内緒と秘密のいちごパフェ


ウィリアムに内緒でアルバート兄様と美味しいものを食べて後ろめたくなるルイスの話。
ルイスはウィリアムに内緒を作るのに慣れてないどころか内緒に出来ないと可愛いな〜

「兄さん、試験頑張ってきてくださいね!」
「気負うことのないように。君なら問題なく合格するだろうから、落ち着いて臨むといい」
「ありがとうございます、兄さん。ルイス、また後でね」
「行ってらっしゃい!」
「アルバート兄さん、ルイスをよろしくお願いします」
「あぁ、任せておきなさい。気を付けて行ってくるように」

今日はウィリアムが秋から通う予定であるイートン校の入学試験日である。
元より聡明なウィリアムのこと、先輩であるアルバートに助言を得ながら勉学に励んできた。
そうは言っても一定の規則や傾向に気付いてしまえばとても簡単な試験でしかない。
ウィリアムは己の合格を確信していたし、アルバートもそれは同様だ。
ルイスに至っては兄が勉強において他の誰かに遅れを取るという発想すらなかった。
頑張って、という応援は、むしろウィリアムと離れて過ごす今日の自分に向けたエールに近い。
ルイスは列車に乗り込むその後ろ姿を見送り、大きな音を立てて発車する様子が見えなくなるまで駅近くに佇んでいた。

「兄さん…」
「今日の夕方には帰ってくる。帰りも迎えたいんだろう?時間を潰すために、少し買い物でもしていようか」
「…はい、アルバート兄様」

ウィリアムの合格は絶対だ。
形ばかりの試験だがそれでも受けないわけにはいかないのだから、今日一日離れて過ごすのも仕方がない。
何度か使いで来たことのあるロンドンの中心街はとても賑わっており、散策を兼ねて歩くのはきっと楽しいだろう。
ルイスは見送りと迎えに行きたいというわがままに付き合ってくれたアルバートを見て、ぎこちないけれど安心したような笑みを見せた。
アルバートがいるからルイスは一人ではない。
それがとても嬉しいと思う。
僅かに離れた距離が少しだけ寂しくて、ルイスは背の高い兄にぴったりと寄り添うように近付いた。

「何か見たいものや欲しいものはあるかい?せっかくだからプレゼントしてあげよう」
「…いりません。兄様と一緒に過ごせるだけで十分嬉しいです」
「そうか。ルイスは良い子だね」

ぽつりと呟いたルイスの言葉に愛おしさが増していく。
アルバートはまだまだ小さなルイスの柔らかい髪を撫でて、物欲のない健気で可愛い末っ子を愛でる。
そばにいても鬱陶しくない人間がいるだなんて、アルバートは生まれて初めて知った。
お互いを想い合う神聖な姿に興味を惹かれてウィリアムとルイスを手元に置いておきたいと願ったけれど、その中に自分が混ざるだなんて考えてもいなかったはずなのに、いざ経験してみると驚くほどに居心地が良い。
裏表なく兄として慕ってくれるウィリアムと、そしてルイスのおかげで、アルバートは生来持っていた兄としての役割とその優しさがようやく機能するようだった。
ふわふわと撫でるその手にうっとりと瞳を細めたルイスを見て、アルバートの心は満たされていく。
ひとしきり満足するまでルイスの髪を撫でてから小さくふくふくした手を握りしめ、二人の兄弟は駅から離れていった。

「ルイス、あのデパートに行ったことはあるかい?」
「先日、先生と一緒に食器類を買いに行きました」
「他の階は?」
「見ていません」
「ではフロアごとに見ていこうか。色々な物が売っていて興味深いはずだから」

