌ぐので精いっぱいだった。
心臓が弱く循環の悪いルイスはなるべく体温を下げないよう丸まって眠ることが習慣になっていたし、その方がウィリアムとしても全身に覆いかぶさるように抱きしめられるので都合が良かった。
横になれないときには壁に凭れたウィリアムの腕の中で毛布を被って寝ることも多かった。
そんなルイスだからこそ、成人した今でも抱きしめられることを窮屈に感じることはない。
むしろ兄二人に抱きしめられているこの状況は、ウィリアムとアルバートの慣れた体温を感じられる分だけ安心して寝つけるのだろう。

「元々ルイスは寝相が良いですし、一人で寝るよりも僕やアルバート兄さんと寝る方がよく休めているみたいですよ」
「なるほど…ウィル、おまえはどうなんだ?」
「僕ですか?」
「あぁ。いつでもどこでも寝ているようだが」
「ふふ、お恥ずかしいことに僕はルイスほど繊細ではないので」

今でも手足を丸めて小さくなって眠ることはないですね、とウィリアムは笑って言った。
幼い頃の習慣は抜けないと聞くが、見た目の割に豪胆なウィリアムはすぐに宛がわれたベッドに合わせて眠る姿勢を変えたし、眠ろうと思えばどこでだって寝落ちてしまう。
対するルイスはモリアーティ家に引き取られてからもウィリアムとともに眠ることを好んだし、今でも一人で眠るときには胎児のように小さく丸まっている。
大事な心臓を守るように、大きく成長した体を目一杯に小さくして眠ろうと意識して眠りに就いているのだ。
ルイスが持つ変化を嫌う内向的な一面は昔と何ら変わりないまま成長している。

「あぁでも、ちゃんと寝ようと思ったときにはルイスを抱きしめていた方が眠れますね。僕も自主的に眠ることはあるんですよ」
「ふ…どうせまたルイスにしっかり寝るよう小言を言われたときなんだろう」
「よくお分かりで」

もう一度ルイスを抱きしめていた腕に力を込めて、ウィリアムは気恥ずかしそうにアルバートを見た。
常にあらゆる方面の知識を吸収しようとしているウィリアムは、睡眠はおろか食事でさえ面倒だと感じている節がある。
ウィリアムはそういう性質なのだとアルバートは割り切っているが、ルイスにとってはそういうわけにもいかないらしい。
きちんとした食事と睡眠をとらないことには体を壊してしまいます、と再三言ってはウィリアムの生活をしっかり管理したがるのだ。
アルバートから見たウィリアムは天才であり異能なのだから、常人と同じ立場に置かずともいいのだろうと解釈している。
その点ルイスにとってのウィリアムはあくまでも自分の兄、同じ人間として見ている。
そうであるならば優れた頭脳と健康体には十分な食事と睡眠が不可欠だろう。
だからこそルイスはウィリアムを思って食事の管理と睡眠に関しては口うるさく言っていた。
それでもウィリアムの邪魔をしたくないのか一線を引いて小言を言うにとどめてはいるが、そんなルイスの気持ちを理解しているからこそ、ウィリアムも時にはその助言に従ってきちんと休むようにしているのだ。
どうしても夜遅くなってはしまうが、ちゃんとベッドで休もうとするときがある。
そんなとき、一人で寝るよりもルイスを抱いて寝た方が短時間でも満足する睡眠がとれるのだ。
その辺りは昔からの習慣になってしまっているのだろう。
夜遅くにルイスの部屋を訪ね、既に小さくなって寝ている彼を抱きしめ朝まで眠る。
ウィリアムに対しては警戒心を抱いていないルイスが起きることはなく、朝になって驚いたように兄を見るルイスとしれっと仕事の準備をするウィリアムが数日に一度は見られる光景だった。

