そうだ、結婚式を挙げよう!
日頃の疲れを癒すためにアルルイの結婚式を企画したウィリアムによるオールキャラほのぼのコメディ。
書きたいところだけ書いた、楽しかった。
「ルイス、とても綺麗だよ」
「アルバート兄様…」
「今日の君は世界で一番輝いているね」
「ウィリアム兄さん…」
明るい陽射しが入る柔らかな空間において、白を基調としたタキシードを着た末弟が兄達から誉れ高い賞賛を受ける。
兄のうち一人はダークグレイを基調としたタキシードを着ており、一人は落ち着いた色合いのタイが映えるモーニングコートを着ており、厳かと言って良いほどに格式高い雰囲気を醸していた。
「アルバート兄さん、ルイスをよろしくお願いします」
「あぁ、勿論」
己の瞳よりも幾分か彩度の低い赤色をしたタイを身に纏ったウィリアムは、アメジストをポイントにした蝶ネクタイを身に纏うアルバートの手を握る。
そうして真っ白い正礼装に身を包んだ最愛の弟を振り返り、とびきり美しく微笑んだ。
ウィリアムの目には感極まったように大きな瞳を潤ませては唇を引き締めて、溢れ出る感情を抑えようと努力するルイスがいた。
見事な晴天に恵まれた今日という日は、モリアーティ家の長男と三男による結婚式が予定されている。
話はひと月前に遡る。
その日、モリアーティ家に住まう同志達は一堂に介しては疲弊し切っていた。
彼らの中心とも言えるウィリアムが立案した計画の実行に加え、予定していなかった緊急の事案にここ数日を全て費やしていたからである。
犯罪卿が目指すべきは平等で平穏な社会への改革。
その方法に許されざる犯罪を用いるのだから、彼らの作戦実行は暗躍でなければ意味がない。
だがその暗躍のために日々の生活を疎かにするわけにもいかず、ウィリアムは大学教授、アルバートは秘密機関のトップ、ルイスとジャックは屋敷の管理をこなしながらそれぞれの役割をこなしていた。
誰にも悟られないよう気を配った上での二重生活は、その手を血に染めることと同程度に神経をすり減らす。
対して比較的自由に動けるモランとフレッド、ボンドは寝ても覚めても危険と隣り合わせの毎日だった。
今この場にはいないメンバーもここ数日の疲労は大きく、十分に休めていないことだろう。
鉛のように重たい体をソファに預け、ウィリアムは大きく呼吸をしてからここに集まっているメンバーの顔を見た。
弱みを見せることを嫌うアルバートとモランの顔は普段と変わりないように見えるが、それでも滲み出る倦怠感は隠せていない。
過去の経験から体を酷使することに慣れているジャックは飄々としているけれど、このメンバーの中では彼が最も経験豊富かつ最年長なのだから頼ることも多かった。
フレッドとボンドに至っては分かりやすく表情が暗く、ルイスの白い顔には隈が浮かんで見える。
ウィリアムでなくても誰がどう見ても全員が全員、間違いなく疲れていた。
「みんな、お疲れ様。今回は随分と無理をさせてしまったけれど、おかげで市民の被害は最小限に食い止められたよ」
「ウィリアムさんの計画のおかげです。多くの人を助けることが出来て本当に良かった」
「そう言ってもらえると助かるよ、フレッド。でも立て込んだ案件ばかりで疲れただろう?」
「多少はね。でもやりがいはあるよ、大丈夫」
「疲れたなどと言っている暇はありませんから」
ウィリアムの言葉にボンドとルイスは本心からの言葉を返す。
この手で国を正していくという実感はボンドの心を擽るし、ウィリアムの理想のために行動出来るというのはルイスの気持ちを奮い立たせる。
同じように全員が納得した様子で表情を変える姿をウィリアムはそっと視界に収めていった。
彼らがいるからこそ目指す理想は現実になるのだと、現実にしてみせると改めて実感が湧く。
だが、充実感だけで人は長く動けないのだ。
疲労した以上の休息がなければ肉体とともに瞬く間に精神が落ちていってしまう。
「近いうちに慰労会のひとつでも出来れば良いんだけど」
「お、良いじゃねーか」
彼らを取りまとめる立場として、ウィリアムは日々の疲れを癒やし今後の糧となるようなことが出来ないか思案する。
