すいーと×すいーと
現パロしょたモリアーティ三兄弟のおやつの話。
バウムクーヘンのくだりはモリミュバクステを参考にしました。
1.三兄弟とピノ
三人で均等に分けられるお菓子は中々少ない。
ならばそれぞれすきなものを食べれば良いのかもしれないが、末の弟が「にいさまたちとおなじがいいです」と言うものだから、おやつの時間には三人で一つのものを分け合って食べるのがモリアーティ家の三兄弟にとっての日常になっていた。
暑い夏の日、本日のおやつはピノである。
「にいさま、にいさん、おやつのじかんです!」
「ありがとう、ルイス。こちらにおいで」
「そんなにはりきってもつととけてしまうよ」
「だいじょうぶです!まだひんやりしてます!」
定位置になっているベージュのソファに三人仲良く腰掛ける。
座り順は長男のアルバート、末っ子のルイス、次男のウィリアムという並びだ。
これも昔からのことで、お兄ちゃんっ子なルイスが二人の近くにいようと試行錯誤した結果である。
だがたとえルイスが望まずとも、この兄達は互いに末っ子を可愛がれるよう中央にルイスを置くことが多い。
アルバートもウィリアムも、手の届く位置でふくふくとしたルイスを愛でることを気に入っているのだ。
冷凍庫から持ち出したばかりのアイスを掲げて、ルイスはそわそわと封を開けた。
小さなアイスが六つ入ったピノというお菓子、噂によればごく稀に丸ではなく星型をしたものが入っているという。
その噂を偶然知ったルイスは星型のピノが見たいと切望しているのだ。
ゆえにここしばらくのおやつにはルイスの希望でピノが選ばれることが多かった。
そわそわとアイスを見つめるルイスは可愛い。
出来ればその期待に応じた結果が出てくれると良いのだけれど、と二人の兄はルイスの左右を陣取ってその手元を覗き込んだ。
幼い三兄弟が見つめるピノの容器。
開けられた先にあったのはーーー
「わぁ…!」
「これはすごい。星型のピノだね」
「よかったね、ルイス」
右列の下、丸ではなく少し歪にも見えるそれは間違いなく星型のピノだった。
ルイスが切望していた、珍しい形のピノである。
「すごいです、ほしがたです!まるじゃなくて、おほしさまのかたちをしています!」
「そうだね、お星様のピノだ」
「やっとみられました!」
「おめでとう。ぼくもうれしいな」
両手でピノの容器を持ち、目に見えてはしゃぐルイス。
あまり感情を見せない弟の珍しい姿はとても可愛らしくて、ウィリアムは一緒になって喜んでいる。
たかがアイス、されどアイスだ。
弟二人が喜ぶ姿を見てアルバートは優しく微笑んだ。
そんなアルバートに向けて、噂の中心でもある星型のピノが差し出される。
差し出したのはそれを切望しては喜んでいたルイス本人である。
「何かな?」
「これはとくべつなので、アルバートにいさまにたべてほしいです!」
「…!ありがとう、ルイス。でもその気持ちだけで僕はうれしいから、それはルイスがお食べ」
あれだけ切望していたお星様の形をしたアイスだというのに、特別だからと惜しむこともなく自分に差し出してきた健気な弟にアルバートの胸はときめいた。
随分と純粋に育ってくれたものだ。
この健気で愛らしい精神のまま成長していってくるのならばもう何も言うことはない。
アルバートはいっそ眩しいくらいに可愛らしいルイスにこそ星型のピノは相応しいと、にっこりと笑顔を見せては自分で食べるよう促した。
ルイスはアルバートのそんな返事に少しばかり残念な顔をするけれど、気を取り直してもう一人の兄と向き合っていく。
「じゃあ、ウィリアムにいさんに!たべてください、 にいさん!」
「ありがとう、ルイス」
小さな手で小さなアイスを差し出す弟を見てウィリアムの気分はこの上なく良い。
大事なアイスを笑顔で譲ってくれる無垢な心は大事にしていきたいものだ。