「兄さんこそ、ルイスを抱きしめたままで眠りにくいことはないですか?」
「…ないな。思っていた以上に腕に馴染む」
「それは良かった」

今度はアルバートが腕の中にいるルイスを抱く力を込めた。
前後から二人の兄に抱きしめられた窮屈な体勢だというのに、ルイスは安心しきったように寝息を立てたままである。
アルバートの首筋にはルイスから漏れた小さな寝息が掛かっているし、ウィリアムは抱かれて温まったルイスの体温を全身に感じている。
ウィリアムとルイスとは違い、アルバートは記憶があるうちは既に一人で眠っていたし、誰かと眠る自分というものを想像すら出来なかった。
英国の在り方に疑問を抱いてからは、いずれ染まってしまった貴族の女を抱くことになるのかと嫌悪すらしていたのだ。
人肌は得意ではなかったはずなのに、志を同じにする人間と出会ってからは気持ちが変わった。
ウィリアムとルイスであれば肌に触れても嫌な気持ちはしなかったし、ルイスであれば抱いて眠っても心地良い。
綺麗な顔は見ていて飽きないし、裏なく自分を兄として慕ってくれる純粋な好意がくすぐったかった。
生憎と肌に触れたいと思うのはルイスだけだが、ウィリアムにしても明確な境界線は引かなくとも信頼を露わに出来る。
この二人なら傍にいても構わないし、内側に置いてもらえることが嬉しかった。
変わったものだなとアルバートですら思うのだから、焼いた家族が今のアルバートを知ったらさぞ驚くことだろう。

「これだけ無防備にされたら大事にしないわけにもいかないだろう」
「…ん、ぅ…」
「ふふ、同感です」

目の前にあるルイスの髪を掻き上げて現れた額にキスをすれば、少しだけくぐもったような声が聞こえてきた。
それでも起きる気配はなく、もぞもぞと収まりの良い場所を探したと思ったらもう一度安心したように小さな寝息を立てている。
そんな弟を見て愛おしげにウィリアムは耳の後ろにキスをした。

「ルイスが僕以外にこれだけ無防備になる相手はアルバート兄さんが最初で最後でしょうね」
「そうであってほしいものだな」
「大丈夫ですよ。ルイスが僕と兄さん以外にここまで心を開くことはありません」
「頼もしい言葉だな、ウィリアム」

己の可能性を見出し信じてくれたアルバートのことを、ウィリアムは心から感謝している。
それこそ世界で一番大事な弟を任せても良いと思えるくらいには尊敬しているし、同じくらいに信頼しているのだ。
初めは警戒心を露わにしていたルイスもウィリアムが信頼しているならばと徐々に態度を軟化させ、今ではウィリアムと同等程度にアルバートを想っている。
ウィリアム以外の腕に抱かれて熟睡出来たときは驚いていたが、良かったねとウィリアムに声をかけられてからは素直に自分の気持ちを受け入れていた。
ウィリアムの他に大事なものを作っていいのかと戸惑っていたけれど、その兄が良いのだと言ってくれたのだからこれで良いのだろう。
そう吹っ切れたルイスはぬくぬくと二人の兄に挟まれて眠るようになった。
自分だけを頼りにしてほしい気持ちはあったけれど、ルイスの支えになる人が増えるのは純粋に喜ばしいことだとウィリアムは思う。
それがアルバートであるならば願ってもないことだ。
ウィリアムは紅い瞳を緩ませて、目の前のふわふわした髪に頬を寄せる。

「どうでしょう?兄さんから見て今のルイスはよく寝ていますか?」
「あぁ。とても安らかな寝顔だよ」
「良かった」

小さく寝息を立てている弟とその彼を抱きしめている兄を見て、ウィリアムは満足気に瞳を閉じた。
どうか可愛い弟が悪い夢など見ないようにと願いを込めて、もう一度その体を優しく抱きしめる。
そんな弟二人の様子を間近で見たアルバートも満たされたように口元を緩め、倣うように瞳を閉じて意識を沈めていった。


(…ん、…朝…お二人とも、朝です。起きてください)
(…おはよう、ルイス)
(……)
(おはようございます、兄様)
(昨夜はよく眠れたかい?)
(はい、おかげさまでとてもよく眠れました。ところでウィリアム兄さんはまだ寝ていますか?)
(そうだな、よく眠っているようだ)
(兄さん、ウィリアム兄さん、起きてください)
(…んん)
(兄さん、朝ですよ。手を離してください)
(…あと五分)
(まだ寝ていても構いませんので、手を離してください)
(…駄目。ルイスも一緒に寝よう)
(に、兄さん)
(ふっ。寝起きが悪いな、ウィリアムは)
(…仕方ありませんね、もう)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

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