たくさんの人の中で紛れてしまわないようルイスの手を繋いだけれど、ルイスも周りの人間に警戒が外せないようで、縋るようにアルバートの手指に自分のそれを絡めてくる。
周りから見れば仲の良い兄弟に見えるだろうし、ルイスはまだ幼いのだから誰も不自然に思うことはないだろう。
恥ずかしがる様子もないから、普段から街を歩くときにはウィリアムと手を繋ぐのが習慣になっていることが分かる。
どちらかといえばアルバートの方こそ気恥ずかしくなってしまったけれど、強く握りしめてくるその手を今更離すのはどうにも惜しい。
繋いでいたいという気持ちのまま羞恥心こそ捨ててしまえばいいかと、アルバートは緊張した面持ちで周りを見るルイスの手を引いて歩き出した。
周りにはたくさんの人がいて、たくさんの物があって、ルイスの興味を引くものも多くあるはずだ。
だが警戒心の強いこの弟が自らそこに飛び込むことはない。
アルバートの手に縋ることで安全を確保しながらじっと観察をしている姿に、どこかウィリアムの気配を感じてしまった。
ウィリアムはこうまで誰かに縋ろうとはしないだろうが、周りを観察する能力に長けているのだ。
その影に隠れて見劣りしてしまうけれど、ルイスも兄の習性を十分に受け継いでいるらしい。
怖がりな仕草に見合わないその癖が、どうしてだかアルバートにはより一層愛おしく、そして頼もしく思えて仕方がなかった。

「色々な物があるんですね。初めて見る物がたくさんあって楽しかったです」
「楽しんでもらえたなら良かった。そろそろウィリアムも帰ってくるだろうし、その前にお茶でも飲んで行こうか」
「はい」

アルバートの案内でデパートのフロアをくまなく散策したルイスは初めて見る物に好奇心を満たされたようで、大きな瞳がキラキラと輝いていた。
絶対にアルバートのそばを離れず、けれど気になった物を見つけるとおずおずと「あれは何ですか?」と兄の腕を引いて質問する。
そうしてアルバートが丁寧に答えてあげれば、ルイスは納得と感心したように「兄様は物知りですね」とアルバートを尊敬に満ちた目で見上げてくるのだ。
それが思いのほか可愛らしくて、兄としての自尊心を擽ってくるのだからついついアルバートも要らない豆知識を披露してしまった。
テディベア発祥の国であるドイツで作られた菓子のことなど、教えなくても良かったかもしれない。
だがルイスは興味深そうに聞いてくれたのだから良しとしよう。
アルバートは浮かれた気分のままルイスの手を引いて、過去に何度か訪れたことのある店へと入っていった。

「まだ時間はあるし、甘いものでも頼もうか。ルイス、ケーキとパフェとどちらが食べたい?」
「え…えっと、あの」
「あぁ、値段など気にせずすきなものを頼むと良い。ルイスのスコーンが恋しいけれど、ここの菓子はとても美味しいと評判だから」
「…でも」
「何か気になるのかい?」
「……兄さんがいないので」
「…あぁ」

スイーツが評判のこの店は常時数種類のパフェを用意している。
アルバートも何度かケーキ類を味わったことがあるけれど、さすがロンドンの一等地に店を構えるだけあって味は申し分のないものだった。
甘いものがすきなルイスもきっと楽しんでくれるだろうとメニューを見せたが、あまり気乗りしていない様子の弟に思わず首を傾げてしまう。
けれど返ってきた言葉に何となくその心中を察することが出来た。
ウィリアムのいない場所で、彼を除け者にするようなことをするのに抵抗があるのだろう。
いつだってルイスはウィリアムと一緒にいたのだから、自分だけ美味しいものを食べるのは気が引けてしまうのかもしれない。
優しい子だなと、アルバートは微笑ましくルイスを見る。
ウィリアムがいない場所で甘味を食べるのは嫌なのに、アルバートの厚意を無碍にするのも嫌なのだろう。
うむむ、と悩むルイスの頬を優しく撫でて、アルバートは助けを出すように口を開いた。

「では、僕とルイスだけの秘密にしようか。ウィリアムには内緒で、僕と一緒にケーキを食べてくれるかい?」
「…兄様との秘密?」
「あぁ。ここは僕の顔を立ててくれると嬉しい」
「兄さんには内緒?」
「そうだよ。一度くらい、ウィリアムに内緒を作るのも面白いとは思わないかい?」
「……」

