学級委員と名探偵、色々あって友達になる
221年B組設定のルイスとシャーロックのやりとり with ウィリアム・アルバート兄様・ジョンのコメディ。
モリミュのルイスがおもちゃの虫でイタズラするという可愛いことをしていたらしいので、シャーロックにイタズラ仕掛けるルイスにしてみた!
ルイスは虫が苦手だ。
意思疎通が難しいほど小さく蠢く存在は、近寄るどころか視界に入れるだけでも怖気が立つ。
そんなおぞましい虫どもを最愛の兄と敬愛するクラスメイトに近寄らせないよう、ルイスは日々あらゆる手を尽くして身の回りの整理整頓に気を使っていた。
自宅では一匹の虫を侵入させる余地のないほど清潔を保っているし、教室の掃除にも手を抜くことはない。
虫が苦手だからこそ、存在を許す余地を残すわけにはいかないのだ。
何故ならいざ目の前に何らかの虫が現れ出たとき、ルイスの思考と行動は嫌でも数秒は停止する。
虫が苦手なことを隠しているわけではないが、明らかな弱みとして周囲にバレるような下手を打ちたくはなかった。
特に、最愛の兄へ無駄に馴れ馴れしいクラスメイトに舐められるような真似を取りたくなかったのだ。
「ぅおぁっ!?」
「なっ、どうしたシャーロック!」
「うるさいですよ、ホームズ君」
昼休憩が終わって午後の授業まであと数分という中、221年B組の天才児兼問題児であるシャーロック・ホームズが珍しく教室に戻ってきた。
相棒であるジョンがその腕を引いて無理やり連れてきたようにも見えるが、渋々という雰囲気を出そうとしながらもその表情にはあからさまに「満更でもない」という様子なのだから分かりやすい。
最も、分かりやすいはずのそれにルイスが気付いたのは担任であり兄でもあるウィリアムの助言あってこそなのだが。
そうでなければウィリアムに馴れ馴れしく無礼なシャーロックのことなど、ルイスが気にかけるはずもない。
いつものようにツンと澄ました顔で席に着いて数学の教科書を用意しているルイスは、突然叫び声をあげたシャーロックに冷ややかな声をかけた。
「ルイス、おまえ…!」
「どうしたんだ、シャーロック。何だこれ、蜘蛛…の、おもちゃか?」
「あぁ、趣味の悪いタランチュラを模したフィギュアだよ!」
「…妙にリアルで気持ち悪いな」
「本当にな!」
シャーロックとジョンはもはや恒例になったコントのようなやりとりをしている。
テンポの良いそれは二人が良いコンビであることを示しているようで、ルイス以外のクラスメイトは微笑ましく思っているのかもしれない。
だがルイスには二人が良いコンビであろうが何だろうが、至極どうでも良いことだった。
趣味が悪い、と言ったシャーロックの言葉に一瞬だけ目尻を吊り上げたが、すぐ元通りに澄ました表情を取り繕う。
「騒々しいですよ、ホームズ君。もうすぐ数学の授業が始まります。少しは落ち着いたらどうですか」
「何で俺とジョンが話してるのに俺だけがうるさいんだよ!おまえの耳は節穴か?」
「ワトソン君はあなたと違って声が騒々しくないので」
「俺の声は騒音ってか?あぁ!?」
「あぁもうシャーロック!ルイス君に食ってかかるんじゃないよ、全く!」
片手に蜘蛛のおもちゃを持ったシャーロックは自席に座っているルイスへと詰め寄った。
基本的にシャーロックはウィリアムだけでなくどの人間に対しても馴れ馴れしい。
当然、さほど仲が良くないはずのルイスに対しても遠慮はないのだ。
ルイスはシャーロックの顔ではなく妙にリアルな蜘蛛のおもちゃを見やり、すぐに視線を逸らした。
虫は苦手だが、おもちゃであるならば何を思うこともない、とルイスは信じている。
「これ、おまえの仕業だろ」
「何の話でしょうか?」
「この趣味の悪い蜘蛛、おまえの仕業だろ!」
「知りませんね」
教科書を開いて今日教わるページに目を通すルイスの邪魔をするように、シャーロックは手に持っていた蜘蛛のおもちゃを目の前にやる。
頭と胴体が節で繋がっており、足が八本ある節足動物。