慰安を目的に旅行するのは各々の立場を考えれば現実的ではないし、今ここにいないメンバーも含めるとなると数日もの時間を拘束するのは困難だろう。
モランは飲み会でも開催しようと提案しているが、それではどうせモランとアルバートの飲み比べ対決になってしまうに違いない。
そうなると酒や料理の準備をするルイスとジャックの負担ばかりが大きくなってしまうはずだ。
もっとこう、気分が明るくなるような、それでいて全員が一丸となれるような達成感ある催しはないだろうか。
ウィリアムは美味い酒と美味い料理を求めるモランの声を聞き流し、集まっている全員の顔をそれぞれ順にその緋色へと映していく。
普段よりも疲労が残るせいか色香が増しているように見えるアルバートと、油断すれば透明になってしまいそうなほどの儚さを醸すルイス。
敬愛する兄と最愛の弟を見て、ウィリアムはひとつの名案を思いついた。
「そうだ、結婚式を挙げようか」
「は?」
ぽん、と両手を叩いたウィリアムは疲労を感じさせない明るい緋色で声高く提案する。
揃った人間全員が驚いた表情をしているけれど、大して気にはならなかった。
「みんな疲れているだろう?ただ飲み会をしても味気ないし、恋人同士が愛を誓い合う姿を見ればきっと心も晴れやかになって癒やされると思うよ」
「……」
「ねぇルイス?」
「え?あ、はい、そうですね」
呆気に取られているメンバーはウィリアムが何を言っているのか理解出来ないまま固まっており、唯一名指しで返事を求められたルイスは慌てて肯定の音を出す。
ルイスも兄が何を言っているのか全く理解出来ていないが、それでも彼がウィリアムの言葉を否定するなどあり得ない。
咄嗟に同意を返せば満足したように、そうだろう?と微笑むウィリアムの表情にこそルイスは癒された。どうにも噛み合っていない兄弟を見つめ、アルバートは穏やかに一人微笑んでいる。
可愛い弟達が戯れ合う姿は二人の兄にとって正しく目の保養なのだ。
「それで、そのプランにはどんな意図があるんだい?ウィリアム」
「僕達の計画は表に出すことも出来ず、決して褒められたものではありません。少なからず精神的な落ち込みが影響することでしょうし、日々凄惨な場面ばかりを見ては気が滅入ってしまいます」
「あぁそうだな。ここにいる誰もが否定は出来まい」
「そこで、結婚式というおめでたい行事に関わることで全員の精神安定をはかろうと思います。気分転換を兼ねた慰労会の一種ですね」
「おい、なんかそれっぽいこと言ってるけど本当に効果あるのか?」
「モランさん、兄さんの考えに文句があるというのですか?」
「別にそういうわけじゃねぇよ。だけどな…」
それらしいことを述べたウィリアムに深く頷くのはルイスのみで、アルバートは愉快そうに微笑むだけだ。
モランは元々の性分ゆえかしかと噛み付いてはいるが、じろりと睨むルイスに気圧されて面倒そうに後ろ頭を掻いていく。
「…僕もあまりイメージが湧かないのですが」
「そうかな、僕は結構面白そうだと思うけど」
「あぁ。犯罪ではなくめでたい行事をこなすというのは、確かに良い気分転換にはなりそうだな」
「おいおい、ボンドはともかくジジイも賛成派かよ」
「人様に誇れる仕事をしていない以上、陽の当たる催しに惹かれるのは当然じゃろうて」
「そういうもんか?」
「分からないけど…」
元より面白そうなことに目がないボンドと、年の功ゆえ柔軟性のあるジャックは割合ウィリアムの提案に好意的だ。
飲み込めないのはモランとフレッドだけという圧倒的不利な立場にいる二人に構わず、アルバートはウィリアムの言わんとすることを繋いでみせる。
「つまり、限定的に犯罪相談役ではなく結婚相談役という役割になるということかな?」
「そうですね。一度きりにはなりますが」
「ウェディングプランナー!とても素敵ですね、兄さん!兄さんのおかげで幸せな式を挙げる夫婦は、きっと何よりも幸運だと思います」
「何を言っているんだい、ルイス」
「え?」
「式の主役は君だよ、ルイス」
「え?」
「ルイスが?」
ウィリアムの声に本人以上に反応したのはアルバートだ。
式の主役、つまり新郎新婦となるのがルイスと聞いては黙っていられなかった。