ルイスくらいの年頃なら親や兄弟に反発したくなるはずだ。
知識としてそれを知っていたアルバートは、果たしてそれがルイスにも効くのだろうかと半ば試すような感覚で唆してみたのだが、思っていた以上に効果があったらしい。
今までウィリアムに内緒事をする機会などなかったルイスは「初めて」というワードに強く惹かれているようだった。
加えて「アルバートと秘密を共有する」という事態にもワクワクしている。
前者はともかく後者にアルバートが気付くことはなく、ウィリアムにべったりのルイスが初めて彼に反発をするということにだけ勘付いていた。
反発と言ってもささやかすぎる、彼に内緒でスイーツを食べるというだけの行為ではあるが、ルイスにとっては一大事なのだろう。
可愛い限りだと、アルバートはもう一度ルイスにメニューを渡してすきなものを選ぶよう促した。

「では…この、いちごのパフェが食べたいです」
「飲み物はどうする?ダージリンで良いかい?」
「兄様と同じ物が良いです」
「分かった」

アルバートはチョコレートケーキといちごパフェ、そしてアールグレイの紅茶を二人分注文する。
初めてウィリアムに内緒を作るルイスはそわそわとした雰囲気のままアルバートを見てはふわりと微笑んだ。
慣れない空間だがアルバートがいるというだけでルイスにとっては安全地帯である。
その彼と一緒にお茶を、しかもとても美味しいスイーツを食べるというのだから楽しみで仕方がなかった。

「僕、兄さんに内緒をするのは初めてです」
「緊張するかい?」
「…少しだけ。でも、兄様と一緒の秘密だから嬉しいです」
「ふふ。ウィリアムに内緒でルイスとの秘め事があるなんて、僕もさすがに少しだけドキドキしてしまうね」

ウィリアムは絶対にルイスに秘密を作られることを良しとしない。
あの子はルイスの全てを自分のものにしたがっていて、事実ルイスの全てはウィリアムのものだ。
己の所有たる弟に秘密を作られるなど、ウィリアムは絶対に許さないだろう。
それを知っていて尚、アルバートはルイスに提案を持ちかけたのだ。
せっかく可愛い弟が出来たのだから構いたい気持ちが半分、少しの時間くらい独り占めしてもバチは当たらないだろうという気持ちが半分。
そしてそれを踏まえた上で、どうせルイスはウィリアムに内緒を貫き通すことなど出来ないだろうという確信ゆえだ。
早ければ一週間、遅くてもひと月以内には全てバレてしまうだろうという未来がアルバートには見えていた。

「お待たせしました。アールグレイの紅茶とチョコレートケーキ、いちごのパフェでございます」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」

店員の女性がアルバートの笑みに見惚れ、幼いルイスの礼に癒されていることなど気にせず、二人はこそこそと内緒話をするように話を続ける。
途中、紅茶で喉を潤しながらケーキとパフェをつまみ、けれどもメインは互いのお喋りだ。
周りの客に聞こえないよう顔を近付けてはくすくす笑い合う見目麗しい兄弟の姿に、多くの人間が心癒されていることなど二人は知らないだろう。

「兄様、いちご食べますか?」
「良いのかい?いちごはルイスの好物だろう?」
「すきだから兄様にも食べてほしいんです」
「…では遠慮なくいただこうか」
「はい、兄様」

そう言っていちごを目の前に差し出され、思わず目を見開いてしまったけれど、ルイスが求めていることを察してあげれば口を開ける以外に方法はない。
アルバートがルイスの手ずからいちごを食べれば、美味しいですか?と期待に満ちた目で見上げてくる弟が可愛くて、美味しいよと素直に返してあげた。
その言葉でより嬉しそうに表情を変えるルイスはこのいちご以上にとても甘い。
味覚からも視覚からも甘さを堪能したアルバートは、ルイスに倣って己のチョコレートケーキを食べさせるべく一切れ分をフォークに乗せる。

「ほらルイス。お返しだよ、口をお開け」
「あー…んむ。…美味しいです」
「良かった」

ウィリアムがルイスに何かを食べさせる場面は見たことがあるけれど、アルバートが実際に経験するのは初めてだ。
卑しい行為だと思っていたのが嘘のように心が温かい。
好物を与えても良い存在で、しかもルイスにとっての自分がウィリアムと同等近くであるように感じられて気分が良い。
アルバートは小さな口をもぐもぐと動かしてパフェを食べるルイスを甘ったるく見つめていた。