そうして紅潮した頬に触れてもちもちした感触を楽しんでから、ウィリアムはアイスを差し出すその手を取ってルイスの口元へと持っていく。
「ルイス、あーん」
「あー…ん、む」
ルイスは基本的にウィリアムの言うことには逆らわないし、条件反射のようにすぐ従ってしまう。
それはもはや習性のようになっていて、口を開けるよう言われれば抵抗なく口を開けてしまうのだ。
刷り込みをされた雛のようなルイスを誰より知っているウィリアムは、にっこりと笑いながらその小さな口に星型のピノを放り込む。
「…むぐ」
ルイスは驚いた顔でウィリアムを見上げつつ、吐き出すわけにもいかない冷たいアイスをもぐもぐと咀嚼する。
珍しい星型のピノはひんやりとルイスの口を癒しながら飲み込まれてしまった。
「おほしさまのおあじはどうだい?」
「…おいしいです」
「それはよかった」
にいさんにたべてほしかったのに、と思いながらも実は食べてみたかった星型のピノを食べた満足感で、ルイスの頬はふんわりと緩んでいる。
上手く隠せていない甘い表情に、ウィリアムとアルバートはこの上なく癒されるのだった。
2.三兄弟とバウムクーヘン
モリアーティ家に届けられた焼き菓子の詰め合わせセットの中には個包装されたクッキーやフィナンシェ、パイに紛れ、幾つもの層で作られているバウムクーヘンが一つだけ入っていた。
おやつにどうぞ、と使用人に渡されたその箱をそわそわと開けたルイスは、ボリュームのあるその菓子に思わず目を奪われる。
「…!」
「おや、ルイスの好物が入っているね」
「ほんとうだ。じゃあこれはルイスのものだね」
三兄弟の中で一番幼いルイスの好物はバウムクーヘンである。
薄い層が重なって出来るしっとり柔らかいその甘みに、小さなルイスは夢中なのだ。
そしてそれをよく知っている長男のアルバートと次男のウィリアムは、当然のようにその菓子をルイスの分と決定した。
「い、いいのですか?にいさまとにいさんのぶんは…」
嬉しさと申し訳なさを半々にした表情を浮かべるルイスを見て、二人の兄は堪えきれずに笑ってしまった。
他の菓子には目もくれずバウムクーヘンだけを見つめていたというのに、そんなときでさえ兄への遠慮は忘れないというのも不思議な話だ。
そわそわとするルイスの頬を両手で包み込み、ウィリアムは好物を前にして瞳を明るくさせる弟を見た。
「ぼくとにいさんはほかのおかしをもらうから、バウムクーヘンはルイスがおたべ」
「…ありがとうございます、にいさん、にいさま」
優しく自分を見つめるその目に気付いて、ルイスは素直にその好意を受け取ることにした。
そうしてウィリアムはアーモンドの入ったパイ、アルバートはドライフルーツの入ったフィナンシェを選び、三兄弟の本日のおやつは決定する。
これから家庭教師による授業を終えたら、三人揃っておやつの時間だ。
滞りなく授業を終え、ルイスは焼き菓子の入った箱を持って定位置になっているソファへと腰掛けた。
その左右にウィリアムとアルバートが座り、二人が腰を下ろしたところでルイスはその箱の蓋を開ける。
入っていたのはクッキーやフィナンシェ、パイ、そして…
「…あれ?」
ルイスの好物であるバウムクーヘンが見当たらない。
先程開けたときにはたった一つ、間違いなくこの箱に収められていたはずのバウムクーヘンがどこにも見当たらなかった。
ルイスは隅から隅までじっと箱の中身を見ていき、アーモンドのパイをウィリアムに、ドライフルーツの入ったフィナンシェをアルバートに手渡していく。
そうして残った菓子の中に紛れているのではないかと、もう一度よくよく目を凝らして見てみたのだが、楽しみにとっておいた自分の好物はやっぱりどこにもなかった。
「…ぼ、ぼくのバウムクーヘン…!」
箱を膝に抱えて何とも悲しそうな声を出す幼い弟を見て、アルバートは胸が締め付けられるほどの感情を抱いてしまった。