モリアーティ家の末っ子は誰よりも二人の兄に溺愛されており、ウィリアムがルイスに向ける愛情はこの上なく大きく重たい。
兄弟という一線を超えて愛し合う二人をアルバートは誰より近くで見てきたし、そもそもウィリアムと共にルイスを愛でる恋人という立場にあるのは他ならぬアルバートだ。
ルイスがどこぞの新婦と結婚式を挙げるなど、彼を愛しく想うアルバートが納得出来るはずもない。
ウィリアムとてそれは同じだろうと、一転して険しい顔つきをするアルバートを見て楽しそうに笑う結婚相談役は躊躇せず言葉を続ける。
「もう一人の主役はアルバート兄さんでお願いします」
「何?」
「僕と兄様が主役…式の主役ですか?」
「勿論だよ。ルイスが式を挙げるなら、相手はアルバート兄さんしかいないだろう?」
極々当たり前のように言うウィリアムに、さすがのルイスも思わず呆気に取られてはぽかんと口を開けてしまった。
対するアルバートはウィリアムの真意に気付いたようで顎に手をやり熟考している。
黙り込んでしまった二人を見たウィリアムはにこにこと笑顔を振り撒き、それぞれの片手を繋ぐように手を取り合った。
「ルイスとアルバート兄さんの式はこの僕がしかとプランニングさせてもらいます。当日はモラン達の協力を得て、素敵な式になるよう尽力しますよ」
触れた指先から互いの体温を感じ取った三兄弟は、それぞれ顔を見合わせて性格に合った反応を見せている。
アルバートは理解したように頷きながらルイスの手を握り、ルイスは戸惑ったように羞恥で頬を染めており、ウィリアムは愛しい人達の晴れ舞台を飾ることで頭がいっぱいだ。
まるでこの空間に三人だけしかいないような、そんな甘ったるい空気を振りまいているけれど、ここには他の人間もいる。
いつの間にかウィリアムの協力者となっているモランとフレッド、そしてボンドとジャックだ。
「ワォ!アル君とルイス君の結婚式が見られるなんて光栄だね。僕に出来ることなら喜んで協力させてもらうよ!」
「おいマジかよボンド」
「あの小さかったルイスが結婚か…ワシも年を取るわけだな、ふ」
「え、師匠本気ですか?」
俄然乗り気のボンド、孫の門出を祝う祖父のようなジャック。
そんな二人をよそにモランとフレッドは、現状ウィリアムが何を言っているのか訳が分からないまま協力者として名を連ねられていることに驚愕する。
疲労が溜まっている、それは確かだ。
その疲労を放置したままでは心身ともに悪影響、それも間違いない。
溜まった疲労を解消するための慰労会を予定する、なるほど理屈は通っている。
「ルイスとアルバート兄さんの式を見れば、きっとみんなの疲れも癒えると思うよ」
結論だけが理解出来ないのは知能の差ゆえなのだろうか。
いやそんなはずはないと、モランは果敢に口を開いてはウィリアムの真意を探ろうとした。
「え。ルイスと兄さんの式を見れば僕の疲れは癒えるし、今後の活力も湧いてくるし、一石二鳥じゃないか。モランもそうだろう?」
澄んだ瞳でそう言ってのけたウィリアムに他意は一切感じられない。
純粋に兄と弟の式こそが慰労に繋がると考えている。
自分が癒やされるのだから他のメンバーも癒されるはずだと、そう信じて疑っていない様子だった。
思わず片頬が引き攣るのを感じつつモランは辺りを見渡すが、アルバートとルイスは突然沸いた挙式予定に胸が躍っているのか甘い雰囲気を振りまいており、そんな二人を祝うようにボンドとジャックが祝福の言葉を届けている。
フレッドだけが動揺した黒い眼差しをモランに向けていたけれど、それも僅かな時間だった。
「フレッド、式の成功には君の活躍が必要不可欠だ。頼りにしているよ」
「分かりました。精一杯頑張ります」
「ありがとう」
ウィリアムを慕う弟分は簡単に陥落してしまった。
ならば最後の砦は己のみだと、モランは訳の分からない方程式を導き出した忠義を誓う相手、もとい現在は結婚相談役らしい彼を見下ろして口を開こうとした、が。
「大佐、当日までよろしく頼む」
「よろしくお願いします、モランさん」
「良い式になるよう頑張ろうね、モラン」
「…おう」
三兄弟が幼い頃からその成長をそばで見てきたのだから、ジャックとまではいかずともモランとて彼らの保護者だ。