「兄さん、お帰りなさい!」
「ルイス、ただいま。迎えにきてくれてありがとう」
「お疲れ、ウィリアム。手応えはどうだい?」
「問題なく合格していると思います。兄さんの助言のおかげです、ありがとうございました」
「大したことはしていないさ。君の実力だ」
「それに、ルイスと一緒に見送りと迎えまで来ていただきありがとうございます」

予定していた列車が到着する時刻を目安に、アルバートとルイスはもう一度駅へと向かう。
無事に試験を終えたウィリアムの姿を見つけた途端にルイスが駆け寄れば、彼はその手を取って半日も離れていなかったのに互いの存在を感じ合っていた。
会えて嬉しいと自分に懐くルイスを愛おしげに見つめ、ウィリアムは伸ばし始めたルイスの前髪を掻き上げてその額に頬を寄せる。
仲の良い弟達の姿はアルバートを満たすとともに、先ほどまでの秘め事ゆえのスリル感を与えていた。

「兄さん兄さん、今日はアルバート兄様とデパートを見て回ったんですよ」
「そうだったんだね。どんなことをしたんだい?」
「色々な物を見て、兄様が一つ一つ解説してくれました。それにパフェ…」
「うん」
「…な、んでもないです」
「ルイス?」
「な、何でもないです」
「ふ、くく…」

早速ボロを出しかけたルイスを見て、アルバートは口元に手をやって漏れ出る笑いを何とか耐える。
ウィリアムに取られていた手を離して自分の口に当てるルイスはまるで幼子のようだった。
以前ウィリアムが言っていた、ルイスは無垢で素直なのだという言葉の意味がよく分かる。
無垢で素直だからこそ染まりやすくて善悪の判断も付かない、天使にも悪魔にもなれる移ろいやすい子どもがルイスなのだ。
そんな子どもが最愛の兄に自分が感じたこと全てを明かして生きてきたのは明白である。
今日はこんなことがあったのだと逐一報告していたルイスなのだから、アルバートとの秘密をウィリアムに明かしてしまうのも時間の問題だ。
これは一週間も保たないかもしれないなと、アルバートは楽しそうに二人を見つめてその肩に手を添えた。

「さぁ、いつまでもこんなところにいないで早く屋敷へ帰ろうか。ウィリアムも移動と試験とで疲れているだろう?家に戻ったらお茶にしよう」
「僕がお茶の用意をします!今日はアルバート兄様に美味しいと評判の茶葉を買っていただいたんですよ」
「そうなのかい?それは楽しみだな」
「淹れ方のコツも教わってきました。美味しい紅茶を用意しますね」

ルイスはアルバートの助けにより話題が逸れたことに安堵する。
せっかく初めての内緒、アルバートとの秘密なのだから二人だけの心にしまっておきたいのだ。
けれど誰よりもだいすきなウィリアムに隠し事をしているという後ろ暗さは、ルイスも気付かないうちに心の中に小さな影を宿してしまった。

「ルイス、僕の分のいちごをあげるよ」
「え…でも、これは兄さんの分のデザートです」
「僕はもうお腹いっぱいだから。ルイス、いちごはだいすきだろう?」
「…はい」

ウィリアムはいつもルイスに好物を分け与えてくれる。
幼い頃から自分の好物はもちろん、ルイスの好物も惜しむことなく分けてくれるのだ。
今日も今日とてデザートに出てきたフルーツの盛り合わせの中、ルイスの好物であるいちごをたくさん分けてくれた。
お礼にルイスはブドウを返しておいたけれど、ウィリアムだっていちごがすきなのに少しばかり申し訳ない。
それでもウィリアムはルイスがいちごを頬張る様子を見てにこにこと笑っている。
大事な弟がしっかり食事を食べていること、美味しいものを食べて喜んでくれること。
ウィリアムにとってこの二つが何より重要で、自分のことよりルイスの方がよほど大事なのだから、いちごなんていくらだって譲ってあげたくなるのだ。
けれど最近のルイスは、ウィリアムが何かを分けても笑うことが減ってしまった。