ウィリアムも渡されたパイを手に持ちながら己の目でも確認するが、やはり幾つもの層で完成される焼き菓子はどこにもない。
先程まであったはずのバウムクーヘンが何故ないのか。
それは勿論、誰かが持ち去ってしまったからなのだろう。
このお菓子の箱はリビングに置いたままで、誰が手に取っていってもおかしくない環境にあったのだから。
「ルイス、僕のフィナンシェをあげよう。ほら」
「…いりません。それはにいさまのおやつです」
「では他のお菓子はどうだい?このクッキーもおいしそうだよ」
「…」
「ルイス…」
ほんの数時間前までは好物を食べられると楽しそうに笑っていた顔だというのに、今は絶望でいっぱいだ。
子どもにとってはたかがおやつ、されどおやつである。
幼いながらもこだわりの強いルイスにしてみれば一大事件なのだろう。
楽しみにしていたバウムクーヘンの代わりになる菓子を与えようとアルバートが気を配っても、兄の気持ちは嬉しく思えどルイスの表情が晴れることはなかった。
可愛い弟が悲しむ姿を見るのは胸が痛む。
アルバートは小さな頭を抱き寄せてその悲しみが薄れるよう願うけれど、ルイスは兄の胸に頭を押し付けて小さく唸るばかりだ。
懸命に悲しみを抑えて諦めようとしている様子が分かってしまう。
「…あんしんして、ルイス」
「…にいさん?」
「ぼくがルイスのバウムクーヘンをたべたはんにんをぜったいにみつけだすから」
「でも…」
「だいじょうぶ。ぼくにまかせて」
アルバートの腕の中、ルイスが持つ大きな赤い瞳が潤んでいる。
ウィリアムはその目元に指を当て、落ちてこない雫に安堵しながら穏やかな笑みを浮かべた。
使用人の数を絞っているこの屋敷、犯人の目星はもう付いている。
可愛い弟の好物を奪ってしまったその罪、絶対にルイスへ直接謝罪させなければ気が済まない。
潔白なルイスが諦める必要などどこにもないのだ。
ウィリアムはルイスの手を引いて、さぁはんにんさがしにいこう、と歩き始めた。
3.三兄弟とパンケーキ
卵に牛乳、小麦粉にベーキングパウダー、砂糖にバニラエッセンス。
見ているだけでも甘い香り漂うそれらをしっかりと計量し、しっかりと混ぜて出来上がるのはふんわり美味しいパンケーキの生地である。
ダマ一つない黄金色の生地にルイスは満足げに木べらを揺らした。
「にいさん、にいさま。ちゃんとまぜられました!」
「ありがとう、ルイス」
「どれどれ…うん、よく混ぜられているね。これなら美味しいパンケーキが出来るよ」
今日のおやつは手作りパンケーキ。
料理長に無理を言って兄弟だけで作りたいのだと主張して、三人だけで美味しいパンケーキを作ろうとしているのだ。
ウィリアムが計量した材料をルイスが混ぜ、その間にアルバートがたくさんのフルーツを切っていく。
幼いウィリアムとルイスに包丁を握らせるのは危ないし、火を扱わせるのもまだ早いだろう。
けれど二人だけに何もさせないというのも、ウィリアムはともかくルイスが納得してくれないのだ。
いっしょにおやつをつくりたいです、と言い出したのはルイスなのだから、その本人に黙って見ていろというのもおかしな話である。
だからパンケーキ生地を作るという大役を与えておいたのだが、アルバートの思惑は間違っていなかったらしい。
一生懸命に生地を混ぜていたモリアーティ家の末っ子は至極満足そうで、アルバートの思惑を理解しているウィリアムは楽しげな弟を見て微笑んでいた。
そうしてアルバートは温めておいたフライパンに、とろりとした黄金色の生地をゆっくりと流し込んでいく。
「ルイス、あぶないからてをださないようにね」
「わかっています、にいさん。にいさま、やけどにきをつけてくださいね」
「ありがとう、大丈夫だよ」
ウィリアムとルイスは手を繋ぎ、火元に近寄らないよう注意しながらフライパンの中を覗き込もうと背伸びをする。
それでも中身はよく見えなくて、想像することしかできないのが少しばかり残念だ。