どうしたって判断が甘くなる。
連日の任務で疲労が蓄積して正常な思考回路が働いていなかったことも要因の一つだろう。
あっさりとモランはウィリアムの計画に賛同の意を返し、こうして来月の第一日曜日にモリアーティ家の伯爵と末弟の挙式が決定したのだった。
「ボンドとマネーペニーは二人の衣装とメイクを担当してくれるかい?」
「任せて、ウィル君。僕達の手でとびきり素敵な新郎さんにしてみせるよ」
「ボンド、私はアルバート様を担当するわ。ルイスさんをお願い出来る?」
「OK、マネーペニー。抜群の素材だ、腕が鳴るね」
「仕立て屋は呼んであるから、タキシードのデザインと採寸含めて君達に一任するよ。ルイスとアルバート兄さんにぴったりのタキシードを期待しているよ」
「やっぱりルイス君には白だろうね、彼には純白のタキシードが似合うはずだ」
「アルバート様も白がいいかしら。でもルイスさんとのバランスを考えるなら黒の方が良いかもしれないわね」
「せっかくの機会だから色々試してみようか。さぁ二人のところへ行こう」
「モラン、会場設営は順調かい?」
「式までの時間は十分あるし、チャペルじゃなくてこの屋敷にある講堂を使うんだから大した手間も掛からねぇよ。安心しろ」
「それは良かった。前日の用意が大変かと思うけど、人手が必要ならいつでも声をかけてね」
「あぁ。ところで、あいつらの結婚式なんて本気でやるのか?」
「勿論。何か気になることでもあるのかい?」
「アルバートもルイスも神に誓うなんて柄じゃねぇだろ。もちろんお前もそうだろ?ウィリアム」
「ふふ、神様なんかにあの二人の愛は誓わせないよ。あの二人は揺るぎなくこの僕のものだ。僕にその愛を誓ってもらう。これなら何も問題はないだろう?」
「…は、確かにそうだな。何も問題はねぇ」
「フレッド、ひと月後の薔薇の開花はどうだろう?」
「多少小ぶりになりますが、式場を飾るには十分な数の薔薇が開花予定です。当日に向けて、手入れも今まで以上に入念にやっていきます」
「ありがとう、助かるよ。フレッドが育てた花で飾られた会場はとても綺麗だろうね。僕も楽しみだよ」
「薔薇だけでなく、結婚式の定番である白百合も用意しようと思うのですがいかがですか?」
「あぁ、良いね。それなら百合のブーケを用意してもらおうかな」
「分かりました。立派なブーケを用意します」
「楽しみにしているよ、フレッド」
「パターソン、急な頼み事をして悪かったね。準備はどうだい?」
「問題ありませんよ、ウィリアム様。近頃ピアノを弾くことも減っていたので丁度良い機会です。この曲はウィリアム様が選んだのですか?」
「あぁ。ルイスとアルバート兄さんに相応しい曲をと思ってね、いくつか組み合わせて編曲し直したんだ」
「さすがですね…祝歌はウィリアム様が歌われるのですか?」
「いや、今回は遠慮しておくよ。パターソンが弾き語り出来るのなら歌ってもらって構わないよ」
「何故?歌はお得意でしょうに」
「苦手ではないけどね…ルイスとアルバート兄さんの式の最中、僕が冷静に歌えるとは思えないから」
「あぁなるほど。納得の理由ですね」
「やぁヘルダー、調子はどうだい?」
「ウィリアム様!この通り、万事順調に進んでいますよ!」
「ふふ、君なら滞りなく司会を務めてくれるだろうから安心しているよ。全て暗記させてしまって申し訳ないね」
「問題ありません。知らなかったアルバート様とルイスさんの一面を知れて中々面白いですよ。むしろ新郎二人の紹介文を点字として記す方が手間なのでは?」
「大した手間もかからないから大丈夫だよ。ヘルダーらしい、とびきり明るい司会を楽しみにしているからね」
「お任せください!アルバート様とルイスさんの式、この私が素晴らしいものにしてみせますよ!」
「先生、一つお願いしたいことがあるのですが良いですか?」
「構わんぞ。何の用だ、ウィル坊」
「二人のためにウエディングケーキを作ろうと思うんです。神父役をお願いしているところ申し訳ないのですが、作るのを手伝ってもらえますか?」
「あぁ、ウィル坊手作りのケーキなら二人も喜ぶだろう。して、どんなケーキを作るか決めているのか?」