毒を持ってはいるがとても弱く、むしろ噛まれて痛い程度の支障しかないおかげで愛好家の中では人気があるという。
ルイスには甚だ理解出来ない感性ではあるが、中々精巧に作られたフィギュアという名のおもちゃはまるで本物のようだ。
ぞくりとした嫌悪が背中を過ぎったけれど、ひとまず無視をしておいた。
「おまえ以外に誰がいるんだよ、こんな趣味の悪いモンを俺の机に仕込む奴!このデカさの蜘蛛を他の奴に見つからないよう机に入れるには、物理的に俺と座席が近いおまえしかいねーんだよ!」
「僕じゃありません」
「おい!」
苛立ちと呆れを織り交ぜた顔でシャーロックはルイスを見下ろし、ルイスはそんなシャーロックを冷ややかな目で見上げている。
二度も聞こえた「趣味の悪い」という単語にまたも目尻が吊り上がるけれど、彼の背後に見えた時計が示す時刻に冷静さを取り戻す。
もうすぐ授業をするためにウィリアムがやってくる。
学級委員として話を終わらせ滞りなく授業が始められるよう努めなければならないのだから、シャーロックにかまけている暇などないのだ。
だがそんなルイスの思惑と一瞬の表情変化にシャーロックが気付かないはずもなく、ますます持ってこのくだらないイタズラをしでかした人間が目の前の彼であると確信した。
「シャーロック、どうしてルイス君を疑うんだ?彼が虫を苦手にしているのは知っているだろう」
そんなルイスとシャーロックのやりとりを見ていたジョンが唐突に口を挟んだ。
発せられたその一言にルイスは思わず目を見開いて彼を見る。
何故それほど親しくない彼が自分のウィークポイントを知っているのだろうか。
「おまえの虫嫌いについて、どうしてジョンが知っているか不思議みたいだなぁ委員長」
「…別に、謂われない勘違いだと思っているだけですが」
表情を変えてジョンを見上げるルイスを視界に入れ、シャーロックは好機だとばかりに目を輝かせて彼へと詰め寄った。
前のめりになってルイスを見下ろし、それでも蜘蛛のおもちゃをルイスの視界から外すことはない。
性格が悪いなと、ルイスがそう思っていることに気付いているだろうシャーロックは嬉々としてその口を回らせていく。
「おまえがいつもやたら念入りに教室の掃除をしていることはクラス中の誰もが知っている。リアム先生とアルバートのためだと銘打ってはいるが、実際はおまえ自身が清潔を保っていたかったって理由があるんだろ?ほとんどの時間を過ごすこの部屋で、虫一匹の侵入も許したくないっていう理由がな。それに裏庭の掃除のとき、おまえはいつもモランとフレッドに任せきりにして倉庫を片付けている。どうせ裏庭を掃除していたら嫌でも虫が目に入ることが理由だろう。加えてこの前、実験室で解剖用のカエルにコオロギをやるとき、おまえあからさまに顔色が悪かったからな!」
「……っ…」
「それに、おまえが通学中に飛び回る蝉に驚いて固まってたことも知ってるんだぜ。なぁジョン!」
「あ、あぁ。あんまり驚いていたものだから心配したんだが、すぐに歩き始めていたから大丈夫かと思って声はかけなかったんだ」
「……そう、ですか」
隠し通したかったわけではないが、よりによって一番弱みを見せたくなかった相手にバレていたことに悔しさが滲む。
だが今挙げられたことはどれも事実で、さすが巷で噂になっている探偵だと評価せざるを得ない。
ウィリアムには及ばないだろうが、そのウィリアムすらも認める観察力と推理力は大したものだと、ルイスは認めたくない気持ちのままその評価を意識の外へ追いやった。
「それで、虫が苦手な僕がどうして蜘蛛のおもちゃをホームズ君の机に仕掛けるんですか。行動が矛盾しているかと思いますが」
ルイスは気を取り直し、シャーロックが持つそれに目をやってから真っ直ぐに彼の顔を見上げて凛と言い放つ。
シャーロックの推理は事実だ。
学園が誇っているらしい名探偵の手にある蜘蛛のおもちゃはルイスに所有権がある。