代わりに甘く香ばしいパンケーキの匂いが漂ってきて、すんすんと鼻を鳴らしたルイスの口元はふんわりと緩んでいる。
だいすきな兄達と一緒に作るパンケーキが今日のおやつだなんて、ルイスにとってはこの上ない幸せだ。
「いいにおいがします」
「ふふ。そろそろ良さそうだね…っと」
「わぁ、まんまるです!」
「にいさん、おじょうずですね」
「ルイスとウィリアムの前で無様な真似は出来ないからね」
ルイスがうっとりとアルバートを見上げていると、兄の手元のパンケーキが宙を舞って裏返った。
少しの時間だけで色味は分からないけれど、不恰好な形ではなく丸い形をしていたことだけはよく分かった。
もう片面を焼けば完成だと思うと気持ちが逸るのも仕方がない。
そわそわとしながらパンケーキの完成を待つ二人の弟達を見て、アルバートは気合いを入れてパンケーキを焼いていった。
「まんまるでおいしそうです!さすがにいさまですね、すごいです!」
「ルイスとウィリアムが生地を作ってくれたおかげだよ。さぁトッピングをしようか」
「ルイス、クリームをしぼってくれるかな?」
「はい!」
小さなお皿に盛られた三段重ねのパンケーキ。
三つも並ぶとさすがに壮観ではあるが、辺りに漂うのは甘く柔らかい匂いだけだった。
クリームを絞り、バターを乗せ、色とりどりのフルーツをトッピングするのはウィリアムとルイスの役目だ。
にいさまはみていてください、と張り切るルイスはウィリアムに教えられた通りにクリームを絞っていく。
続けざまにウィリアムはバランスよくフルーツを配置していき、二人の協力のもとすぐに華やかなパンケーキが三つ勢揃いした。
見目良いそれは味も間違いなく良いのだろう。
ルイスは機嫌良くウィリアムとアルバートを見上げ、自分を見つめ返してくれる綺麗な緋色と翡翠を見てぴんと思いついた。
「パンケーキ、ジャムものせていいですか?」
「ジャムかい?いいよ、好きなものを乗せておいで」
アルバートの許可とウィリアムの同意を得て、ルイスは小さく駆けていく。
そうして持ってきたのはストロベリーとキウイのジャムだった。
三つのパンケーキをじっと見つめ、我ながら上手にクリームを絞ることが出来た二つを選んでそれぞれにジャムを掛けていく。
クリームにバター、フルーツにジャムと盛りだくさんのパンケーキ。
ストロベリーのジャムを乗せたパンケーキをウィリアムに、キウイのジャムを乗せたパンケーキをアルバートに差し出して、ルイスは小さく微笑んだ。
「にいさんはあかいめなのでいちご、にいさまはみどりのめなのでキウイです」
じょうずにクリームしぼれたのでたべてください、と言ってそわそわしているルイスを見て、ウィリアムとアルバートは健気なその行為に胸を打たれる。
見た目の良いものを兄に譲ろうとする気持ちと、それぞれに合った色味を加えるという発想は可愛らしい限りだ。
二人の兄が小さな弟の体を思い切り抱きしめて、ありがとう、と礼を言えば、ルイスからはますます楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
ウィリアムよりも瞳の色が濃いルイスにぴったりのジャムはカシスかブルーベリーだろうか。
常備してあるジャムの瓶を思い浮かべ、ウィリアムとアルバートは極上の美味しさが約束されたパンケーキと可愛い末っ子を交互に見ては微笑んだ。
4.三兄弟とスイートポテト
アルバートが何を飲もうかと問いかければ、ルイスからは悩む様子もなく「ホットミルクがいいです」と返ってくる。
可愛い末の弟の希望に反論することもなく、ウィリアムは同意するように頷いては背の高い兄を見上げて微笑んだ。
そうして取り出したミルクを必要な分だけ火にかけて、段々と甘い香りが漂うのを感じながら準備していたそれぞれのカップへ温めたミルクを丁寧に注ぎ入れる。