「どうしたの?いちご、美味しくなかった?」
「…美味しいです」
「じゃあどうして悲しそうな顔をしているんだい?」
「……何でもないです」
「ルイス?」

いつもなら申し訳なさそうに、けれど嬉しそうに頬を緩めて食べてくれるのに、今のルイスはどうしてだか悲しそうに眉を下げて渋い顔をしているのだ。
見るからに熟れた真っ赤ないちご、きっと甘くて美味しいだろうに何がお気に召さなかったのだろう。
ウィリアムはここしばらく様子のおかしいルイスをもどかしげに見るが、口を閉じてしまったルイスは変わらず悲しそうな顔をしたまま何も言ってくれなかった。

「アルバート兄様…!」
「ルイス、どうしたんだい?」

ウィリアムの受験から五日後の夜。
ルイスは心配そうに寄り添ってくれるウィリアムの手を振り切って、アルバートの部屋を訪ねていた。
この前作ったばかりのアルバートとの秘密はルイスにとって嬉しさの象徴だ。
初めてウィリアム以外に自分を見てくれて、そして優しくしてくれるアルバートの特別になれたような優越感がとても嬉しい。
けれどその嬉しさと同じ以上に、今のルイスは心苦しいのだ。

「兄さん、いちごもジャムもクリームもたくさん僕に分けてくれます…僕は兄さんに内緒でいちごのパフェを食べてしまったのに…!兄さんに内緒で、兄さんと半分こせずに僕…うぅ」
「…ルイス」

今にも泣きそうな情けない顔で懸命に紡ぐ言葉は随分といじらしくて可愛らしかった。
僕は兄さんを裏切ってる、とぐすぐす言うルイスはかろうじて泣いていない。
けれどその心はウィリアムに作ってしまった内緒で押し潰されそうなのだ。
押し潰された瞬間、きっとルイスは泣いてしまうのだろう。
ウィリアムはルイスが苦しむ姿など見たくはないはずだが、こうして己のことで思い悩んで泣きそうなルイスを見たらどう思うのだろうか。
少なくともアルバートはその健気な姿により一層の愛おしさが増していた。

「ウィリアムに内緒を作るのは心苦しくなってしまったのか…ルイスは良い子だね、そんなにもウィリアムのことを強く思いやっている」
「…兄様との秘密、嬉しかったのに…でも僕、兄さんに内緒を作るのはやっぱり嫌です…」
「そうだね」
「兄様と一緒にいちごのパフェを食べましたって教えたいです…兄さんと兄様と一緒にパフェ食べたい…二人きりの秘密より、三人きりの秘密の方が嬉しいです…うぅ…」
「…ルイス」

ウィリアムに内緒を作ることも心苦しいけれど、二人より三人での秘密を作りたいという末っ子の願いはいとも簡単にアルバートの心を揺さぶった。
生粋の弟であるルイスは兄初心者のアルバートと相性が抜群に良いのだ。

「そうだね、ウィリアムに内緒を作ろうなんて提案した僕が愚かだった。ルイスは何も悪くはないよ、僕が悪いのだからそう気に病むことはない」
「いえ、兄様は僕のために言ってくださったんです。それなのに僕が…僕がわがままを言ったから…」
「おや、今のがわがままになるのかい?僕は嬉しかったよ」
「…?」
「ルイスと二人きりの秘密も良いが、やはり僕達兄弟はウィリアムがいてこそ成り立つ。三人で生きていくのだから、三人きりの秘密を作る方がより自然だろう?」
「…はい…その方が良いです…」

アルバートが一緒に背負ってくれたことで、ルイスの心苦しさは半減する。
何も知らないウィリアムが変わらずルイスに好物を分け与えてくれることは申し訳なく思うのだが、それ以上に、彼に内緒を作っていることと三人一緒でないことがルイスは嫌なのだ。
アルバートもそう感じてくれていることが心強い。
思わず広い胸に抱き付いていたことに気付いたけれど、アルバートはごく自然にルイスの背中を抱いて優しくさすってくれていた。