「大きなスターゲイジーパイを作ろうと思います。一般的なケーキよりも記憶に残りやすいからちょうど良いかと」
「…ルイスもアルバートも、スターゲイジーパイを好んでいたんだったか?」
「ルイスがよく作ってくれるので、きっとアルバート兄さんも好きだと思います。ファーストバイトのときの兄さんが楽しみです」
「……そうか。これもルイスの相手として必要な試練だな、アルバートなら乗り越えられるだろう」
「はい?」
「よし、可能な限り大きなスターゲイジーパイを作ろう。まずは当日に向けて練習だな、ウィル坊」
「ルイス、アルバート兄さん。当日のスケジュールについて確認してもらえますか?」
「ありがとうございます、兄さん」
「ほう…中々本格的な式じゃないか」
「当然です、二人の結婚式なんですから」
「とても緊張します…今更ですが、どうして僕と兄様の式を挙げるのですか?」
「慰労会の一種だと言っていたが、他にも理由があるんだろう?」
「大した理由はありませんよ。僕が二人の式を見てみたいと思っただけです」
「だが、ウィリアムとルイスの挙式もしていないというのに私が先で良いのかい?」
「先も何も、ルイスと結婚出来るのはアルバート兄さんだけでしょう。僕とルイスはあくまでも兄弟、既にこの先ずっと一緒にいることが確実な関係です。アルバート兄さんがそうではないという訳ではありませんが、僕とルイスの関係を改めて誓う必要もない。その点、兄さんとルイスはいくら誓っても構わないでしょう?」
「ふむ…一理あるな」
「では、兄様とも今後ずっと一緒ですか?」
「そうだよ、それを誓うための式なんだから」
「言葉にするというのも照れ臭いが、形式に則るのも悪くはないな」
「…!嬉しいです、兄様!」
「私もだよ、ルイス。しかし、形式に則るとはいえ神に誓うというのは良い気持ちがしないな」
「そうですね。神にアルバート兄様との愛を誓うくらいならウィリアム兄さんに誓いたいです」
「僕で構わないよ。二人の愛は僕が見届ける」
「そうか。ではお願いしよう、ウィリアム。頼んだぞ」
指示された時間に部屋を訪ね、ノックを三回して断ってから中へと入る。
そこには真っ白い正礼装に袖を通し、髪を上げてヘアーセットされている弟がいた。
振り向き様に視線を合わせれば白とは対照的な赤がとても美しい。
「兄さん」
「…綺麗だね、ルイス」
ふわりと舞う髪の毛が耳にかかる。
最低限の整髪料しか使用していないのか、柔らかく耳にかかる髪はとても魅力的だ。
思わず指を伸ばして触れてみれば擽るように軽い感触がして、ついつい抱き寄せて頬を擦り寄せてしまいたくなってしまう。
けれどこれからのスケジュールを考えると、ヘアースタイルが乱れるような真似は望ましくない。
ウィリアムはかろうじてその体を抱き寄せるのみで衝動を抑え、改めて腕の中にいる綺麗にめかし込む弟を見た。
細身の体によく合ったジャストフィットのタキシードは皺一つなく、華奢でありながら体が出来上がっているルイスを引き立たせている。
蝶ネクタイのリボンにはエメラルドとルビーがワンポイントとして彩りを与えていた。
顔にはうっすらと白粉をつけているようで、けれども右頬の火傷跡は隠されず露わになっている。
「傷、消さなかったんだね」
「…髪を上げるので、どうしようか悩んだのですが。この傷こそが僕が僕である証なので、ありのままを兄様に見ていただこうと思いました」
「そう。とても綺麗だよ、ルイス」
「……はい」
はにかむように微笑むルイスの頬へ、ウィリアムはそっと唇を寄せた。
ボンドは綺麗に隠してしまおうと提案したが、ルイスがそれを拒否したのだ。
普段であれば、ルイスはこの醜い傷跡をウィリアムとアルバートの前で晒すことを嫌う。
ゆえに伸ばした前髪で覆い隠しているのだが、真似事とはいえ今日はアルバートとの挙式なのだ。
ありのままの自分でいたいと思った。
きっとアルバートはそんな自分でも受け入れてくれるだろうと、ルイスは確信めいた自信をようやく抱くまでに彼を信頼するようになったのだ。
その心境の変化がウィリアムはとても嬉しい。