どんなにしっかりしていようとまだまだ味覚は子どもであり、ウィリアムはミルクが注がれたカップに蜂蜜を落としてかき混ぜていく。
アルバートにはひと匙、自分のものにはひと匙と半分、ルイスのものにはふた匙の蜂蜜を足していき、待つのはオーブンに入れて焼き上がりを待つ本日のおやつである。
「おいしくできているでしょうか」
ルイスはオーブンの中で焼かれている黄色いそれをじっと見つめ、こげていません、と二人の兄に向けて報告する。
まだ火を扱えないルイスはホットミルクを作れず、蜂蜜を入れる役割はウィリアムに取られてしまった。
それならばと、ルイスはモリアーティ家本日のおやつであるスイートポテトが焦げないようしっかりと見張る役目を買って出たのだ。
じっとオーブンの中を見つめていると段々香ってくる甘い匂いに気を乱されそうになるけれど、誘惑には負けず焦げていないかを見極める。
実際には焦げるほどの温度ではないし、設定した時間からも焦げとは無縁であることを知るのは兄達のみだ。
ルイスが張り切っているのならば水を指すことはない。
「大丈夫、先生特製のレシピだからきっと美味しく出来ているよ」
「ルイスがちゃんとおいもをつぶしてくれたから、きっとほくほくしているだろうね」
「ふふ。そうだったらうれしいです」
秋だからとたくさんのさつまいもが手に入ったらしく、せっかくだからスイートポテトを作ろうと提案したのは執事長だった。
そう難しくもないから三兄弟で作れば良いと提案し、その提案に真っ先に手を上げたのがルイスだ。
ほくほく黄色いさつまいもを小さな手で潰すのは想像していたよりも楽しかったようで、焼き上がりを待つルイスの機嫌は上々である。
機嫌の良い弟につられてウィリアムとアルバートも自然と気分が上がっていた。
三兄弟全員、早く焼きたてのスイートポテトとホットミルクでおやつにしたいと待ち遠しいばかりである。
しばらくルイスがじっとオーブンの中を見つめていると設定した時間になった。
ドキドキしながらアルバートがオーブンを開けてくれるのを待ち、取り出してくれたそれを見てルイスからは歓喜の声が出る。
「きれいにやけています!スイートポテト!」
「そうだね、きれいなやきいろがついている」
「さぁ、おやつにしようか」
ルイスが見張っていた甲斐あって焦げた様子もなく、程良い焼き目のついたスイートポテトが完成した。
ちゃんとみてくれてありがとう、とウィリアムがルイスの頭を撫でてあげれば、ルイスも誇らしく兄を見上げて胸を張る。
だいすきな兄に褒められたことが嬉しくて、頭を撫でてくれたことも嬉しいのだ。
次にアルバートを見上げればウィリアム同様に微笑んでいて、けれどその手にはスイートポテトを乗せた皿があるから撫でてくれることは叶わない。
ならばせめてアルバートの近くにいようと、ルイスはウィリアムと繋いだ手とは反対の手で彼の服を握りしめて一緒に歩き出した。
「ルイス、ウィル、熱いから気をつけるんだよ」
「はい、にいさま」
「わかりました」
ホットミルクは程よく冷めているだろうが、焼きたてのスイートポテトはそうはいかない。
外が問題なくとも中が火傷するほどに熱い、ということは十分に考えられるのだ。
アルバートが隣に座るルイスとその先に座っているウィリアムに注意を促した甲斐あって、二人の弟はすぐにスイートポテトへは手を出さず、まずは蜂蜜を入れたホットミルクに口をつけた。
ほっとする甘さのそれに気持ちを落ち着けて、いつになれば食べて良いだろうかとふと疑問に思う。
ルイスとウィリアムは互いの目を見合わせて、それから揃ってアルバートの顔を見た。
濃淡の違いはあれどよく似た色合いの瞳が四つも向けられて、思わずアルバートは笑ってしまう。
早く食べたいけれど、アルバートの許可がないと食べられない。
そんな考えと仕草が分かりやすくもよく似ていて、笑ってしまうほど愛おしく思うのだ。