それはつい先日、ウィリアムとともに出掛けた夏祭りで見かけた出店で手に入れたものだ。
童心に返ってくじでもしようか、というウィリアムの提案に乗り、そのまま互いが引いたくじを交換した結果、ルイスの手に残ったのはタランチュラを模した精巧なフィギュアだった。
ウィリアムには猫のお面が当たっており、今も彼の部屋にはインテリアにそぐわない猫のお面が飾られている。
ルイスがくれたものだから、と大事にしてくれるウィリアムがルイスはとても嬉しかったし、優しい兄の配慮に胸が熱くなったことをよく覚えている。
だから、虫を苦手とするルイスに蜘蛛のおもちゃが当たってしまったことを詫びて回収しようとするウィリアムの声を遮り、そのまま貰って部屋に保管するのも当然のことなのだ。
使い道のないウィリアムからのプレゼント、日頃兄に迷惑をかけているシャーロックを驚かせるくらいの役割は果たしてくれてルイスは満足だった。
まさか自分が犯人だとすぐにバレることは想定外であったが。
「おまえ以外に誰がこんなくだらないイタズラ仕掛ける奴がいるんだよ!自分が嫌いなもんは相手も嫌いだと思う思考が幼稚だっつーの!大方、おまえの兄貴に突っかかる俺が気に食わないとかそういう理由だろ!」
「ホームズ君、あなたこそ兄であるマイクロフト先生の助言を聞いたらいかがです?先生はあなたの推理には決めつけすぎるところがあると仰っていましたよ」
「…あんのクソ兄貴…!」
「シャーロック、はっきりした証拠もないのにルイス君を疑うのは彼に失礼だろう」
自分を庇うジョンの姿を見て、相変わらずお人好しな人だとルイスは評価する。
今この状況においては有難いことだが、自分が蜘蛛をしかけた犯人であることを踏まえると良心が痛むのも事実だ。
だがそんなルイスの良心も、強力な援軍の前にはすぐさま霧散していくのである。
「ホームズ、確固たる証拠もないのにルイスを疑うのはやめてもらおうか」
「アルバート兄様」
「アルバート、おまえなぁ…!」
「状況証拠にしろ犯人心理にしろ、ルイスだと決めるにはどちらも中途半端だろう。ルイスがそれを君の机に入れる場面を見たわけでもあるまいし」
「…チッ」
「兄様、助けてくださりありがとうございます!」
ルイスの援軍としてアルバートが名乗り出てきた以上、ルイスが持つシャーロックに向けた良心はないに等しいのである。
心強いクラスメイトの応援はルイスにとって何よりも嬉しいエールだ。
これはもう絶対に犯人だとバレるわけにはいかない。
アルバートの優しさに感激したルイスが彼の手を取り感謝を告げていると、チャイムと同時に数学教師であるウィリアムが教室へと入ってきてしまった。
「賑やかですね、どうしました?」
「すみません、ウィリアム兄さん先生。すぐに着席しますので」
「あぁ急がなくて良いよ、ルイス君。…おやホームズ君、手に持っているそれは…」
ウィリアムの目には先日見かけた蜘蛛のおもちゃが映っている。
苛立ったシャーロック、困惑したジョン、普段と変わらず余裕めいて微笑むアルバート、そして決まり悪そうに視線を逸らせる最愛の弟。
視界に映る光景で一通りの状況が把握出来たウィリアムは口元に笑みを浮かべ、堪えきれずに声をあげて笑った。
「ふっ、ふふ」
そんなウィリアムの様子に、自分がした些細なイタズラがバレてしまったことをルイスは悟る。
誰より優れた頭脳を持つ兄ならば、説明などなくても今までに何が起こったか知れてしまう。
そもそもウィリアムに貰ったおもちゃなのだから彼が見れば誰が犯人か分かってしまうし、だから早く授業の用意をさせたかったのにシャーロックがねちこくゴネるから授業開始のベルが鳴ってしまったではないか。
ルイスはキッと瞳を鋭くさせてシャーロックをジロリと見ては念を送る。
勿論、込められる限りの鬱陶しさを込めた念だ。
「おい、おまえの弟どうにかしろよ、先生」
「まぁまぁ落ち着いて、ホームズ君。可愛いイタズラじゃないですか。よく出来た蜘蛛のフィギュアですね、本物そっくりだ」