頑固で臆病な寂しがりやに「愛されている」という自信を与えてくれたアルバートだからこそ、大事な弟を任せるに値する。
とびきり綺麗なルイスを見たときの反応が楽しみだと、ウィリアムはルイスの腕を引いて階段の踊り場で待つアルバートの元へと足を運ぶ。
ベールを下ろしたルイスを連れバージンロードを歩いた先で、初めて新郎としてのルイスを目にするアルバートというのも一興だが、こんなにも美しい弟を独り占めするというのもウィリアムの良心が痛む。
式が始まる前に三人だけの時間を作ったのは、これから新しく関係が変わる兄弟としての時間を堪能するためだ。
きっと楽しみに待っているだろうアルバートの元へ、ウィリアムとルイスは急いで向かう。
そうして背中を向けているアルバートに近づき、ルイスは降ろされた腕を手に取りその名を呼んだ。
「アルバート、兄様」
「ルイス…!…驚いた、綺麗だね。とても美しい」
あまり身長差はないはずなのに幼い頃からの習慣なのか、ルイスはアルバートを見る際に上目になる癖がある。
髪を上げて何にも遮られることのない赤い瞳は透明感がありながらも奥深い色をしており、期待と歓喜に満ちているようだった。
薄いけれどメイクを施したその顔は普段よりも輝いて見えて、儚い美しさがより一層洗練されている。
綺麗な弟に見惚れていることを自覚したアルバートは、掴まれた腕を手に取って垂れた瞳を愛おしげに細めていった。
「兄様もとても素敵です。格好良い…」
「ありがとう」
ルイスとは色違いであるダークグレイのタキシードを着こなしたアルバートは、鍛えられた肉体から惜しみなく色香を振りまいているようだった。
細身でありながら逞しいその体格は羨ましいほどだ。
丁寧に撫で付けられた髪の毛は一筋だけが額にかかっており、溢れんばかりの魅力をルイスに感じさせている。
男女問わず数多の人間を虜にする、支配者たるオーラを放つアルバート。
その気になれば傾国さえ叶うだろうその美貌は雄々しく、けれど決して下品な印象は与えない。
ルイスが思わずうわ言のようにその魅力を言葉にすれば、堂々と称賛を受け止めたアルバートに優しく抱きしめられた。
「ルイス。この先も私と一生を共にしてくれるかい?」
「は、い」
操られるようにアルバートの背に腕を回し抱き返せば、尋ねているはずなのにまるで命令している響きで甘く優しく口説かれた。
つい反射的に返事をすれば一層強く抱きしめられる。
アルバートが好んで使う香水の香りが鼻を擽り、胸に言い知れない高揚感が芽生えるようだった。
「ありがとう。…これからも、三人一緒に生きていこう」
アルバートは近くで静かに見守っていたウィリアムに目をやり軽く微笑んでから、ルイスの耳に囁きかけるように永遠を約束する。
震える体が愛おしくて堪らない。
無垢に自分を慕い、信頼してくれている彼とアルバートは永遠の愛を誓う。
しかも信じていない神ではなく、互いに唯一無二だと確信しているたった一人に向けて愛を誓うのだ。
家族のいないアルバートにとって初めての弟になってくれたルイスが、いつしか最初で最後の恋人となり永遠の伴侶となる喜びを、他で味わうことは決してないだろう。
自ら呪われた運命を歩いているというのに恵まれすぎていると、アルバートは胸の高鳴りを抑えきれずに腕の中にいる体を抱きしめるのだった。
(さぁ、そろそろ式場へ向かいましょう。みんな待っている頃です)
(パターソン含め、わざわざ全員都合を付けて来てくれたんだったな。待たせるのも申し訳ない、行こうか)
(はい!)
(…ふふ。まさかルイスのタキシード姿を見られるなんて、昔の僕が知ったら驚くだろうね)
(僕は兄さんのタキシード姿も見てみたかったです)
(三人で挙式、というのも一つの可能性として考えても良かったんじゃないか?)
(いえ、ルイスと僕が式を挙げることについて考えていなかったので盲点でしたね。今回のプランでもルイスの腕を引いてバージンロードを歩くことしか考えていませんでしたし…ひとまず今日は二人の式を見届けさせてもらいます)
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