アルバートは優しく微笑みながら取り分けたスイートポテトをフォークで割り、黄色いそれを一口大に切り分けては「ふー」と息を吹きかける。
白い湯気を上げていたスイートポテトは少しだけ冷めたようで、アルバートは唇でその温度を確認してからルイスの口元へと運んでいった。
「ルイス、口をお開け」
「あー…ん、ん…おいしいです」
「それは良かった。ほら、ウィルも口をお開け」
「あー…ん。…おいしいです、にいさん」
ルイスの口に合わせて小さく切り分けたスイートポテトを食べて、ルイスの表情は緩む。
続けて同じように冷ましたスイートポテトをウィリアムに食べさせてあげれば、彼もルイスと同じ表情を浮かべて自然な甘みを楽しんでいる。
アルバートは可愛い弟達が喜んだのを確認してから手元のスイートポテトを口に運び、本日のおやつを堪能していった。
5.三兄弟とポッキー
今日は特別ですよ、という言葉とともに使用人から渡されたのはルイスも気に入っているチョコレート菓子だった。
今日のおやつはこれなのだろうかとルイスが年若い彼女を見上げれば、小さなルイスと視線を合わせるようにしゃがみこんでくれる。
そうして、今日はポッキーの日なんですよ、ルイス坊っちゃま、と朗らかに笑ってルイスの髪を撫でてくれた。
「ポッキーのひ…」
「はい。アルバート様とウィリアム様と一緒にお召し上がりくださいな」
笑ってはいないけれど嬉しそうな雰囲気を携えて、ありがとうございます、と礼を言うモリアーティ家の末っ子を使用人は微笑ましく思う。
兄以外には滅多に笑わないルイスを快く思わない人間もいるが、その頑なな様子も末っ子らしくて中々可愛いものなのだ。
本当ならそれぞれ家庭教師による授業を続けている長男と次男を待とうかと思ったが、ルイスから手渡した方がきっと二人も喜ぶに違いない。
彼女は今日という日に相応しい赤い箱をルイスに託し、てくてくと歩いていく姿が見えなくなるまで見守っていた。
「ウィリアムにいさん、おべんきょうはおわりましたか?」
「うん。ルイスもおつかれさま」
幼いルイスを気遣っているせいか、三兄弟の中でルイスの勉強時間はとんと短い。
ルイスにはそれが不満のようで、いつも授業の延長を申し出ているのにそれが許可されたことはない。
今日も不満顔で兄達よりも一足先に自由の身になったのだが、手に持ったポッキーの箱がルイスの不機嫌をどこかへやってくれていた。
「きょうのおやつはポッキーですよ、にいさん」
「あぁ、きょうはポッキーのひだからね」
「アルバートにいさまのじゅぎょうがおわったら、いっしょにたべましょうね」
自分に赤い箱を見せてにこにこと愛くるしい笑みを浮かべるルイスを見て、ウィリアムは少しだけ感じていた疲労が癒えていくのを感じていた。
大事そうに箱を抱いている姿を可愛いなぁと思いながら、ウィリアムはルイスの手を握ってリビングまでを一緒に歩いていく。
アルバートの授業が終わるまではまだ時間がかかるはずだ。
ウィリアムとルイスの二人が兄を差し置いて先におやつを食べてしまう真似などするはずもなく、たどり着いた先のソファで仲良く隣り合い座っては時計を見上げる。
もうすぐでしょうか、どうだろうね、というとりとめもない会話を続けながら、小さな兄弟は寄り添いあって手の中の赤い箱に視線を落とす。
授業を終えたアルバートが揃えば、三人仲良くポッキータイムが始められるのだ。
「アルバートにいさま、おつかれさまです!」
「きょうはいちだんとねつがはいっていたようですね」
「いや、そうでもないさ。待たせたね、二人とも」
そわそわと兄を待っていれば、いつもよりも遅い時間にアルバートが弟の元へやってきた。
繋いでいた手を解かずにアルバートの元へ駆け寄れば、疲れた様子など見せず涼しい顔をする兄は優しく二人の頭を撫でてソファに腰掛けるよう促してくれる。