「では、早速ウィリアムに内緒をバラしに行くとしようか」
「え?い、今からですか?」
「明日に引き伸ばしてしまっては今夜ろくに眠れないだろう。早く解決してしまった方が良い」
「で、でも…兄さん、僕が内緒でいちごのパフェを食べたことを怒るかも…そしたら今日一緒に眠ってくれないんじゃ」
「…大丈夫だよ、ルイス。ウィリアムはそんなことで怒るような子じゃないから」
「でも」

初めての内緒事に動揺しすぎて思考がおかしくなっているのだろう。
ルイスは本気でいちごのパフェを独り占めしたことをウィリアムが怒るのではないかと疑っている。
どちらかといえばその内容よりも内緒にされたという事実こそがウィリアムの琴線に触れると思うのだが、今のルイスには通用しないらしい。
それだけウィリアムとルイスが何もかもを半分にして生きてきたということで、いわば分けることが二人の人生そのものなのだ。
それをアルバートの誘惑が原因とはいえ独り占めしてしまったのだから、ルイスの動揺も仕方がないのかもしれない。
だがウィリアムはそんなことで怒るような人間でもなければ、ルイスを放って一人で眠ってしまうような人間でもないのだ。
まだ兄弟になって一年も経たないアルバートでさえそれは確実だと断言出来る。

「もしウィリアムが怒ったときには僕が一緒に謝ろう。一緒に眠ってくれないなら僕がルイスと眠るから安心しなさい」
「アルバート兄様…」
「さぁ行こうか。大丈夫だよ、怖がることはない。ウィリアムはきっと、ルイスの気持ちを汲んでくれるから」

アルバートに両肩を支えられ、ルイスは戸惑いながらも足を進める。
本当に怒らないですか、兄さん僕のこと嫌いになったりしませんか、と信憑性のないうわごとを言うルイスを適当にあしらいながら、アルバートはすぐ隣の部屋にいるであろうウィリアムを訪ねた。
ウィリアムはアルバートに連れられたルイスを見て安堵したように小さく息を吐いた。
その姿を見ただけでいきなり出て行ってしまった弟の身を案じていたことがよく分かる。
行き先がアルバートのところだと分かったから、自主的に帰るまでを待っていたのだろう。
ウィリアムは核心めいたことは言わずにルイスの名前を呼んで定位置であるベッドの上へと並んで腰掛け、アルバートはソファに一人座ることにした。

「ルイス、僕から言おうか?」
「…いえ兄様、僕の口から言います」
「どうしたんだい、ルイス?」
「兄さん…実は、僕…」

両手を握りしめてウィリアムを見上げ、ルイスは意を決したように口を開く。
その表情が真剣そのものだったからウィリアムも顎を引いて思わず構えたけれど、アルバートだけがのんびりとその様子を見守っていた。

「兄さんの受験の日、兄さんに内緒でアルバート兄様といちごのパフェを食べてしまいました…!」
「…そう。美味しかった?」
「とても美味しかったです」
「なら良かったね。それで、僕に言いたいことがあるんだろう?何でも言ってごらん」
「え?もう言いましたけど」
「え?」
「ふ、ふふっ」

面白いほどに噛み合っていない二人のやり取りに、アルバートは思わず吹き出してしまった。
ルイスは兄に内緒でパフェを食べたことを申し訳なく思っていたのに、ウィリアムは様子のおかしい弟の原因には何か重大な案件があるのではと疑っていたのだ。
賢く聡明な弟達なのに、随分と粗末で噛み合っていない会話である。
けれどそれがどうしようもなく愛おしいと思うのだからアルバートも大概だろう。