「このくだらないイタズラの犯人、おまえの弟だろ。どうにかしろよマジで」
「おやそうなんですか?でも仮にそうだとしても、きっと犯人がホームズ君と仲良くなりたくてしたイタズラなんじゃないでしょうか。ねぇルイス君?」
「えっ」
「ルイス君の可愛いイタズラですよ。大目に見てあげてくださいね、ホームズ君」
「ウィリアム先生の言う通りだ。ホームズ、君も探偵なら犯人を探すだけでなく、どうして犯行に至ったのかを考えることも大切だろう」
「さすがアルバート君、良いことを言いますね」
「それほどでも」
突然やってきたウィリアムとアルバートからのフォローにルイスの目が見開かれる。
仲良くなりたいと思ったことは今までに一度たりともないのだが、二人の表情がまるで「そういうことにしておきなさい」と言っているように見えた。
可愛い弟がした可愛いイタズラ、まるで子どものようで微笑ましいと、二人が浮かべる保護者のような表情を見てしまえば自分の幼稚さを思い知らされるようである。
「リアム先生、アルバート、おまえら…!」
ルイスが自分の居た堪れなさに打ちひしがれている最中、シャーロックは唖然とした顔でウィリアムとアルバートを見ていた。
常々ルイスに甘いと思っていたが、ここまでルイスを贔屓し庇うのか。
ウィリアムはともかくアルバートは兄ではないだろうに(兄様と呼んでいるのはルイス専用のただのあだ名であることは明白なのだ)、ただのクラスメイト相手にそこまで甘くてどうする。
兄だとしてもシャーロックがマイクロフトにこんな扱いをされるなど、想像だけで倒れそうなほどだ。
最大級の呆れがシャーロックの体を襲うけれど、一周回ってルイスという存在に感嘆しそうだ。
一癖も二癖もあるウィリアムとアルバートにここまで甘やかされ過保護にされるルイスという人間は、もしやとてつもない人間なのだろうか。
隣にいるルイスをちらりと見れば向こうもシャーロックを見ていたらしく、苛立ったようにあからさまに顔を背けられた。
「なんだ、そうだったのか!ルイス君、シャーロックは色々勘違いされることも多いんだが、本当はとても素晴らしい人間なんだよ!是非仲良くしてやってほしい!」
「え、あ、は、ぁ」
「ルイス君も頭が良いし、きっと話が合うところもあるはずだ。僕とも仲良くしてくれると嬉しいな」
「あ、それは勿論…はい」
学級委員であるルイスが大事な相棒と仲良くなりたいのだと知ったジョンは、歓喜に満ちた表情でルイスの手を取り朗らかに話しかける。
人を信じることを知っているその顔に毒気を抜かれるのは仕方のないことで、ルイスはジョンの手を振り払わずにその勢いに圧倒されていた。
友達が出来て良かったねルイス、と尚のこと微笑ましく見守るウィリアムとアルバートとは対照的に、シャーロックは蜘蛛のおもちゃを片手にスターゲイジーパイに乗った魚のような目をしながら、名コンビと名高い相棒と今しがた友達になったらしい眼鏡のクラスメイトをただ見つめていた。
(おい、どうすんだよこれから)
(…あなたが犯人探しなんてしなければこんな面倒な状況にならずに済んだんですよ)
(おまえがくだらないイタズラ仕掛けたのが悪いんだろーが!)
(あなたが兄さんに無礼だからちょっと驚かそうと思っただけですよ!それなのに、何であなたと友達になんかならないといけないんですか…!)
(机見た途端こんな気持ち悪い蜘蛛が出てきた俺の身にもなれ!)
(あ、それは兄さんが僕にくださったものです。返してください)
(虫嫌いのくせに良いのかよ)
(兄さんがくださったものです。あなたを驚かしてくれた功労者でもあります。…大事にしているので)
(…無理すんなよ、嫌いなもんは嫌いで良いだろ)
(兄さんがくださったものを僕が嫌うはずないでしょう)
(……そうか。まぁ頑張れ)
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