ルイスを中心にして三人は愛用のソファへと腰を下ろし、小さな弟は待ちに待った本日の主役を取り出して、そわそわしながらアルバートへと問いかけた。
「にいさま、きょうはなんのひかわかりますか?」
「今日かい?…あぁ、ポッキーの日だね」
「せいかいです!」
赤い箱の向こう側には淡く染まった頬で笑う末弟がいて、その奥にはそっくりな顔で可愛らしく微笑んでいるもう一人の弟がいる。
さしてポッキーに思い入れがあるわけでも、ポッキーの日を大事に思っているわけでもないけれど、こうも楽しそうにされては自然と気持ちが浮ついてしまうのも無理ないだろう。
つられたようにアルバートも垂れた瞳を甘く緩めて、ルイスが持っているその箱に手をやって中身と取り出した。
丁寧に袋を開けて中から一本のポッキーを指に取り、きょとんと瞳を丸くするルイスの口へと差し出してあげる。
「待たせてすまなかったね。ほら」
思わず、と言ったように口を開けてしまったルイスはそのままアルバートの手ずからぽりぽりとポッキーを食べてしまう。
ウィリアムとアルバートの命令には逆らえず、言葉の通りに行動してしまうルイスは分かりやすい。
そんなことを考えている兄とは対照的に、ルイスはうっかりした自分に思わず目を見開いた。
まず最初にアルバートに食べてもらって、その次にウィリアムに食べてもらうつもりだったのに、早くも計画が狂っている。
ルイスは慌ててアルバートの手からポッキーの箱を奪い取り、彼の真似をするように一本を取り出してはアルバートの口元へと持っていく。
「にいさま、ポッキーをどうぞ」
「ありがとう」
ルイスが取る行動は分かっていたようで、特に驚くでもなくアルバートはルイスの手からポッキーを食べていく。
大衆的な味だが悪くない。
アルバートが食べ終わるのを見てからルイスはウィリアムを振り返り、同じように彼を見上げてポッキーを差し出した。
「にいさん、おくちあけてください」
「ふふ、ありがとう」
アルバートの真似をするルイスが可愛らしくて、期待に沿うようゆっくりと弟の手からポッキーを食べていく。
軽い気持ちで食べられる菓子ゆえに、食べやすくてすぐに次を求めてしまいそうだ。
そう思う気持ちのまま、もういっぽんほしいな、とウィリアムがねだってみせれば、ルイスは喜んで二本目のポッキーを食べさせてくれるのだった。
6.三兄弟とすあま
モリアーティ家ではあまり見かけることのない急須と湯飲みが目の前に用意され、続いて準備されたのは薄桃色と白色が特徴の菓子だった。
ルイスはおろかアルバートでさえも初めて見るそれは、洋そのものであるこの屋敷とは似ても似つかない和を重んじたものである。
「すあま、ですか?」
「へぇ、これがそうなのかい?」
「えぇ。おそらくまちがいないかと」
ルイスが興味深げにすあまを見つめ、アルバートも同じように首を傾げて珍しいその菓子を見ていると、ウィリアムから疑問の答えが返ってくる。
見慣れない菓子は名前すらも聞きなれないものだったが、アルバートには知識だけが備わっていたようだ。
ウィリアムも実際にすあまを食べたことがあるわけではない。
ただ知識として知り得ているだけで、それが少しばかりアルバートの持つものよりも豊富だっただけである。
いずれにせよルイスにしてみれば、知らないことなどないとばかりに博識なウィリアムはとても格好良く見えるし、端的な答えで全てを察してしまうアルバートも実にスマートだ。
ルイスは訝しげにすあまを見つめていた瞳をきらきらと輝かせて、左右に座っている兄達を交互に見上げては尊敬の眼差しを送っていた。
「にいさん、すあまはかまぼこなんですか?」
「ふふ。まるでかまぼこみたいにみえるけど、これはおもちのなかまなんだよ」
「おもち?」
今日のおやつとして用意されたすあまの見た目はかまぼこにそっくりだ。
かまぼこの一種なのだろうかと、ルイスの心に湧いた純粋な疑問を尋ねてみれば思いもよらない事実を教えられた。