「あの僕、兄さんに内緒で一人でパフェを食べてしまって、いつもなら兄さんと半分こするのに独り占めしたんですよ」
「あぁ、うん…それは別に良いんだけど」
「え、だって兄さんはいつも僕に美味しいものを分けてくれるのに、僕はパフェを独り占めしたんですよ?」
「ルイスが美味しいものを食べて幸せなら僕も嬉しいよ。でもどうしてそれを内緒にしようと思ったんだい?」
「僕が独り占めしたと知ったら兄さん怒るかと思って…それに、兄さんに内緒を作ることに少し興味があったので…」
「それで、僕に内緒を作って後悔したんだ?」
「…はい」

本末転倒じゃないかという雰囲気を滲ませながら、ウィリアムは項垂れる弟の頭を優しく撫でる。
指に絡まることなく流れていく髪の毛がとても綺麗だった。

「すまない、僕がルイスを唆してしまったんだ。甘いものが食べたくなって、ルイスを付き合わせるために内緒にしておくよう助言した。ルイスは君がいないのに食べても良いのか、最後まで気にしていたんだよ」
「そうだったんですか…馬鹿だな、ルイス。そんなこと気にしなくて良かったのに。もしかして最近様子がおかしかったのはそのせいかな?」
「…僕はパフェを独り占めしたのに、兄さんはいちごを分けてくれるから…」
「ふふ、ルイスは良い子だね」
「…良い子は兄さんに内緒でパフェを食べたりしません」
「良い子だよ、ルイスは。内緒にされたのは悲しいけど、アルバート兄さんと出かけたのは楽しかったんだろう?僕も嬉しいよ」

ウィリアムはしょんぼりと肩を落とすルイスを抱きしめて、ルイスは良い子だね、と言い聞かせる。
そのまま胸に秘めておけば良いものを、それが出来ずに思い悩んでしまうのだからとても良い子だ。
美味しいものは分け与えるのが当たり前だと、ルイスは純粋に信じ切っている。
その無垢な魂がとても嬉しいし、世界中の人がこうやって他者を思いやる心を持っていれば良いのにと思ってしまう。
けれどルイスがこうも執着するのは自分に対してだけでなければ困ると、ウィリアムは細く小さな体を腕に抱く。

「もう僕に内緒を作ってはいけないよ」
「はい…もう作らないです」

別に気にするような内容でもなかったけれど、それでもルイスの全てを知れないというのは気分が悪い。
ルイスの全ては自分のものだ。
その心の一片すらも知っておかなければ気が済まない。
ウィリアムはルイスの額に軽くキスをして、アルバートに向け悪戯めいて微笑んだ。

「そこでひとつ提案なんだが、今度の休みに三人でその店に行くのはどうだろう?僕とルイスだけがその店の味を知っているよりも、三人で共有する方が良いとルイスが希望していてね」
「兄さんも一緒にパフェを食べましょう。伯爵にも先生にも内緒の、三人だけの秘密を作りたいです」
「もう僕達はたくさんの秘密と内緒を抱えているのにまだ欲しいの?ふふ、ルイスは欲張りだね」
「欲張りでも良いです。兄さん、一緒にパフェを食べに行きましょう」

そしたら僕、兄さんに内緒でパフェを食べた後ろめたさが完全になくなると思います!
どうでも良いことをいつまで引きずるんだろうかと思うけれど、それでルイスが満足するなら何よりだ。
ウィリアムは快く了解し、アルバートに週末の予定を確認しては早速三人だけの外出を画策する。
また三人での外出だとルイスは素直に喜んでいるが、今度こそいちごのパフェをウィリアムと半分こするのだと密かに決意を新たにしていた。



(僕もう兄さんに内緒を作りません。一人で美味しいものを食べたりもしません)
(それなんだが、ルイス。パフェは僕にも分けてくれただろう?独り占めはしていないと思うんだが)
(…そういえばそうだったかもしれません)
(そうだったのかい?それなら独り占めはしていないね、ルイスはやっぱり良い子だね)
(でも一口だけでした。今度はちゃんとお二人にも僕の分のパフェをたくさん分けてあげますね)
(ふふ、楽しみにしているよ)
(またケーキと交換しようか。シェアするのも悪くない手段だね)

のらくらり。

「憂国のモリアーティ」末弟中心ファンサイト。 原作者様および出版社様、その他公式とは一切関わりがありません。

0コメント

  • 1000 / 1000