ウィリアムの言葉を反芻しながらもう一度すあまに視線を戻してみるが、やっぱりそれはお餅というよりもかまぼこのようだ。
ルイスがよく分からないと言わんばかりに正直に首を傾げていると、アルバートが所作正しく湯呑みを持って中身を啜る。
「すあまに合わせてほうじ茶を用意してくれたらしい。今日は随分と珍しいおやつだ」
「いままでのおやつにわがしはあまりでてきませんでしたからね」
「料理長のブームが日本食だといっていたからその影響なんだろう」
「わがし…にほんしょく…」
なるほど、とルイスは納得する。
小さな島国に住む民族が考えたものならば、かまぼこに似た餅というちぐはぐな食べ物というのも納得だ。
変わった民族だと聞いているから、このすあまという菓子も日本国では珍しくないのだろう。
兄達の会話を聞いてルイスは頷きながら一人納得し、早速初めて見るすあまというお餅に手を伸ばした。
そうして添えられたフォークで行儀良くすあまを切り分けようとする。
が、しかし。
「…きれない」
「…そうだね。ちいさくきってくれてあるから、そのままたべてしまったほうがいいのかな」
「そうしようか。ここで手こずっていても不恰好だから」
「わかりました」
このすあま、ウィリアムがお餅の仲間と称しただけあって弾力が凄い。
無理矢理にフォークを当てていても切り分けるのは難しく、ルイスはウィリアムとアルバートの提案を素直に受け止めて、行儀が悪いことは百も承知ですあまにフォークを突き刺した。
もっちりとした感触はどうしてだか心も弾んでしまう。
「…ん、む…もちもち」
ルイスはもぐもぐと頬を膨らませ、あまり経験したことのない食感を存分に味わう。
ほのかな甘みが少し物足りないような気もするけれど、それでもこのもちもちとした食感が楽しいので不満はない。
ルイスが感動しつつすあまを味わう姿を見てからウィリアムとアルバートもすあまを口にして、三兄弟揃って初めてのもちもちすあまを堪能する。
初めてではあるが中々美味しいし、何より物珍しい。
かまぼこのような見た目で、もちもちとした楽しい食感の、ほのかに甘い和菓子。
触れても柔らかく弾力のあるこのもちもちは、特にアルバートの心を程よく刺激してくれた。
「おいしいですね、すあま」
「そうだね、ルイス」
「ふふ、まるでルイスのようだね」
「ぼく?」
アルバートの言葉の意味が分からず、ルイスは兄を見上げて首を傾げた。
大きな瞳は丸く可愛く、視線をずらせば薄く染まった滑らかな頬が目に入る。
そうしてルイスの後ろに目をやれば、ウィリアムも同じようにふっくらと丸みを帯びた頬をアルバートに向けていた。
双子のようにそっくりなこの弟達は、その頬ですら感触がよく似ているのだ。
アルバートはまずルイスの頬を両手で包み込み、もちもちとした心地よい弾力を楽しんでは額を合わせて微笑んでみせた。
同じようにウィリアムの頬も両手で包み込んで、ほとんどルイスと同じ感触をした頬に触れては満足げに声を出す。
「ルイスだけじゃないね、ウィリアムもだ。二人の頬はすあまにそっくりだよ」
「もちもちということですか?」
「その通り。ほら、自分で触ってごらん」
アルバートに促されるままルイスは自分の頬に触れてみるが、似ているような似ていないような、いまいちよく理解できない。
だがウィリアムはルイスの頬に触れて納得したらしく、ほんとうですね、とアルバートの顔を見上げて返事をしていた。
意見を一致させている兄達にもちもちした頬を触られたまま、すあまとそっくりなルイスはひとまず心地よいその手に和んで瞳を閉じる。
状況はよく分からないけれど、撫でられるのは嬉しいからこのままでいようと、ルイスは頬をすあま色に染めて幸せそうに笑うのだった。
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